237話 メルヴィルの現状把握
マーラー商会ハーフォード支社移動小売り販売部(行商ともいう、情報収集部隊を兼ねる)がメルヴィル周辺の情報収集を続けている。
ジークフリードとクロエとマロンとパロ達がメルヴィルの情報収集を続けている。
そして集めた情報は、アルとその仲間達がハーフォードとメルヴィルの間を定期的に往復して運んでいる。
いや~ 使い魔の数を増やしておいて本当に良かった。
クロ、シロのオコジョチームはまだ出番無し。
土地に慣れている最中。
情報は集まってきている。
その情報を纏めた結論。
『この3年間、ハーフォード公爵領はメルヴィルに何もしていなかった』
はい?
重要なことなのでもう一度言います。
『この3年間、ハーフォード公爵領はメルヴィルに何もしていませんでしたっ!』
代官を送り込みましたが夜中に怖くなって逃げ帰ってきました。 ではない。
農民を送り込みましたが自然の猛威に跳ね返されました。 ではない。
調査団を派遣しましたが強力な魔物に恐れをなして撤退しました。ではない。
何もしていない。
いっそ爽やかなほどの放置プレイ。
ライムストーン公爵領へ食料援助を増やす話はどこへ行った?
ひょっとしてこの3年間はライムストーン公爵領が豊作だった?
報告を読むと・・・
・村人は1人も見えない
・経済活動の痕跡が無い
・キャンプの痕跡すら無い
・何でも良い。何かを手掛けた痕跡がない
・キャスターはいた。元気だった。よかった~
・3年前に水浸しだった畑から水を抜いたが、そのまま放置されているので
草ボウボウどころか木が生え始めている
・魔物が跋扈している
・コスピアジェ様が巣を張っていた元ダンジョンは、上空から見た感じは
魔境感半端ない。再度ダンジョン化したように見える
◇ ◇ ◇ ◇
第一報の情報を整理しているときに公爵の使いが来た。
付いていく。
公爵、公爵夫人、マチルダ嬢、オルタンス嬢、騎士団長がいた。
今日は全員お揃いで。
新しい身分証を渡される。
『 Viscount、Vito Steels 』
確認。
確かに子爵。
今までの身分証を返却。
「ビトー、この後の予定は?」
「引っ越しの準備ができ次第、メルヴィルへ異動します」
「誰が行くのか?」
「全員です」
「ビトーやエマは・・・」
「全員です」
「・・・」
「小さな村ですが初めて経営を任されたのです。領都から指示を出すほどの余裕はありませぬ。陣頭指揮を取り、領地経営に全力で取り組みます」
「・・・」
「ところで。メルヴィルを発展させる方向性について、閣下のプランをお聞かせ願えますか?」
「プランとは?」
「3年前は農村の復活を考えておられたように記憶しております。今のところ手は付けられておりませぬ。
農村として復活させるためには村人の移住希望者を募るところから始め、土地改良、土地分配、作物の選定・・・ と進めて行きます。
初年度、次年度はまず収穫は見込めませんので税を免除し、3年目あたりから税の徴収を開始する・・・ となりますと、メルヴィルがハーフォード公爵領の戦力になるまでかなり息長く育てていく必要があるかと存じます。
その間には当然天候不順も想定しなければなりますまい。
安定的に満足のいく税収を得られるのは5年後、10年後を見据える必要があると存じます。
その様な時間軸で考えておられますか?」
「いや・・・」
「農業にはこだわらず、もっと早い成果をお求めでしょうか?」
「うむ」
「方法につきましては?」
「任せる」
ふ~ん。
では好きにさせて貰いましょう。
こちらの世界に来て、初めて自分で方針を立てて実行できる自由を与えられた、と。
立志だな。
ようやく一人前になったか。
面会が終わって退去する時に公爵夫人に呼び止められた。
オルタンス嬢もいた。
「ビトー、少しお茶をされていきませんか?」
イヤなタイミングでイヤなことを言う。
間違いなく試されている。
タイミング的に公爵の密偵も見ているだろう。
「御方様。私は既に御方様の護衛騎士の任を解かれております。今後御方様と少人数で同席することは色々と不都合がございます。ご明察お願い申し上げます」
そう言って公爵夫人とオルタンス嬢に丁重にお辞儀をしつつ、さっさとお暇した。
だんだん腹が立ってきた。
くっだらねぇ娘のお守りをさせている間、せっかく整えたメルヴィルをボロボロになるまで放置して。
そしてもう一度私に押しつけて「何とかしろ」か。
茶もクソもないだろう。
何か言ってきてもしばらく鹿十でいいかな?
駄目かな?
◇ ◇ ◇ ◇
使い魔達が情報を運んでくる。
・村人0人
・これまでに誰1人として移住していない
・移住の試みもされていない
・ハーフォード公爵領としてはこの3年間完全に放置していたということで
間違いない
・水を抜いた耕地は完全に荒地化して、灌木どころか高木が生え始めている
・かなりゴツい根を生やしている
・魔物確認
村全域にビッグトード(馬鹿でかいカエル)、レッドニュート(馬鹿でかい
イモリ)、ボア、レッドボア、ゾンビ、ゴーストが徘徊している
何のことはない。魔物も元通りだった
・対魔樹の並木は無事。だから放置できたのだろう
・水路も無事。これは朗報
清々しいほどの放置プレイ。
マーラー商会ハーフォード支社移動小売り販売部の情報はもう少し生々しかった。
移住者が一人もいない理由
・3年前から引き続き『メルヴィルはアンデッド共がウロつく呪われた土地』
という噂が消えていない
・最寄りの村がその噂の発信地になっている
・ハーフォード公爵領としてその噂を払拭するような動きはしていない
・従って、経済的に破綻して再出発を目指している人でさえ、メルヴィルは
選択肢に入らない
農民に関する情報の深掘り
・農民は迷信深く、保守的かつ前例主義なので、移住者を集めるのは困難
・ハミルトンで情報収集する際「メルヴィル」という地名が出ただけで青ざめ、
呪い除けの印を指で結ぶ
・たとえ収穫があっても農業ギルドや商業ギルドでは『呪われた作物』として
取引を拒否されると予想される
『メルヴィルはアンデッド共がウロつく呪われた土地』というのは間違っていない。
事実、ウロついているのだから。
迷信については、この世界は『中世』だと考えればそんなもの。
この情報はアンナにも通っているよね?
うん。
アンナと話をしよう。
アンナに私の構想を聞いて貰おう。
でもその前に。
騎士団長に情報を集めに行く。
「お世話になります」
「メルヴィル赴任、愁傷に存じる」
おっと、本音が出たな。
「ところで、子爵としてどの程度の兵を蓄えるべきでしょうか?」
「メルヴィルの人口は何人だ」
「0人です」
「いや、兵隊の数を訊いているのではない。村人の数だ」
「ゼロです。村人は一人もいません。私が第一村人です」
「・・・」
「どうしましょう?」
「どうしましょうってなぁ・・・ 徴兵する村人がいないのではなぁ・・・ 取り敢えずお主らだけで良いのではないか?」
「仮に村人が100人いたら通常の徴兵はどのくらいで?」
「2名だ」
「戦時は?」
「5名だ」
「了解致しました」
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードを引き払う準備ができたのでウォーカー全員に集まってもらった。
家中の者にも集まって貰った。
アンナとサビーネにも来て貰った。
イルアンからルーシーにも来て貰った。
皆の前で柄でもない演説をぶった。
「この度私は子爵としてメルヴィル赴任を命じられました。
とはいえメルヴィルは全くの手付かずの荒地であり、住民が1人もおらず、
我らの手で一から環境を整える必要があります。
第一段階で我らが目指すことは、魔物の駆逐、我らの住居の建設、
キャスターとの再契約、南のダンジョンの再攻略、そして食糧自給です」
「・・・」
「これらが軌道に乗れば、次に荒れ果てた農地の再生、主要作物の選定、村人の移住勧誘・・・ と考えていたのですが、どうやらそんな甘い話ではないことがわかってきました。
ハーフォード公爵領内の農民の間では『メルヴィルは呪われた土地』という迷信がはびこっており、農民の移住者は見込めないことがわかりました」
「ビトー。それでは我々は何をすれば良いのだ?」
「公爵閣下からは具体的に『これをやれ』という指示はされておりません。閣下は農業にもこだわっておられません。ある程度自由にやってよいらしいです。
ただし5年以内に一定の成果を上げることを期待されております」
「5年以内ぃ・・・」
「俺たちに何ができるんだ?」
「5年・・・」
ここで皆に私の構想を話してきかせた。
この構想は事前にアンナには打ち明けていた。
アンナには
「秘密にしなくて大丈夫かな?」
と訊いたが、アンナの答えは
「一度聞いただけではこの世界の者は誰も理解できないでしょう。私ですら半信半疑なのです。それならば皆さんが疑心暗鬼に陥らぬよう、あなた様は確個としたビジョンをお持ちであると安心させた方がよろしいです」
だった。
私の構想を話した。
「私はメルヴィルを観光都市にするつもりです」
「・・・」
「・・・」
「かんこう・・・ ってなに?」
「国内・国外から客を呼び込み、彼らを楽しませ、彼らに対して商売をすることで金を稼ぐ街のことです」
「よくわからん」
「客って誰?」
「国内の金持ち、そして冒険者です」
「金持ちと冒険者は全く別の階級だぞ」
「そうですね。でも金遣いの荒さは一緒ですよ?」
アンナが微笑んでいる。
「メルヴィルは海に面した海岸段丘の上にあります。景色を遮る邪魔物がありません。海に日が沈む雄大な景色が見られます。遥か彼方に西大陸も望めます。これは資源です」
「・・・」
「かいが・・・ なに?」
「南のダンジョンはどうするの?」
「無論残します」
「大丈夫なのか?」
「弱々のダンジョンです。素人上がりの冒険者を上げるには丁度よろしい」
「冒険者ギルドは?」
「もちろん誘致します」
「また一から教えるのか・・・」
「経験者を雇いましょう」
「・・・」
アンナ以外の面々は理解を諦めたようだったので、ここでお開きとした。
とは言え、私が当てもなくメルヴィルに赴任するつもりでは無いことを知ってホッとしたようだった。
「面倒臭いことは全てビトーに任せた」
そう言われているようだった。
ふと元の世界における自分の立場を思い出した。
難しい話は親方や兄さんに任せていたな・・・
なんか時代が変わったな・・・
そう思った。




