026話 香取麗華の場合
季節は冬。
寒さは北関東から南東北くらいのイメージ。
朝は寒いねぇ。
ギルド内の1室を間借りして、マロンとフェリックスと一緒に暮らしている。
彼らは身綺麗にしており、部屋は獣臭がしない。抜け毛も殆ど無い。
清潔魔法や消臭魔法があるのだろうか。
暖房なんて無いけれど、マロンとフェリックスと一緒に寝れば暖かい。
部屋代や飯代はすべて闇治癒の御代からさっ引かれている。
初級冒険者が定宿にするような宿屋に比べ、ずいぶん安いので文句はない。
ギルドとしても私がギルドの建屋内に常駐すると急患に対応できるので、有り難がっている。
Win-Winの関係。
今日もダンジョンに潜ろう。
3つ目の未踏破エリアへ行こう。
マロンを連れてロビーへ出て行く。
いつも通りフェリックスは背負い袋の中。
壁に貼り出されたクエストは受けないが、どんなクエストがあるのか状況を見る。
これは習慣になっている。
変わったクエストが無いことを確認し、さあダンジョンへレッツGO!
というタイミングでギルド長と師匠に両腕と首根っこを掴まれ、有無を言わさずギルド長室に連行された。
師匠は190cm超。ギルド長に至っては2m超えの偉丈夫なので、捕らえられた宇宙人状態の私。マロンも後をついてくる。
ギルド長室に入るなり鍵を閉め、盗聴防止魔道具を起動するギルド長。
「頼みがある」
「治癒ですか。なんの問題もありません」
「治癒じゃない」
「G級の私に指名クエストなんて無いでしょう?」
「おまえじゃない」
「・・・」
「フェリックス殿に頼みがある」
背負い袋からモゾモゾと出てくるフェリックス。
「なんでしょう?」
「3名ほど追加で鍛えてやって欲しい」
「冒険者?」
「そうだ」
「相手を見てから」
「わかった」
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーの街とダンジョンの間の草原。
私の訓練場であり、散々ゴブリンを狩ったところ。
今は冬枯れ。
フェリックスは背負い袋から首だけ出してもらい、私とマロンは街道から少し外れて待っていると、4人の冒険者が近づいてくるのが見える。
1人はギルド長。
ほかの3名は・・・ 勇者か!
ギルド長に連れてこられたのは・・・ ええと・・・
香取麗華、田宮マキ、及川由美・・・ だったかな。
いずれもこの世界に召喚された勇者候補生。
「この3名を鍛えてやって欲しい」
このメンバーのレベルアップをギルド長に依頼されるということは、彼女らの正体は明かされているのか?
私の正体は?
「ビトー・スティールズの名は・・・」
「こいつらは既に秘密保持魔術で縛っている」
「そうでしたか・・・ しかし・・・」
「まだ何も言っていない」
「でもばれますよね」
「だろうなぁ」
ギルド長は、私を保護した時よりは事情を明かされているようだ。
香取と田宮は剣士の出で立ちをしている。
及川は魔術師だろうか。
しかし香取の様子が酷い。
剣士はメッサー冒険者ギルドで山ほど見るが、彼ら彼女らに比べると、香取と田宮はどう贔屓目に見ても最低ランク。それも飛び抜けて低い。
こっちの世界の子供が冒険者ごっこをしているレベルだと思う。
しかも上達する未来が見えない。
香取も田宮も私より背が低く、体は厚みも横幅も無いのだから。
前にも言ったがこちらの世界の剣士はゴリゴリの肉体派。
女性なら身長190cm超、男性なら2mが当たり前の世界。
デカイだけではない。動きも速い。
彼女らにどんな技があったとしても力で押しつぶされると思う。
魔術師はどうだろう。
これは才能があれば小柄でもいける。
及川の才能はわからない。
ギルド長の説明によると、彼女らは他の勇者たちと折り合いが悪く、追い出される形で冒険者ギルドに預けられた。
「ほうほう。 で、本当は?」
「彼女らに聞け」
「はい。ところで香取の顔面と左手が大変なことになっているのですが?」
「彼女らに聞け」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
もう限界だ。
この世界に召喚されて以来ずっと私とマキ、由美は危険に晒され続けていた。
私はともかく、マキと由美が美女過ぎるのだ。
そして他の勇者どもがクソ過ぎるのだ。
マキは目鼻立ちのくっきりした美女だ。目が大きく、女の私でも吸い込まれるように見入ってしまう。
由美は優しい顔立ちの和風美女。言葉遣いもイメージ通り。私好みのなでしこだ。
私は胸がデカいだけのガサツな女だ。
異世界にとばされてタガが外れたのか、財前とその取り巻きたちによって繰り返される私たちに対する強姦未遂。
日下とその取り巻きたちの暴力。
私たちはこの世界に召喚されて以降、こいつらと同じ部屋に押しこめられている。
私たち3人は交代で不寝番を続けている。
体力、気力ともに限界で、勇者としての訓練どころではなかった。
途中で財前とその取り巻きが死んだり奴隷落ちして、心底ざまあみろと思った。
これで少しはまともな日常が来るかと思った。
ところが日下とその取り巻きに同じようなことをされ始めた。
王が勇者訓練の視察に来たとき、思い切って訴えた。
言葉を選び、丁寧に訴えたつもりだった。
だが怒鳴り声が飛び交い、護衛騎士に床に押さえつけられ、殴られ、口の中を切った。頭の芯がジーンと痺れ、頬も腫れた。
無礼だの、身分だの、王家に対する敬意だの感謝だの・・・ 怒鳴られ続けた。
我慢していた何かがブッツリと切れた。
大声で怒鳴り返した。
「勝手に異世界に攫っておいて、こんな強姦魔どもと同じ部屋に閉じ込めておいて、そんな奴らになにを感謝しろと言うんだっ!」
「黙れっ!」
「お前たちは人間かっ! お前たちは悪魔だっ!」
「黙らんかっ!」
「お前たちがっ! お前たちこそがっ! 魔王だっ!」
殴られ続けた。
だが叫びに叫んだ。
何度も顔を殴られたが叫び続けた。
「殺したければ殺せっ! 死んでもお前たちの思い通りになるもんかっ!」
「絶対に、絶対に、お前らのっ、思い通りなんかにっ、ならないからなっ!」
「お前たちを許さないっ! 絶対に、絶対に、死んでもっ、許さないからなっ!」
「死んだら呪ってやるっ! お前ら全員っ! 地獄に引き摺り落としてやるっ!」
いつしか私の怒鳴り声だけがしていた。
私以外、誰も声を上げていなかった。
息が切れて声を出せなくなると、私の荒い息の音とマキと由美の慟哭の声だけがしていた。
異様な沈黙が場を支配していた。
◇ ◇ ◇ ◇
私とマキと由美は別の部屋に連れて行かれ、取り調べを受けた。
私は指の骨が折れ、歯が折れ、たぶん頬の骨にひびが入っていると思う。
でも放置された。
顔がまん丸に腫れ上がった。痛みも酷い。
でも放置された。
取り調べと言っても私たちの取り調べでは無く、財前や日下たちの行為に関する取り調べだった。
すべてぶちまけた。
私は1度、マキは2度、由美は1度、財前とその取り巻きに強姦され掛けた。
いずれも仲間に助けられ、未遂に終わったが、このことを勇者の世話役(ルッツとか言う奴)に訴えたが、奴はニヤニヤするだけだった。
むしろ私の体を舐めるように見ていた。
取調官が護衛騎士に耳打ちすると、護衛騎士は取調室を出て行った。
多分ルッツに確認するのだろう。
奴に確認したって本当のことなんか言う訳ないってわからないのか?
そんなこと子供でもわかるだろうに。
この世界の人間は心の底から馬鹿だと思う。
いずれにせよ魔王討伐なんてどうでもいい。
あいつらと同じ部屋に戻すなら、力の続く限りあいつらを殺す。
あいつらも仕返しで殺しに来るだろう。
かまわない。
自分が死ぬまであいつらを殺す。殺して、殺して、殺しまくってやる。
死んだら呪って、呪って、呪い殺す。
取り調べはいったん中止され、食事が出された。
だが私もマキも由美も、出された食事をゴミ箱に捨てた。
味見すらしなかった。
しばらくして取調官が戻り、ゴミ箱に捨てられた食事を見て怒った。
私は取調官を睨みつけて言い返した。
「どうせ睡眠薬か媚薬が入っているんだろ? え、そうだろ?」
「何のことだ」
「ルッツに聞いてきたんだろ? 財前とその取り巻きのやり方を」
「・・・詳しく話せ」
「ルッツに聞け。奴は財前たちからそのやり方をよ~く聞いて知っている」
グズグズしているのでマキが奴らの手口を教えていた。
睡眠薬を使って眠らせて強姦すること。
前の世界からやっていて有名だったこと。
親が権力者で、全ての犯罪を揉み消していたこと。
こっちの世界でもルッツに命じて睡眠薬や媚薬を入手していたこと。
既に女官が何人か犠牲になっていること。
私たちは自分で確認した食事しか摂らないこと。
血相を変えて取調官が部屋を出て行った。
あいつらどこまで無能なのだろう。
取り調べは翌日まで無かった。
翌日、日下らの言動について事情聴取された。
日下とその取り巻きは良家の子女らしく、母子家庭の私、マキ、由美をさげすんでいた。暴力も振るっていた。
それを聞いた取調官はなんとも奇妙な表情をしていた。
なんだというのだ。
2日後。
私、マキ、由美の3人は、メッサーという街の冒険者ギルドへ送られることになった。
そして今ここにいる。
◇ ◇ ◇ ◇
フェリックスが背負い袋からもそもそと這い出てきて、彼女らを見ている。
「フェリックス?」
「ビトーとあまり違わない」
「見込みありそうじゃないですか」
「そうだね」
「魔術師は?」
「E級ならいける」
「よかった」
香取があまりにも痛々しかった。
顔が変形して腫れ上がっている。
左手の指もおかしい。
いったいどれほどの痛みに耐えているのか。
若い女性をこんな状態にして放っておくなんて考えられない。
いや、こちらの世界なら考えられる。
香取を座らせ、鑑定する。
左の頬骨が折れている。
左の下奥歯が2本無い。
しかも膿み始めている。激痛だろう。
左手の指が骨折し、折れたまま癒着しようとしている。
肋骨も折れていた。
ヒールの前にキュア。状態異常回復。
骨をあるべき形に戻す。
指の骨は慎重に。
歯を再生する。
そしてヒール。
膿を排除。
骨を再生し、肉を盛り上げる。
女性の顔を元通りにする・・・ 駄目だ。不可能だ。
私は香取の元の顔を覚えていない。
と言うことは、“元” はわからないが、元以上に美しく、の気持ちで。
傷跡を消すのは当然のこと。
シミ、そばかす、ほくろ、その他余計なモノは状態異常として全部取り去る。
顎回りをスッキリさせる。
精魂込めて治癒。
教会の呪いを祓って以降、もっとも時間の掛かった治癒だった。
香取の姿が元に戻ると、香取、田宮、及川の3人が抱き合って、軋る様な声で泣いていた。




