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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
02 メッサー冒険者ギルド編
28/302

028話 草原で

彼女らの激白を聞くと暗澹たる気持ちになる。

血を吐くような心情の吐露を受け止めると心が重くなる。

私が彼女らにしてあげられることは殆どない。

掛けることのできる言葉も限られる。


「君たちの行動は正しかったと思う。そして冒険者ギルドにたどり着いたのは、考えられる限りの最高の結果だったと思う。けっして満足できないだろうけど、今はそれで納得して欲しい」



香取は目をつり上げて掴み掛かってきた。


「何が最高の結果だ! わたしは騎士に死ぬほど殴られたんだ!」

「最低限人間として扱って欲しいと訴えただけなのにっ! 殴られたんだ!」

「感謝が足りないって怒鳴られたんだっ! なにが感謝だっ!」

「敬意が足りないって殴られたんだっ! ちゃんと敬語を使って頼んだんだっ!」

「何が敬意が足りないだっ!」

「くそーーー、くっそーーー うわああああああああーーーーーーー」


私は香取を抱きしめた。

それしかできなかった。


田宮も及川も大声で泣いていた。

腕が回らないけど3人を抱きしめた。

いつの間にか4人で跪いて抱き合っていた。


マロンが及川の背中にピタリと張り付いて首筋に鼻を埋めていた。

フェリックスがのそのそと近づいて、田宮の背中に張り付いていた。

もふもふ。いいな。


ひとしきり激情を吐き出すと、3人とも少しずつ落ち着いてきた。

やがてマロンとフェリックスを見ると、


「あら・・・ かわいいのね・・・」


及川はマロンをもふもふしている。

田宮はフェリックスをもふもふしている。

うらやましい。



香取と私はしっかり抱き合っていた。

香取は私の肩に顔を埋めながら聞いてきた。


「君、美島くんでしょ」

「私はビトー・スティールズと申します。お見知りおきください」

「嘘つかなくていいのよ。もう私は・・・」

「ではなくて、秘密保持魔法で縛られているはずです。魔法を甘く見ちゃ駄目です。簡単に死にますよ」



◇ ◇ ◇ ◇



現代の日本に生まれ育った日本人として、人間としての基本的な尊厳を押しつぶされた彼女らのショックは大きいだろうなと、容易に想像が付く。

今後、彼女らがこの世界で生きていくために、この世界について思うところを教えておいた方が良い。


だがそれが難しい。

彼女らの常識を根底から覆す必要がある。

今、偉そうに上から講釈垂れても駄目だな。


フェリックスに彼女らの能力を見てもらい、鍛える方向性を考えてもらうつもりだったが、それも明日の方が良いだろう。

今日は帰ろう。


ギルド長は寄るところがあるというので、フェリックスを背負い袋に戻して4人と一匹で冒険者ギルドに帰る。


ギルドについたら師匠の手配で私の部屋は取り上げられ、香取、田宮、及川3人用の部屋になっていた。

私の部屋は・・・? 

処置室に寝ろと。

はい、そうですか。



◇ ◇ ◇ ◇



翌日。

朝のクエスト受注のラッシュアワーが終わってから、ギルド長、師匠、香取、田宮、及川、私の6人で、ロビーで打ち合わせ。

マロンとフェリックスは部屋で待機。


まだロビーに残っている冒険者が、香取、田宮、及川をチラチラ見ている。

だがギルド長と師匠の手前、下手な手出しはできない。



「なあソフィー、その女たちを鍛えてやろうか」


と声を掛けてくる輩がいたが、師匠がギロリと睨み、


「ほう。私の訓練を受けたいのか。奇特な奴だな」


と言いながら立ち上がると、真っ青になって脱兎のごとく逃げていった。



◇ ◇ ◇ ◇



最近の勇者の動きがわからなかったので聞いてみた。

そもそも彼女らは変装もせず、本名でウロついていていいのか?


王宮は、勇者としての任務は日下グループに集約した。

そして香取麗華、田宮マキ、及川由美の3人は “追放” になった。

自ら勇者だと触れ回らなければ、自由に活動してよいらしい。



「財前・・・ という奴のグループもいたはずですが、何か聞いていますか?」

「死んだらしいぞ」

「え?」

「メッサーダンジョンに潜って壊滅したらしい」

「・・・」

「一人生き残ったがいろいろ粗相があったらしくてな。奴隷落ちして鉱山送りにされて、反抗的な態度を取って、すぐ処分されたと聞いたぞ」

「・・・」

「どうした? ショックか?」

「ダンジョンで死んだというのが・・・ 何階層で死んだのか分かりますか?」

「1階層だ」

「・・・」

「1階層だ」

「奴ら素人集団ですよね? ダンジョンに潜れるレベルだったのですか?」

「わからん。騎士団属託扱いで潜ってるからこっちでは把握していない」

「そうですか」



何があったのかよく分からないが、とにかく関わり合いにならない方が良いらしいことはわかった。


香取、田宮、及川の3人について。


「彼女らは本名で活動して問題ない、と」

「そうだ」

「冒険者として鍛えるのですか」

「そうだ」

「鑑定してもよろしいですか?」

「ああ」


名前 :香取麗華

年齢 :17

職業 :剣士

HP :50

MP :20

STR:35

INT:30

AGI:35

LUK:中

剣術 :レベル1

魔法 :水魔法1

武器 :ロングソード

防具 :胸甲、盾、籠手、ヘルメット



名前 :田宮マキ

年齢 :16

職業 :剣士

HP :45

MP :20

STR:30

INT:40

AGI:35

LUK:中

剣術 :レベル1

魔法 :土魔法1

武器 :ロングソード

防具 :胸甲、盾、籠手、ヘルメット



名前 :及川由美

年齢 :16

職業 :魔法使い

HP :35

MP :40

STR:20

INT:45

AGI:30

LUK:中

棒術 :レベル1

魔法 :火魔法1

武器 :杖

防具 :ローブ


案の定、特筆する能力は無い。ただし早急に結論は出さない。


師匠によると


「今のお前たちのレベルでは、数値は参考にすらならない」

「経験ゼロの素人だから、どこに適性が隠れているかわからない」


とのこと。


これまでの戦歴を聞く。

ゼロ回答。

実戦は一度もしたことがない。

訓練は?

してきた?

魔法は?

及川だけが魔石を使わずに使える。

そうか。じゃあ見てやろう、と師匠。



マロンとフェリックスを伴って草原へ移動。

背負い袋からフェリックスが出てきた。

3人にはマロンとフェリックスについて教えてある。



フェリックスと師匠の見ている前で香取と田宮が模擬戦を行う。


見ていた師匠に聞く。


「素質はどうですか?」

「剣士としては絶対的に筋力が足りない。体格からみてこれから飛躍的にパワーが付くとも思えない。それに二人とも魔法は使えない、と。まいったね」


及川も見る。


「ファイヤーボールの発現が早いのはいいね。だが無詠唱で発現できるようにしな。あと魔術師として活動するなら最低でもファイヤースピアを連射できるまでにしな」


3人の能力を一通りチェックすると、師匠は


「じゃあ強い魔物に追われているつもりで走ってみな」


3人は顔を見合わせ、案の定の自分のペースで走り始めた。

師匠の怒鳴り声が飛んだ。


「馬鹿野郎、それじゃあ食われて死ぬぞ。死ぬ気で走れ!」



そこから先はデジャブだった。

なにしろ草原は凸凹で走りにくい。

そこを全速力で走る。

何度も転び、息が切れ、10分もしないうちに3人とも死んでいた。


「ビトー、お前走ってみろ」


そう言われたので800mダッシュを10本走った。

最初の頃に比べれば大分走れるようになったので、耳から魂が抜けるようなことはないが、それでも相当きつい。

四つん這いになって荒い息をついていると、


「大分ましになったじゃないか」


お褒めの言葉を頂戴しました。


田宮が信じられないという顔をして聞いてくる。


「いつもこんなことしてるの」

「そうだね。私は弱いから『こりゃ手に余る』と思ったら恥も外聞もなく逃げることにしてるよ。走らないと逃げ切れないからね。マロンとフェリックスは僕より遙かに足が速いから、足手まといにならないように普段から走っておかないとね」



彼女らに適した職業を再検討することになった。

師匠が言うには、最終的にどの職業に落ち着くかはともかく、今を生き残らないと将来は無い。

今の自分は弱いと自覚し、どんな職種であれ走って逃げきることが絶対条件になる。


香取と田宮は、走るにはロングソードと胸甲と盾が邪魔だ。

もっと軽い物にしないと逃げることすらままならない。

及川は魔法を使えるので魔術師は良いと考える。

装備は軽いのだから、ローブの裾を気にせず走れ。




香取と田宮は師匠の指摘の意味が根本的にわかっていないようだった。

そりゃあ財前や日下らしか見ていないと、我々が壊滅的に弱いという実感が湧かないだろうな。


師匠と私が立ち会って見せた。

私が剣士として立ち会うケース。

私が斥候として立ち会うケース。

両方を見せた。


「違いはわかったけど・・・」


香取は自分が剣士として何が足りないのか納得していない様子。

では師匠お願いします。


師匠と香取が立ち会った。

香取の気合いの入った一撃は師匠が簡単に盾で受け止める。

盾はピクリとも動かない。


「その程度じゃゴブリン一匹倒せないぞ」


師匠の指摘で奮起した香取は全力の一撃を見舞った。

だが、やはり盾はピクリとも動かない。


「では私が打ち込んでやる。受けてみろ」


さほど力を込めた様には見えない師匠の一撃を左手一本で構えた盾で受けた香取は、盾を吹き飛ばされて呆然としていた。

手首をやられたらしく、我に返ったら左手を押さえてうずくまった。

あわててヒールを掛けた。


田宮も立ち会った。

田宮は踏ん張って両手で盾を構えて師匠の一撃を受けた。

構えた体勢のまま潰された。

田宮はしばらく起き上がれなかった。

田宮には全身にヒールを掛ける必要があった。



改めて話し合った。


「香取と田宮から見たら師匠は格別に強いと感じると思うけど・・・」

「強いよ。ソフィーさん凄いよ」

「ソフィーさん本気じゃないよね。どれだけ強いの・・・」

「でも師匠でさえ怪我で冒険者を引退したんだよ」

「・・・」

「・・・」

「師匠は女性としては大柄だけど、男の剣士はもっとデカいのがいるからね」

「・・・」

「・・・」

「魔物はさらにデカいのがゴロゴロいるし」

「・・・」

「・・・」

「我々の体格で剣士のように真正面から敵に当たる職種は損だよ」

「ビトー君は何をするの」

「斥候だよ」

「さっきの戦いは・・・」

「斥候の戦い方だよ」



なかなか踏ん切りがつかない香取にフェリックスが声を掛けた。


「君たちは剣筋が良い。それを生かすには剣先のスピードを上げた方が良い。剣先のスピードを上げるには軽い剣が良い。軽い剣を持つ職業、たとえば斥候が良い」


人間ではない、ルーのフェリックスに指摘されて考え込んだ。


「わかった」


田宮の方が先に転職を決意した。

香取もすぐに了解した。

香取と田宮には斥候になってもらうことにした。



◇ ◇ ◇ ◇



メッサーの街に戻り、4人で武器屋を回った。

香取と田宮の装備を購入。

ショートソード、ダガー、レザーアーマー、スモールシールド、帽子、脛当、ローブを買った。


「お金持ってない・・・」

「立て替えるからいいよ」

「そんな・・・」

「狩った魔物の素材や魔石で返してくれたらいいよ」


二人分買った。

闇治療の実入りは良いのでフトコロは暖かい。

ああは言ったが代金を返してもらおうなんて考えていない。

二人に死なれたら寝覚めが悪い。


「今まで装備していたロングソードや大きな盾は売らなくていいから」

「筋力が付いたら斥候でもロングソードを使っていいから」

「ゲームの中は知らないけど、現実の世界では職業によってアレは装備できない、コレは装備できる、なんてことはないよ」


そう言うと2人は驚いていた。


「本当に?」

「うん。あるとしたら信仰上の理由で装備できない、という奴だね」



及川がいるので魔術師の装備について説明した。


「魔術師はね、金属製の鎧や盾は、普通は付けない」

「うん。そうだと思ってた」

「金属は魔力の流れを遅くするみたい」

「そうなの」

「うん。これは師匠の受け売りだけど。でもミスリルだけは大丈夫らしい。ミスリルは魔力の通りが良いんだって」

「ミスリル・・・」

「魔術師のローブの下にミスリルの鎧を着てるって、なんかかっこいいよね」

「お金がいくらあっても足りないよ」

「だねぇ」


それから女子高生と武具談義に花が咲いた。




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