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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
22 メルヴィル立志編
244/302

244話 (昔話)黒い森


今より150年ほど前。

ジルゴン遷都の興奮が、まだ冷めらやぬ頃。



人々の過度なエネルギーは時として他国への侵略戦争へ結び付く。

武闘派貴族を中心に「隣国へ宣戦布告する動議」が提出された。


時の為政者は国庫を見て冷静に判断した。

遷都にかかった費用を回収するのに10年は掛かる。

戦争などしている場合では無い。


「隣国へ宣戦布告する動議」は却下された。


しかし人々のエネルギーを発散させなければ弊害が生じることは明白だった。




ジルゴンの南西部に人を寄せ付けぬ森が広がっていた。

木々の葉は色が濃く黒々としていたので、人々は黒森と呼んだ。

黒森には得体の知れない魔物どもが棲んでいると噂されていた。


為政者はこれに目を付けた。



それから宮廷の片隅でコソコソと、騎士団宿舎の片隅でコソコソと、冒険者ギルドの片隅でコソコソと、酒場ではおおっぴらに、エネルギーを持て余している連中の語り合う声が聞かれた。



「黒森の魔物を討伐した者には褒美が出ると言う話だ」


「いや、黒森とその周辺を領地として与えるという話もある」


「首魁の首を持ち帰れば、一介の猪武者でも一躍貴族に取り立てるらしい」


「そんなに美味い話があるか。第一どうやってその魔物が首魁とわかるのだ?」


「いや、要するに『誰もが納得する魔物』を討伐すればよかろう」


「どんな魔物だ?」


「デーモンとかサラマンダーとかアルゴスとかだ」


「討伐できるのか?」


「やってみなければわかるまい。大規模な討伐隊を組めばできない話じゃない」


「スキラッチ侯爵様が俄然乗り気だという話じゃ」


「一気に公爵へ駆け上がるチャンスか」


「近々B級冒険者パーティ【ゴルゴーン】が黒森に向かうらしい。ジョイントを組むパーティを募集していたぞ」


「おお。なら我らも参加するか」


「俺たちも」



侯爵家率いる騎士団が1つ。

冒険者ジョイントが4つ。


まるで戦争に行くかのごとく、最高級の装備を卸し、最上の武器を手配し、王都の住民に見送られながら総勢400名超が黒森へ向かった。



◇ ◇ ◇ ◇



1週間後。


帰ってきたのは騎士団副団長と馬廻り5人。

冒険者は22人だった。



騎士団は王都に寄らず、亡霊のようにスキラッチ侯爵領へ帰って行った。

しかし領地には到着しなかったらしい。

途中で行方不明になった。



冒険者は冒険者ギルドへたどり着いた。

全員幽鬼のようだった。


ギルド長から状況を聞かれても誰も満足に答えられなかった。



「何があった?」


「・・・」


「魔物はいたか?」


「ああ・・」


「交戦したか?」


「ああ・・」


「やられたのか?」


「ああ・・」


「なにがいた?」


「・・・クモだ」



冒険者3人が1匹ずつクモ(レッドアイ)の死骸を持っていた。



「クモ以外なにがいた?」


「・・・」



それ以上の質問に答えられる冒険者は一人もいなかった。


うずくまって動けなくなる者。

歯をカチカチ言わせるもの。

一点を見据えて動かなくなる者。

表情一つ変えず涙を流し続ける者。

・・・



ギルド長は事情聴取を諦めて解放した。


帰ってきた冒険者達は翌年まで生きなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



ジルゴン遷都の興奮は、冷めた。


為政者の思う壺だった。


想定外は、黒森はアンタッチャブルになったこと。

そしてスキラッチ侯爵が伯爵へ降格したことだった。




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