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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
20 タイレルダンジョン編
217/302

217話 渡河戦


目の前を滔々と流れる大河バイン。


川幅(堤防から堤防まで)は300mくらいあるだろうか。

その川に橋が架かっている。

橋は馬車が余裕で通れる広さを持つ。

徒士なら4~5人が横に並んで通れるだろう。

上面は舗装されていて欄干も立派。

元の世界では当たり前なインフラだが、こっちの世界でこれほどの橋は初めて見た。

素直に「すごいな」という感想が出てくる。


その橋のたもとで王都騎士団の分隊とウォーカーの面々が向こう岸を見ている。




ここで王都騎士団から最新のコカトリスの情報を聞くことが出来た。


奴ら(コカトリス)は常に橋を渡る人間を見ている。

奴らは橋の近くに常に2匹いる。

時々奴らが草むらから顔を出しているのが観察される。

奴らは自分から橋を渡ってこちらには来ない。

奴らは獲物が橋を渡り切るのを待って襲撃する。

奴らは獲物が橋を渡り切ると橋と獲物の間に入り込んで退路を断つ。

獲物と橋の間に入り込む時は非常に素早い。

鉄壁の出した氷の壁をすり抜けるほど速い。

そして包囲殲滅を狙う。

鉄壁は4匹のコカトリスと戦ったが、その内1匹は鉄壁に手酷くやられている。



「2匹と聞いてきました」


「ああ、最初の報告だな。俺たちに交代してから情報が増えている」



奴らは鳥頭かと思ったらずいぶん賢いらしい。

横や後ろに回り込まれないように橋の上で決戦しようかと思ったが、そうは行かないようだ。



王都騎士団とウォーカーで入念に向こう岸を観察する。



「見えませんね」


「気配、感じますか?」


「いや、わからんな」


「マロン?」


「ふんふんふん」


「・・・うん。いる? 3匹。 そうか、3匹か」


「1匹少ないからチャンスじゃないの?」


「1匹は鉄壁にやられて動けないのかな? ちょっと怖いな」


「どうして?」


「戦闘の最中に合流されると困るんだ」


「うん」



アル? パロ?

見える?


パロの回答は



『かなり離れたところに1匹いる』


『蛇の体が千切れ掛けるほどの怪我を負っている』



だった。


情報は全員に伝え、一当てしてみましょう、となった。


王都騎士団が心配してくれる。



「本当に行くのか?」


「ええ。小手調べです。こりゃ駄目だと思ったらすぐに引っ返します。その時は援護して下さい」


「わかった」




戦法と隊列を確認。


コカトリスは橋を渡り切るまで襲ってこない。

渡り切ってもすぐには襲ってこない。

獲物を誘い出す役と退路を断つ役がいる。

橋から少し離れると包囲され、退路を断たれる。

と言うことなので後方に最高戦力ウォルフガングとソフィーを置きつつ川を渡り、氷壁で陣地を構築することを提案したら、ウォルフガングとソフィーから否定された。



「なに弱気になってる? むしろチャンスだろう?」


「敵はただでさえ少ない戦力を分散させているんだ。中央突破して反転攻勢を掛けて殲滅して差し上げるのが功徳というものだろう」



ということで、ウォルフガングとソフィーの意向を汲んで作戦と隊列を洗い直した。



前衛:ウォルフガング、マロン、ソフィー

中衛:ルーシー、カトリーヌ

後衛:ビトー



「マロンは敵の位置を正確に把握したら隊列を離れ、もう1匹の動向を探って下さい。追われたら逃げ回って良し」


「ばう」


「ウォルフガングとソフィーは正面を突破して前面の2匹を血祭りに上げてください。我らと橋の間に割り込もうとする1匹は無視して下さい」


「よし」


「任せろ」


「ルーシーはウォルフガングの後ろ、カトリーヌはソフィーの後ろに付いて下さい」


「「 はい 」」


「ルーシーとカトリーヌはウォルフガングとソフィーの後ろを走りながら追撃を入れて下さい。ルーシーは長剣を、カトリーヌは氷槍を使って下さい」


「「 はい 」」


「入れるのは一撃で良いです。入れたら走り抜ける。その場にとどまらないで」


「「 はい 」」


「ウォルフガングとソフィーが反転するのに合わせ、反転します。上手くいけばそのまま袋叩きにして下さい。でもウォルフガングとソフィーが走り抜けたら、一緒に走り抜けて下さい」


「「 はい 」」



最後の作戦はウォルフガングから私に申し渡された。



「後方の1匹が我らの間合いに入ってきたら、ビトー、お前が足止めしろ」



D級の私が一人で脅威度Bの魔物と相対して足止めをしろ、と?

泣いていいですか?



斥候装備はやめ。

賢者装備に交換。

武器は炎杖とタクトを装備。



もぞもぞ着替えをしている私を王都騎士団が心配してくれている・・・

と思ったらそうじゃなかった。

ソフィーのことを心配してくれた。



「おい・・ 魔術師が前衛で大丈夫なのか?」



最近のソフィーは常にミノタウロスの皮で作ったレザーアーマーを着用し、それを隠すようにローブを羽織っているので魔術師に見える。

杖は持っていないのだが。

一応剣も腰に差しているが、ローブに隠れて見えないのだった。


ソフィーが剣を抜いて見せたら騎士団も納得したようだった。



では。

気を取り直して。

隊列を確認し、全員が得物を抜き、バイン川に架かる橋を渡り始めた。



◇ ◇ ◇ ◇



橋の半ばまで渡った時。

上空のパロから警告が来た。



『草むらに潜んでいた魔物が動き出した』


『動いた魔物は2匹』


『もうじき姿が見える』


『1匹草むらの中に潜んで動かない』


『離れたところにいる怪我を負った1匹は動いていない』



全員に伝える。



「騎士団の情報通りだな。では予定通り行くぞ。呼吸を合わせろ」



ウォルフガングの合図と共に足並みを揃え、いつでも走り出せるように備える。

そしてゆっくりと前進する。



あと10m程で向こう岸に到達するという時。

橋から続く街道の左脇の草むらからひょっこりと頭が出た。

真っ赤なトサカが特徴的。

デッカいレグホンみたい。

胴は見えない。


一見横を向いているように見えるが、目が顔の両側に着いているので、あれで正面から見ているのだろう。


我々が足を止めると、もう一匹頭を出した。

やはりこちらをまじまじと見ている。


数瞬睨み合った。

奴らは全身を現して街道の上に出てくると、うねうねと後退し始めた。

明らかに誘っている。


もう一匹は?

橋を渡って左の草むらの中。

OK。



「ビトー?」


「GO!!」



ウォルフガングの問い掛けに答えた途端、全員が動きだした。




橋の残りの10m。

ウォルフガングとソフィーが軽いリズムで走り出す。

すぐ後ろをルーシーとカトリーヌが走る。

少し間を開けて私が走る。


ウォルフガングとソフィーが橋を渡り切る直前。

私は左側の草むらの中に潜伏するコカトリスに向けて火球を連射した。

私が火球を放つと同時にウォルフガングとソフィーが我々を誘うコカトリスに向かって猛然とダッシュを掛けた。


ルーシーとカトリーヌが必死に後を追う。

ルーシーはウォルフガングの動きを予測していたので付いていったが、カトリーヌはあっという間に引き離された。

頑張れ。


心の中でカトリーヌにエールを送ると共に、私は姿を見せないコカトリスへ火球を撃ち続けた。



私が足止めを任されたコカトリスは我々と橋の間に入り込んで退路を断とうとする、とわかっているので動きは予想できる。

そして奴は予想通りに動いてくれた。

奴の動きに合わせて火球の弾幕を張った。


我々は元来た方角へ後退しようなんて考えていない。

姿を現してくれてありがとう。

その功に免じて火球を馳走しよう。

遠慮するな。


奴の上半身の羽毛や小さな翼が派手に燃え上がった。


水魔法を使えないコカトリスは、自分の体に火が付くと地面を転げ回って消すか、それとも水に飛び込んで消すしかない。

最初奴は地面を転がっていたが、私が放火し続けるのでたまりかね、バイン川に飛び込んだ。


すると対岸から騎士団の援護射撃・・・というには豪快すぎる攻撃があった。

騎士団は土魔法(岩槍の集中豪雨!)で袋叩きにし始めた。

コカトリスはあっという間にHPを削られた。


私は野戦フィールドにおける騎士団の戦いを初めて見たが、スケールの大きさに度肝を抜かれた。

コカトリスは水中をウネウネと泳いだ。

また、岩槍のせいで水面があばれてコカトリスが見え難い。

だが騎士団は一切構わずコカトリスが逃れそうな場所にも岩槍の雨を降らせていた。

効率優先ではなく、敵を絶望させることを最優先にしているような攻撃だった。



次に騎士団は水魔法でバイン川の流れを操り、コカトリスを水中に引きずり込んだ。


私は橋の上に戻って様子を見ていたが、水中のコカトリスはすでにぐったりして動いていない。


騎士団は



「死んだふりを考慮して、30分ほど水底へ押さえつけてやる! 任せろ!」



と怒鳴って教えてくれた。



「ありがとうございます! よろしくお願い致します!」



私も大声で返答して皆のいる方へ向かった。


が、戦闘は終わっていた。



◇ ◇ ◇ ◇



(カトリーヌの視点)



ビトー様の合図と共にウォルフガングとソフィー様が走り出しました。

大丈夫。

ウォルフガングとソフィー様は本気で走っていません。

私もイルアンでソフィー様に鍛えられましたから付いていけます。

余裕です。


すると最後尾を走るビトー様が火魔法を撃ち始めました!


・・・ビトー様って火魔法を使えましたっけ?

いや、使っているところは見たことがありません。


今、結構な量の火球を放っています。

無詠唱です。

連続してガンガン火球を撃っています!


アナスターシアよりよっぽど優秀な火魔法使いなんですけどっ!



ビトー様に気を取られている暇はありません。

ソフィー様が一気に加速しました。

あっと思った時は遙か彼方へ行ってしまわれました。

私も必死に走りますが差は開く一方です。

ウォルフガングとルーシーを気にしている余裕はありません。


当初の予定ではソフィー様と私はタンデムに並び、コカトリスに連続攻撃を入れるはずでした。

ですがソフィー様と私の間が離れすぎてしまったので連続攻撃になりません。

ソフィー様はコカトリスに一撃を入れ、走り去りました。

手傷を負わされたコカトリスは一瞬ソフィー様を追おうとしましたが、私が近付くことに気付き、その場に踏み止まって私を迎え撃つ体勢を取りました。


コカトリスはクチバシを大きく開き、やや仰け反るような体勢を取りました。

これは火を噴く時の体勢です。

私は前面に氷壁を展開し始めました。

氷壁で火球を抑えて一撃を入れるつもりでした。


私も無傷では済みますまい。

ですが怪我を負っても一太刀浴びせるつもりでした。


ところがコカトリスが火を噴く動作に入った次の瞬間、コカトリスの首が前に倒れ、足下の地面に向かって火を吐いていました。


ソフィー様でした。

ソフィー様は私がコカトリスに近付く間にもう戻ってきて、コカトリスの後頭部に2撃目を入れていたのです。


ソフィー様は私とすれ違いざまに



「とどめを刺せ」



と言われました。


私はコカトリスの前に仁王立ちになり、氷槍を叩き付けました。

1射。

2射。

3射。


コカトリスの上半身に3本の氷の槍が刺さっています。

それでもまだ私に向かってこようとするコカトリス。



「とどめっ!!」



大きく開いたクチバシの中に氷槍を叩き込みました。

氷槍の先端が後頭部から見えています。

これでコカトリスにとどめを刺せたでしょう。



刺したつもりですが・・・


死んでる?

本当に?


ショートソードの先でツンツンと突っついてみます。


・・・死んでます。



「よくやったカトリーヌ。おまえは脅威度Bの魔物を倒したのだぞ」



そうソフィー様に言われましたが、わたしはとどめを刺しただけです。

そう言いましたが、ソフィー様は私を褒めて下さいます。



「脅威度Bの魔物の体の強靱さを考えれば、これだけ鮮やかに氷槍が刺さるのは大したものだ。自信を持って良いぞ」



そう言ってソフィー様は剣を鞘に収めました。




そう言えばもう一匹は・・・?


既に血祭りに上げられていました。




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