241話 メルヴィル1年目(春・深夜会合)
ようやく春もうららかになってきた日の深夜。
マーラー商会ハーフォード支社の通用門からこっそりと入るウォルフガングとソフィーと私とレベッカ。
待っていたのはアンナ(マーラー商会ハーフォード支社長)。
通された部屋に入るとアドリアーナ(イルアン冒険者ギルド長)とマホームズ氏が待っていた。
目礼をして席に着いた。
どこかで見たことがあるな・・・と思いながらマホームズ氏を見ていたが、やがてイルアンに真っ先にできた娼館の支配人であることに気付いた。
娼館の点検で2度ほど顔を合わせたことがある。
出席者はこれで全員らしい。
アンナが開会の宣言をした。
「お待たせ致しました。全員揃いましたので早速本題に入らせて頂きます。まずはアドリアーナより報告を」
時候の挨拶も直近の情報交換も無く、マホームズ氏の紹介も無く、いきなり本題に入った。
なんというか、凄まじいほどの効率主義だった。
それを何事も無かったかのごとく話し始めるアドリアーナも凄い。
「一昨日、王都冒険者ギルド本部から正式文書が届きました。
マーラー商会ハーフォード支社からイルアン冒険者ギルドへ派遣されている職員は
1週間以内に退去せよとの命令書です」
「宛先は?」
「イルアン冒険者ギルドとハーフォード冒険者ギルド宛てです」
「ハーフォード冒険者ギルドの対応は?」
「恭順です」
「我々の対処方針は?」
「現地で雇った職員を除き、5日以内に退去します」
「それから?」
「運営資金、各種道具類(魔物の解体用が多いです)は全て引き揚げます。
在庫として残っている価値D以上の素材も全て引き揚げます。
書類はマニュアル類は全て引き揚げます。帳簿も全て引き揚げます。
その他、帳簿以外で素材等の買取代金・売却代金、ポーション等の入荷代金・売却代金などがわかる書類は全て廃棄します」
「冒険者ギルド以外は?」
「王都冒険者ギルド本部からは特に指定がありませんでしたが、マーラー商会で立ち上げた武器屋、道具屋は全て同じ対応を取ります。現地で雇った人員だけで営業を続けられない場合は閉鎖します」
「荷物を運ぶのに隊商を仕立てる必要がありそうですね」
「量が多いので価値の高い物から運び出します。既に荷造りは完了しております。護衛に【炎帝】も手配済みです」
「そうですか」
一瞬の間があった。
「では次にマホームズ様。お願い致します」
「ハーフォード公爵領内の妓楼ギルド長をしているマホームズと申します。お初にお目に掛かる御方もおられますが、どうぞお見知りおき下さい」
アンナが捕捉した。
「妓楼ギルドは公式のギルドではありません。しかし遊女の立場を守るために必要と遊女自身が判断し、結成した非公認のギルドです。全国組織ではありません。
ギルドの存在しない領地も多いです」
「わかった」
ウォルフガングが短く答えた。
やはりそうだった。
私がイルアンの娼館の視察に行った時に相手をした人物だった。
ギルドがあるような無いようなことを言っていたな。
「イルアンの3つの娼館に対し、王都から派遣されて来る冒険者ギルドの職員、定期的に視察に来る役人に対し、定額料金で相手をせよ、と要求がありました」
「誰が要求をだしてきたのですか?」
「王都商業ギルド長です」
「宛先は?」
「娼館の支配人に対してです」
「貴方は立場上・・・?」
「はい。妓楼ギルド長ですが、私宛てではありませんでした」
「あなたにはどういうルートで?」
「私が代表を務める娼館『オペラハウス』の支配人宛でした」
「要求を受けた娼館の支配人があなたに相談を持ちかけた?」
「ご理解の通りです」
「他の店舗の支配人もあなたに相談を?」
「ご理解の通りです」
「なぜ3つの娼館にだけ出されたのでしょう?」
「それはこの3つの娼館に『六佳仙』と呼ばれる国内を代表する折り紙付きの姫が在籍していたからでございます」
「定額料金とは?」
「六佳仙の通常料金の1/4以下で相手をせよと」
「・・・」
「さらに姫の名前を指定して、いつでも予約できるようにしろ、と言ってきました」
「王都の娼館はそれが慣例なのですか?」
「そのようなこと、噂にも聞いたことは御座いません」
「どうされますか?」
「この話を聞いた六佳仙は既に店を辞めて行方をくらませました。これから六佳仙以外の姫も続々と辞めていく予定です。
姫の数が圧倒的に足りなくなりますので、どの店も営業が困難な状況になっております。一両日中には一斉に閉店となりましょう」
「それでどうされるお積もりです?」
「商売をたたむより他ありますまい。建屋は分解して運ぶわけには参りませぬ。それ以外で価値ある物と言えばシャワーヘッドになりますので、これは全て取り外して引き揚げるつもりです」
話の内容が皆の腹の中に収まるのを見計らってから、単刀直入にアンナが私に要求を突き付けてきた。
「スティールズ子爵様。イルアンから離れる者たちを一括してメルヴィルで預かって頂けませんか?」
「引き受けた」
私は逡巡することなく明快に引き受けた。
その後、2組に分かれて詳細な打ち合わせを行った。
(ウォルフガング、ソフィー、私、アンナ、アドリアーナ組)
冒険者ギルド、武器屋、道具屋を全てメルヴィルへ移設する相談をした。
「メルヴィルにはダンジョンがあるとは言え、ありゃミニダンジョンだぞ。大げさすぎねぇか?」
「移動するのはマーラー商会員のみです。現地で雇った者は残します」
「1つの建屋に入り切る程度か・・・」
「そうです」
「なら丁度良いか」
気になっていたので私から訊ねた。
「ところで身分はマーラー商会員のままで良いのですか?」
珍しくアンナは逡巡した。
やがて、
「当方の我が儘で御座いますが、形の上はその方が都合が良いかと・・・」
「どんなときに?」
「王宮の手がメルヴィルに伸びてこないとは言い切れません」
「はい」
「ビトー様は身軽な御方です。状況を見て『利無し』と判断されればメルヴィルにこだわらない御方です」
「はい」
「その時彼女らを引き連れて放浪することは難しゅう御座いましょう」
「はい」
「ならば、いざという時は彼女らをヒックスへ戻せるようにしておきとう存じます」
「理解しました。アンナ殿の案に同意します」
(マホームズ・レベッカ組)
姫達の身の振り方の相談をしていた。
マホームズは慇懃に。
レベッカはぶっきらぼうに。
もともとイルアンは農業主体の寒村で娼館などなかった。
ダンジョン都市へ成長後、今は娼館が7軒もある。
高級店、準高級店、大衆店。
以前私が視察をした頃から見ると、店が増えて大衆化したようだ。
ちなみに高級店、準高級店の経営者と姫は全て外からやってきた。
マホームズは高級店を運営しがてら姫達の事情を全て把握している。
流石は妓楼ギルド長といったところか。
「外から来た姫は全て元の場所へ戻るか、あるいは身をくらませています。事実上の休業です。イルアンで採用された姫は残るようです」
「店舗の状況はどうなる?」
「高級店、準高級店は閉店。大衆店だけ営業を続けます」
「姫達も?」
「高名な姫になればなるほど安易に他の街で営業を致しません。休業を選ぶ傾向にあります。
以前子爵様に厳しく指導されました衛生環境の整った職場。それ以外では働かぬ。
そう口を揃えます。
実は休業を選んだ姫達からの突き上げがきつうございまして・・・」
「大衆店では環境が整っていないのか?」
「大衆向けでは高額な料金は取れませぬ。あちこち手を抜く事になります」
「では新たな働き場所を用意しろと?」
「その通りでございます」
「メルヴィルでか?」
「できますれば」
「メルヴィルはダンジョンがあるとは言っても小規模だ。人が多く集まらぬ。実入りも限られるであろう」
「そこは姫達には十分に含ませます」
「ふむ。ならば子爵様のお耳に入れる前にお主に確認したいことがある」
「なんなりと」
「選別は済んでいるのか?」
マホームズはグッと息を呑んでから答えた。
「王都の間者は把握しております」
「そうか。では子爵様を呼ぼうか」
◇ ◇ ◇ ◇
『六佳仙』と呼ばれ、その美貌が国内に鳴り響いている高名な6名の姫のうち、5名が炎帝に守られてメルヴィルへやって来た。
1人1人挨拶を受けた。
正に麗人。
外見の美しさは論を待たず、玉を転がすような声、舞の達人のような所作に至るまで全てが芸術の域に達していた。
全てが優雅で洗練の極致だった。
「お疲れに御座りましょう。メルヴィルはまだ何も無い田舎で御座いますが、旅の埃を落とし、ゆっくりと逗留されて下さい」
「子爵様の御厚情に深く感謝致します」
落ち着くまでゲストルームに泊まって頂くことにした。
その晩からソフィーかマキが必ず私の寝室に詰めるようになった。
それまでは面倒臭そうにしていたのに。
何故だ?
マホームズは娼館の建屋の有償譲渡の交渉と、姫達が故郷に帰ったことの説明のため、イルアンへ残った。
◇ ◇ ◇ ◇
麗しい方々がメルヴィルを訪れた翌日。
マーラー商会員達、ルーシー、マロンの子供達がメルヴィルへ来た。
驚いたことにマロンの子供は1匹欠けていた。
カイは気に入った女の子ができて、ウチを抜けてそちらの方へ行ったらしい。
なかなかフリーダムでよろしい。
ところでこちらの世界は『野犬狩り』は無いよね?
うん。よかった。
後日マホームズもメルヴィルへ移動してきたので、新たな娼館の設計・建築を任せた。
少々気がかりだったので交渉の結果を聞いてみた。
マホームズは苦笑しながら教えてくれた。
「あの連中(王都の冒険者ギルド、商業ギルドの職員)は、姫は奴隷だと思い込んでおりまして」
「借金を背負い込んでいる者はいないのか?」
「もちろんその様な姫はおります。ですが奴らが指名してくるような高名な姫達はそこいらの貴族より遥かに金持ちです。 おっと、これは失礼を・・・」
「構わん。私なんざ体に貧乏が染みついているのさ」
「お戯れを・・・ 話を戻しますと、姫達は王都の連中など歯牙にも掛けておりません。もともと奴らが鬱陶しくてイルアンに流れてきたようなものでございます」
「彼女らがどこに行くかは知られていないか?」
「ハーフォードかヒックスへ行くと勘ぐっております。もちろんそちらに移籍した姫もおります。ですがメルヴィルとは想像もしていないでしょう」
「まあ、今のメルヴィルには何も無いからなぁ」
「子爵様のお力にお縋りするばかりで御座います」




