240話 メルヴィル1年目(春・来客)
暦の上では春になったが、まだまだ寒い。
雪も残っている。
そんな頃、メルヴィルは1人の賓客を迎えた。
夕方。
その客人は遠くから歩いてくる姿が見えており、使い魔達から連絡が入っていた。
客人はハミルトン方面から1人で歩いてくる。
白い雪原の中に黒一点。
とぼとぼと歩いてくる。
メルヴィルにとって唯一の隣人はハミルトン村だが、ハミルトンとメルヴィルの交流が密であった時代はない。
訪ねてくるとしたら誰だろう?
公爵の使いであればもっと大人数で来るだろうし。
なにはともあれ客人を出迎える準備をさせた。
きっと凍えている。
客人は対魔樹の土手を越えるときに少し戸惑いを見せたが、やがて何事も無かったように私達の居館の前までやってきた。
玄関先でお出迎えを・・・
「ようこそおいで下さいました・・・ ああっ!! お前たち、下がりなさい。武器は置いてきなさいっ! こらっ! 柄に手を掛けるんじゃないっ!! 置いてこいと言っているのにっ!!」
客人はアルマ様だった。
まずは応接間へお通しし、湿ったコートを預かり、暖炉で暖まって貰った。
その間に晩餐の準備を急がせた。
アルマには体が温まる飲み物をご賞味頂き、体も十分に暖まって頂いてから広間へお通しした。
お相手は私が務めた。
この間、裏方では、ソフィーとエマから家臣団一同にアルマの情報を叩き込んでもらった。
もてなす側が客の素性を知らないのでは「手抜き」とそしられても仕方ないから。
アルマ様。
魔族。
魔女。
脅威度A(災害級)。
元夢魔だったが2年前に魔女に昇格し、当時魔女だったアスタロッテを討ち取り、めでたく正式な魔女になった。
アルマの正体を聞かされてパニックに陥る者はいなかった。
ウチのメンバーは私とラミアとの関係を知っているので耐性はあったようだ。
応接間における会見はアルマの御礼の言葉から始まった。
魔女対決の前に命を救われた御礼。
特に聖女様に救われた御礼。
最初はわかるけど、後はなんのこと? と訊いたら、聖女が普通に回復魔法を使うと一部の魔族にとって致命的になるらしい。
「エマ様はそれを理解された上で私めに丁寧に回復魔法を施され、私を救って下さいました」
アルマはエマに拝謁という形をとり、改めて感謝を示した。
そして持参したお土産を開陳した。
情報だった。
◇ ◇ ◇ ◇
近日中に王都の冒険者ギルド本部がイルアンの冒険者ギルドを支配下に置くべく動き出す。
表向きの理由は、穏健派貴族のハーフォード公爵の手に余るであろう高難度のイルアンダンジョンを国で管理する。
安全のためである。
「へ~」
真の理由は、イルアンダンジョン及びイルアンの街は金のなる木なので、王宮で接収する。
「そんな理由でハーフォード公爵からあの街を奪えるのですか?」
「理由としては相当苦しいですわ。当初は。でも今なら十分な理由があります」
「どのような理由でしょう?」
「あなた方をイルアンから引き剥がしてこんな田舎に移封してしまったことです」
「ほ?」
「王宮と王都冒険者ギルド本部は、イルアンが類い希なダンジョンであると把握しています。
低層階から強力な魔物が出る大変に危険なダンジョンであり、その代わりに価値のあるものを潤沢にドロップする。
そして深層階はA級冒険者で無ければ調査も不可能。
そしてそれを管理していたのがウォーカーである。炎帝では無くウォーカー。
そう理解していました」
「お・・・」
「ところがそのウォーカーを、なんとハーフォード公爵自身がイルアンから遠ざけてメルヴィルへ封じてしまいました。
危機管理ができていない。そう王宮は断じました。
この判断の背景には神聖ミリトス王国崩壊の苦い経験があります」
「それでどうなるのです?」
「既に王宮からハーフォード公爵に対し、イルアンを接収する打診が行われています。
迷宮の管理も引き受けるから手放せ、と。
理由は先に述べた通りです」
「それで公爵の反応は?」
「王宮サイドの思い通りに動いています」
「それは?」
「イルアンの重要性・危険性を理解されていない反応でした。王宮はダンジョン管理能力の欠如と断じるでしょう」
「どうなりそうですか?」
「イルアンを接収して対価は金で支払われるか、あるいは別の土地が用意されるでしょう」
「そうなのですか?」
「実は下級官僚間の下打ち合わせは冬前から始まっています。ハーフォード側には何が何でもイルアンを守るという気概はありませんでした。お金をもらえて厄介なダンジョンを手放せるなら万々歳、という空気が伝わってきます」
「なんででしょうか?」
「私に聞かれてもわかりかねますが、そこが穏健派ということなのでしょうね。
厄介なダンジョンの管理から解放されて清々した、という雰囲気が滲み出ています」
「なんでそんなことを知っているのですか?」
「私は王宮の一文官として会議に参加しております故」
「あきれました。王宮のセキュリティってどうなっているのですか?」
「それは私に聞かれても・・・」
「おそらくあのダンジョンの真価を最も理解されていないのがハーフォード公爵です。
でなければイルアンダンジョンの管理に疑義が差し挟まれている最中に、イルアンから貴方達を遠ざけるはずがないのです。
イルアンは間違いなく王の支配下になります。そしてダンジョンの管理を引き継ぐのが王都冒険者ギルドです」
「王都冒険者ギルドはイルアンを管理できそうですか?」
「無理でしょう。タイレルすら満足に管理できない連中に、あの一級品のダンジョンを管理できるわけがありません」
「・・・」
気を取り直して。
「今回の件。王都冒険者ギルド本部の背後にいるのは誰ですか?」
「スキラッチ伯爵です」
「私から見ると、有能なのか、そうでないのか、判断に悩む人です」
「そうですね。スキラッチ伯爵は堅実に領地経営をする人ではありません」
「ならばダンジョンは荒れ、街は廃れるでしょうね」
「そうでしょうね」
「もしイルアンで何かあれば一番被害を受けるのはハーフォード公爵領です」
「そうです」
「王宮は責任を持つのですか?」
「持つと思いますか?」
「思うも何も、持たねばなりません。責任を持てないなら即刻王は退位し、官僚は総辞職すべきです」
「・・・」
「それをしないというならスキラッチ以下です」
「・・・」
「そもそも王はスキラッチの暗躍だと知っているのですか?」
「知っています。急速に勢力を失った武闘派貴族に肩入れし、穏健派とのバランスを取ろうと目論んでいます。これは王宮の政策の一環です」
「半端者にテコ入れするよりも、今こそ親政に乗り出すチャンスではありませんか?」
「本来ならそうでしょう。ですが自ら手を砕いて統治するおつもりは無いようにお見受けします」
「アルマ様から私にアドバイスはありますか?」
「ここメルヴィルをスティールズ家の金城湯池にして下さいませ」
「この地のポテンシャルは・・・」
「ございます」
「南のダンジョンは?」
「潰してはなりません」
「もしイルアンでスタンピードが起きても、対魔樹の並木とキャスターの湖で魔物の圧力を和らげ、領地を守る事が可能?」
「その通りです」
「私が最も注意しなければならないことは?」
「それをお伝えするのは私の役目ではありませぬ」
それ以上は質問してもアルマは答えてくれなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
アルマはウチの館の賓客第一号として広間を使った正式な晩餐に招待した。
シークレットゲストルーム宿泊第一号になって頂いた。
晩餐の後、ほろ酔い気分のアルマはソフィーの前だというのに誘ってきた。
「今宵は私の部屋にビトー様が忍んでおいでになるのですか?」
「ゲストを惑わすなど、そんな破廉恥なことは致しません」
「では私がビトー様の寝室へ忍んで行った方がよろしいのですか?」
「いけません」
「でもビトー様はソフィー様を正妻とされ、アンナ様、マキ様を御妾とされ、子まで成されたとのこと。 私もその末席に・・・」
「なりません」
翌日アルマは「ハーフォードの月」と「レントの誉れ」をお土産に貰い、ほくほくしながら帰って行った。
王都へ。




