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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
23 メルヴィル風雲編
267/302

267話 メルヴィル3年目(冬・北ダンジョン2)


6層から7層へはゆるやかなスロープになっていた。

スロープには芝が生えていて、ダンジョン内とは思えぬほど気持ち良い。


マロンがあちこち走り回っている。

気持ちいいのかな、嬉しいのかな、と思っていたら違うようだ。

しきりに臭いを嗅ぎながら走り回っている。


内ポケットからクロとシロも出て来て芝の上を走り回るが、すぐにマロンの背中に登って周囲を警戒している。

どうやら見た目どおりののどかな階層では無いようだ。




7層へ降りた。


広い・・・


一面草原。


柔らかな日差しが降り注いでいる。


7層は通路も部屋も無く、ただ一つのフロアがあるだけらしい。

ダンジョン内でこんなに明るいのは珍しい。

爽やかなそよ風も吹いている。


天井は?

青空に入道雲が浮かんでいる。

今は冬だよな?


気温は・・・ ダンジョンだ。

暑からず寒からず常春。



とにかく広すぎて、目印になるものが今降りてきたスロープしか無い。

スロープの位置を起点に周辺を探索・・・



マロンが押し殺した声で警告を発した。

クロとシロが私の内ポケットに戻ってきた。



「全員集合。バラバラにならないで」



そう声を掛けて辺りを見渡すと・・・

遠くの方に黒い点があることに気付いた。

動いているようだ。


最初からいたかな?


よ~く見ると黒い牛が一頭、草を食んでいる様に見える。



「パパ」



エマが私の前に出た。



「みんなはここにいて。

 パパもここにいて。

 マロン、クロ、シロ。おいで」



クロとシロは私の内ポケットから出るとエマの肩へ駆け上った。



「みんなは動いちゃだめよ」



そう言うとエマはゆっくりと黒牛に近付いていった。

ウォーカーも炎帝も誰も動かなかった。



後で気付いたが、私もソフィーもエマの言葉に異を差し挟まなかった。


9歳の娘を1人でダンジョン7層の魔物の元へ向かわせる。

その異常さに気付いていなかった。

それが当然のことと思っていた。


エマはそんな力を持ち始めたのかも知れない。




黒牛は草を食みながらエマが近付くのを見ている。

エマが黒牛に触れるまで近付いたので黒牛の大きさが良くわかる。


大きい。


エマと比較してあの大きさということは、肩の高さがウォルフガングの身長と同じくらいだろう。ということは肩まで2m。



エマは黒牛に寄り添い、そっと黒牛の鼻筋に自分の頬を擦り付け、黒牛の顔を抱きしめた。

黒牛も満更では無さそうだ。


それもそのはず。

光魔法と闇魔法に関しては、私にはエマの魔力の流れが見える。

エマは黒牛の巨大な体全体にヒールを掛けていた。


黒牛が巨大すぎるのか、それとも黒牛の怪我が重いのか、エマはずいぶん長い時間ヒールを掛けていた。

やがてエマが抱きしめていた黒牛の巨大な顔から手を離した。



エマと黒牛が揃って我々の方を見た。

その瞬間、脳内に低い、深みのある声が鳴り響いた。



『我が名はアピス。聖女エマの願いにより、そなたらを歓迎しよう』



◇ ◇ ◇ ◇



アピス。


・・・アピス。


ギルド備え付けの魔物辞典のその項目を読んだ記憶が無い。


牛の魔物といえばミノタウロスくらいしか知らない。

だが深い知性を持ち、人語を操ることから、眼前の魔物はミノタウロスごときとは根本から出来が違うことがわかる。

ラミア、アラクネクラスなんだろうなぁ。


ウォーカーも炎帝もアピスの足下に座り、寛いでいる。

百戦錬磨の冒険者達が完全に心を許しているのもアピスの能力なのだろう。


失礼かと思ったが、こんな機会は二度と無いと思ったので、アピスの前で聞いてみた。



「ソフィーはアピス様のことを知っていましたか?」


「いや。伝説とだけ」


「そうですか。アピス様は私達のことを鑑定できますか?」


『そなた達が聖女の親であるということはわかる。聖女はそちの能力を引き継いでいるのだな』


「アピス様を鑑定させて頂いてよろしいですか?」


『かまわぬ』



名前 :アピス

種族 :アピス

脅威度:A

年齢 :558

状態 :健康(*)

魔法 :土、水

特技 :魔眼、予言



種族と名前が一緒?

と言うことはこの世界で只1人のアピス。THEアピスということか。


年齢は・・・ 世紀で数えるのね。


健康状態に注意書きが付いている。

エマが治癒したはずだが何だろう?



「アピス様。お体は健康ではありますが、気に掛かるところがおありのご様子。なにか心当たりはございますか?」


『・・・』


「余計なことを申し上げました。どうかお忘れ頂きたく」


『そちには見えているのか・・・』



しばらく沈黙の後。

アピスは昔話を始めた。



◇ ◇ ◇ ◇



この地はそちら人間の言う『水龍の呪い』で人間や魔物の死体が流れ着く場所だ。

死体の数なら魔物よりも人間の方が多い。

そしていつしかこの地にダンジョンができた。


だが誰も訪れぬ。

誰も手入れをせぬ。

野生のままのダンジョンだ。

この様なダンジョンはスタンピードを起こすか、衰退して消滅するかのどちらかだ。

このダンジョンは緩やかに消滅に向かっていた。


丁度200年前。

我は黒森の魔物共の喧噪に嫌気が差して、自らの意思でこのダンジョンに潜った。

そしてそのまま最深部に住み着いた。


そう。

ダンジョンコアはこの下にある。

ダンジョンボスは私が入れ替わった。

ダンジョンコアに干渉して、この階層を私の住みやすいように改造した。

そしてダンジョンが暴れないように、私はダンジョン全体を制御している。



このダンジョン。

これまで人目に付いたことは無い。

つまり冒険者は訪れぬ。

ダンジョンの栄養としては数年に一度の水龍の呪いで流れ着く人間・動物・魔物の死骸しかない。


ダンジョンの栄養としては足りぬ。

そこで私が干渉してダンジョンを作り替えた。

具体的にはダンジョン内の魔物を動物系から植物系へ変えた。

そうすることによって少ない栄養で生きていける飢餓に強いダンジョンにした。



「アピス様。口を挟んで申し訳ありません。一つ教えて頂きたいことがございます」


『うむ』


「一つ上の層にガーゴイルがいましたが、あれは?」


『あれはコスピアジェ殿が門番として作った物だ。動物ではあるが、侵入者が来ない限り動かない。動物の魔物としては究極の省エネだ』


「コスピアジェ様もこのダンジョンに棲んでいたのですか」


『そうだ。だがコスピアジェ殿は食事にある程度動物質を必要とされる御仁だ。このダンジョンを気に入ってくれてはいたが、長期間暮らすには向いていなかった』


「左様でございましたか」


『私はこのダンジョンを飢餓に強いダンジョンに改造した。そしてしばらくは問題無かった。だがゆっくりとダンジョン全体に栄養が足りなくなってきている。ダンジョンの精気が落ちている』


「はい」


『この階層は美しい草原だが、地力が衰え、栄養のある牧草は殆ど姿を消している。

私は満足に食事が取れず、体に色々と不調が出て来ていた。それを聖女殿に癒やして頂いた。だがそちは余の体に潜む隠れた不調に気付いたわけだ』




なるほど。


この階層自体を鑑定してみた。


どの状態が正常なのかはわからない。

地が痩せていると言われればそうなのかも知れない。

たしかにメルヴィルの農地に比べればエネルギーが足りていない。

かなりの差がある。


メルヴィルではマンフレートの指示で水を入れたり落としたりする。

堆肥も入れる。

それができない土地ということか。




すると突然天啓が降りてきた!


私は何か面白い物を持っていた様な気がする・・・

背負い袋のポケットを手探りすると、同じモノが2個出て来た。



【豊穣のブローチ】

 豊穣の女神デーメテールの力を宿したブローチ



これ・・・ 使いどころがわからなくて仕舞っていた謎アイテムだ。


こういうことかな?


豊穣のブローチを地面に置き、ほんの少し魔力を流してみた。

途端に豊穣のブローチを中心にズワッと魔力が広がった。

魔力はすぐに地面に吸収された。


再度この地を鑑定してみる。

先ほどより地のエネルギーが向上している。

メルヴィルの農地に比べるとまだまだだが。


使い方はこれでいいのかな?


迷っていると、真っ黒の瞳でじっとアピスが私を見ている。

口出しをする気は無いらしい。


そこで訊ねた。



「これは『豊穣のブローチ』と申します。これは地力を回復させる魔術具らしいです。これを使ってみようと思います。これを使うと同心円状に地力が回復致します。

どの場所で使うのがアピス様に都合が良いか教えて下さいませ」



アピスに7層を案内された。


7層は草原だけでは無かった。

小川が流れており、その水辺に美しい小高い丘があった。

遠くに小さな木立も見える。

丘の頂上にブローチを置き、魔力を込めた。


ブワッと魔力の円が広がった。

小川を越え、丘を越え、木立も越えて・・・

階層全体に広がっていった・・・





「おい、ビトー、起きろ」



ソフィーに揺さぶられて目を覚ました。

ぼーっとしていると何が起きたのか教えてくれた。


豊穣のブローチは地力を回復させる魔術具だが、セイフティ機能が付いていない。

魔力を込めれば込めるだけ広範囲の地力を回復させる。

そして使用者が「ここで止める」という明確な意志を持って扱わない限り、使用者の魔力がカラになるまで引き出してくれるらしい。


私は魔力切れで意識を失っていた。




アピスには大変に感謝された。

早くも最高品質の牧草が生え始めているという。


お礼に何でも聞いてくれと言われたので、いくつか質問をした。



「私達はこのダンジョンは原始ダンジョンだと思っていました。なぜ勘違いが起きたのでしょう?」


『このダンジョンは私が長年縮小均衡させてきた。縮小の過程で初層は管理外になった。そこだけ一時的に原始ダンジョンに戻ったのだ』


「スケルトンが大量に湧き出したこともありました」


『そなたらが来る直前のことだが、纏まった数の冒険者が来たことがある。全滅したのだが、一時的にその栄養で暴走したのだろう。

一応ダンジョンコアまで栄養は流れてきたのだが、大半は初層で栄養を吸収されてしまってな』


「今は初層もアピス様の管理下ですか?」


『いや。管理外だ』


「と言うことは別のダンジョンになる?」


『そうだ』


「中層階ではゴブリンゾンビとオークゾンビが出ます。あれは動物ですがよろしいのですか?」


『苦肉の策なのだ。ゾンビなのでダンジョンの魔力が足りなくなればすぐに消滅させる。魔力消費の調整役だ。消滅させる時は上層階か下層階へ向かわせ、そこで息絶えさせ、植物の餌にする』


「コスピアジェ様は一時期6層に棲んでおられました。今でもお見えになるのですか?」


『よく顔を出す。外の情報を伝えてくれる』


「アピス様おられる限り、このダンジョンではスタンピードは起きませんね」


『そうだ』


「私はこのダンジョンの南にあるメルヴィルという村を預かっております。進む道に迷った時はアピス様に相談してよろしいですか?」


『いつでも来るが良い』


「ところで・・・ 私が突然【豊穣のブローチ】を思い出したのはアピス様の御心の働きかけですよね?」


『・・・そういうことにしておこう』




お暇することにした。


すると逆にアピスから問い掛けられた。



『上の階で籾を取ったであろう?』


「取りました。籾と種です。コスピアジェ様の置き土産にしては毛色が異なる気も致しますが・・・」


『それはこのダンジョンの地力が更に衰えた時のために、私がコスピアジェ殿に頼んで収集してもらったものだ』


「ということは植物の魔物ですか?」


『ダンジョン内で然るべき手順に則って育てれば植物の魔物になる。だが外で育てれば普通の穀物だ。地に栄養が乏しく、かつ寒冷地でも育つものだ』


「地に栄養が乏しく、寒冷地でも育つ・・・ 是非頂きたいものです」


『わかっている。半分残してもらえないか』


「喜んでお分け致します」



籾・種を山分けしてアピスの元に残し、御前を去った。


ダンジョンの出口に付くまで魔物に襲われることは無かった。

ヴィーナスも道を空けて避けてくれた。




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