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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
23 メルヴィル風雲編
275/302

275話 メルヴィル3年目(夏・戦争の噂)


対魔樹並木の南側におけるゴブリン退治もルーティンワークになってきた。


定期的に派遣するメルヴィルの騎士団員に 「慣れた頃が危ないよ」 と注意しなければならなくなってきた。

そのくらいメルヴィルの騎士団員が仕上がってきた。


イーサン、カトリーヌ、オルタンス、エマ、カール、マヌエル、ガブリエラにも行ってもらっている。

カールには(将来の進路はともかく)騎士団に帯同できる治癒士になれるだけの経験を積ませたい。


マヌエル、ガブリエラは見学ね。

自分がこの世界(冒険者・騎士団)に馴染めるか見極めてね。

ガブリエラは女の子なのだから無理すること無いぞ。




騎士団員は少し増え、12名を数えるようになった。

全員冒険者上がり。

メルヴィル騎士団の活躍(ホブゴブリン率いるゴブリン部隊と直接対決し、負け無し)の噂を聞き、そろそろ引退が視野に入ってきている30代後半の冒険者が『前職の経験を生かせて比較的安全な働き口』として応募してくる。


面接はウォルフガング、ジークフリード、クロエで行う。


ウォルフガングが騎士団長と知って安心する者もいれば震え上がる者もいる。

その対比が面白い。


入団時には領主一族に対する忠誠を誓って貰う。

忠誠は契約魔術で縛るのがこちらの世界のしきたり。

では退団する時はどうなるの? と聞いたら契約解除魔術を使うとのこと。


この仕組みは前の世界で欲しいと思う組織が多いだろうな、と思う。




ところで。

この人数でいいのか?


以前の感覚ではこの人数(12人)では戦力にならないと思う。

村の愚連隊レベル。


「遊びじゃねぇんだ。ああっ!?」


と真面目に問われると厳しいところがある。




以前バーナード騎士団長に保有する兵の目安を訊ねた時に、村人が100人いたら徴兵は2名、戦時は5名、と言われた。


今メルヴィルは人口が100名弱なので12名もいれば合格だ。

だが12名+ウォーカー+客人で何ができる?




昔の記憶を掘り起こす。


ロシア-ウクライナ戦争では、よくロシア兵の損失が報道されていた。

ロシア軍の総兵数が115万人。(青森県の総人口に近い)

ロシア軍の死者が12万人。(米軍基地のある岩国市の人口に近い)


この規模でこの世界を考えると、国が2つ3つ消失してしまう。

私の感覚で考えては駄目か。



◇ ◇ ◇ ◇



ある日。

アンナがすっ飛んできた。

急遽メルヴィルの幹部を全員集めた。



「急にお集まり頂き恐縮です。時間が勿体なく、かつメルヴィル全体に影響がありますので一度にお話を聞いて頂きます」



そう言ってアンナが早口で喋り始めた。



「これからお話しすることは時系列は不明です。

王都ジルゴンより北部、および北西部は交通が途絶しました。

治安は確保されておりません。

通行できるのは王都騎士団のみですが、小隊以上です。

分隊では全滅の恐れがあります」



ウォルフガングが話を止めた。



「ちょっと待ってくれ。ブリサニアの王都騎士団の小隊、分隊の人数を教えてくれ」


「小隊は50名。分隊は10名です」


「わかった。話の腰を折って済まぬ」


「治安悪化の理由はブリサニア王国北部から北西部で大規模内乱が勃発したためです。

どの領地とどの領地が争っているのか、正確にはわかっておりません。

王都ジルゴンより北の領地は全て巻き込まれているとお考え下さい。

それどころか王宮に反旗を翻したのかどうかもわかっておりません」


「スキラッチ伯爵領の領都サーディンヴィルですが、海賊の襲撃を受けました。

サーディンヴィルは港町ですが、城館、居住区、港湾設備、全て焼失しました。

そして裏付けが可能かどうかもわかりませんが、民間人も含めサーディンヴィルの生存者がゼロという情報も入っています。

サーディンヴィルという街が地上から、住民もろともそっくり無くなったものとお考え下さい」


「スキラッチ騎士団がピントゥーニ伯爵領へ侵攻しました」


「それは騎士団か?」


「はい。騎士団です。侵攻したのは騎馬隊のみです。歩兵部隊はいません。

スキラッチ騎士団は最初から土地を奪うつもりはなく、略奪のみ行い、すぐに離脱するという行動を取っております。

これは海賊に顕著に見られる行動パターンです。昨年の秋から続く一連の海賊騒動の主犯はスキラッチと見て間違いないでしょう。

ピントゥーニ騎士団が急行して交戦が始まりましたが、スキラッチ騎士団が強引に離脱しました」


「離脱したスキラッチ騎士団はサーディンヴィルが灰燼に帰したのを見て馬首を翻しました。そしてジラルディ伯爵領へ侵攻しました。そしてその後をピントゥーニ騎士団が追走しました」


「ピントゥーニ領からスキラッチ領にかけて、スキラッチ、ピントゥーニ、ジラルディ三つ巴の戦が継続しております。勝敗の目処は付いておりません」



「それから最後に最も重要な情報です。

オリオル辺境伯が神聖ミリトス王国の首都ニルヴァへ奇襲攻撃を行ったという情報が入りました。詳細は不明です。

ご注意頂きたいのは、これは貴族間の抗争ではありません。隣国との戦争です。

いま王都ジルゴンでは全ての産業が軍需に切り替わりつつあります。

近々宣戦が布告されるものと予想されます」




アンナの報告が終わり、しばらく誰も口を開かなかった。

カトリーヌも何も言わなかった。


しばらくして私から話した。



「アンナはこれを商機と見ますか?」


「もちろんでございます」


「マーラー商会としましては、どのあたりに商機を見いだしますか?」


「何と言っても食料。軍馬用の飼い葉。そして武器、魔道具、魔石の調達です」



そうか。

需要はわりと冒険者っぽいのだな。

そう思って聞いているとアンナから逆に問われた。



「子爵様はメルヴィルにおける商機として何を想像されますか?」



これは困った。

軍需であることには相違ないのだが・・・

思いついたことが全然違う。

え~っと。

黙っているわけにもいかず・・・



「軍需品です・・・」


「具体的には何を思われましたか?」


「え・・・」


「申し訳ありません。子爵様を問い詰めているわけではないのです。お許し下さい」


「いや・・・ あのね・・・ 私がすぐに思いつく物が全くの的外れな様な気がして怯んでしまって・・・」


「子爵様のご意見が参考にならない訳がございません。どのようなお話でも結構です。子爵様が思いついたままを教えて下さいませ」


「え~っとですね。まず燃料。何と言っても燃料。

航空機にしても戦車にしても全部燃費が悪いから。あるのもは全て押さえる。

次に弾薬。これは陸海空全てで必要。たぶん備蓄分の弾薬なんて激戦になったら数日で撃ち尽くすのが現代戦だから・・・

もちろん精密誘導兵器も在庫を即納品させて。増産体制に移らせて。

それから兵隊で言うと口糧、飲料水、被服、衛生用品。

それからこれらを輸送する輸送トラック、輸送ヘリの確保・・・ いや、戦場を走り回るトラックでは無くて、工場から後方基地までの公道を走るトラック」


「企業に対しては直ちに航空機、車両、火器・弾薬類をフル生産に持っていけ、と。

石油会社にも生産計画の見直しを命じます。

軍用ジェット燃料、軍用軽油の収率をMAXに、民生用はMINにせよ、と。

空の管制は直ちにアメリカ軍に引き渡すとして。

食品会社は口糧の生産を増やすように命じて。

通信管制を敷いて通信回路のパンクを防ぐ。でも間違いなく愚者が大騒ぎするからコイツらどうしようかな・・・

敵国からのハッキングを防いで敵のネットを乗っ取りたいけど、そんな準備できているのかな?

民間の監視カメラ、ドローンを全て徴用して・・・

それから予備役招集を掛けます。

公安には敵国のスパイおよび潜在的スパイの拘束を開始させて、抵抗したらその場で射殺もありで・・・」



ここでマキとユミが同時に怒号を上げた。



「「 旦那様!!! 」」


「え・・・」


「何をオタッキーな事を言い募っておいでなのですかっ!」


「いい加減にして下さいませっ!」


「え・・・」



それからみんなの前で、マキ、ユミにこってり絞られた。


見かねたアンナが救いの手を差し伸べてくれた。



「子爵様の言われたことは殆ど理解できませんでしたが、確信を持って話されていたことはわかります。きっと子爵様にしか見えないことがお見えになっているのですね。初めてイルアンを拝領された時のことを思い出します。子爵様の言われることに間違いはありません。 何かマーラー商会の参考になるものはございませんか?」



それで改めて伝えた。



「食料はわかりますね。

ただし、ただのごはんではなくて、栄養価の高い長期保存食がありましたら是非増産して下さい。

軍馬用の飼い葉もわかりますね。

武器・魔道具・魔石もわかりますね。

それからポーション類の増産です」


「あとは・・・

軍馬そのものの替え馬を準備して下さい。

馬具(蹄鉄・鞍・あぶみ)も付けて。

被服は重要です。服・帽子・靴・手袋などです。

伝書鳥の予備も大量に必要になるでしょう。

船も押さえておきたいです。

船を押さえると凄い出費になるので加減が難しいのですが・・・」


「冒険者へクエストの打診を始めて下さい。

クエスト内容は徴兵、戦場偵察、銃後の治安維持、間者の炙り出しが考えられますが、当人にやる気があるか、やる気があっても実力が伴っているか、見極めが必要です」


「ライムストーン公爵領とハーフォード公爵領の間の流通は円滑にしておきたいです。事前に隊商と護衛を押さえても良いかと」


「以前ライムストーン公爵とマキでミリトス教徒を炙り出しましたが、そのような間者の炙り出しが必要になるでしょう。

ということで鑑定水晶をあるだけ押さえましょう」




「なるほど。子爵様のご指摘は全て実施に移しましょう。

ところでライムストーン公爵領とハーフォード公爵領の間の流通は、ライムストーン公爵領からハーフォード公爵領向けの輸送ですね?」


「両方向だと思います」


「どうしてでしょう?」


「神聖ミリトス王国への宣戦布告を考えておられるなら、北回りと東回りの2方向から圧力を掛けると予想します。

東回りは距離が長いので、殆ど海上移動になるはずです。

後方支援基地はヒックス。ライムストーン公爵領の領都です。

前線基地をどこに置くかはわかりません。

そして大規模な海上輸送になると思います。

ライムストーン領内の物価を安定させるために、ハーフォードからライムストーンへの輸送もあると予想します」


「なるほど・・・ なるほど・・・ 価格差を演出して・・・ 一攫千金・・・」



なんだかアンナが凄く悪い顔をしている。


アンナが自分の思考に没入していると、マキから提案があった。



「間者の洗い出しはマホームズさんならできるのではないかしら?」


「そうなのですか?」


「ええ。マホームズさんはその辺の経験が豊かよ。そこに鑑定水晶を持たせたら万全だと思います」


「わかりました。ではお任せしましょう。マキを情報局長官に任命します」


「謹んでお受け致します」



「冒険者への打診はマーラー商会からが良いですか? それともウォルフガングからが良いですか?」


「商会から行います」


「お願いします。ではウォルフガングは大至急【炎帝】の予定を押さえて下さい」


「了解しました。報酬は?」


「言い値で結構です」


「承知致しました」




「ところで。どなたか知っていたら教えて欲しいのですが、統合作戦本部は各領地毎にあるのでしょうか? それとも王都に1つでしょうか?」


「子爵様。それはなんですか?」


「戦略を立案するところです」


「せんりゃく?」


「はい。戦争の目的・・・ まあ勝つことなんですけど、たとえば『どの都市を墜とせばこの戦争は勝つ』とか『そのためには騎士団をどこに何人配置する』とかを考える人たちのことです」


「マーラー商会ではわかりません。王宮でしょうか?」


「ブリサニア王国の軍隊は国軍ではありませんよね? 各貴族軍の寄せ集めですよね?」


「その通りです」



と言うことは貴族毎にあるのだろうか?




考えていたらレイがおずおずと質問をしてきた。



「あの・・・ 旦那様。本当に戦争をされるのですか?」


「現時点ではわかりません。わかりませんが可能性はあります。神聖ミリトス王国は黙っていないと思います」


「あの・・・ これは不幸な事故なので、誰かを神聖ミリトス王国へ派遣して話し合いで事を納めることはしないのですか?」


「しているかもしてませんね。私達が知らないだけで既にしているかもしれません」


「なぜその様な戦争回避の努力の情報が公にならないのでしょう? 公にして国民を安心させるべきだと思います」


「外交上の機密情報なので公にできないのだと思います」


「機密情報・・・ ですか? 秘密なのですか?」


「国家の最高機密だと考えます」


「どうしてですか? 国民は知る権利があると思います」


「え~っと。この話、今ここでしなければなりませんか?」


「はい。皆さん疑問に思っているはずです」




「では・・・ 皆さんに確認します。 もし停戦交渉をしているとして、民衆1人1人が知っているべきだと思いますか?」


「いいえ」


「知らせる必要はありません」


「むしろ知らせてはいけません」


「既に民衆が知っている内容を交渉の場に持参するのは、相手国に対し失礼極まりないと考えるぞ」



レイが興奮しながら反問した。



「では皆さんは戦争になっても良いと思っているのですかっ!?」


「いいえ。外交交渉で収まるなら良いと思いますよ」 (私)


「だったらなぜっ!」


「?」


「国民に外交交渉をしていることを知らせて、和平の機運を盛り上げようじゃありませんかっ!」


「ごめんなさい。レイ様の言うことがわからないのですが・・・」 (アンナ)


「え・・・」


「和平の機運ってなんですか?」 (マリアン)


「・・・」


「国の政策を民衆の気分に任せるのは愚かだと思います」 (レベッカ)


「・・・」


「レイ様。当方から攻め込んでおいて『話し合いで解決しましょう』と言っても、神聖ミリトス王国は聞く耳を持たないと思います。彼らにもメンツが御座いますから。

それに加害者が『話し合いで解決しましょう』と言うのはずいぶんな話ですよ」 (マホームズ)


「・・・」


「あの・・・そもそも本当に外交交渉をしているのでしょうか・・・?」 (マキ)


「・・・」




レイが周りを見渡すと、全員が珍しい虫を見つけたような表情でレイを見ていた。


レイはショックを受けていたようだった。




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