273話 メルヴィル3年目(春・進行2)
今年の作柄予想が始まった。
作柄予想とは各領地で農作物がどのくらい収穫できそうか予想すること。
これにより(今は無き)ベルトゥーリ公爵が国内の穀物の買い取り価格調整を行い、王都の商人達に膨大な利益を与えていた。
ベルトゥーリ公爵亡き後はこの辺りの調整をできる貴族がいなくなり、ウヤムヤとなっている。豊作・凶作が無かったため前年の価格を引き継いでいる。
王都近郊。
作柄は「平年並みからやや悪い」。
西部。
武闘派貴族領が軒を並べる。
そしてスキラッチに代表されるように領地経営に力を入れない。
作柄は一様に「平年並みから悪い」。
東部。
東大陸の真ん中を南北に貫くランビア山脈があり、そもそも人が住んでいない。
農業も営んでいない。
作柄は「予想の対象外」。
北部。
中心的存在だったオリオル辺境伯領が海賊の襲撃を受け、以降領地経営が迷走しているように見える。北部全体が動揺している。
このまま行けば作柄は「凶作」。
南西部。
ハーフォード公爵領と小貴族領が広がる。
作柄は「例年並み」。
南東部。
ライムストーン公爵領が広がる。
作柄は「例年並み」。
国全体で平均すれば作柄は「やや悪い~悪い」に落ち着く事がわかった。
ところで今年はベルトゥーリ公爵がいない。
すると価格は市場原理に任され、価格が上昇することが予想された。
王宮からハーフォードへ穀物価格の安定に寄与するよう、異例に早い訓示が行われた。
だがその訓示を携えた使者がハーフォードに到着しなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
使者はいつも通りイルアンで一泊するつもりだった。
いつのまにかイルアンは廃村になっていた。
使者はイルアンを駆け抜けるべきだった。
だが使命感・正義感に駆られた使者は原因究明のため、残っている住民を見つけようと廃村内にとどまり、3人の部下に捜索させた。
住民が見つからないまま日が落ちた。
部下は帰ってこなかった。
いったい何が起きているのかわからない。
仕方なく使者は灯りが灯る家を捜すことにした。
灯りがあればその家には住民がいるだろう。
事情も聞ける。
・・・
灯りの付いた家が見つかった。
でかい家だった。
早速扉をノックした。
しばらく待たされた後、やっと扉が開いた。
蝶番から油の切れた軋み音がした。
最初、使者は目の前にいるのが何者なのかわからなかった。
ホブゴブリンも、なんで目の前に人間がいるのかわからなかった。
しばらく睨めっこをした後で急に使者が、
「ゴブリンごときがぁーー」
と絶叫したところで使者の人生は終わった。
◇ ◇ ◇ ◇
王宮はハーフォードから返事が来ないことに腹を立て、詰問の使者を送ろうとして初めてその使者がいないことに気付いた。
「あの使者は復命したのか?」
「いえ、まだ復命しておりません」
「どこにいる?」
「さて・・・」
使者の上司、使者の家族、王都の大門の門番にヒヤリングして、どうやら使者が戻って来ていないことが判明した。
「ハーフォードに拘束されているのか?」
「まさか」
使者の足取りを辿る捜索隊が王都を出発した。
捜索隊はイルアンまで来た時、辺り一帯がゴブリンに占領されて通行不可能なことがわかり、引き返した。
状況はわかった。
だが、何故この様な事態になるまで放置されているのか、そして何故報告されていないのか不思議だった。
王都騎士団が最後にパトロールをしてから何があった?
まず書類上の調査が行われた。
イルアン周辺への定期的なパトロールは、ゴブリンとスケルトンを退治した後に1回だけ行われ、その後は行われていなかった。
魔物の目撃情報は、各村から報告が上がっていた。
「○月○日 ゴブリン4体確認」
「○月○日 ゴブリン5体確認 交戦 2体取り逃がす」
こんな報告が各村の顔役から2~3日に一度はされていた。
これは業務報告としてはおかしな点はない。
昨年の件数と比べれば「多いな・・・」と気付くが、それに気づけるとしたらイルアン冒険者ギルド員であり、今はそのギルドもない。
報告の宛先は王都騎士団だった。
ではこの報告を見て騎士団は何を考えたのか?
この程度のゴブリン遭遇なら、普通は冒険者が間引いてしまう。
目に余るようなら冒険者ギルドが自発的に討伐クエストを出し、ゴブリンの集落を討伐する。
ギルドの手に余るようなら騎士団へ出動要請が上がる。
だから様子見が基本。
だいたい報告書を見る限り村人がゴブリンを片付けているようじゃないか。
全く問題ない。
その後、騎士団による実地調査が行われた。
イルアンが街ごとゴブリンの集落になっている事が判明した。
周辺の村も廃村と化していた。
(注意)
住民はどうしたのか、どこへ行ったのか気になるところだが、貴族は気にしない。
気にならない。
税収が減った時に初めて気にする。
◇ ◇ ◇ ◇
王都からゴブリン討伐隊が出撃した。
だが今度は簡単に討伐できなかった。
ゴブリンとにらみ合い、陣形を整えているうちにどこからともなくスケルトンが湧いてきた。
スケルトン!?
スケルトンもいるのか!
想像以上にスケルトンの数が多い。
スケルトンナイトもかなりいる。
そしてスケルトンメイジ(風)も多い。
伝統的に火魔法は風魔法との相性が微妙。
そして騎士団はほぼ火魔法使いで固められている。
騎士団は一度後退し、王都へ事情を伝え、増援を要請した。
増援が到着すると騎士団は兵科を3つに分けた。
歩兵隊
魔法隊
重騎兵隊
そして歩兵隊を前面に展開し、背後に魔法隊と重騎兵隊を隠した。
スケルトンと睨み合う。
後方から観測隊がスケルトンメイジの位置を確認。
そして戦いの幕が切って落とされた。
歩兵部隊前進。
歩兵部隊とスケルトンの前衛がぶつかった。
乱戦になった。
歩兵部隊は悪戦しながらスケルトンを押し込んだ。
前衛が押され、スケルトンナイト、スケルトンメイジの注意が乱戦状態の前衛に向いたのを見計らい、重騎兵隊が動き出した。
そして重騎兵隊はスピードに乗り、側面からスケルトンの中に突っ込んだ。
一直線にスケルトンメイジに迫り、全15体のスケルトンメイジを一気に討ち取った。
そして仕事を終えると一息で撤退した。
後は魔法隊の独壇場だった。
スケルトンの群れに火魔法を撃ちまくると、あっという間にスケルトンの隊列は崩れた。そして歩兵部隊の餌食になっていった。
スケルトンさえ排除すればゴブリンは騎士団の敵では無い・・・ と言いたいところだが、イルアンの廃村に集落を作り、城門を閉めて立て籠もるゴブリンどもに対し攻城戦を行うには、まだ人数が足りなかった。
再度王都へ事情を伝え、増援を要請した。
攻城戦が発生することを伝え、専門家の派遣を要請した。
専門家が到着すると、
「ゴブリンが集落を作っているのになぜ報告が上がっていないっ!?」
と声を荒げたが、それは誰に向かって言ってるの? と言う話だ。
兎に角よろしく頼む。
そう言われて専門家が準備を始めた。
準備と言ってもそれほど大したことでは無い。
固く閉じられた門を力ずくで押し開けるだけだ。
下見の結果、狙いを西門に定めた。
東南北の3つの門は外から鎹を何本も打ち込み、容易に開かないように細工した。
どこぞのお祭りで使われるような巨大な御柱のごとき一本木を切り出し、台車を装着して準備完了。
力任せと風魔法で御柱を思いっ切り西門に叩き付けた。
2度叩き付けたところで門扉が悲鳴を上げ、3度目で蝶番がねじ曲がり、4度目で門扉が吹っ飛んだ。
後は楽だった。
ゴブリンを1匹1匹入念に退治しようなど、誰も考えなかった。
火魔法で放火しまくり、風魔法で炎を煽り倒し、ゴブリンを全て焼き殺した。
イルアンの村は地上から消滅した。
その頃ハーフォード騎士団のパトロール隊は遠目で見える大火事に驚き、ハーフォード騎士団本体の出動要請を掛けた。
騎士団本体が対魔樹並木まで到着するころには状況が明確になっていた。
騎士団は万一にも飛び火が対魔樹並木に着火しないよう水魔法使いをずらりと並べ、領境の小川の水を対魔樹並木に散水させた。
◇ ◇ ◇ ◇
(イルアン村は廃村になったが)イルアンを安全に通過できる様になったので、あらためて王宮の使者がハーフォードへ派遣された。
国家の非常事態につき、穀物の値を上げないように。
そう訓示された公爵は価格据え置きには了解しつつ、使者に命じた。
「わかった。卸値は昨年と同じとしよう。ただし年貢を輸送する隊商は王都で手配しなさい」
「それは・・・?」
「こちらの準備が整ったら王都で隊商を手配し、収穫を取りに来なさい。そして持ち帰りなさい。国家の危機というならばそのくらいは手を砕きなさい」
「わかりました」
交渉結果を公式文書として、王都に戻る使者に持たせた。
使者が帰った後。
公爵とマグダレーナ様が盗聴防止魔術具を使って密談していた。
「価格の件、よろしかったのですか?」
「まあ国家の非常事態であることは相違ない。誰に責任があるにせよ、な」
「閣下がよろしければ良いのです」
「ただし輸送の難しさは昨年の比ではあるまい」
「それは・・・」
「スタンピードは収まっていない。魔物の出方には波がある。そうビトーに言われたからな。おそらく南部から中央部へ荷を運ぶ隊商を捜すのも一苦労することだろう。
護衛の代金は昨年の倍では済むまい。下手すると騎士団を出さねばならぬ。
そこは王都で持ちなさいということだ」
「気付いていないようでした」
「当方にとっては幸いにな」




