216話 事前準備
マキはハーフォード騎士団に守られて、オルタンスお嬢様と一緒にハーフォードへ帰って行った。
残った我々はオリオルに向けて出発前の準備中。
情報収集中に王都の冒険者ギルドで悪い噂を聞く。
ジルゴンからオリオルへ向かった隊商が魔物に襲われた。
隊商に護衛は付いていたが守り切れなかった。
護衛をしていたのは冒険者パーティ【鉄壁】。
鉄壁の剣士と魔術師と斥候がやられ、隊商は全滅。
襲撃場所は大河バイン川に架かる橋。
魔物は川岸の葭の中に潜んでいた。
そして隊商が近付くのを待って襲撃した。
隊商と鉄壁の生き残りが橋を戻って逃げたが、魔物は橋の手前で追撃を止めたという。
ジルゴン側の橋のたもとには王都騎士団の分隊が常駐している。
分隊が攻撃態勢に入る前に魔物は姿を消した。
その後の魔物の行方はわからない。
「魔物を取り逃がしたのですか?」
カトリーヌがギルドの受付嬢を詰問するが、それは酷な言い方だ。
「取り逃がしたのではなく、王都ジルゴンへの侵入を防いだと言うべきだろう」
そうソフィーが捕捉する。
「鉄壁は守りに特化したB級パーティだ。それほどのパーティが犠牲を出す魔物なのだ。 『取り逃がしたのですか?』と問われては辛かろう」
「・・・大変失礼致しました」
代わりに私が質問した。
「魔物はコカトリスでよろしいですね?」
「はい。その通りです」
「何匹確認されましたか?」
「2匹です」
「それを確認したのはどなたですか?」
「橋のたもとに常駐する王都騎士団です」
「鉄壁から事情聴取は?」
「帰還した者は傷が重く、事情聴取に耐えられる状態ではありません」
「そうでしたか。 それでコカトリスはダンジョンに戻ったのですか?」
「いいえ。戻っていないとみております」
「それはタイレルの冒険者ギルド情報ですか?」
「はい」
「・・・ええと、こんなことを言うのは失礼なのですが、あそこのギルドはダンジョン持ちとは思えないほど管理が杜撰でしたよね?」
「お恥ずかしい限りです。ですが少し前に信頼できる筋からコカトリスの目撃証言が上がりましたので、今は管理を強化させております。
ダンジョン前出張所にも職員を常駐させております。
その後、王都騎士団が到着されてからは騎士団の指示に従っております」
「なるほど。ダンジョンへ戻らない、というのはかなり精度の高い情報なのですね」
「その通りです」
これは悪い知らせだ。
コカトリスはダンジョンの魔物からフィールドの魔物に帰化したらしい。
そしてバイン川の向こうの川岸は彼らの狩り場なのかな。
受付嬢に礼を言ってカウンターを離れた。
ウォーカーで車座になって今後の行動方針の検討をする。
「ビトー。お前が仕切ってみよ」
そうウォルフガングに言われたので素人なりに筋道を立ててみる。
「我々の目的はカトリーヌを無事にオリオルへ送り届けることです。ここはよろしいですね?」
全員うなずく。
「オリオルまでのルートは『王都ジルゴン~バイン川渡河~タイレル~オリオル』です。ここもよろしいですね?」
全員うなずく。
「コカトリスはダンジョンの外の環境に馴染んだらしく、ダンジョンに戻る気はないようです。そしてバイン川の向こう岸を縄張りにしているようです。そしてバイン川の河川敷を住処にしているらしい。ここもよろしいですね?」
全員うなずく。
「ここで注意喚起しておきたいのは、コカトリスはバイン川を渡河する者を待ち伏せして捕食している可能性です」
「そんなこと受付嬢は一言も言っていませんでしたわ」
カトリーヌは気色ばんで言う。
「ええ。そういう言い方はしませんでした。ですのでこれは推測です。隊商が襲撃を受けたのが川を渡ってすぐの場所ということでしたので大胆に想像してみました」
「・・・」
「鉄壁は水と土の魔法を操る防御に特化したパーティです。特に優秀な水使いがいますので川沿いは鉄壁にとって得意の場所です。それにもかかわらず任務に失敗して犠牲を出したと言うことは、不意打ちを受けたものと考えます」
「そうなのですか?」
カトリーヌはソフィーに尋ねた。
「ビトーの想像は恐らく当たっているだろう。鉄壁はそれほどのパーティだ。 それでどうする?」
「渡河の方法ですが、橋を渡ります」
「橋を使うのか? お前の予想ではコカトリスは橋を見張っているはずだぞ」
「そうですね。ですが我々には風使いがいませんので、舟で渡河する場合、動力源がありません。川幅がありますし、手漕ぎでノロノロと川を渡っていたら確実に餌食になるでしょう」
「ふむ。 で? 橋を渡る際の工夫は?」
「一般的な渡河作戦になるでしょう。対岸に敵が潜んでいることを想定し、想定される敵の潜伏ポイントに橋の上から魔法による先制攻撃を浴びせるのです」
「ふむ」
「そしてもう一方で煙幕を張り、一気に橋を渡り、対岸へ上陸します」
「エンマクって何だ?」
「水魔法で霧を立てます。敵から我々を見えにくくします」
「・・・」
「なに、完全に見えなくする必要はありません。見え難ければ良いのです。優秀な水使いが3人もいるのですから、ここはお願いします」
「わかった」
「もし我々の後ろに更に渡河する部隊がいれば陣地を構築して敵の攻撃に備えます。メンバー全員が健脚なら一気にタイレルへ走っても良いです」
「そこはちょっと待て」
「はい。カトリーヌはタイレルまで走り切ることは難しいと思いますので、ここは陣地を構築して敵を撃退し、敵の気力を挫いてからタイレルへ向かうべきでしょう」
「うん。そうだな。 それ以外は?」
「コカトリスを何匹と見るか、悩ましいです」
「悩むようなことか?」
「余裕を持って安全サイドに振っておき、事前準備をする。想定以上の敵が出て来たらさっさと撤収する」
「その通りだ。 で、何匹と見る?」
「4匹。余裕を見て5匹」
「ちょっと待って下さい。受付嬢は2匹と言っていましたよね?」
気色ばむカトリーヌだが、ここは諭すように言う。
「カトリーヌは鉄壁を見たことがないので想像しにくいと思いますが、あれはイルアンダンジョンで名を上げたかなり堅実なパーティなんです。鉄壁も決して油断していなかったはずです。敵が複数出てくることは想定していたはずです」
「・・・」
「そして彼らだったら3匹までなら後れを取らなかったはずです」
「そうなのですか?」
「彼らは前衛の盾が3つありますので3匹までなら抑えられます。魔物を抑えながら撤退できます」
「・・・」
「その盾を突破されたということは、プラス1匹いたはずなのです」
「プラス1匹ではなく、プラス3~4匹いたという可能性は?」
「カトリーヌは鋭いですね。その可能性はゼロではありません。ただしコカトリスほどの脅威度の高い魔物が、ダンジョンの外で6~7匹もの集団を作ることは考え難いです」
「どうしてですか?」
「強い魔物は我も強いので4匹以上の集団行動は難しくなります。それを可能とするのは知性のある魔物ですが、コカトリスは知性を持たないと見て良いと思います。
ダンジョンのような狭い空間なら単に魔物密度が高いだけ、ということがありうるのですが、フィールドではまずありえないかと」
「そうなのですか・・・」
「それからそれほどたくさんいたら、騎士団に目撃されているはずです」
「・・・そうですね」
「皆さん、ここまでは良いですね?
では肝心の実戦ですが、戦場偵察はパロとアルに受け持って貰います。
橋の上からの索敵はマロンに頼みます」
「ばう」
「敵の戦法が読めない以上、いったん橋の上で止まり、ヤバそうな箇所に遠隔で先制攻撃を掛けます。これはウォルフガングの火球で炙り出しにしようと思います」
「ふむ」
「出て来た連中が橋の上を突進してきたら、ソフィーを始めとする水魔法使い軍団に斉射して貰います」
「ふむ」
「連中が橋から距離を置くようでしたら橋のたもとに氷の壁を展開して足止めをし、同時に霧を発生させて目隠しをしながらタイレルに向かって逃走しましょう」
「ヤケに私を使うじゃないか」
「愛する妻ですから」
「いたわるのではないのか?」
「信頼の証です」
ソフィーにヘッドロックされ、脳天をグリグリされたあと、ウォルフガングがまとめた。
「いいだろう。全員理解したな?」
全員頷いた。




