239話 メルヴィル1年目(冬)
『メルヴィル開拓史』(実質私の日記)から抜粋。
○○年○月○日
北部高台に我々の居館が完成した。
外見は石造りの館。
実質も石造りの館。
この短期間にこれだけの建屋を作り上げるとは、土魔法とはたいしたものだ。
冬が本格化する前に完成して本当に良かった。
私の感覚からすると、この館は城だ。
シャトーだ。
外見だけで無く、機能としても要塞の側面を持たせている。
私自身はこんな大げさな建屋の必要性にはピンと来ていなかったのだが、皆が「絶対に必要だ」と言うのだから必要なのだろう。
玄関がホールになっている。
メンバーの寝室がある。
使い魔達の部屋もある。
ゲストルームが4部屋。
シークレットゲストルームが3部屋。
応接間。
広間は晩餐会場を兼ねるようだ。
巨大キッチン。
巨大食料庫。
巨大酒蔵。
書斎・・・ といいつつ子供達の勉強部屋を兼ねる。
大浴場が2つ。男湯。女湯。
シャワールーム2つ。
トイレが全部で6つ。
排泄物はスライムが自動処理するという。消臭もすると言う。
トイレ使用上の注意。
綺麗に使うこと。
跳ね散らかすと、汚物処理のためにスライムが上に上がってくる。
私用の豪華寝室が特別に作られた。
こんなのいらないと抗議したが、マリアン(最近執事に昇格した)の指示で豪華な内装と天蓋付キングサイズベッドが設置された。
こんな凄いベッドで何をしろと?
そう抗議したら「ソフィー様と励め。アンナとばかり励むな」と返された。
そういう訳では無いのだが・・・
ああいうものにはタイミングというものがあってだな・・・
言い訳をしようとしたら、ドアの陰でメイド達が聞き耳を立てている事に気付いた。
「ソフィーを呼べ」
そう言うしかなかった。
そんなことまで管理される身分になるとは、私も貴族の端くれになっちまったのだろうか。
つらい。
○○年○月○日
役所となる区画の整理が完了した。
場所は我々の居館の隣。
市庁舎と各種ギルドが入る予定。
とりあえず縄張りを済ませた。
○○年○月○日
本格的に冬が始まった。
この辺りの冬の厳しさは日本の東北地方と同等で、かなり寒い。
雪も積もる。
居館の具合はどうか?
急増の建屋だが断熱はしっかりしており、外は吹雪いても中はかなり快適に過ごせる。
「そんな細かいことまで気にしていたのか・・・ 土師の間じゃ床はこう作る、壁はこう作る、天井はこう作るって決まり事があってな。その通りに作っておけば間違いない」
呆れたようにジークフリードが言う。
ジークフリードは工務店を開業したら良いと思う。
○○年○月○日
初めて子供達の教育風景をじっくりと見た。
パトリシアとサマンサとレベッカが先生となり、子供達に教育を授けていたのだが・・・
エマの教育を見て、頭を殴られた様な気がした。
エマは既に初等教育(小中学校相当)を終え、実践教育に移っていた。
パトリシアが過去にあった実際の事件、戦争、反乱、天災、人災、偉業を、そして当時の為政者が何を為したのか、事細かに講義していた。
まるで歴史・地理・人文科学の総合講座を聴いているようだった。
もしエマが当事者だったらという想定の下、基本的な優先順位の付け方、意志決定の手順、陥りやすい落とし穴の講義をしていた。
次にサマンサが、パトリシアが示した過去の事例を元に、貴族子女として、統治者として、指導者として、エマはいかなる心構えで事に当たらなければならないかを講義していた。
してはならぬ事はなにか。理由は?
必ずしなければならぬ事はなにか。理由は?
誰を動かすべきか。
普段から誰と友好を深めなければならないか。
逆に誰を排除しなければならないか。
もし魔物に頼るとしたら、何に頼るか。
その対価は何か。
貴女の長所はどこか。
それを伸ばすために普段から何をするべきか。
これには唸った。
最後にレベッカが超実践講座として、刺客の見分け方、刺客が好む場所・状況、刺客の手口を(実戦を交えながら!!)レクチャーしていた。
そしてカウンターについて、攻撃手法について、反撃の入れ方について、座学と実技を交えながら講義していた。
エマはまだ7歳なんだが、こんな超実践講座を受講させて良いのだろうか?
いや、内心 “うらやましい” という感想がよぎったことは認める。
そう疑問を呈したところ、
「そのエマ様を5歳の時に大陸中引き摺り回したのはどなたでしたか?」
「新しいラミアの里、カネル森で御座いましたか? その成立に立ち会わせた
のはどういう了見でございましょうか?」
「エマ様にアスタロッテを消滅させたので御座いましょう?
ずいぶんな教育方針でございますこと」
と3人に囲まれて凄まれた。
あいつらは本当に使用人だろうか。
いろいろ情報を集めると、この極端な詰め込み教育はマトモな貴族の間では当たり前のことだとわかった。
貴族の子弟は命を狙われやすく、罠に嵌められやすい。
転ばぬ先の教育だそうだ。
では王立高等学院で散々見たオツムのヨワそうな武闘派貴族子弟どもはどう考えれば良いのだろうか?
マキの話では、武闘派貴族は血統が途絶えることを何よりも恐れる。
なのでネズミのように子供を作る。
そしてその中の優秀な一粒を選別し、帝王教育が施される。
(エマが施されているような教育よりも観念的らしい)
バックアップ要員(2~3人)にも帝王教育が施される。
それ以外はフリーダムに育てられるのであんな感じだそうだ。
穏健派貴族はどうなの?
ウチの親分は穏健派だけど・・・
マキの話では基本的には穏健派貴族も武闘派貴族と一緒だ。
違うのは、武闘派貴族が子供を10人以上作るところ、穏健派貴族は子供を3~4人にセーブする。
ただし妾、愛人の子供まで含めると両者に大きな差はない。
ではカトリーヌとアナスターシアはどういう立場だったのだろう?
マキによるとカトリーヌは次女で正妻の子。帝王教育は施されていない。
アナスターシアは長女で正妻の子。帝王教育は施されている。
その差が最も分かり易く出たのがコカトリス騒動への反応だ。
カトリーヌは自領のためにリスクを犯してタイレルのダンジョンに挑戦したが、アナスターシアだったら素通りして領地に帰るはずだという。
「カトリーヌの方が立派な貴族に思えるが?」 (私)
「それは私達(平民)の感覚。貴族はそうじゃない」 (マキ)
道理でオリオル辺境伯が面白くなさそうだったわけだ。
カトリーヌにまともな貴族教育をしていない証拠を見られた、ということか。
パトリシア、サマンサ、レベッカを掴まえ、他の子供達(カール、マヌエル、ガブリエラ、リック)の教育方針を尋ねると、珍しく3人が回答に窮した。
なので3人を引き寄せ、頭をゴッチンコさせてゾーンオブサイレンスを出した。
「エマと同じ教育を授けてくれ」
そう頼むと3人とも「我が意を得たり」という顔をした。
「承りました。ご主人様」
「お任せ頂きますよう」
「我が知識と技術、器の水を移すがごとく全てお伝え致しましょう」
頼もしい奴らめ。
○○年○月○日
お金の話。
骨の髄まで貧乏が染みついている私は、人を雇うことにも家を建設することにも臆病だ。
最初、神聖ミリトス王国からソフィー達を連れてきたときはどうしていたかというと、
ソフィーは娶ったので私と同一会計。給料を払わず。その代わり必要とあれば私の金を自由に使って良い。
マロンも同一会計。給料を払わず。
ウォルフガング、ジークフリード、クロエにはお給金や危険手当を渡していた。
一応私も冒険者ギルドで働いていたので人件費の相場はわかっている。
途中から冒険者パーティと言うよりも家臣団になった。
更にはマーラー商会から人員を派遣して貰った。
そんなことでお給金の制度がバラバラだった。
そして今、根無し草だった流浪の生活に終止符を打ち、メルヴィルで根を生やそうとしている。
派遣さんも正社員化した。
ということでお給金の制度を一本化した。
大丈夫?
破産しない?
アンナによると、婦人用下着、シャワーヘッドの売り上げが急激に伸びていて余裕だという。
そしてこの世界の人件費は激安だった。
思えば日本も人件費が上がったのは高度経済成長期以降だからなぁ。
とは言え、いつかは婦人用下着もシャワーヘッドも似たような物が出てくる。
今のうちにメルヴィルの主産業を育てなければならない。
がんばろ~。
○○年○月○日
メルヴィルの冬は寒い。
寒さには波がある。
こちらの世界には天気予報がないので「上空にマイナス20度の北極寒気団が南下してメルヴィルを覆い・・・」という事情がわからない。
猛威を振るった寒気がいったん抜けて、次の寒気が入るまでの間。
数日間は小康状態が続く。
そこでその3日間ほどの小康状態をついて魔物の調査を行った。
中央部(元農地の荒地)で調査。
ビッグトードとレッドニュートは見かけない。
雪の下で冬眠中と思われる。
雪の上にボア、レッドボアの足跡が残っている。
ときおり雪を掘り起こして何かを食べているようだ。
ゾンビ、ゴーストのアンデッドコンビは全く見かけない。
南部のダンジョンまで足を伸ばす。
中に入ると雪は積もっていない。
雪は吹き込んでいるようだが、ダンジョン内が暖かいので溶けている。
溶けた水はダンジョンが吸収している。
入口近辺はゾンビ、ゴースト、スケルトンのアンデッドトリオがお出迎えしてくれるが、奴らも夏場のような元気がない。
アンデッドを叩き潰しながら先に進むと、ある地点を境にボアが出てくる。
ボアは寒さに関係なく元気。
そしてボアを懲らしめながら先に進むと下へ降りる階段が見えてきた。
前回踏破したときは2層目って無かったよね?
これ、成長しているのかな?
ふ~ん。
そう。
2層目の探索は春になってからする。




