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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
20 タイレルダンジョン編
215/302

215話 イーサンの場合


(イーサン・バリオスの視点で書かれています)



授業の途中。


突然庶務課のお姉さんが1年生の教室にきて、臨時休校と帰郷命令が出たことを伝えた。

最初お姉さんが何を言っているのかわからなかった。

やがて理解が進むにつれ、教室は一斉に湧いた。


気持ちはわかる。

特に明確な理由はないけれど嬉しいのだ。


授業は中止。

教授は怒っていたが、学生達は帰郷準備に掛かるよう指示された。

王都に実家があり、実家から通っている生徒はこのまま帰宅するらしい。




私はハーフォード公爵寮へ戻り、帰郷の準備に取りかかった。

まずは実家に伝書鳥を飛ばし、ライムストーン騎士団に迎えに来て貰う手はずを整える。

私は公爵家の嫡男なので、移動の際は必ず護衛が付くのだ。

誇っている訳じゃない。

私個人はお金の無駄遣いだと感じている。

でも父上は、私が誘拐された時に要する費用に比べれば「はした金だ」という。

領地に帰ったら一度試算してみよう。



先輩方も徐々に寮に戻ってきた。

先輩方も喜んでいるのかと思ったら、アナスターシア先輩は喜んでいたが、カトリーヌ先輩は辛そうだった。

なぜなのか訊きたかったが訊けるような雰囲気じゃ無かった。

他の先輩方は嬉しいのか、そうじゃないのかよくわからなかった。




帰郷の準備は着々と進み、明日はライムストーン騎士団が王都に到着するという日。

カトリーヌ先輩が辛そうだった理由がわかった。

カトリーヌ先輩は故郷に帰れないのだった。


たまたま近くにいたビトー先輩に「どうしてですか?」と訊くと、ビトー先輩は一瞬不思議そうな顔をされた。



「庶務のお姉さんは休校の理由を教えてくれなかったのかい?」



そう言われてみると庶務のお姉さんは何かを説明されようとしていた。

いや、説明していた。

教室にいた生徒が一斉に大騒ぎをしたのでお姉さんが何を言っているのか聞こえなかったのだ。

生徒達は全員、私も含めて休校の理由などどうでもよかったのだった。


返答に窮する私を見てビトー先輩は何かを察したらしく教えてくれた。



ここ王都ジルゴンからカトリーヌ先輩の故郷のオリオルへ行く途中の街に強い魔物が出て、普通の旅人や商人では通行できないらしい。

魔物が出る理由はタイレルダンジョンにある。

スタンピードではないと思われるが確証はない。

放置することは出来ず、しかし冒険者に討伐依頼できるような魔物でもなく、王都騎士団が討伐にあたるという。

王都騎士団が学院からいなくなるので、警護の問題で学院は休校。学生は一時帰郷。

だが討伐が確認されるまではカトリーヌ先輩は帰郷できないのだった。


言われてみると「ああ、そうか」とわかる。

だが、上手く言えないけどなにか引っ掛かる。

モヤモヤする。

モヤモヤが解消したのは翌日だった。




ライムストーン騎士団が到着し、挨拶を受けているとちょっとした騒ぎがあった。

カトリーヌ先輩が泣いておられた。

カトリーヌ先輩は見たこともないような巨大な女に抱かれて涙を流されていた。

どのくらい大きいかというと、ウチの騎士団員と比べても遜色ない大きさ。


何が起きているのかわからなかった。

カトリーヌ先輩の泣かれている理由。

大女と話した途端、カトリーヌ先輩を苦しめていた心痛の種が解消したかのような雰囲気。


大女とカトリーヌ先輩との関係がわからない。

いったいあの大女はカトリーヌ先輩に何を言ったのだ?

大女の正体は誰だ?



我が騎士団に訊くと騎士団員は知っていた。

あの巨大な女はソフィーといい、ビトー先輩の妻だという。

何とビトー先輩はマキ先輩だけでは飽き足らず、あの大女も娶っているというのだ。


う~む。

恐るべしビトー先輩。


それで?

一体何が起きているのだ?


そう聞くと、我が騎士団員は私のことを呆れたように見た。



「タイレルでスタンピードの危険性が高まっているのはご存じでしょう?」


「うむ」



危なかった。ビトー先輩に教えて頂かなかったら恥をかいていた。



「魔物を殲滅出来れば良し。出来ないときは魔物はオリオル領を襲うと思われます」


「えっ?! どうして?」



再び我が騎士団員は私のことを呆れたように見た。



「タイレルとオリオルの間には魔物の侵攻を妨げる山河がありません。一方タイレルと王都ジルゴンの間には大河バイン川があります。魔物がどちらに流れるかは自明の理でしょう」


「・・・」


「オリオル領は魔物侵攻の危機にあるのです」



なんと、そういうことだったのか。

それでカトリーヌ先輩は悲しんでおられたのか・・・ 


ん?

つい先ほどカトリーヌ先輩の心に刺さっていた棘が溶けたように感じられたが?

一体何があった?


我が騎士団員は私のことを白けた目で見始めた。



「冒険者パーティ【ウォーカー】がカトリーヌ様の護衛を引き受けられて、カトリーヌ様をオリオルまで送り届けると言っていたじゃありませんか」



なんと、そういうことだったのか。

それでカトリーヌ先輩は急に喜ばれて・・・


ん?



「【ウォーカー】のメンバーは誰だ? あの大女か? ほかに誰がいる?」


「あまり失礼なことをいうと制裁を受けますよ。口を慎んで下さい」



う・・・

確かにあの女がハーフォード公爵の縁者だったら今の発言は大失態だ。

以降気を付けよう。



「【ウォーカー】のメンバーはあのソフィー様、あちらにおられる一回り大きな剣士、その隣におられる小柄な女性、そしてビトー様、マキ様、そしてお犬様です」



なに・・・

ビトー先輩はカトリーヌ先輩を故郷まで送って差し上げ、点数を稼ごうというのか・・・

マキ先輩、あの大きな女性に加え、カトリーヌ先輩までも・・・



「いかん!」


「急にどうされましたか?」


「ちょっと待った! カトリーヌ先輩は我がライムストーン騎士団でオリオルへ送って差し上げるのだっ!!」


「急に何を言い出すのです! 皆様が聞いておられますよ」


「いかん! いかん!」


「イーサン様、あなたの発言の方がいかんのですが・・・」



私はカトリーヌ先輩の前で粘った。

先輩をお守りしたいと申し上げた。

騎士団員は大きな声で私の言葉を遮ったり、私の耳を引っ張ったりして邪魔をした。


カトリーヌ先輩は最初ビックリされておられたが、最後はやさしく微笑まれ、やんわりとお断りになった。

理由を聞かせて欲しい、私にチャンスが欲しい、とお願い申し上げたら少し困った顔をされた。



「イーサンはまだ1年生で武の研鑽が進んでいる途中でしょう? 今一緒に来られると、私達はイーサンを守りながら進むことになります。それはあなたの希望ではないでしょう?」



うう・・・

返す言葉も無い。


カトリーヌ先輩は優しく言われたが、私では護衛にならない。

むしろカトリーヌ先輩に守られる始末。それは間違いない。

私には武の才能はない。

愛する人のお役に立てない。


つらい・・・



結局私の意見など一顧だにされず、私は我が騎士団に守られてヒックスへ戻ることになった。




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