022話 X回目のクエスト報告
すっかりクエストのことを忘れていた。
そうフェリックスに言うと逆に聞かれた。
「クエストって何?」
「冒険者ギルドで仕事を請け負ったんです。その仕事のことです」
「どんな仕事?」
「ゴブリンを3体退治しなさいっていうやつです」
「ゴブリン?」
「うん。今日は全然見なかったなぁ」
「ゴブリンならそこにいる」
「え・・・?」
ゴブリンたち。
強い魔物に怯えて隠れていた。
マロンでさえ気付かなかったゴブリンの隠れ場所を、あっさりと見抜いたフェリックス。
ルーって凄いのだな、と改めて認識した。
ゴブリンには気の毒だけど、さくっとクエスト完了。
ところでフェリックスの倒したブラックサーペントをこのままにしておけない。
「フェリックスはこの大蛇をどうするの?」
「いらない」
「もらっていい?」
「うん」
ということでブラックサーペントを回収したいのだが、私には運搬する術がない。
放置はアンデッド化の恐れがあるので絶対に駄目。
どうしたものか、と考えていたら、
「ビトーの背負い袋に入れたら?」
「いや、どう見ても入らないでしょ」
「・・・そう?」
「そう? って、どう見ても縮尺がおかしいと思うのですが」
「その袋は “収納” になっていない?」
「???」
フェリックスの質問は、私の背負い袋がマジックバッグ(アイテムボックス)ではないのか? ということだった。
「そんな高いものは買えません」
全長5mのブラックサーペントが2匹も入るマジックバッグといえば「マジックバッグ(中~大)」クラス。
買い求めるとなると “時価” であることは確実だが、白金貨5枚(5000万円)あればなんとか買えるかな? 無理かな?
ただし、お店にあればの話。
そう言ったらフェリックスは、
「じゃあビトーの背負い袋をマジックバッグにしたらいい」
あのー、どんな魔法を使ったらマジックバッグになるのでしょう?
疑問符をいっぱい並べて戸惑っていると、
「貸して」
フェリックスに言われるまま、中身を出してから背負い袋を渡す。
中に入っていたのは 下級ポーション×1、火属性の魔石×1、カンテラ×1、牛の肩肉の干し肉×1kg これだけ。
フェリックスは牛の肩肉の干し肉をじっと見つめたあと、背負い袋を裏返して自分のおなかに当てて、なにやらモゾモゾしていた。
次に背負い袋を元に戻して、再び自分のおなかに当ててなにやらモゾモゾ。
やがて、
「できた」
と渡してきた。
これってマジックバッグになっているのかな?
フェリックスに促されるまま、恐る恐るブラックサーペントの頭を掴んで背負い袋の口に当てると、鎌首がスルッと入った。
え?
ええっ!
ブラックサーペントはするする入っていく。
もう1匹も入った。
「これどのくらい入るの?」
「このくらいのブラックサーペントなら100匹くらい」
マジックバッグ(規格外)だな。
背負い袋の外側のポケットもマジックバッグになっているとのこと。
こちらはマジックバッグ(中)らしい。約5m×3。
これは大白金貨5枚(5億円)でも買えないと思う。
というか、この世にこれ1つしか存在しないと思う。
余人には知られないようにしないと危ない。
恐る恐る聞いた。
「あのー フェリックスさん。マジックバッグ(規格外)とブラックサーペント2匹の御代はいかほどになりますか?」
「これ」
牛肩肉の干し肉1kgで手を打ちました。
◇ ◇ ◇ ◇
「ビトーは何でゴブリン退治のクエストを受けるの?」
「早くE級冒険者になるために腕を磨いています」
「どうしてE級?」
「ミリトス教会の刺客から逃げないといけないんです。そのためには最低でもE級冒険者証を持たないと、国内を自由に逃げられないんです」
フェリックスは何か考えているようだった。
「ビトーはダンジョンに潜らない? ダンジョンは魔物が湧いてくるから探し回る必要無い。ゴブリンより強い魔物も出る」
「拙者はまだ修行が足りませぬゆえ、ダンジョンに潜ったらすぐに死にます」
「ビトーは力が付いたらダンジョンに潜りたい?」
「うん」
「一緒に潜ろうか?」
まじまじとフリックスを見た。
マロンも驚いている。
「いいの?」
「ビトーに助けてもらったから」
G級冒険者の私がダンジョンに潜るとなるとギルド長の許可が必要だ。
そこで冒険者ギルドに戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに戻ってゴブリン3体のクエスト完了報告。
師匠に耳打ち。
「買い取りをお願いしたい物があります」
「ゴブリンの魔石か。買い取り窓口でいいじゃないか」
「ゴブリンではありません」
「何を持ち込むつもりか知らんが、買い取り窓口に出せばいいんじゃないか?」
「大きすぎると思うのです」
いきなり師匠に胸倉を掴まれた。
「お前、何を持ち込む気だ? どこに置いてきた?」
「えーと、説明が難しくて・・・ 一緒に倉庫にお願いできますか」
倉庫に場所を移す。
マロンも一緒に付いてくる。
「獲物はどこに置いてきた」
「ここです・・・」
背負い袋をおろし、ブラックサーペントを出し始めた。
自分でやっていて何を言っているのか、という話だが、小さな背負い袋から巨大なブラックサーペントが延々と出てくるのは不思議な光景だ。
これぞイリュージョン。
チャラララララン、チャンチャカチャッカ、チャンチャカチャッカ、チャンチャカチャッカチャン。
脳内でミュージックが鳴り響く。
1匹出したところでツカツカと師匠が歩み寄り、思い切り張り倒された。
ひっくり返ったところでマウントを取られ、更に頬を叩かれた。
「貴様・・・」
「師匠・・・」
言い訳をしようとしてやめた。
師匠の目に殺気があったから。
もう一発頬を叩かれた。
マロンがおろおろしている。
ギルド長が入ってきた。
「おまえらどういう関係だ・・・」
師匠に馬乗りになられ、殴られ、両頬が腫れた私の顔を見て、
「そういう関係か」
何をどう納得したの・・・
事情を説明した。
草原にゴブリンが1匹もいなかったこと。
探し続けて森の中に入ったこと。
「ごめんなさい。草原からゴブリンがいなかった時点で引き返すべきでした」
「後知恵ではあるが・・・な」
「いいえギルド長。危険予知は冒険者の基本です」
「まあ、ソフィーがそう言うなら」
「そしたらブラックサーペントが2匹死んでいました」
「「 2匹!? 」」
「はい。もう一匹います」
「「 ああっ!? 」」
背負い袋からもう一匹ブラックサーペントを出した。
◇ ◇ ◇ ◇
首根っこを捕まれてギルド長室に引き摺られていき、ギルド長、師匠、マロン、私の4人で密談。
「もう一度最初から言え。お前は何をした」
「ゴブリンを探してダンジョンの背後の森に入りました。そこでブラックサーペントが死んでいました」
「それで?」
「死体のそばにいました」
「何が?」
「フェリックスです」
「・・・そりゃ誰だ」
「彼です」
背負い袋からフェリックスが出てきた。
背負い袋の中にフェリックスに潜んでもらっていた。
ギルド長も師匠も呆然としている。
「彼がブラックサーペントの死体の隣に佇んでいました。どうかこの件はご内密に」
「当たり前だ。ギルト長室に魔物に侵入されたとあっては儂の信用問題になる」
しばし睨めっこ。
マロンがフンフンと匂いを嗅ぎながら、ギルド長と師匠からフェリックスを守るようにまとわりついているので、ギルド長も師匠も警戒を緩めた。
「これは・・・ ルーか」
「よくご存じで」
「初めまして。私はフェリックス」
ぴょこんと頭を下げるフェリックス。
「おお・・・ 儂はウォルフガングだ。この町の冒険者ギルドのギルド長をしている。よろしく」
「私はソフィーだ。この出来損ないの監督者だ」
二人とも尋常にフェリックスと握手をした。
「ブラックサーペントの傷。あれはウィンドカッターか?」
「その通り。私たちはカマイタチと呼ぶ」
「ふうむ・・・ ビトー、おまえは斥候ではなかったのか?」
「テイムじゃありませんよ。フェリックスは友人です」
「うん?」
フェリックスがたどたどしく説明した。
「ビトーは命を狙われている。早くE級冒険者になりたい」
「あー」
「ビトーをE級冒険者にする。僕が一緒にダンジョンに潜る。ビトーを鍛える。そしてE級になる」
「あー」
「うーん。 そうだな・・・」
ギルド長と師匠、しばし黙考。
「わかった。いいだろう」
「やった!」
「すぐに冒険者証をE級に上げてやる。ただし目立たぬように行動しろ。 この街ではテイマーは一人もいないのだ。間違えてフェリックス殿を襲う奴が出ないとも限らん」
「と申しますと?」
「ダンジョンに出入りするときはフェリックス殿を背負い袋の中に入れておけ」
「ダンジョンに入ったら出ても良いのですか?」
「・・・そうか。お前はまだダンジョンに入ったことが無いのだな」
「はい」
「ダンジョンの低層階は初心者が多い。初心者にとってはフェリックス殿も獲物に見えるだろう。特にダンジョン内では、な」
「ええ」
「ダンジョンの低層階でフェリックス殿をフリーにさせるのは良くない。 でだ。ダンジョン1階層には冒険者が行かない “未踏破” エリアがある。そこに行けば袋から出て自由にしてくれても大丈夫だ。詳細はソフィーに聞け」
フェリックスとマロンとパーティを組んでメッサーのダンジョンに潜ることが認められた。
ギルド長は準備があると言って出て行った。
ギルド長室で師匠、フェリックス、マロン、私で詳細を詰める。
「メッサーのダンジョンは1階層目にも関わらず未踏破エリアが3カ所ある」
「はい」
「それぞれ理由があって初級冒険者が足を踏み入れないように指導している」
「はい」
「そこを踏破して地図を作ってもらえるとギルドとしても助かる。クエストと思ってもらって良い」
「わかりました」
「そこは他の冒険者はいないので、フェリックス殿に自由にして貰って差し支えない」
「ありがとうございます」
「万一他の冒険者に見られたときは『テイムしている』と言え。フェリックス殿には申し訳ないが」
「はい」
「問題無い」
「それぞれの未踏破理由はダンジョンに潜る前に教えるが・・・ それよりもだ。いったい全体お前の背負い袋はどうなっているのだ」
そりゃ気になりますよね。
師匠に渡していじってもらった。
熱心に触っている。いろいろ試している。
ギルド長室の椅子や机を出し入れし始めた。
うおぉぉぉぉい。
でも容量は余裕だ。
師匠は物欲しそうにしている。
フェリックスに口を寄せて
「師匠に賄賂を贈りたいのだけど」
「あのポーチとかできる」
師匠が常に腰に付けている、飾り気無し&頑丈一点張りの革製ポーチをアイテムボックス化してもらった。
マジックバッグ(中)くらい(5m×3)の大きさらしい。
師匠はフェリックスをハグしてキスしていた。
フェリックスは嬉しいのだろうか?
よくわからなかった。
普通のアイテムボックスの中は時間経過が止まる、もしくは極めて時間経過が遅くなります。
フェリックスは、自分が作ったアイテムボックスの中に入るときに限り、外の世界と同じ時間経過を感じ、外の世界の音も聞こえています。




