270話 メルヴィル3年目(春・始まり1)
訓練がてら密かにイルアンのダンジョンを監視していたが、いよいよダンジョン内に魔物が飽和してきた。そろそろ溢れ出す。
そこでハーフォード公爵へ面会を申し入れた。
私、ソフィー、オルタンスで出向いた。
イルアンの現状を伝え、備えるようお願いした。
ハーフォード公爵も抜かりなく情報収集されており、ほぼ同じ情報を持っていた。
裏取りが取れたと喜ばれた。
「今後はどうなると思う?」
「徐々にスタンピードに移行するでしょう」
「そうか。ちと待て」
マグダレーナ様と騎士団長が入ってきた。
もう一度情報をすり合わせ、話を続けた。
話の主体は騎士団長に移った。
「スタンピードはどのように進行すると予想する?」
そこで予想を述べた。
「我々が経験した直近のスタンピードは隣国のメッサーでございました。あれとは進行の速度が異なりましょう」
「どう違うのだ?」
「ゆっくりと進行するはずです」
「説明してくれ」
「スタンピードはダンジョン内の魔物密度が上昇し、深層階から徐々に魔物が押し出されてくる現象です。これはよろしいですね?」
「うむ」
「イルアンは4層にリッチという強すぎる門番がおります。深層階の魔物よりも強いのです。従って、ここで勢いを削がれます」
「ふむ」
「その上の3層にはストライプドディアーとトレントという、擬態が上手くて不意打ちの得意な魔物のゾーンがあります。深層階の魔物でも手を焼くでしょう」
「ふむ」
「最後にスケルトンとゴブリンの階層がありますが、ここは魔物にしては珍しく指揮官がいて統制の取れた戦いをします。やはり深層階の魔物でも手を焼くでしょう」
「ふむ」
「従って深層階から一気に大量の魔物が溢れ出ることは無いでしょう」
「なるほど。メッサーのような事は起きぬと言うことか」
「はい。魔物は少しずつ出てくるはずです。少しずつ・・・ 50、100と言った単位で出てくるはずです」
「なるほど」
「出てくるのは主にスケルトンとゴブリンです」
「ふむ」
「それが延々と続くでしょう」
「期間はどのくらいと見る」
「年単位と予想します。そこで騎士団に整備して頂きました対魔樹の並木が威力を発揮致します」
「ほう」
「スケルトンは対魔樹の並木で引き返しましょう。並木を通過してくるのはゴブリンだけになります」
「そうか!」
「ハーフォード側はゴブリンだけを迎え撃てば宜しい。新人の訓練に丁度良いと考えます」
「よしっ!」
話し相手が公爵に戻った。
「スタンピードは止められないのか?」
「ダンジョンがハーフォード領ならば止められます。ですが王領なので止められません」
「どういう意味か?」
「私どもが管理していた時にダンジョンを閉鎖する門を付けました。これを閉鎖すれば魔物の湧出は止められます。ただし閉鎖を決断することができるのはイルアンの冒険者ギルドだけです。閉鎖の実施もイルアンの冒険者ギルドしかできません」
「そなたらはできぬのか?」
「マニュアルを見れば操作としてはできましょうが、それをしてしまったら完全な越権行為。最悪ハーフォード公爵領から王領への侵略行為と見なされましょう。
案外王宮はそれを待っているのではないか、と」
「むう・・・」
騎士団長と迎え撃つ作戦の概要を練った。
「対魔樹のラインを越えてきた魔物だけを迎え撃ちます。決してラインの先に打って出ないように。刺激しなければラインを越えてこちらに来る魔物は少ないでしょう。
特にアンデッド系は放っておけばイルアンの方へ自然に流れます。イルアンの街の住民には悪いですが」
「ん? なにか不都合があるのか?」
「いえ、住民が気の毒だな、とちと思っただけです。不都合があればあればジルゴンに申し出れば良いのです」
「それからゴブリンはホブゴブリンが率いています。そして相手グループ内の一番弱い者を見定め、配下のゴブリンに集中攻撃させます。ですので新人騎士団員のトレーニングにはもってこいかと。
中堅冒険者パーティが腕を磨くにも丁度良いです。
しかし駆け出しのパーティでは無理でしょう」
「なるほど。ジュード(冒険者ギルド長)の奴に伝えておこう。お主らは良いのか?」
「メルヴィルにも冒険者ギルドが御座いますので伝えておきます」
ではお暇をば・・・
マグダレーナ様、オルタンスに別室に案内された。
「魔物の動きはわかりました。騎士団、冒険者の備えもわかります。それ以外にどのような影響があると思いますか?」
答えたのはソフィーだった。
「溢れ出た魔物は、まずは食と寝床を求めます。最も近い街・イルアンへ押し寄せます。イルアンは壊滅するでしょう。
イルアンの食を食べ尽くすと周囲へ散らばります。さきほど対魔樹の並木を越えてくるゴブリンだけ退治すればよい、と申しました。その通りなのですが、撃ち漏らしがありますと集落を作ります。常に周辺のパトロールが必要でしょう」
「ハミルトンへは来ませんか?」
「ゴブリン、スケルトンともに水は苦手です。奴らがイルアンからハミルトンへ向かうには、ルーン川を避けて回り込まねばなりません。そして回り込んだ先に立ちはだかるのは黒森という難所です。
魔物は黒森の恐ろしさを本能で察知するでしょうから、ここを越えるのは極めて難しい。もちろんゼロとは申しません。500匹も押し寄せれば2~3匹は通過するでしょう。自警団の備えをしておくのが良いと考えます」
「わかりました」
◇ ◇ ◇ ◇
会談の10日後。
イルアンの街でそれが始まった。
最初はヤケに魔物を見るな・・・ 程度の認識だった。
スケルトンに襲われた事件以降、イルアンは自主的に自警団を組織していた。
王都は冒険者ギルド壊滅以降、実質何もしていなかった。
イルアンは完全に自治領と化していた。
見張りがゴブリンとスケルトンの集団がイルアンに向かうのを見て警報を発した。
自警団は緊急事態を発令し、全自警団員を招集。
直ちに四方の門を締め切った。
ゴブリンとスケルトンはイルアンの城壁をよじ登ることはできない。
イルアンの顔役は例によってハーフォードへ伝書鳥を送ったが、返事は「王都へ言え」だった。
次に王都へ伝書鳥を送ったが、返事は無かった。
緊急事態発令6日後。
城外の魔物の数が徐々に増え始めた。
緊急事態発令8日後。
ゴブリンの指揮官とスケルトンの指揮官が確認された。
その頃。
ハーフォードで最初の大規模な戦いが行われた。




