251話 メルヴィル2年目(春・呼び出し)
ハーフォード公爵から呼び出しがあった。
ソフィーに訊いた。
鹿十しちゃ駄目?
本当?
最近、急に物忘れが・・・ とか。
持病の癪が・・・ とか。
駄目かぁ・・・
私とソフィーでハーフォードへ出向いた。
公爵、公爵夫人、オルタンス嬢、騎士団長、そしてジュード(ハーフォード冒険者ギルド長)がいた。
「ご無沙汰をしております」
一通り挨拶をした後、公爵の指示でゾーンオブサイレンスを出した。
話はイルアンのことだった。
一通り経緯を聞く。
うん知ってる。
アルマから内部情報も貰ったし。
それでお話というのは?
「イルアンの管理だ」
「はい」
「今のイルアンには冒険者ギルドを管理できる者がいない」
「はい」
「どうにかならぬかと打診を受けてな」
「イルアンは王領でございましょう?」
「そうだ」
「かなり強引に王宮が奪っていきました」
「そうだ」
「その舌の根も乾かぬうちにハーフォードに助力を依頼されるとは・・・」
「そうだ」
「たしか冒険者ギルドを建屋ごと破壊したのですね?」
「そうだ」
「いましめの意味を込めて、王宮でもう一度最初からなさったらよろしいかと」
「そう言うな」
「では管理できなくなった理由は言ってきましたか?」
「冒険者が去ってしまったと言っている」
「その前に守備隊を常駐させていませんでしたね。そのことについては何か言っていましたか?」
「何も」
「冒険者が去った理由については何か言っていましたか?」
「わからぬ、と」
「何かを隠している感じはありましたか?」
「いや、そのような感じはなかった」
ふうむ。公爵の相手は誰かな?
「相談を持ち込まれた方はどのような立場の御方ですか」
「それがな・・・」
「言い難い?」
「うむ」
「なるほど・・・少々お待ちくださいませ」
一度ゾーンオブサイレンスを解除し、ソフィーと二人で離れて、二人だけのゾーンオブサイレンスを展開した。
「どう思う?」
「公爵に持ちかけたのは王だろう。王には『全て順調です』という報告しか入らないはずだ。順調なくせになぜ成果が上がっていないのか、については誰も理由を報告しないだろう。
不審に思っても訊ねる相手がいないので公爵に相談したのだろう」
「アルマ情報によると、王は武闘派の肩を持っていましたよね」
「そうだ。だがここまで無能とは思ってもいなかったと思うぞ」
「王に全てぶちまけるしかないのかな? その上で管理を頼むと言われたら仕方ないですかね? いや、まずジュードへ持ち込むべきでしょう」
「この会議にいると言うことは、既に “管理できない” と白旗を上げたのではないか?」
「じゃあ、わたし? 私がするなら条件を付けさせて貰うけど」
「条件って何だ?」
「王都冒険者ギルド本部、つまりスキラッチ一味を叩き出す。そして利益は四分六で六がハーフォード。少しでもケチを付ける奴が出て来たらこの話は白紙撤回」
「その前にハーフォード公爵は知っているのか?」
「どうでしょうか」
「まずそこからだろう。それにジュードはどこまで知っている?」
「聞かないとわかりませんね。でも知っていてもいなくても、することは一緒かな?」
「ジュードにスキラッチの息が掛かっていない事が大前提だが・・・」
「さすがに鑑定ではわかりませんね」
「退席させよう。ここから先の情報は貴族以外が聞くのは身の危険がある、と匂わせろ」
「わかりました」
再び全員にゾーンオブサイレンスを掛けた。
「お待たせしました。
まずジュード殿に確認したいのですが、ハーフォードではイルアンの冒険者ギルドの運営状況をどこまで把握されていましたか?」
「運営というと、冒険者が去った理由でしょうか?」
「はい」
「素材買い取り価格を極端に引き下げたからだと聞いています。
5~6人の冒険者に聞き取り調査をしましたが、あれでは素材をイルアンに卸せば卸すほど赤字になるでしょう。冒険者はイルアンダンジョンに挑戦しても、得た素材はイルアンで売らなかったでしょう。
事実ハーフォードに持ち込まれる数が飛躍的に増えました。
ハーフォードは好景気になって有り難いですが、そもそもあの連中が何を考えているのかわかりません」
「なるほど。よくわかりました。
貴重な情報ありがとうございます。
ところでここから先は貴族の裏話になります。ジュード殿が聞いてしまうと辛いお立場になるかと存じます。もし閣下がよろしければ・・・」
「わかった。ジュード、貴重な情報助かったぞ。下がるときに代価を受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
ジュードはホッとした感じで退席した。
私、ソフィー、公爵、公爵夫人、オルタンス嬢、騎士団長で会議を再開した。
「ジュード殿の話されたイルアンから冒険者が去った理由は正確です。ではなぜイルアン冒険者ギルドはそんなことをしたのか? 閣下はご存じですね?」
「・・・」
「言い難い?」
「うむ」
「ここはゾーンオブサイレンスの中です。私は今、大変に眠いです。私は寝言を言うかもしれません。お許し頂けますか?」
「うむ」
それから私が把握しているスキラッチの暗躍を話した。
公爵は黙って聞いていた。
否定も肯定もしなかった。
オルタンス嬢と騎士団長は顔が強張っていた。
公爵夫人は表情を変えなかった。
「申し訳ありませぬ。わたくし、貴人の前だというのにうたた寝をしていた様です。なんたる失態! 平にご容赦を」
しばらく沈黙が続いた。
「イルアンの管理を正常化させるのは難しいことではありません。寄生虫を排除し、ギルドを真っ当に経営すれば良いのです。それだけで冒険者はもどります。
王都冒険者ギルド本部でも運営できるのです。寄生虫とつるんでいなければ、ですが」
「逆に『どなたが?』とは申しませんが、もし寄生虫の跋扈を許すおつもりなら、誰が経営しても上手くいきません」
「ということを閣下に相談された御方に上手に伝えて頂けませぬか? 万一その御方が寄生虫の存在に気付いていなかったとなりますと、説明は閣下の御手腕に掛かってきます。閣下のお力に縋るところ大でございます」
公爵は口をへの字にして考え込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
お暇の準備をしてるときに私とソフィーが公爵夫人に呼び止められた。
まだ公爵は退出されていない。
公爵の前で堂々と・・・
ということは、夫人が私に接触するのは公爵公認か。
なんか、もうヤバイ予感しかしないんですけど。
部屋を変えた。
公爵夫人の居間に通された。
オルタンス嬢も一緒についてきた。
「あなたが話してくださったことは公爵は薄々勘付いておられました。公爵にとっては裏付けがとれ、全体像が見えた。つまり懸念は確信に変わりました。
あなたのお陰です」
「痛み入ります。私も裏が取れておらず、あのような稚拙な手段に訴えねばなりませんでした。お耳汚し致しました」
「よろしいのです。それよりも。
ビトー子爵、ソフィー。お二人には私から折り入ってお願いが御座います。
もう一度私の護衛騎士(兼)側仕えに就いて頂けませんか」
「え・・・っと、御方様、それはハーフォードに常駐せよということで御座いますか?」
「いいえ。通常はメルヴィルにいて構いません。こちらから何かを言わない限り、メルヴィルに常駐して構いません。非常時に兵を率いて私の元にいて欲しいのです」
さすがに即答できずちょっと間が空いた。
「・・・すぐにお返事をできず、申し訳ありません。
身共は初めて領地というものを拝領し、何もかも初めての経験をしております。
両立が可能なのか、にわかに判断が付きませんでした・・・
これは自分の置かれた状況を把握していない者の言い訳ですね・・・」
本日オルタンス嬢が初めて口を開いた。
「わたくしの願いも聞いて下さいませ。
ビトー子爵とソフィー様から離されて、私はどれほどお二方に守られていたのか痛いほどわかりました。そしてカトリーヌがどれほど鍛えられたのかもわかります。
私をもう一度・・・」
「お嬢様。その先を言われる前に・・・ これは私の勝手な思い込みですが、カトリーヌ様につきましては、オリオル辺境伯はあまり快く思っておられない、いやまったく思っておられないと理解しております」
すると公爵夫人が、
「オリオル辺境伯のお考えはわかっております。
公爵もどちらかというと同じ様なお考えをお持ちです。
しかしオルタンスもカトリーヌも次女です。
次女には次女の役目があります。
公爵と王の交渉は平行線のまま終わるでしょう。
これからハーフォードは困難な時期に入って行きます。
ですのでオルタンスをあなたに預けて鍛え上げる意味があると考えるのです」
う~む。
これを受けると一蓮托生になるのかな?
なるのだろうな。
唸っていると、ソフィーが
「お前の学生生活は無駄ではなかったということじゃないのか?」
う~む。
「わかりました。お嬢様と共に切磋琢磨していきたいと存じます。
ところでお方様の護衛騎士(兼)側仕えというお話は?」
「これは私の我が儘です。いざという時の保険です」
保険?
保険って何?
しばらく沈黙があった。
やがてソフィーが、
「お前の思った通りにやれば良い」
「それでソフィーはいいの?」
「私はお前の妻だ。お前の決めたことを全力でサポートする」
「ではお方様。もう一度私たち夫婦をお側におかせて下さい」
お方様は立ち上がり、最敬礼をされた。
私とソフィーは跪いた。
「つきましてはお方様。我が儘を一つ聞いて頂きたいのですが・・・」
「なあに?」
ハーフォードとイルアンの間に、殆どの者は気にも止めない小川が流れている。
交通の妨げになるような流れではない。
用途は雨水の排水と農業用水。
この川の両岸に対魔樹の並木を作って頂いた。
つまり対魔樹の二重線を引いた。
理由を聞かれたら「土手の補強」と答えて貰うよう手配した。
対魔樹並木は騎士団の土魔道士の協力であっという間にできた。




