027話 (閑話)勇者たち3
2025/4/16 誤字修正しました
マルクス宰相とミハエル騎士団長は悩んでいた。
美島鋼生は死んだ。
財前蒼太、鯨井尚子、浅見エリカ、朝倉エマは死んだ。
金田剛は奴隷に落とし、鉱山へ送った。もって2ヶ月だろう。
香取麗華、田宮マキ、及川由美は追放した。
召喚した勇者15名も残すは6名のみ。
日下大、久米倫太郎、道端レイコ、山前仁、山崎香奈子、村上凛。
いわゆる日下グループと呼ばれる者たちを王宮で鍛え、使えるようにしなければならない。
勇者召喚の儀を執り行ってからは激動の日々だった。
15名も召喚されて喜んだのも束の間。
召喚の魔法陣から出てきた者達の体格は見るからに矮小だった。
これで勇者として働けるのか。
魔王と戦えるのか。
いや魔術師なら体格は関係ない。
そして一縷の望みも無残に打ち砕かれた。
召喚された者達は魔法の無い世界から来たという。
この世界においても、700年も遡れば魔法を自由に扱えない時代だったという。
そこに偉大な先達が現れ、魔力の扱いを洗練させ、魔法として体系づけ、世界を導いていったという。
そして文明が開化した。
今では魔法の無かった時代を想像することすら難しい。
この世界でも一部の好事家が魔法を使わない生活を試みているという。
それは魔法を使えないのでは無く、あえて使わずに生活する試みだ。
何故そのようなことをするのか?
あえて不便な生活を体験することで、新たな魔法開発のヒントを得ようというのだ。
それでも3日も体験すれば「もうまっぴらだ」となるそうだ。
召喚された者達はどれほど貧しい世界から来たのか想像もつかない。
そのせいだろうか。
彼らの考え方や行動が理解できない。
財前グループと日下グループが、なぜ同胞の香取麗華、田宮マキ、及川由美の三人をいじめ、強姦しようとするのか。
香取麗華は「私らは母子家庭だから見下されている」という。
こちらの世界でも無能者や犯罪者、性格破綻者を見下すことはある。
だが母子家庭だから見下すということは(言葉の意味としてはわかるが)意味がわからない。理解できない。
この件について財前グループのメンバー一人一人に聞き取りをしたところ、「貧乏人」「ブサイク」「ウゼエ」といったキーワードが出てきた。
このワードについて学者を交えて検討を行った。
「香取麗華、田宮マキ、及川由美は貧乏な家庭の子女である。これはわかる」
「ええ。おそらく貧しい育ちだと思われます」
「じゃがの。財前蒼太や金田剛の方がもっと貧しいじゃろう」
「はい。間違いなく財前や金田の方が遥かに貧しい環境で育っています。あれは貧し過ぎて人品が卑しくなったと見て間違いないでしょう」
「貧しい者が、より貧しい者から悪意を向けられる。我々の世界でもあるのか?」
「貧民窟の者が裕福な一般市民を妬むという例なら無いわけではありません」
「・・・」
「ですが香取、田宮、及川は決して裕福な一般市民ではありません」
「じゃのう」
「ブサイクというのはどうしてじゃ?」
「全くわかりません」
「どんな評価軸で見ても、財前とその取り巻きの方が容姿が劣るじゃろう」
「はい」
「・・・」
(しばし無言の時間が続く)
「あやつら目が悪いのかの?」
「鑑定の結果、視力に異常ありません」
「すると、あやつらと儂らでは美醜の基準が違うのかのぅ」
(ポンッと手を打って)
「その視点には気付きませんでした。至急調査したいと存じます」
「うむ。ひょっとすると儂らは途方もない化け物と思われているのかも知れぬぞ」
「可能性は低くないと存じます」
「うぜえというのは何故じゃ。香取、田宮、及川から絡んでいるならわかるが、逆じゃろう? 追い回しているのは財前どもだったはずじゃ」
「はい。これは我々の世界でも一部の重犯罪者の中に見られる行動パターンです」
「ほう?」
「言いがかりを付ける、というものです」
「ふむ。職業犯罪者の手口か」
「はい。財前グループの鑑定結果はご存じかと」
「LUKが無かったのだったな」
「はい」
「あの年で職業犯罪者か・・・ どれだけ貧しかったのやら」
「・・・」
「財前グループは理解不能です。幸い彼らはもういませんので、これ以上御心を煩わせることは無きよう」
「そうじゃの」
日下グループのメンバー一人一人に聞き取りをしたところ、「母子家庭」「貧乏人」といったキーワードが出てきた。
このワードについて、やはり学者を交えて検討を行った。
「香取麗華も母子家庭と言っていたのぅ」
「勇者の間では “母子家庭” がキーワードになっていることは間違いありません。それが何を暗示しているのかわかりませんが、侮蔑の意味で使われていることは確かです」
「我が国ではどうなのだ」
「我が国における母子家庭は、主に騎士団の家庭に見られます。どうしても一定数の戦死が出ますゆえ」
「うむ。名誉であるな。周囲は敬意を払うじゃろう」
「はい。侮蔑やいじめの対極にあります」
「我が国の戦死者の遺族の扱いはどうじゃ」
「遺族は自動的に騎士団に属します。妻や子に騎士団員としての素質があればそのまま登用します。無ければ属託として内勤に就きます。まあ、騎士団というのは戦う人数と同数以上の後方支援が必要ですので、いくらでも人材は必要です。貴重な人材を手放すわけにはまいりません」
「うむ ・・・じゃが余計に勇者のことがわからなくなったの」
「貧乏人と言っていたの」
「はい・・・」
「どう見ても香取たちよりも日下たちの方が貧乏人に見えるのじゃが・・・」
「はい・・・ ですが、どうやら日下達が金持ちだったのは間違いないようです」
「・・・信じられぬ」
「金持ちには相応の責任が生じます」
「うむ」
「金持ちの子弟には厳しい教育が施されます。でなければ地位を維持できません」
「うむ」
「しかし日下たちには教育を施された形跡が見られません」
「どう考えればよいじゃろう」
「我々の世界とは常識が異なる様で御座います」
「・・・」
「これはかなり思い切った仮説になりますが・・・」
「うむ」
「けっしてお気を悪くされませぬよう・・・」
「わかっておる」
「勇者の世界と我々の世界は、容姿や人格や能力の評価基準や価値観が逆転しているのではありますまいか?」
「・・・」
「そう考えるとしっくりくるのであります」
「・・・」
「我々は『勇者』を求めました。そして実際に召喚された者は、おおよそ我々の希望の対極にあります。つまり無能・非力・性格が歪んでいる・・・」
「・・・」
「我々は最高の人材を求めました。そして彼らの世界の基準で『最高の人材』を送り込んできたのではないか、と」
「・・・」
「我らは、我らの基準で考えると、最低の人材を引き当てたのかもしれません」
「う~む」
王宮付き小間使いのルッツの調査が行われた。
その結果、王宮内で財前のやり方を踏襲した犯罪を行っていたことが判明した。
また、財前に薬物を渡していたことも判明した。
勇者の犯罪行為を知っても上司に報告せず、その知識を元に自ら犯罪に走り、さらに勇者たちの犯罪を助長した罪は誰よりも重いとされた。
ルッツ本人は公開処刑、3親等まで死刑に処された。
◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず揉め事は解消した。
あとは残った勇者を鍛えるだけである。
だが最大の難問が勇者を鍛えることだ。
彼らを剣士や槍士として鍛えることは諦めた。
彼らは火や水や風や土の魔法を使えることになっている。
魔術師として育てる。
だが・・・
火魔法は『ポッポッ』
水魔法は『チョロチョロ』
風魔法は『そよそよ』
土魔法は『パラパラ』
程度で良い。
とにかく僅かでも使えれば、大事に育てて能力を伸ばすことも出来るのだが、全然使えないとなると鍛える手掛かりが無い。
ここで思い出されるのは死んだ神聖魔法使い。
あやつは使えた。
鍛えるまでもなかった。
教会のどの治癒士よりも遥かに使えた。
勇者の中でも出色だった。
あやつは元の世界ではどんな立場だったのだろう。
一縷の望みを掛け、残った勇者たちが4大魔法(火水風土)に加え、神聖魔法を使えるようにならないか試行錯誤が始まった。




