207話 魔物の噂
マキと一緒に魔物学のエミリオ先生の教室を訪れた。
相変わらず生徒は誰も居ない。
「おお・・・ 久しぶりじゃな」
「ご無沙汰をしております」
「そなたらを特等席で見たぞ。あの働きは見事じゃった。まるで大昔の荒神祭を見ているようじゃった」
「それほどでも・・・」
淑女らしく頬を染め、恥ずかしそうに言うマキ。
「難儀じゃったろう。儂も進行役としてえらい難儀したが、実際に演じているそなたらの辛さに比べればどうということはない」
「何かございましたか?」
「上級貴族の横やりが非道くてのう。オーガが出て来たときは止めようとしたのじゃが邪魔されて止められなかった」
「そうでございましたか」
「じゃがそのオーガを倒したのじゃ。しかも2年生がじゃ。どれほど誇っても過ぎることはない」
「昔はもっと強い魔物も準備されていたのでしょう?」
「騎士団の模範演技用じゃな。生徒が討伐する魔物にあんな危ない魔物は無いわい」
「さようでございましたか」
「今日は講義を受けていくのじゃっろう?」
「はい。本日は先生に特別講義をお願いしたく」
「ほう。どんな魔物について知りたい」
「コカトリスです」
コカトリスと聞いたエミリオ先生は動きを止め、こっちをまじまじと見た。
探るような視線だった。
「おぬし、知っているのかな?」
「噂を聞きました」
「どんな噂じゃ」
「隊商がタイレル周辺でコカトリスらしき魔物を見かけた、と。2回見たと言いますので見間違いではあるまい、と」
「それで?」
「聞き慣れぬ名前でした。特徴も脅威度もわかりません。そこで先生に教えて頂きたいのです」
「ふうむ。わかった」
それからエミリオ先生の魔物学講座が始まった。
魔物学という学問は、対象が明確になれば退屈では無かった。
「コカトリスでまず確認しなければならないのは、どこで見たかということじゃ」
「どういうことでしょう?」
「ローラン王国か、それ以外かと言う質問じゃ」
「タイレルです」
「そうじゃな」
「申し訳ございません。先生。私にはその質問の意味がわかりません」
「ふっふっふ。生息場所によってコカトリスの性質が異なるのじゃ。ローラン王国の奴は毒を吐く。それ以外は火を噴く」
「対処法が異なるのですね」
「そうじゃ。じゃがどちらも同種じゃ。分類としては『爬虫類目 蛇科』。成体で全長3mじゃな」
「ということは蛇ですか?」
「うむ。上半身が鶏に似ているが本体は蛇じゃ」
「キメラではないのですか?」
「そこは昔から学説がわかれるところでな。わしは蛇の特徴が強く出ていると思うのじゃ」
「わかしました」
「一般に蛇は目が悪い。じゃがコカトリスは目が良い。鳥の目じゃからだな。その代わり夜目は効かん」
「はい」
「性格は特に好戦的ではない。だが一度スイッチが入ると相手が死ぬか自分が死ぬまで戦い続ける」
「もし討伐するとしたらどのような手段が有効と考えられますか?」
「不意打ちするに限る」
「不意打ち・・・ 目は良いんですよね?」
「そうだ。体の両側に目が着いているので視野はほぼ360度ある」
「不意打ちできないじゃないですか」
「夜だ」
「昼遭遇したら・・・」
「好戦的ではないので刺激しなければよい。目配せをしながらすれ違うのじゃ」
「知性はあるのですか?」
「いやニワトリ並みだ」
「3歩歩けば忘れると?」
「興味を引かなければすぐに忘れると言われておる」
「素早いんですか?」
「本体は蛇だからな。サーペント並みと考えておけば良い」
(速いんだ)
「炎はどの程度ですか? 盾で防げますか?」
「火球じゃ。火球を撃ってくる。撃つ回転はそれなりに早いようじゃ。曲射は出来ないようじゃ。従って盾で受けられよう」
「毒のある奴は?」
「口の中に毒腺がある。噛まれたり、くちばしで突かれたりすると毒を受ける。毒はかなり強い」
「イヤな奴ですね」
「毒を受けると焼けるような痛みに襲われると言われる。馬が20分ほどで死ぬようじゃ」
「人なら5分ですね」
「そうじゃな」
「先生はコカトリスの噂を知っておられたようですが・・・」
「聞いたのだ」
「どのような噂でしたか?」
「お主と同じじゃ。タイレルで見たという」
「ダンジョンで?」
「そこはしかとわからん。タイレル近辺で目撃情報があったのじゃ」
「人や家畜を襲ったという話は?」
「いや、見られていることに気付くとすぐに茂みに消えたそうじゃ」
「先生はどんな可能性があると思われますか?」
「まずはスタンピードを考える。じゃがタイレルダンジョンでスタンピードが発生していたらもう騎士団が討伐に向かっているじゃろ」
「タイレルダンジョンでコカトリスの目撃例はあるのでしょうか?」
「ある。1層で目撃例がある。発見した冒険者はすぐ逃げたそうじゃ」
「1層で?」
「うむ。1層じゃ」
「・・・」
「お主の疑問はわかる。タイレルダンジョンの1層で出てくる魔物はキラーアントとレッドアイじゃ」
「ダンジョンのことですから絶対はありませんが・・・」
「キラーアント、レッドアイとコカトリスでは格が違いすぎる」
「その通りです」
「だから謎なのだ」
それから色々と検討をしたが、これと言った結論が出なかった。
「ダンジョンの魔物って好戦的でしたね?」
「そうじゃ。自信が無ければ逃げるに越したことは無い」
「遭遇した冒険者は逃げられたのですね?」
「そうじゃ」
「変ですね」
「そうじゃ」
「野良のコカトリスだったという可能性は?」
「そんな物がおればとっくの昔に報告されているはずじゃ」
「もし先生が討伐するとしたらどう戦いますか?」
「前衛は大盾を並べる。後衛の火魔法使い3人で攻撃する」
「火魔法の撃ち合いですか?」
「そうじゃ。コカトリスは熱さ・寒さどちらにも強くない。寒気で攻めるのも良いが、火魔法のほうが威力が大きいからなぁ」
「なるほど。理解しました」
◇ ◇ ◇ ◇
次にダンジョン学のアルベルト先生の教室を訪れた。
やはり生徒は誰も居ない。
アルベルト先生もコカトリスの噂は聞いていた。
「やはりタイレルダンジョン起源の魔物と思った方が良いですかね?」
「まず間違いあるまい」
「1層で見たという話、ダンジョン周辺で見たと言う話がありますが、奴らは1層の魔物でしょうか?」
「そうストレートに聞かれると答えにくいな。実地調査が必要だろう」
「先生が向かわれるので?」
「行きたいのだがなぁ。ワシが行っても足手まといだろうからなぁ」
それから色々と可能性を検討したが、ピンとくる説は無かった。
また情報が入ったら教えて下さいとお願いし、お暇した。




