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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
20 タイレルダンジョン編
214/302

214話 カトリーヌの場合


(カトリーヌ・オリオルの視点で書かれています)


王立高等学院の全学年に対し、休校と一時帰郷命令が出されました。

私以外の学生は、戸惑ってはいましたが概ね喜んでおりました。

長期休暇が延長されたような気分なのでしょう。


数少ない例外が私。

私ははタイレルを通過しなければオリオルへ帰郷できません。

そのタイレルが事実上の通行不可。

つまり帰郷自体が不可能なのです。


オルタンスお嬢様やイーサンがほくほくしながら帰郷の準備をしている中、私一人気持ちが沈んでいました。


できれば私だけでもハーフォード公爵寮に残りたいのですが、学院自体が休校ですから寮も閉鎖です。

この寮を追い出されたら私はどこに行けば良いのでしょう?




私は幾度も実家に伝書鳥を飛ばし、情報を集めました。

そして徐々に状況が悪化していることを知りました。


タイレルの近くにある大きな街は、一つは王都ジルゴン。

もう一つがオリオルです。

ですがこの2つの街には決定的な違いがあります。

タイレルとジルゴンの間には大河バイン川が流れています。

天然の要害であり、魔物の足止めをし、魔物を迎え撃つには好都合の地形です。


一方タイレルとオリオルの間には魔物の足止めをする大河がありません。

急峻な山もありません。

もしタイレルで不測の事態が発生すると、魔物は真っ直ぐオリオル方面へ侵攻する可能性が高いのです。


お父様からの知らせには、今オリオル領を挙げて防戦準備をしていると書かれてありました。

これから領境にトーチカを大量に作る計画を立案中とも書かれていました。


そしてお父様の知らせの最後には必ず『帰郷するな。可能であればハーフォード公爵領に身を寄せて貰いなさい』と書かれていました。


でも私は帰りたい。




タイレルの脅威がコカトリスであるということは公然の秘密になっています。

コカトリスがどのような魔物なのか、魔物学のエミリオ先生にこっそり教えて貰いに行きました。


脅威度Bの火を吹く魔物。


私では脅威度Bの魔物は倒せません。

私では戦力になりません。

そもそもタイレルを抜けられるかどうかもわかりません。


それでも故郷の危機を目の前にして、他領地でのんびりする神経は私にはありません。

何としてでも帰りたい。

野戦食の運搬でも矢の運搬でも構いません。

どんな端役でもいい。お役に立ちたいのです。




ハーフォード公爵寮を閉める日が近づいてきました。

私も寮を出て行くために荷造りをしていますが、行き先は決まっていません。

私の様子を見て心配されたオルタンスお嬢様は、ハーフォード公爵領へ来るよう熱心に誘って下さいました。


でも・・・ でも・・・




遂に寮を閉鎖する日が来ました。

ハーフォード公爵領へ帰郷されるオルタンスお嬢様を警護するハーフォード騎士団が到着しました。


ハーフォード騎士団とは異なる紋章を付けた騎士が十数名混ざっています。

ライムストーン騎士団だそうです。

イーサンを迎えに来たのでした。



アナスターシアの実家はここ王都にあります。

皆に挨拶した後、彼女は護衛をつれて嬉しそうに帰って行きました。



私は昨夜の内に一人でタイレルを抜け、オリオルへ帰る決心を固めていました。

これでもソフィー様に鍛えられて水魔法・氷魔法は長足の進歩を遂げたのです。

E級冒険者相当とのお墨付きも頂いております。

ビトー様からお貸し頂いているトロールの革鎧もあります。

ここで諦めてはオリオル家の名折れです。




到着されたハーフォード騎士団員がオルタンスお嬢様に挨拶をされているのを見ていた時、思いがけぬ顔を見つけました。



「すぐに会ったな」



ソフィー様は微笑みながら私に声を掛け、抱きしめて下さいました。


ソフィー様は私を軽々と持ち上げてロビーの隅へ連れていきました。

ビックリした私は 「ソフィー様・・・ ソフィー様?」 と問い掛けます。


ソフィー様は私をロビーの隅へ降ろし、



「先日はビトーの奴がとんだ失礼をしたな」



と言われました。

すぐには何のことかわかりませんでした。


やがてビトー様がラミアに連れられてオリオルを退去されたことを言っているのだとわかりました。


あわてて



「とんでもございません」



と言いましたが、ソフィー様は



「公爵も気にされておられてな。粗相のお詫びをしなければならぬと言って下さったのだ」



と言われます。


そしてソフィー様は、ビトー様のパーティ【ウォーカー】で私を護衛してオリオルへ送り届けて下さると申し出て下さったのです。


私は・・・ 私は・・・ 

私はソフィー様の胸に顔を埋めて号泣してしまいました。

貴族の子女としての慎みも嗜みも何もかも消し飛んでしまいました。

回りから驚きの目で見られていることはわかりましたが、止められませんでした。


やがて落ち着いた私の顔をまじまじと見て、ソフィー様は言われました。



「カトリーヌは何としてもオリオルに帰りたいだろう?」



そうソフィー様に問われ、私の目から再び涙が溢れだしました。



「ソフィー様・・・ それは・・・」


「カトリーヌをウォーカーのメンバーに加え、タイレルを抜け、オリオルを目指す」



私はそれ以上なにも言えず、ソフィー様の胸に顔を埋めました。



◇ ◇ ◇ ◇



私をオリオルまで連れて行ってくれるのは【ウォーカー】というちょっと不思議な冒険者パーティです。

イルアンで私を鍛え上げて下さったパーティです。

ブリサニア王国を代表する冒険者パーティ【炎帝】からも頼られるパーティです。



不思議なパーティと言った訳はメンバーが固定されていない様に見えるからです。

パーティオーナーはビトー様。

パーティリーダーはウォルフガング(アナスターシアが心服されている偉丈夫です)。


そして今日のメンバーはソフィー様、ルーシー、マキ様、マロンがいます。

ですがマキ様はハーフォードへ帰すと言っておられました。

何故かはわかりません。


ジークフリードとクロエという冒険者も所属しています。

この二人は私から見ても相当なお手前だとわかるのですが、今日はいません。



私は嬉し涙を拭い、ウォーカーの皆様に御礼を言いました。

そしてパーティのフォーメーションを教えて貰いました。


前衛:ウォルフガング、マロン

中衛:ルーシー、私

後衛:ソフィー様、ビトー様



「今回はこれでバイン川まで行く。バイン川を渡るところは工夫が必要だろう。各々自分の役目を憶えておけよ」



そうウォルフガングが言います。

私の役目は何でしょう?

ソフィー様に伺うと



「自分の身を守ること」



と言われました。



「わかりました。

決して皆様の足手纏いにならぬように致します。

ぶっ倒れるまで走ります。

よろしくお願い致します」



そうウォーカーの皆様に誓った時、後ろから思いがけない声が掛かりました。


イーサンでした。




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