235話 帰還
ウォーカーは無事カトリーヌをオリオル辺境伯領へ送り届け、任務を完了した。
オリオル辺境伯領を退去するに当たり、今度は正式に辺境伯へお暇を願い出て、了承された。
カタリナはノースウッドの不正に関与していないとの判決が下り、無事ノースウッドへ戻っていった。
カトリーヌとの別れは辛いものに・・・ならなかった。
故郷の無事を確認し、肉親に自身の成長を見せることができたカトリーヌは、常にテンションが高かった。
元気に別れの挨拶を済ませたのでちょっとホッとした。
帰途。
タイレルで冒険者ギルドに立ち寄った。
冒険者はうじゃうじゃいた。良いことだ。
ジルゴンにある冒険者ギルド総本部から新ギルド長が派遣されてきており、シンディは受付嬢に戻っていた。
再会を喜び、夕食に誘った。
タイレルで一番良いお食事処で最近の情報を入手。
タイレルダンジョンは元に戻った。
新たに生まれたダンジョンは単なる枝道と化した。
出てくる魔物はビッグトード(蛙系の魔物)とレッドニュート(イモリ系の魔物)になり、ヤバイ魔物は出なくなった。
新たに解毒ポーションを求める冒険者は少ない。
皆さん毒の対処が上手になったし、以前購入した解毒ポーションを大事に大事に持っている。
散ってしまったコカトリスは、タイレル近郊では全く見られなくなった。
タイレルの明るい未来を聞けてよかった。
王都ジルゴンに立ち寄るかどうか悩んだが、念のため王立高等学院へ足を運んでみた。
休校中の看板が掲げられており、校門は閉鎖されていた。
イルアンでルーシーと別れた。
ありがとう。
ご苦労だった。
ルーシーに危険手当は出るよね?
出るね?
うん。
待っててね。
◇ ◇ ◇ ◇
やっとハーフォードへ到着した。
公爵と公爵夫人に任務の完了と帰還の報告。
公爵は大変にお怒りで、カトリーヌのこと、特にタイレルダンジョン攻略を決断したときの言動を厳しく詮索された。
沙汰が言い渡された。
今回の任務は公爵の意向から明らかに逸脱した。
最終的に公爵の下命は達成したが、達成時期が遅れ、しかも公爵の承認を待たずに自身の判断で動いたのは重大な過失である。
ただし、これまでハーフォードへ多大な貢献をしてきた実績を鑑み、保留となっていた宝珠、ダガーオブウンディーネ、トロールの革鎧の接収を対価として、この度の過失を不問に付す。
マグダレーナの護衛騎士任務を解任し、代わりに子爵へ陞爵し、メルヴィルを治めるよう命ずる。
なお王立高等学院より通達があった。
オルタンス、カトリーヌ、アナスターシア、マキ、ビトーは学業成就と見なし、卒業扱いとする。
ハーフォード公爵寮は閉鎖する。
「承知致しました。家政婦、シェフ、メイド達は引き揚げさせます」
◇ ◇ ◇ ◇
マキの元に立ち寄った。
パトリシア、サマンサに聞くとマキの経過は順調という。
マキから物凄く怒られた。
「勝手に動くな!」
「どうせカトリーヌを放っておけなくて手助けしたのでしょ!」
「ハーフォード公爵がオリオル辺境伯へ約束したことを、危うく反故にしかけたんだよ」
「今、武闘派貴族が再結集を図っているときに、どれほど危ない行為だったのか理解しなさい!」
「武闘派貴族の罠の可能性もあったんだから!」
「猛省しなさい!!」
弁解の余地も与えられなかった。
散々怒鳴られた。
う~む。
私よりマキのほうが遥かに貴族の思考に近いな。
「それからアナスターシアの実家からトロールの革鎧が送られてきた。『もう関わるな』と言うことでしょ」
オリオル辺境伯も同じ感じだったから「そういう」ことなのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
マーラー商会ハーフォード支社に挨拶。
「アンナ! ありがとう! 大勢の命が助かったよ!」
「私はビトー様が無事ならば、それ以上の望みはありません」
ポーションの代金はマーラー商会ハーフォード支社から出ていた。
アンナには私のパテントで穴を埋めるよう命じたが、頑としてウンと言わない。
「私を頼って下さいませ」
「貴方様と私は貴族と商人の冷たい関係ではありませぬ。ご主人様の危急に際し、家族として頼って下さいませ」
わかった。
ありがとう。
今回はアンナに甘えさせてくれ。
「ところでね。子爵としてメルヴィルを治めるように命じられたのだけど・・・」
「それはおめでとう御座います」
「統治のための組織が必要になるんだけど・・・」
「ええ」
「アンナに人選と組織化を任せたいのです」
「旦那様、それは・・・?」
「村を統治する組織を商人流にしたい。貴族風にしたくないのです。
メルヴィルの統治組織はゼロからの構築になります。一切の無駄を省き、合理性で固めた組織にしたいです。幸い、と言って良いかわかりませんが、文句を言う奴はいません。その組織化をアンナに任せたいのです」
「承知致しました」
「私もさっき言われたばかりで、恥ずかしながらメルヴィルの現状もわかっていません」
「お任せ下さい」
「ちなみに王都のハーフォード公爵寮は閉鎖することになりました。マリアン達をそのまま連れていけますか?」
「もう家臣として取り立てる様に取り計らいましょうか?」
「そうして下さい」
夜はアンナに甘えた。
◇ ◇ ◇ ◇
イルアン冒険者ギルドまでひとっ走り。
ベノムパイソンを2体出した。
アドリアーナ(ギルド長)とナオミが大喜び。
「肉と魔石は買取でお願いします。皮は私が受け取ります」
「皮も欲しいです・・・」
「肉の量が凄いので皮まで買い取れないのではありませんか? 皮の方も凄い大きさですよ? 脅威度Bの魔物の皮ですし」
「ううう・・・ 手持ち資金が・・・」
それからアドリアーナとルーシーにメルヴィル赴任を伝えた。
するとアドリアーナからギルド長室へ連れて行かれた。
「ビトー様は『ゾーンオブサイレンス』を使えますわね?」
「ええ」
「大変お手数をお掛けします。お願いします」
無音空間を出した。
「王都より妙な話が来ております」
「無音空間内では御座いますが、口元を手で覆ってお話し下さい。どこに目があるかわかりませぬ。唇を読まれないようにお願いします」
「どうやら王都の冒険者ギルド本部より、ギルドマスター、会計が送り込まれてくるらしゅうございます」
「皆さんにどうしろと?」
「特に何も言われておりませぬ。ということはクビで御座います」
「誰の差し金かわかりますか?」
「アンナの読みでは王都の官僚組織だろうとのことでございます」
「目的は利益の吸い上げですね?」
「おそらく」
「時期は?」
「1ヶ月後」
「では彼らに対し、このように返答をお願いします。
『了解致しました。旧い者が残っていては目障りで御座いましょうから、ギルド長始め、会計、フロント、解体、ダンジョン前出張所すべての役職を空けておきます。○月○日以降はよろしくお願い致します』
と」
「・・・」
「皆さん全員私の元に来て下さい」
「ビトー様にお仕えできるのですね?」
「はい。 それと冒険者の皆様に事実のみをお伝え下さい」
「それは・・・?」
「経緯のみを伝える。王都の冒険者ギルドが経営を引き継ぐので、私達は去らせて頂きます。長い間お世話になりました、 と」
「わかりました」
「それからナオミに作らせた『魔物解体マニュアル』は引き揚げます」
「もちろんですわ」
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードへ戻り、子供達と戯れて、それからしばらくぼーっとしていた。
・・・
・・・
今回の任務、面白くなかったな。
疲労感ばかりある。
なぜだろう?
任務に失敗したからか?
評価されないからか?
それはあるな。
オリオル辺境伯は娘の成長を喜んでいる風では無かった。
縁も切りたいようだ。
余計なことをしたらしい。
バラチエ子爵もそうだな。
成り行きとは言え、つまらないことに関わったな。
結局学院に関連することがつまらなかったのか?
たしかにつまらないな。
武闘派を潰した割には評価されないしな。
ダンジョンもつまらなかったかな?
もうダンジョンで喜ぶような年齢ではないか。
私が子爵?
領地持ち?
全領民の命を預かる?
冗談?
ではない。
憂鬱だな。
イルアンにもちょっかいを掛けてくるとはな。
だがもはや私の管理が行き届かなくなるだろうから、ここは渡りに舟でいこう。
つまんないな。
貴族がつまらないのかな?
うん。つまんないな。
つまり全部か?
ぼーっとしていた。
気付いたらソフィーとエマが隣にいた。
二人とも何も言わなかった。
アンナに言われたことが蘇った。 家族か・・・
マキも昔何か言っていたな・・・
家族持ちが青臭いこと言ってんじゃねえ、自分探しなんて馬鹿なまねをするんじゃねえ、あんなのは餓鬼がすることだ・・・ か。
そうだな。
家族を守るために稼がないとな。
大金をもらえる仕事が面白いわけがないよな。
クソつまらないことに従事するから大金をくれるんだよな。
グズグズ考える暇があるならキリキリ働け、か。
世のお父さん達は全員そうしている。
◇ ◇ ◇ ◇
ウォーカーの全員(パトリシア、サマンサも含む)を集め、メルヴィルへの異動を伝え、準備に掛からせた。
「いつまで?」
「可及的速やかに。準備ができた者から先遣隊として偵察に行って欲しい。今手元に何の情報も無い。アンナにも頼んだ。連携して進めてくれ」
◇ ◇ ◇ ◇
古森へコカトリス情報の御礼に行った。。
「どうでしたか?」
「評価の難しい魔物で御座いました」
「『弱い』とはっきり言いなさい」
「はい。脅威度Bにランクされるにしては微妙で御座いました」
「キメラというのは型に嵌まれば強みを発揮しますが弱点も多く、弱点を突かれると対処できないことが多いのです」
「ナーガに遭遇しましたが、途轍もない魔物でした」
「我らと同じ強さと言われていますがどう見ましたか?」
「全然弱いです。話になりません」
「そう。あれも一応我らの眷属ですが、言うことを聞かない厄介な連中です」
「そうなのですね」
「メルヴィルに赴任することになりました」
「そう。なら我らも使いを出しやすくなりますわね」
「はい」
「独立する気?」
「わかりません。自治を任されると思うのですが、任せた方は私が独立して反旗を翻すとは思っていないでしょう」
「その気があれば兵を貸しますよ?」
「先立つものがありませぬので見返りの品を用意できませぬ」
「ふふふ」
「旧友も待っているはずですよ」
「旧友とはアイシャ様の旧友で御座いますか?」
「あとでわかるわ」
あの人のことかな?
1人の顔が心に浮かんだ。




