252話 イーサン
(ライムストーン公爵嫡男イーサン・バリオスの視点で書かれています)
今から2年前。
私は王立高等学院へ入学した。
そしてハーフォード公爵の学生寮で運命の出会いをした。
彼女の名はカトリーヌ・オリオル。
学院の3年生。
そしてオリオル辺境伯の次女だった。
私も家柄は悪くない。
そしてカトリーヌ先輩は次女。
話を進めても良いのではなかろうか。
ところが・・・
運命の女神に感謝する間もなく、突如タイレルダンジョンからコカトリスが溢れだし、王立高等学院が休校になった。
私はライムストーン公爵領へ戻り、事態が沈静化するのを待つしか無かった。
年が明け、学院が再開された。
喜び勇んで学院へ駆け付けるとハーフォード公爵寮は閉鎖されており、カトリーヌ先輩は卒業されておられた。
カトリーヌ先輩はコカトリスが湧き出すダンジョンを攻略され、ダンジョンボスに引導を渡すという大武勲を挙げられ、成績優秀により早期卒業された。
オルタンス先輩、アナスターシア先輩、マキ先輩、ビトー先輩も卒業されていた。
カトリーヌ先輩との接点を失った。
私はひとりぼっちになった。
私の学院生活は、共同学生寮と校舎を行き来するだけの灰色の生活に成り果てた。
私は必死に勉強した。
カトリーヌ先輩だけでない。
僅かな期間だったが一緒に過ごした先輩方は全員早期卒業されるほど優秀だった。
カトリーヌ先輩の周りには優秀な人しかいられないのだ。
私も早期卒業できなければカトリーヌ先輩の視界にも入らない。
そして私も3年生修了時に卒業証書を得た。
やった!
遂にカトリーヌ先輩に追いついた!
・・・
全然追いついてなかった。
カトリーヌ先輩は文武両道だった。
そして私がカトリーヌ先輩の隣に立てる日が来るとは思えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
領地に戻ると父上の領地経営の補佐を務めた。
仕事は堅実にこなした。
文官からも頼りにされた。
だが私は抜け殻のようだったらしい。
父上と母上が心配され、何度も私の様子を見に来てくれた。
相談にも乗ってくれた。
私の “憧れ” や “想い” を聞いた父上は考え込んでおられた。
一月後。
父上は私を執務室に呼び出し、辞令を手渡した。
辞令には『メルヴィル』と書かれていた。
メルヴィル?
聞いたことが無い。
私はメルヴィルを調べるかたわら関係各所を回り、離任の挨拶をした。
皆の反応は一様だった。
口では
「ご壮健であられますよう」
と言うが、私を見る目付きは
「コイツは次期公爵候補から外れた」
だった。
メルヴィルについて情報が集まると、皆の私を見る目が理解できた。
メルヴィルはハーフォード公爵領にあるが、実質ハーフォード公爵から見捨てられた土地だった。
ハーフォード公爵領にはハミルトンという一大穀倉地帯がある。
人々のハーフォード公爵領の認識はそこで終わる。
その先に何かがあるとは思わない。
実はハミルトンの先に見捨てられた土地がある。
約70年前に起きた地龍の呪い(地震)と、その後の水龍の呪い(洪水)の影響で、メルヴィル村は壊滅した。
以後アンデッドが跋扈する呪われた土地となった。
そんな土地に左遷される私は、もはやあらゆる希望から見捨てられた貴族のなれの果てだ。
もうヒックスへ戻ることもあるまい。
ハーフォード公爵から長期滞在の許可が出るのを待って、メルヴィルへ旅立った。
「ヒックスよりもメルヴィルのほうが王都に近いのさ」
ヤケクソでそんなことをうそぶきながら、自分の不甲斐なさに涙した。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォード公爵を表敬訪問した。
ハーフォード公爵もよその貴族の出来損ないを押しつけられて迷惑だろう。
誠に申し訳ない。
そんな申し訳なさ一杯で面会したが、公爵の反応は全然違った。
「君が公爵の自慢の息子のイーサンか。よく来てくれた。最初はわからないことばかりだろうが、励みなさい」
そう言われたのだ。
ハーフォード公爵の言葉からは希望と期待しか感じられなかった。
少し戸惑いながら御前を退出し、メルヴィルへ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
今。
私はメルヴィルにいる。
ヒックスで私を哀れみの目で見ていた奴らに問いたい。
ここはどこだ?
メルヴィルだ。
事前に収集した情報と全然違う。
人が多い。
活気がある。
まだまだ都会というわけにはいかないが、いくらもしないうちに都会になるだろう。
アンデッドなんてどこにいるのだ?
そしてこの街を統治されているのがビトー先輩!!
先輩!
ご無沙汰をしております。イーサンです。
マキ先輩もおられたのですね。
時々オルタンス先輩もお見えになる、と?
あの・・・ カトリーヌ先輩は?
お見えにならない?
そう・・・
いえ。
決してオルタンス先輩に文句があるわけではなく・・・
いまメルヴィルは農業再生中。
再生の担い手は・・・ ライムストーン公爵領からの入植者!?
ええっ!!
そんなことが行われていたの!?
私はビトー先輩の補佐として、彼らライムストーン公爵領からの入植者達の管理をすることになった。
そして・・・
◇ ◇ ◇ ◇
私は通称『東の土手』の上を走っている。
必死に。
必死に。
必死に!!!
犬が一緒に走ってくれる。
犬は私に纏わり付いて 「ほらっ ほらっ もっと もっと まだ まだ」 と先を急がせる。
いや、ちょっと待って。
無理。
無理。
無理だって。
人が犬と同じに走れるわけないだろ~~~~っ!
走れました。
ビトー先輩が犬を追い越していきました。
マキ先輩が犬を追いかけ回していました。
マキ先輩にはお子さんが生まれたそうで。
おめでとう御座います。
遅くなりましたがお祝い申し上げます。
ところでマキ先輩、そんなに走って大丈夫なのですか?
大丈夫?
そう。
いえ。
私はこの辺で・・・
急に所用を思い出しまして・・・
あの・・・
持病の癪がっ!!!
・・・
逃げられませんでした。
一緒に訓練に励むことになりました。
そしてわかったこと。
ビトー先輩は割と近い先祖に狼がいるに違いありません。
マキ先輩も割と近い先祖に豹がいるに間違いありません。
ビトー先輩の正妻であられるソフィー様は、先祖ではなく、ご本人がライオン。
ビトー先輩率いる冒険者パーティ【ウォーカー】は全員が猛獣。
そしてビトー先輩の真の姿が徐々に見えてきました。
農村であり、歓楽都市であり、ダンジョン都市でもあるメルヴィルを束ねる貴族。
そしてダンジョンに挑む荒くれ共を束ねる冒険者ギルドの裏番長。
そして御自身も上級冒険者。
私が目指すべきものが徐々に見えてきた気がします。
メルヴィルで一心不乱に励めば、あれほど遠く見えたカトリーヌ先輩の背中が少しは近付いてくるのではないでしょうか?




