244話 (昔話)黒い森
今より150年ほど前。
ジルゴン遷都の興奮が、まだ冷めらやぬ頃。
人々の過度なエネルギーは時として他国への侵略戦争へ結び付く。
武闘派貴族を中心に「隣国へ宣戦布告する動議」が提出された。
時の為政者は国庫を見て冷静に判断した。
遷都にかかった費用を回収するのに10年は掛かる。
戦争などしている場合では無い。
「隣国へ宣戦布告する動議」は却下された。
しかし人々のエネルギーを発散させなければ弊害が生じることは明白だった。
ジルゴンの南西部に人を寄せ付けぬ森が広がっていた。
木々の葉は色が濃く黒々としていたので、人々は黒森と呼んだ。
黒森には得体の知れない魔物どもが棲んでいると噂されていた。
為政者はこれに目を付けた。
それから宮廷の片隅でコソコソと、騎士団宿舎の片隅でコソコソと、冒険者ギルドの片隅でコソコソと、酒場ではおおっぴらに、エネルギーを持て余している連中の語り合う声が聞かれた。
「黒森の魔物を討伐した者には褒美が出ると言う話だ」
「いや、黒森とその周辺を領地として与えるという話もある」
「首魁の首を持ち帰れば、一介の猪武者でも一躍貴族に取り立てるらしい」
「そんなに美味い話があるか。第一どうやってその魔物が首魁とわかるのだ?」
「いや、要するに『誰もが納得する魔物』を討伐すればよかろう」
「どんな魔物だ?」
「デーモンとかサラマンダーとかアルゴスとかだ」
「討伐できるのか?」
「やってみなければわかるまい。大規模な討伐隊を組めばできない話じゃない」
「スキラッチ侯爵様が俄然乗り気だという話じゃ」
「一気に公爵へ駆け上がるチャンスか」
「近々B級冒険者パーティ【ゴルゴーン】が黒森に向かうらしい。ジョイントを組むパーティを募集していたぞ」
「おお。なら我らも参加するか」
「俺たちも」
侯爵家率いる騎士団が1つ。
冒険者ジョイントが4つ。
まるで戦争に行くかのごとく、最高級の装備を卸し、最上の武器を手配し、王都の住民に見送られながら総勢400名超が黒森へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
1週間後。
帰ってきたのは騎士団副団長と馬廻り5人。
冒険者は22人だった。
騎士団は王都に寄らず、亡霊のようにスキラッチ侯爵領へ帰って行った。
しかし領地には到着しなかったらしい。
途中で行方不明になった。
冒険者は冒険者ギルドへたどり着いた。
全員幽鬼のようだった。
ギルド長から状況を聞かれても誰も満足に答えられなかった。
「何があった?」
「・・・」
「魔物はいたか?」
「ああ・・」
「交戦したか?」
「ああ・・」
「やられたのか?」
「ああ・・」
「なにがいた?」
「・・・クモだ」
冒険者3人が1匹ずつクモ(レッドアイ)の死骸を持っていた。
「クモ以外なにがいた?」
「・・・」
それ以上の質問に答えられる冒険者は一人もいなかった。
うずくまって動けなくなる者。
歯をカチカチ言わせるもの。
一点を見据えて動かなくなる者。
表情一つ変えず涙を流し続ける者。
・・・
ギルド長は事情聴取を諦めて解放した。
帰ってきた冒険者達は翌年まで生きなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ジルゴン遷都の興奮は、冷めた。
為政者の思う壺だった。
想定外は、黒森はアンタッチャブルになったこと。
そしてスキラッチ侯爵が伯爵へ降格したことだった。




