260話 カトリーヌ
(カトリーヌ・オリオルの視点で書かれています)
「母上、姉上、エーリヒ、ここには護衛騎士もおりません。武器庫は壁も厚く、錠前は頑丈です。武器庫に立て籠もりましょう」
ポートシャークが海賊の襲撃を受けたとの報告が飛び込んできました。
海賊を撃退したのか、それともポートシャークは陥落したのかもわからぬまま、領都オリオルへ海賊が攻め寄せてきました。
折悪しく、収穫期に合わせてオリオル騎士団は各地に分散しております。
領都を守る騎士団もおりますが、今は人数が少ないのです。
父上は籠城を決めました。
ところが意外なことに海賊共は城外の麦を収穫し、持ち去ったのです。
最初からオリオル領の収穫を目当てに来ていた様でした。
父上は大変お怒りになり、各地の騎士団が集結する前に決戦する決心をお固めになりました。
父上は城門を開き、手持ちの騎士団を全て突出させ、城門を閉めさせました。
城内には守備隊は1人もおりません。
私は万一を考え、母上、姉上、エーリヒ(弟、嫡男)にいつでも武器庫に籠城できるよう進言しました。
ところが返ってきた答えは意外なものであり、私を落胆させるものでした。
「あなたは辺境伯様の武勇を信じられないのですか? 情けない」
「あなたはネズミのようにオドオドしていれば良い。私は堂々としております」
「あなた、流石に冒険者にかぶれ過ぎでしょう。あんな下賤なものにかぶれてみっともないと思わないのですか?」
「貴族の誇りというものを思い出して頂きたいものですわ」
王立高等学院を卒業して以来、コカトリスを殲滅して以来、いつもこんな感じでした。
なにか言う度に私を馬鹿にして、蔑んでいました。
昔はそんな風ではなかったのですが・・・
最近はエーリヒまで私を避けていると感じます。
エーリヒは王立高等学院で学び始めた当初は私に懐いていましたが、いつの間にか私と距離を置くようになりました。
そして、何故かはわかりませんが、今年からエーリヒは学院へ行っていません。
卒業した訳ではありません。
ひょっとすると、私のようにならないように、父上と母上が学院から遠ざけたのかも知れません。
母上と姉上とエーリヒは大広間に残りました。
使用人達は誰もいませんでした。
もし城門を突破されれば城館は真っ先に略奪のターゲットになります。
本能的にそれを感じている使用人達は、騎士団が城外に出たときにあれこれ理由を付けて逃げ散っていたのです。
「ジュリア。 ジュリアッ! 返事をしなさいっ!!」
大声で侍女を呼ぶ母上の声が聞こえましたが、当然返事はありませんでした。
私は1人武器庫へ向かい、魔剣【Ymir】を手に取りました。
ラミア族から頂いた水系、氷系魔法に特化した強力な魔剣です。
父上が忌み嫌っていたので武器庫に放置されていたものです。
こんな時に遠慮などしている場合ではありません。
私は【Ymir】を腰に帯び、武器庫の前に1人陣取りました。
遠くから喧噪が聞こえ始めました。
喧噪はあっという間に近付いてきました。
すぐに館の中から怒鳴り声が聞こえ始めました。
これは・・・ 争う声では無い。
略奪の声です。
海賊の声しか聞こえません。
騎士団の声はしません。
まずい!!
大広間へ向かうべき?
海賊の声が聞こえてきました。
「船の上ではババアも貴重だからな。たっぷり楽しませて貰うぜ」
「ぎゃはははは」
「こっちは上玉だ。しばらくは楽しめそうだ」
「ガキはいらねぇ」
まさか・・・
大広間へ飛び込むと・・・
見ました。
エーリヒは血だまりの中に倒れていました。
母上と姉上が海賊に縛られて連れ去られていく途中でした。
声を出す事もできないように見えました。
ところが・・・
母上が私を見た途端・・・
「◎△$♪×¥●&%#?!!!!」
声にならない叫び声を上げました。
「なんだぁ? どうした?」
「あ・・あ×¥●&%#?!!!」
「どうしたどうした? 乳揉んで欲しいのか? へっへっへ」
「あの女をやるから私を離しなさいっ!!」
母上は・・・
私を海賊に売ろうとしたのです。
「ああ? おーい。その女も掴まえろ」
海賊共が下卑た笑いを浮かべながら私を囲む様に近付いてきます。
私はゆっくりと腰の【Ymir】を抜きました。
「この姉ちゃんやる気だぜ」
「ぎゃははははははは」
「おいちゃんが可愛がってあげようね」
「ぎゃははははははは」
全く警戒せず近付いてくる海賊を只の一刀で切り伏せました。
海賊共の雰囲気が一瞬で変わったのがわかりました。
「このアマ! 生け捕りにしろっ!!」
私は囲まれないように大広間の出口まで下がりました。
私の動きに誘われるように近付いてきた海賊をまず一人切り伏せると、武器庫の入口まで下がって迎え撃つ体勢を取りました。
「うおおおおおおおお」
「殺せぇぇぇぇ」
押し寄せる海賊共を氷槍連続射撃で迎え撃ちました。
5人の海賊を血祭りに上げました。
私の氷槍など、前後左右上下あらゆる方向から襲い掛かるソフィー様の氷槍の嵐に比べればかわいいものですが、これでも【Ymir】のお陰で相当強化されているのです。
次々に襲い来る海賊共を撃退していると、武器庫の前に海賊の死体が15体も積み上がりました。
海賊共が襲って来なくなったので、そ~っと前に出て辺りを見渡しますと、海賊共が迷っています。
そこで更に無詠唱で氷槍の一斉射撃を見舞いました。
さらに4体の死体ができたところで海賊共は這々の体で逃げていきました。
大広間まで戻ると母上と姉上は連れ去られた後で、エーリヒの亡骸は服や装身具が毟り取られて無残な姿にされていました。
館の外に出ると海賊共の姿は見えません。
街のあちこちから火の手が上がっているのがわかります。
火事なので隠れていた市民も隠れ家から出て来ます。
市民が自然と私の元に集まってきたので、皆にお願いをしました。
市民を2つの隊に分け、1つを火事の確認に当たらせました。
もう1つを海賊の捜索に当たらせました。
まだ市内に潜んでいるかも知れないのです。
情報が集まってきます。
海賊は完全に撤退したようです。
ですが放火しながら逃げていったと目撃情報がありました。
火事の状況が悪いです。
簡単には消せないようです。
守るところと見捨てるところを分けないといけません。
そんな時。
父上が騎士団を引き連れて戻ってきました。
「カトリーヌ!」
「父上!」
私は馬上の父上に惨状と今させていることを伝えました。
「待てっ! 今なんと言った!」
「エーリヒは死にました」
「何だとっ!! そんな訳あるかっ!」
エーリヒの亡骸が安置されている大広間へ案内しました。
「なぜ誰もエーリヒに付いていない?」
「申し訳ありません。今、私以外誰もおりません」
「なぜ誰もいない? なぜお前が付かない」
「私が付いてしまうと捜索隊の報告を聞けず、的確な指示が出せませぬ」
「捜索隊とはなんだ?」
父上は私の説明を聞いていなかったことがわかりました。
城館で起きたこと、街中で起きたこと、今していることを、もう一度手短に伝えました。
「そんなことする必要無いっ! エーリヒの側にいてその魂を慰めることこそが重要だろうっ! 愚か者っ! エーリヒの代わりにお前が死ねば良かったのだっ!!」
「・・・」
「お前はもうよいっ! 顔も見たくないっ! どこへでも去れっ! コルネリア! コルネリアはどこへ行ったっ!?」
父上は足を踏み鳴らし、母上の名を叫びながらどこかへ行きました。
私は母上と姉上が海賊に攫われたことも伝えたのですが・・・
それも二度、伝えたのですが・・・
私の言うことなど聞く気が無い。信じる気も無いのでしょう。
エーリヒの代わりに私が死ねば良かった・・・ ですか。
◇ ◇ ◇ ◇
どのくらいぼーっとしていたのでしょう?
気付いたら私は館の外で座り込んでいました。
私が班分けした市民たちが心配そうに私を見ています。
私は・・・
誰に言うでも無く、独り言のように喋っていました。
「弟は死にました」
「母上、姉上は海賊の慰みものにされていずれ死ぬでしょう」
「私は父上から追放されました」
「さようなら、みなさん」
私は乗り手がいなくて彷徨っていた馬に跨がり、目標も定めず、城門を出ました。
何も考えられませんでした。
一度も背後を振り返りませんでした。




