222話 新ダンジョン探索3
マロンは蛇と言うが、遠目に見ると小山のように見える。
とぐろを巻いた巨大な蛇だった。
鱗の配色と模様が美しい。
私は名前を知らなかったがソフィーが知っていた。
ベノムパイソン。
鑑定してみる。
種族:ベノムパイソン
年齢:1歳
魔法:無し
特殊能力:毒
脅威度:B
手合わせをしたことのある者は・・・
いない。
攻略法を知っている者は・・・
いない。
いったん引き返してエミリオ先生に相談することにした。
エミリオ先生が目を輝かせて講義をしてくれた。
「ベノムパイソンとはまたずいぶん通な魔物が出たの。
ベノムパイソンは脅威度Bの上位にランクされる。
動きは俊敏とは言い難いが、それを補ってあまりあるほどHPを持っているとされる。
何よりも胴回りが太く、力が強く、皮が固い」
「先生のお話からは脅威度Bの下の方に感じます」
「そうではない。脅威度Bの上位じゃ。その理由は体が巨大なので物理攻撃、魔法攻撃ともに通り難いのじゃ」
「・・・」 (どうぞ先を)
「基本はパイソンらしく力任せの攻撃をしてくるが、パイソンのくせに毒を持つという、大変に珍しい種類じゃ」
「毒が脅威度評価に一役買っているのですか?」
「そうではない。奴の最大の武器は体当たり、そして巻き付き攻撃じゃ。何しろ蛇族の中では最も重く、最も力が強い。一度巻き付かれたら人間の力ではほどくことは不可能とされる。
そして巻き付いてから噛みつく。
獲物が全身骨折と毒で死んでから呑み込むのじゃ。
絶対に巻き付かれてはならん」
「先生。討伐の仕方は?」
「奴の攻撃は全て躱すこと。盾で受けようとしてはならぬ。どんな力自慢でも、奴の体当たりを盾で受けたら肩ごと持って行かれてしまうぞ」
「こちらからの攻撃は?」
「コツコツやるしかあるまい。鱗が硬いのでなぁ。剣よりも槍の方が通じると思うが、こればかりは得手不得手があるからなぁ」
「魔法攻撃はどうですか?」
「火、水、風、土 いずれもダメージを与えられるだろうが、あの巨体の芯まで通るまい。やはりコツコツやるしかあるまい」
厄介な魔物だ。
これといった弱点は無い。
ウォーカーで軽く作戦会議。
ウォルフガングが指示を出す。
「魔物の方向性は異なるが、ミノタウロス戦のようにコツコツやるしかないらしい。
まず手合わせの前にビトーのデ・ヒールでこっそりとHPを削れるかどうか試す。
行けそうなら奴に気付かれるまでHPを削り続けろ。
それから儂とソフィー、ジークフリード、クロエで囲む。
HPの削り方は剣と魔法。
最初は慎重に戦って、奴のバンザイアタックがどの程度か見極める。
魔法攻撃はまずは火槍、氷槍、風刃を試せ。どの程度効くか見極める。
見極めたら割に合う魔法を撃て。
ジークフリードの砂攻撃は奥の手として見せないでくれ。
マロンとカトリーヌは怪我人を後方へ下げる。
ビトーはデ・ヒールの後は治癒。
ルーシーは全体を見渡す役だが、怪我人が出た時は交替して隊列に入ってくれ」
「「「「「「「 了解 」」」」」」」
「おい」
「はい」
「おまえのマチェットを貸せ」
「ソフィーが使うの?」
「ああ。頑丈さが欲しくなりそうだ」
ソフィーに【トロールの短剣】(長剣並みの長さを持つ鉈)を渡した。
「では行くぞ。 ビトー」
「はい」
装備を斥候(ダークレザー、隠密の小盾)に戻し、認識阻害(闇魔法)が効いていることを確認。
ソフィーに頼んで装備の表面温度を強制的に下げて貰う。 寒い・・・。
1人でそっとベノムパイソンに近付く。
デ・ヒールが届く距離まで近付くことができた。
改めて感じるのは物凄い質量からくる威圧感。
とても1匹の魔物とは思えない。
じわじわデ・ヒールを掛けていく。
変な表現だが、手応えがあるのだが、手応えが無い。
HPを奪っている実感はある。
だが奴は身じろぎをしたり、そわそわしたりしない。
どっしりと落ち着いている。
「いつもと違うな?」という異変を感じたそぶりが伝わってこない。
レッドサーペントを骨抜きにした時間はとうに過ぎている。
取り敢えず行けるところまで行こう・・・
不意に首根っこを掴まれて後ろに引き摺られた。
ソフィーだった。
「気付かれたぞ」
ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエが半円状に奴を囲んだ。
ベノムパイソンがのっそりと鎌首をもたげた。
デカイ・・・
太い・・・
こいつ何メートルあるんだ?
ウォルフガングがこちらを見ずに指示を出す。
「もっと下がれ」
言われたとおりに距離を取る。
それから重量感溢れる消耗戦が始まった。
すぐにジークフリードが下がった。
怪我はしていない。
「メンバー間の距離を取らねぇとヤバイ。4人は多すぎる。俺は待機だ」
今戦っているのはウォルフガング、ソフィー、クロエの3人。
3人とも剣を構えてはいるが、ほぼ使わない。
火槍、氷槍、風刃で戦っている。
それぞれ役割があるようだ。
ソフィーは魔力量に不安が無いので一定リズムで氷槍を撃っている。
これがウォーカーの攻撃の土台になっており、ベノムパイソンは氷槍に気を取られている。
その間にクロエは風刃で顔を集中的に痛めつけている。
重点的に目を狙っている。
ウォルフガングは早々に火槍から火球に切り替えている。
反撃が功を奏さず、業を煮やしたベノムパイソンが噛みつき攻撃に出たところで口の中に火球を放り込んでいる。
よし、このまま。
と思っていたら、ルーシーから声が掛かった。
「ウォルフガングとクロエは下がってください。ジークフリードと私が交替で出ます」
「わかった」
「了解」
ソフィーはそのままに、ウォルフガングとクロエは下がってきた。
下がったウォルフガングに聞く。
「どうですか?」
「奴が元気なうちは剣は使わない方が良い。手首がいかれたかと思った」
「クロエも?」
「ええ。私は最初の一撃で手首をやっちゃった。お願いできる?」
「もちろん」
ウォルフガングとクロエの手首、肘にヒールを掛けた。
「それ以外はどうですか?」
「奴と戦っているとリズムが悪くなる。こっちの攻撃を当てるよりも奴の攻撃を避ける方が優先なのでな。どうしても奴のリズムになっていく」
「ええ。ソフィーさんはどうして平気なのかしら?」
ソフィー、ジークフリード、ルーシーになってからは、確実にダメージを与えているのはソフィーの氷槍とトロールの短剣だけになった。
ソフィーは安定している。
たまにトロールの短剣を振り下ろしているが、手首や肘を痛めている感じはしない。
タイミングが良いらしい。
ジークフリードは敵の注意の引きつけ役に徹している。
時々小石を投げている。
ルーシーも敵の注意を引きつけるが、まれに危ない局面が出てくると、消防車のごとき高圧放水をぶちかまし、強制的に距離をとっている。
与えるダメージは少ないかわり、安全運転に徹する3人だった。
エミリオ先生が前線にやってきた。
お手製らしき魔道具でベノムパイソンを観察していたが、感心したように言った。
「もうじき奴は倒れるぞ」
先生の言葉とほぼ同時にソフィーの氷槍がベノムパイソンの口の中に突き刺さった。
喉を塞がれて窒息したベノムパイソンが暴れ始めた。
が、すぐに大人しくなった。
目から光が消えた。
エミリオ先生が魔道具で最終確認。
「うむ。確かにこやつは死んでいる」
おおおおお・・・・
背後からどよめきが起きた。
皆で死体を取り囲む。
改めてその大きさに驚嘆する。
記念写真を撮りたいところだ。
ソフィーの手首と肘を丁寧に癒し、小声で聞いた。
「やっぱり安定してますね。ウォルフガングはリズムを合わせるのに難儀だったと言っていましたが」
「ふっ 蛇は任せろ」
ベノムパイソンの鱗を撫でているエミリオ先生に訊ねた。
「これ、高く売れそうですね」
「うむ。皮が美しくて丈夫。高級素材じゃ。魔石は解毒とHP回復の効果がある。いずれも非常に珍しいものじゃ。だが問題もある」
「何でしょう?」
「ここで解体しないと持ち帰れまい」
「そうですね・・・」
「皮は非常に強靱なので解体にはそれなりの道具が必要なのじゃ。まさか持ってきておるまい」
「ですね~」
ということで背負い袋に収納することにした。
炎帝、騎士団のメンバーが一通りいじり倒し、それぞれのグループで討伐方法の検討に入ったのを見計らって、背負い袋にモソモソと収納した。
「「 おぬし・・・ 」」
エミリオ先生とアルベルト先生が私の手元を見ていた。
「それはマジックバッグか?」
「ええ・・・ まあ・・・」
それから散々文句を言われた。
収納に余裕があるなら色々な魔道具を持ってダンジョンに入りたかったらしい。
「貯まりに貯まった仮説を一気に証明するチャンスだったのに・・・」
「学問を10年以上進歩させることも可能だったのじゃぞ!」
そう言われても・・・
学問のためにダンジョン攻略するという考えは無かった。
でもお二方の知識には助けられているし。
また今度。
「次にご一緒する機会がありましたらお持ちしましょう」
「よし。言質はとったぞ」
「絶対じゃぞ」
またダンジョンに潜る気満々らしい。
◇ ◇ ◇ ◇
先鋒を炎帝に変わって通路を進む。
アルベルト先生の予言通り、すぐに次のベノムパイソンが現れた。
炎帝が通常展開する。
剣士の前衛と魔術師の後衛。
戦闘開始。
剣士の前衛の動きはウォーカーと同じだった。
物理攻撃はせず、火槍を見舞う。
そしてベノムパイソンの攻撃は避ける。
後衛の動きに炎帝ならではの味があった。
ヴェロニカ(魔法斥候)を中央に配し、魔術師を両脇に配した。
ヴェロニカは前衛の火槍攻撃に隙間ができる時、そこを埋めるように火球を放った。
前衛の剣士はベノムパイソンの攻撃を除けながら戦うので、連続して火槍攻撃ができない。隙が生まれる。その穴埋めをせっせとしていた。
それだけでは隙は埋まらなかった。
隙ができるとベノムパイソンが間合いに入って来ようとする。
すると外側に配した魔術師2人が火球を遠隔操作し、ベノムパイソンの背後から火球攻撃をする。
ベノムパイソンは予期せぬ方向から攻撃を受け、背後に注意を向けざるを得ない。
見事な連携を見せてくれた。
炎帝のベノムパイソン攻略は安定しており、このまま討伐されると思われた。
だが魔道具を見ていたエミリオ先生が首をひねっている。
「おかしい・・・」
「どうかされましたか?」
「思ったほどベノムパイソンのHPが減っていないのじゃ」
それって私のデ・ヒールが・・・
言おうかどうするか迷っていたら、ジョアンが合図をした。
「すまん。そろそろ限界だ。代わってくれ」
「よし。交替するぞ」
ウォーカーがスルリと入れ替わる。
前衛はウォルフガング、ジークフリード、ルーシー。
後衛はソフィー、クロエ、私。
カトリーヌとマロンは怪我人の引き摺り役。
ウォルフガングが火球の連続射撃で牽制攻撃。
ジークフリードとルーシーが囮役。
時々ルーシーが高圧放水をぶちかましてベノムパイソンを仰け反らせている。
ソフィーとクロエと私が手出しをしようか考えていた時。
ジークフリードが大口を開けたベノムパイソンに砂を叩き込んだ。
途端に苦しみ始めるベノムパイソン。
吐き出そうとするが喉の粘膜に砂がベッタリと貼り付いてとれないらしい。
大口を開けて何とか砂を吐こうとする所にウォルフガングが火槍を撃ち込んだ。
流石のベノムパイソンも内臓は鍛えられないらしく、体の内側から炙られて一気にHPを減らした。
その後はクロエの風刃、ソフィーの氷槍で削り切った。
炎帝が駆け寄ってきた。
「おお・・・」
「流石だ。ウォルフの旦那」
「ルーシーの水・・・ すげえな」
騎士団も駆け寄る。
「2匹目か・・・」
「おまえらの魔力量。どうなってるんだ?」
魔道具を構えたエミリオ先生が静かに首をかしげていた。




