279話 メルヴィル3年目(夏・遭遇戦)
ハーフォード軍は王都ジルゴンで王都騎士団の第二陣と合流した。
ちなみに王都騎士団の第一陣は、既に旧スキラッチ領で阿修羅のように暴れ回っていると報告が上がっている。
第二陣は第一陣の通過した地域の占領・治安維持のための部隊だそうだ。
神聖ミリトス王国に宣戦布告はするの? と訊ねると、回答は歯切れが悪い。
王都騎士団を差し向けるなら宣戦布告と同じだが、ハーフォード軍なら貴族が勝手に争っていると言い逃れができる。
負けたらオリオル辺境伯に全ての責任を押しつけて知らぬ顔を決め込む。
そんな思惑がある。
王都騎士団は北西部へ向かうので、途中の旧ピントゥーニ伯爵領タルサノまで一緒に行くことになった。
旧ピントゥーニ領ということは、既にピントゥーニ伯爵はお隠れになった?
高みに登った?
そう・・・
お疲れ様でした。
ゆっくりお休みください。
タルサノは廃墟になっていた。
住民は少しいる。
見方によっては我々は侵略軍なのだが、うつろな目で我々を見ている。
逃げようとしない。
「あの連中は危ない。絶対に油断するな」
ウォルフガングの忠告を受け、当初は城塞内で野営する予定だったが、ハーフォード軍は外で野営することにした。
盛大な篝火を焚き、馬を中心に置き、夜間歩哨を倍にした。
私の警護はユミとレベッカが交代でしてくれた。
翌朝は炊事をせず、口糧で済ませ、王都騎士団と分かれてすぐに出発した。
前衛はハーフォード騎士団。
本隊にマグダレーナ隊。
後衛にメルヴィル騎士団を置いた。
そのメルヴィル騎士団の後方に独立機動部隊(マロン、ノワ、ネロ)がさりげなく散開し、後方警戒に努めた。
上空には使い魔部隊が飛んでいる。
とにかく後方を警戒しながらの進軍となった。
◇ ◇ ◇ ◇
ダンジョン都市タイレルを通り過ぎ、オリオル辺境伯領に入った。
朝の軍議ではバーナード騎士団長が領都オリオルへの急行を提案したが、マグダレーナ様が押さえた。
「戦時というのに領境に兵を置いていないのが不審です」
「兵を引き揚げたと?」
「そうかも知れません。襲撃を受けて全滅したのかも知れません」
マグダレーナ様の指摘で緊張が走る。
「今日から進軍時も戦陣形を取ります」
「そうして下さい」
バーナード騎士団長はすぐに自論を引っ込めたので、事前に打ち合わせがされていたことが窺えた。
この日の朝はあえて時間を掛けて炊事をして、兵と馬に栄養と休息を与えた。
その間に上空の使い魔部隊から連絡が入った。
『物見がいた』
『物見が去った』
『物見が去った方向、かなり先に兵がいる』
『オリオル辺境伯の紋章ではない』
『数およそ80』
『歩兵』
すぐにマグダレーナ様、バーナード騎士団長、ウォルフガングに共有。
全軍に戦闘準備をさせた。
「慌てるな。まだ時間はある。道具は丁寧にしまえ」
十分に時間を掛けて朝餉の道具を仕舞うと、全員騎乗し、戦陣形を整えた。
上空から追伸が入った。
『歩兵は右手の林に入った』
マロン率いる独立機動部隊は林に入った。
ハーフォード軍は林から奇襲を受けぬよう、十分な距離を取って進軍開始。
常歩。
ここでマグダレーナ様はメルヴィル騎士団を予備戦力として引き抜き、自分の直接指揮下に置いた。
これが後の勝利に繋がった。
上空より更に追伸。
『敵援軍見えた』
『騎兵隊120』
『あと20分で歩兵と合流』
マグダレーナ様、バーナード騎士団長、ウォルフガングに共有して作戦立案中に追伸が来た。
『敵援軍、林に入った』
林からネロが出て来た。
『歩兵隊と騎兵隊は別行動』
『もうじき歩兵隊が我々の前面に出てくる』
ということは、歩兵隊は前門の虎で囮。
騎兵隊が後門の狼で本命。
挟み撃ちにする気だな。
マグダレーナ様の指示で林から徐々に離れるルートを取る。
速歩。
最初にマグダレーナ様に率いられたメルヴィル騎士団が行く。
その後ろにハーフォード騎士団が続く。
林の中から敵歩兵が出て来た。
だが、ちょっとタイミングが遅かったようだ。
敵歩兵は我々の後方に出た。
メルヴィル騎士団、ハーフォード騎士団は歩兵を無視して進む。
歩兵がおめき声を上げながら追ってくるが、そこは馬と人。追いつかない。
だがメルヴィル騎士団とハーフォード騎士団は、歩兵が “頑張れば追いつけそうな速度” で引っ張り続けた。
歩兵の後ろから敵の騎兵隊が出てきた。
敵騎兵隊は歩兵隊を追い抜いて迫って来た。
マグダレーナ様の指示で、駈歩を跳ばして一気に襲歩(全力疾走)に移った。
敵の騎兵隊も全速力で追いすがってくる。
敵の陣形は乱れている。
歩兵も十分に離れた。
マグダレーナ様の合図で全軍停止。馬首反転。
横一線で敵の騎兵と相対した。
敵騎兵隊も近付くにつれ、陣形を横一線に合わせてきた。
両軍の激突は、ハーフォード騎士団の右翼、敵騎兵隊の左翼の激突から始まった。
ハーフォード騎士団が165騎。(メルヴィル騎士団を除く)
敵軍120騎。
数はこちらが上。
だが戦況は互角・・・ いや、右翼がやや押されている。
この辺りが穏健派たるゆえんだろう。
だがハーフォード軍には稀代の名軍師がいた。
マグダレーナ様の命令以下、ハーフォード騎士団の陰に隠れていたメルヴィル騎士団が敵の右翼をこすり上げるようにして突進した。
敵の右翼に対し、味方の左翼はメルヴィル騎士団の分だけ兵が厚い。
そして敵の右翼を数の力で押し潰して突破した。
突破後、敵の右翼から中央に向けて部隊を旋回させ、包囲殲滅の構えに入った。
敵左翼はハーフォード騎士団を押し込んでいたが、右翼は全滅し、中央も崩れ始め、戦場で孤立する恐れが出てきた。
敵騎兵隊は敗走に移った。
不謹慎ながら、私は馬上でモーレツに感動してしまった。
これは斜行陣というのか?
元の世界では騎兵が航空機や戦車に置き換わるにつれて失われた伝説の戦術。
それが目の前で繰り広げられている!
マグダレーナ様!!
あなたはフリードリヒ大王ですか!?
「凄いっ! 凄いっ!」
と、うわごとのように言いながら目を輝かせている私は、さぞかし “キモイ” 奴だったに違いない。
なんだか皆ごめん。
追撃に移ろうとしたハーフォード騎士団だったがマグダレーナ様が止めた。
そして馬首を転じて敵歩兵部隊へ突撃させた。
敵歩兵部隊は騎兵隊の後を追ってきたため、林から遠く離れ、草原に孤立していた。
「突撃っ!!」
「1人も生かして返すな!!」
「完勝だっ!!」
敵歩兵80名。
指揮官クラス1名を残し、全て討ち取った・・・
ううう・・・
これは嬉しいけど素直に喜べない。
見えない・・・
私は死体は見えないからね・・・
指揮官クラスを捕縛したので尋問のお時間になった。
一瞬「ラミアの拷問」が頭をよぎったのは秘密。
尋問官はバーナード騎士団長が務めた。
「お前の名と階級を述べよ」
「まずはあんたから言え」
「我が名はバーナード。ハーフォード騎士団長だ」
「ほう、するとあちらの御方は “ハミルトンの鬼姫” ことマグダレーナ様ですかい。道理で水際立った指揮っぷりだ。
わっしはホセ・ゴンザレスと申します。神聖ミリトス王国準男爵でごぜえます」
「ふむ、その名から察するに中央の貴族ではないな・・・」
ゴンザレスは忌々しげな表情を浮かべ 「中央の出なんざぁ今や一人もいませんや」
そう吐き捨てるように言った。
「お前らとオリオル辺境伯は同盟していたのではなかったのか?」
「してましたさ」
「なぜ急に仲違いした?」
「そりゃオリオルに聞けっちゅう話ですわ。だが、いずれオリオルは俺たち神聖ミリトス王国のものになる。それが気に入らなかったんでしょうや」
「なんでオリオル領がお前たちのものになるのだ?」
「そりゃ跡継ぎが俺たちの国に生まれたからですわ」
「跡継ぎ?」
「ああ、跡継ぎだ。男子でごぜえますよ」
我々が訝しげにしているのを見て、ゴンザレスは得意そうに説明を始めた。
「オリオル辺境伯には息子がいねえです。いえ、いたらしいんですがスキラッチの連中に殺されまして。 ご存じでしたか? そりゃどうも。
だからオリオルは娘が婿貰うしかねえんですわ。ですがその娘も今はいねえっちゅう話ですわ。
だったら奥方が男子を生めばいいんでしょうが、その奥方もオリオルにいねえっちゅう話ですわ。
そんなときに俺たちの国に生まれたんですわ。将来のオリオル辺境伯たる男子が」
「・・・なぜその子がオリオル辺境伯を継げるのだ?」
「そりゃ奥方が生んだ子だからですよ」
「なんだとっ!!」
「ああ、奥方は俺たちの国にいるんですよ。その奥方が男子を産んだんですわ」
「・・・」
「ちなみに長女の方もいますぜ。こっちも男の子を生んだんですわ。血統はバッチリでごぜえますよ」
「・・・」
「なんかの拍子にそれを知ったんでしょうなぁ。それで怒って戦争を仕掛けてきたんですわ」
「・・・」
「誘拐したとか難癖付けやがって。誘拐したのはスキラッチの連中だっちゅうのに」
「スキラッチに誘拐された奥方がなぜお前たちの元にいる?」
「スキラッチは最初ローランに下げ渡したんですわ。その代わり分け前を下げたんでしょうな。だがローランはオリオルからちと遠い。奥方と長女をネタに取れるもん取ろうと思ったんでしょうが、なかなか難しい。だからスキラッチと交渉して、今度は俺たちに売ったんですわ。俺たちならオリオルの隣だからねぇ。取るもん取れるし」
「・・・」
「だけどオリオル辺境伯ってぇのは妙な奴ですわ。
同盟を結ぶ時に末娘もウチにくれてやろうって言っていたんですぜ。
奥方も長女もいねぇのに、末娘も俺たちにくれてやったら、てめえの跡取りなんざぁ一人もいなくなるってわかってんでしょうが。
同盟結んだ時のウチの役人共は笑いを堪えるのが大変だったって言ってますわ。
うちでガキが生まれりゃ、あとはおめえが死ぬのを待つだけだってね。
それで怒るって、なんなんだいあいつは。
底抜けの阿呆ですな」
彼のいた部隊は遊撃隊で、我々のような援軍の足止めをする役目だった。
本体は別にいるが、今、どこにいるかはわからないという。
「多分、領都じゃねえのかな?」
「兵数? 下っ端にゃ教えてくんねえよ」
だそうだ。
さて。
カトリーヌから聞いていたので大体は知っていたが・・・
どこかでスイッチが入ると変なことを口走りそうだったので無表情に徹していたが、私はどんな顔をしていればよかったのでしょうか。
とりあえずカトリーヌを連れてこなくて良かった。
尋問を終えてゴンザレスを下がらせた後、マグダレーナ様から呼ばれた。
マグダレーナ様とバーナード騎士団長と私でコソコソ密談。
マ) 「あの者の話が荒唐無稽すぎて、信用してよいか判断がつかぬのです」
バ) 「嘘をついているようには見えませんでしたな」
私) 「ええ。得意げに自慢していましたから本当のことでしょう」
マ) 「するとわからないことがあります。オリオル辺境伯は奥方とクラウディア
が誘拐されたことをなぜご存じなかったのでしょう?」
バ) 「私もそれを感じました」
私) 「それは・・・ カトリーヌの報告だったからでしょうね・・・」
マ) 「どういう意味です?」
私) 「オリオル辺境伯はカトリーヌに対する評価が異様に低いです。
カトリーヌの言うことなど信用するにあたわず。
日頃からそう思っていればカトリーヌが何を報告しても聞き流し、
記憶にも止めないでしょう。そう習慣付いているのでしょうね」
バ) 「しかしそれなら左右の者が報告するはずだろう」
私) 「どうでしょう? カトリーヌに聞いた感じでは、オリオル辺境伯は対外的
にはおかしな所はありませんが、身内に対してはかなりの癇癪持ちです。
配下の者はカトリーヌと同じ報告をすればどんな目に遭うか考えたのだと
思います」
バ) 「しかしカトリーヌの報告など憶えていないのだろう?」
私) 「そこが曲者なのですよ。
あの手の人物は『カトリーヌと同じ報告をした』とすぐ気付きますよ。
こだわるのは報告の内容じゃないんです。
『カトリーヌと同じ』というところにだけ異様に細かく気付くのです。
あの手の人は厄介ですよ。私が配下だったとしても報告しません。
こんなことを言うと御方様の信用を失うかも知れませんが」
マ) 「わかりました。ではこの度の作戦行動はどのあたりで止めるか。
それを話し合うために場所を移しましょう」
それからオリオル領都へ真っ直ぐ向かわず、横道に逸れた森の中に軍を隠し、休息した。
野戦病院を開設した。
槍傷は傷口は小さいが傷が深い。
迷わず上級ポーションを使い、更にヒールを掛けた。
刀傷は長さと深さを見て対応を変えた。
軽傷は中級ポーションを、重傷には上級ポーションを使い、ヒールを掛けた。
ポーションを使えばその内に治るのだが、2時間後に治っていて欲しいのでヒールを重ねがけした。
毒は必ずチェックした。
怪しい傷には私がキュアを掛け、ヒールを掛けながら経過を見た。
実はハーフォード騎士団では中級ポーションしか常備しておらず、上級ポーションは私のフトコロから出した。
「子爵様にキュアを掛けて頂けるなんて・・・」
「上級ポーションなんて一生に一度有るか無いかの贅沢でごぜえます・・・」
「いやいや、感謝してくれるのは嬉しいですが・・・
マグダレーナ様の御命令ですから。
君達が戦列に復帰してくれないと戦力が落ちて、もっと死傷者数が増えるから。
君達にはうんと働いて貰うから」
何気に死者がいなかったのはよかった。
休憩時はユミを抱きしめて仮眠した。
「悪夢を見たら言うんだよ」
そういって眠らせた。




