021話 X回目のクエスト
風邪が癒えた。
休養中に落ちた体力を取り戻す。
フル装備で800mダッシュ。
5日ぶりにやると息が切れる。
転がる練習と剣戟。匍匐前進。ロープ登り降り。
腕と肩と腰が痛い。
風邪を引いているうちにだいぶ鈍った。
冒険者ギルドの書類整理。こっちは順調。鈍っていない。
そして闇治療。こっちも順調。
3日で体力が戻った。
朝一でギルドのホールにいく。
病み上がりなので慣れているクエストを探す。
メッサーの街と迷宮の間の草原でゴブリン間引き(3体)。
迷ったらこれ。リハビリに打って付けだ。
最近は草原におけるゴブリン戦のコツを掴んで、群れの数が多くてもかなり楽にゴブリンを狩っている。
1 ゴブリンの群れを見つけると闇魔法の阻害で気配を消す。マロンも気配を消す
2 鑑定で敵が妙な能力を持っていないことを確認する
3 集団が通り過ぎるのを待つ
4 後ろからこっそり近づき、1~2匹サクッと殺る
5 気付いた奴らが反転して襲ってくる。後退しながら退却戦を行う
6 手に余れば走って逃げる。走って振り切る
7 相手をまいた後、こっそり戻って魔石を回収する
無理に全滅させる必要は無い。
数をそろえれば良いのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
久しぶりにゴブリンを狩る。
ところが今日はゴブリンがいない。
マロンの鼻を持ってしても見つけられない。
ゴブリン以外の魔物もいない。
冬枯れの景色を見ながらのんびり歩くとダンジョンに着いてしまった。
ダンジョン前はベテラン冒険者でごったがえしている。
しかたない。ダンジョンの先の森に入ってみる。
ここは女性冒険者が蛇に噛まれたところだ。
慎重に進もう。
冬だからだろう。
森の中は下生えが殆ど無く、歩きやすいし見通しも良い。
だが1時間ほど進んでも魔物に遭わない。
マロンの鼻を持ってしても感知しない。
さらに進むか、諦めて引き返そうか迷い始めた時、マロンが何かに気付いた。
マロンの示す方向に慎重に進む。
木立から魔物の体の一部らしきものが見える。
体が鱗に覆われているので蛇かトカゲらしい。
女性冒険者の例がある。ここは慎重に。
周囲に他の魔物の気配は・・・ない。マロンにも確認するが、他の魔物はいない。
そっと近づくが・・・
ちょっと待て。凄くでかくないか?
マロン・・・?
死んでる? 大丈夫?
そう・・・
魔物は全然動かない。
死んでいるようだ。
特筆すべきはその大きさだ。全身が見えないが全長何mだろう?
少なくとも5mはありそうだ。
この大きさの蛇系、トカゲ系の魔物に襲われたら間違いなく死ぬ。
マロン? 本当に死んでるよね?
マロンに聞くと、確かに死んでるとのこと。
鑑定する。
種族:ブラックサーペント(大黒蛇)
状態:死亡
年齢:15歳
魔法:無し
特殊能力:毒
脅威度:Cクラス
これに襲われたら確実に死んでいた。
冷たい汗が流れるが、安心した。
ブラックサーペントの死体を検分する。
全長5m。
全身が黒を基調とした鎖のような文様の鱗で覆われている。
鱗に直接触れてみる。ひんやりとして滑らかだ。
光沢があって濡れたように見えるが乾いている。
ショートソードを抜いて刃で叩いてみるが、全く傷が付かない。凄い。
頭部に傷は無い。
口が半開き。凄い牙が見えている。
反対側に回るとこの蛇を殺した傷が見えた。
刃物またはカギ爪のようなもので切り裂かれている。
背骨まで断ち切っている傷が何条も走っている。
ショートソードでは全然刃が立たなかった蛇を、ここまで深く切り裂く攻撃ってどんなものだろう?
師匠ならできるだろうか?
マロンが合図をする。
ブラックサーペントの死体がもう一体あるらしい。
マロンに教えられたもう一体のブラックサーペントを検分する。
一匹目とほぼ同じ大きさの個体。
死に様も同じ。体を切り裂かれて息絶えている。
ブラックサーペント。
脅威度Cクラスの魔物だが、2体同時に相手をするなら脅威度はBクラス以上だろう。
こいつらを狩った奴は誰だろう。
人間なら、そして冒険者なら近くにいるはずだ。
素材としてのブラックサーペントの価値はかなり高い。捨てていくはずがない。
また、放置するとアンデット化が怖い。
そしてこいつらは古い死体じゃ無い。
ついさっき殺された死体だ。
マロンに他の魔物の有無を聞く。
近くに魔物はいないらしい。
他の死体も無い。
人間は?
人間もいない。
でも、なんというか・・・ 視線を感じる。
ブラックサーペントを狩った奴がすぐ近くにいる様な気がする。
マロンに落ち着きが無い。
マロン? 近くに魔物はいないんだよね?
うん。いないけど何かおかしい?
わかった。逃げよう。
どちらの方向に逃げれば良いかな?
マロンもどこに敵がいるのかわからない様子で落ち着きがない。
マロンの鼻と耳を認識阻害するとは容易ならざる相手だ。
いつでもショートソードの柄に手を掛けられる様にして、走り出せる体勢を取る。
どっちだ?
◇ ◇ ◇ ◇
突然目の前に魔物がいることに気付いて腰を抜かすほど驚いた!
なぜ気付かなかった?
なぜ突然現れた?
マロンも魔物を見据えたまま固まっている。
身長1mほどのカンガルーのような魔物が私を見上げている。
逃げられるような距離じゃない。
絶対にショートソードを抜いてはならぬ。
絶対に敵対行動を取ってはならぬ。
大小漏らしそうになりながら魔物と睨めっこ。
脅威度の高い魔物は鑑定されることを嫌がると聞く。
鑑定は自重。
目視で相手をよ~く観察する。
大きな黒い目は知性を感じる。
邪悪さは感じられない。
ピコピコと動く大きな耳がすごく可愛い。
魔物が話しかけてきた。
「君は誰?」
あー。
えっ?
えーーー!!
しばしフリーズ。
相手は静かに回答を待っている。
「取り乱して失礼しました。私は人間です。名をビトー・スティールズと申します。この子はマロンです」
正直に答えた。
相手は嘘を見破る能力を持っていると思った。
「僕はルー。フェリックスと言います」
一瞬ルーとフェリックスのどちらが名前なのか迷った。
彼がブラックサーペントを倒したのだろうか。
ブラックサーペントを指して、
「これは君が倒したの?」
「うん・・・」
「襲われたの?」
「うん・・・」
「怪我したの?」
「うん・・・」
かなり強い力を秘めていそうな後ろ足。
だがその後ろ足が怪我をしている。
毒を受けている様に見える。
「鑑定していい?」
「うん・・・」
フェリックスは真っ当な魔物だ。信用できる。
後ろ暗い奴や他人に話せぬ事情がある奴は鑑定を嫌がる。
そう師匠が言っていた。
早速鑑定。
【名前】フェリックス
【種族】ルー
【状態】被毒
【年齢】24歳
【HP】54/85
【MP】32/109
【STR】43
【INT】89
【AGI】75
【LUK】豪運
【魔法】水5、風9、空間魔法、隠密魔法
脅威度が無い。
見ているうちにHPが1ポイント下がった。毒だ。
急がないといけない。
「治すよ」
フェリックスの返事を待たずに水魔法で傷口を洗浄。
傷口を中心にキュアとヒールを重ねがけ。
キュアで毒の構造を変化させて無毒化を狙い、ヒールで毒に耐える体力回復を狙う。
毒が体全体に回り始めているように感じたので、全身にまんべんなくキュアとヒールを掛けていく。
人間とルーでは体の構造が違うのでかなりアバウトになってしまったが、脊椎動物の哺乳類というところは変わらないだろう。
人間に掛けるのと同じイメージでキュアとヒールを掛けていく。
納得がいくまで掛け続ける。
10分後、状態は「健康」に戻り、HPも全快した。
◇ ◇ ◇ ◇
フェリックスは非常に喜んでくれて、「キュー、キュー」と言いながら私の顔や頭をぺたぺた触りまくった。愛情表現らしい。
すっかり信用を頂いた。
フェリックス曰く、魔物にヒールを掛ける治癒師など、伝承の中でも聞いたことが無いとのこと。
キュアなど神話の世界の話らしい。
ブラックサーペントを背もたれにして、地べたに座って情報交換。
フェリックスは全身にウグイス色ベースのグラデーションの掛かった毛皮をまとっている。緑鮮やかな草原でも、冬枯れの草原でも、森の中でも保護色になっていそうだ。
腹側の毛皮だけ色が異なり、ベージュ基調だ。
黒目がちの大きな目が知性を感じさせる。
口はとがっているのに人間の言葉を話す。
人間の言葉をたどたどしく話すフェリックスは、人間より信用できる気がする。
フェリックスと話していると心地よい。
マロンも私の足元で丸くなっている。
ルーは聖獣と呼ばれ、ここ神聖ミリトス王国からかなり離れた国の人里離れた場所に静かに暮らしている。
最近ルーの暮らす土地で普段見かけない魔物達が出没するようになった。
魔物達はルーの里を襲うわけではなく、どこかへ移動する途中でルーの里を横切ったように見えた。
スタンピード(狂騒)ではない。
どちらかというと目的を持って行動している。
だが移動しているのは知性を持たない魔物だ。
知性の無い魔物があれだけ整然と行動しているということは、かなり上位の者が操っていると考えられる。
「かなり上位の者ってなに?」
「代表的なのは魔族。 バフォメットとかアスタロッテとか」
「そんな恐ろしげな名前を・・・」
師匠の知識の受け売りによると、バフォメットは山羊の頭を持った悪魔でA級(災害級)の魔族。アスタロッテは大変に美しい魔女で、やはりA級(災害級)の魔族とのこと。
なんとなく、ミリトス教会の言っていることが当たっているような気がする。
一般にルーは保守的で外の世界にはあまり興味をもたないそうだ。
フェリックスはルーとしては例外的に好奇心旺盛で、魔物の移動の理由を調べるために集落を出て後をつけた。
ルーの族長は外の世界の情報は重要ということを理解されており、快くフェリックスを送り出した。
「親御さんは心配しないの?」
「(自分は)成人している。気にしていない」
魔物の後をつけてきたら神聖ミリトス王国までたどり着いた。
だが、ここで後ろから襲われた。
「油断してた。後を付けていることをブラックサーペントに気付かれて、逆に狙われていたのはわかってた。だから待ち伏せした。1匹倒して安心したらもう1匹いた」
フェリックスの後ろの後ろにブラックサーペントがもう一匹いた、ということらしい。つまり複数の強力な魔物が神聖ミリトス王国に向かっており、そいつらのごはんになりかけた。
ごはん?
「フェリックスは何を食べるの?」
「だいたい人間と同じもの。人間よりもほんの少しベジタリアン寄り」
「料理するの?」
「する」
「道具は持ち歩くの?」
「うん」
「どこに?」
「ここ」
お腹のポケットから鍋を取り出したのには魂消た。
あれだけの大きさの鍋が入っているのに、全然お腹が膨れていない。
これがアイテムボックスというやつか。
改めてみると凄い能力だ。
「ビトーのこと教えて」
「うん」
凄く遠くの世界で働きながら勉強していたこと。
親はいないこと。
勇者としてこの国に招かれたが、殺され掛けたこと。
「なんで・・・?」
「え~っと。おそらく私が治癒魔法使いだからだと思う」
「治癒魔法使い・・・僕を直してくれた素晴らしい能力。なんで殺される?」
すぐに回答できなかった。
すこし考えを整理する必要があった。
「治癒魔法使いはですね、まずミリトス教会に入信して、その中でも特に熱心な信者が女神アスピレンナの祝福を受けることによってのみ、使えるようになる魔法と言われています」
「本当かどうかは知りません。とにかくそう言われています。それが教会と女神の権威付けになっています」
「私はミリトス教会に入信していない。女神の祝福なんてもらったこともない。それどころか私は元々この国の国民ではありません。異邦人です。そんな私が治癒魔法を使える。これはミリトス教会から見ると大問題なのです」
「ミリトス教会は治癒魔法で凄く儲けています。それで彼らはごはんを食べています。ミリトス教会に属していない治癒魔法使いがいると、女神と教会の権威を脅かすだけでなく、彼らのごはんも貧しくなるのです」
フェリックスはしばらく無言だった。
「僕を直してくれた魔法はいくら?」
「え~~っとですね。ミリトス教会ならキュア4回とヒール4回と数えるので、教会価格なら大白金貨4枚と大金貨4枚(4億とんで400万円)になります」
「でもビトー価格なら大金貨1枚と大銀貨1枚(101万円)です。でもフェリックスにはサービスです」
「そんなんだから教会に殺されかけるんですねー」
軽い感じで答えた。
「そっか・・・」
フェリックスは何か考えているようだった。




