205話 3年生のはじまり
王立高等学院に到着したら何はさておき庶務課を訪問。
やむにやまれぬ理由で遅れた旨を報告しつつ、事務のお姉さんに必要な手続きを聞く。
必要とあればジャンピング土下座もスライディング土下座も辞さぬ。
事務のお姉さんに用紙を渡されて遅参した理由を書かせられるが、特に罰則等は無いという。
勉強の遅れは自分で取り戻すこと。
取り戻せない場合は留年です。
という簡単なお話でした。
ただし、遅れた理由を書くときに考えてしまった。
どこまで書いて良いのだろう?
結局、
「以前ヒックスにおいて手掛けた仕事の問い合わせがあり、出張対応していて遅れた」
とした。
「仕事の内容は何ですか?」
と問われたが
「貴族相手の守秘義務を負わされていますのでごめんなさい」
と答えた。
続いて王都騎士団・王立高等学院警備隊詰所を訪問。
到着が遅れた旨を報告。
だいぶメンバーが変わっている。
キャメロン副隊長が隊長に昇格している。
「今年は荒神祭はやりますか?」
「やらん! 1年生もやらん。最近の荒神祭はあまりにも危険すぎると噂になってしまってな。開催しても誰も参加しないだろう」
「武闘派貴族子弟は例年通りですか?」
「いや、全く様変わりしたぞ。無駄に絡むような奴は見受けられなくなった。そもそも数がグッと減ったからな」
「困ったことがあったらお世話になりますね」
「ああ、頼ってくれ。君の武力ならなんとでもしてしまいそうだが、学生が自分の判断でトラブルを収めるとあまり良い結果を生まないからな。遠慮無く警備隊を頼ってくれ」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎにハーフォード公爵寮に入った。
マリアンとレベッカとマロンのお出迎えを受ける。
「ずいぶんゆっくりのお着きで」
「わうっ!」
「ごめんよ。それで普段と違うことはありましたか?」
「ラクエルが退寮し、ライムストーン公爵のご子息が入寮されております」
「そう。他のメンバーは?」
「みな恙なしでございます」
「私の部屋は?」
「マキ様と一緒のお部屋でございます」
「そうか」
午後も中頃になると皆が帰ってきた。
オルタンスお嬢様はじめ乙女隊の面々に取り囲まれ、ペタペタと顔と体中を触られて無事を確認された。
特にカトリーヌに念入りに確認された。
「生きてる?」
「幽霊じゃないわよね?」
「五体満足? 指は全部ある?」
「目は? たいへん! 目が2つしかない!」
「いいのよそれで」
「無事だったのね。庶務課に連絡しないと!」
「先ほど庶務課と警備隊に立ち寄ってまいりました」
「あら」
最後にマキとしっかりと抱き合った。
「なにがあったのか後でじっくり聞かせて貰うから。カトリーヌも詳細を知らないといけないわ」
「はい」
オルタンスお嬢様から寮の変更点の説明を受ける。
「ラクエル(平民富豪の子女)が退寮したわ。粗暴な連中がいなくなったので共同学生寮に戻っていったの」
「そうでしたか」
「代わりにイーサンが入寮したわ。1年生よ。オーウェン様(ライムストーン公爵)の御子息よ。 イーサン。こちらがスティールズ男爵。私達と同じ3年生。マキの旦那様よ」
「お初にお目に掛かります。ビトー・スティールズと申します」
「・・・こちらこそ。イーサン・バリオスと申します」
なんか警戒されているような感じだ。
見た感じ腕白という雰囲気では無い。
穏健派でいいのかな?
夕食の後、全員(イーサンも含む。マリアン、レベッカ、マロンにも入ってもらう)に食堂に残ってもらい、サンフォレストで別れてから何があったのか概要を伝えた。
(エマの称号やラミア達の名前、地位、根拠地の位置を除く)
ラミアの背に乗って、オリオル辺境伯領(大陸の北辺)から古森(大陸の南辺)まで5日で到達したこと。
ミューロン川を渡ってライムストーン公爵領へ入ったこと。
ライムストーン公爵領の中のラミアの里に案内されたこと。
瀕死の女がラミア達に守られていたこと。
ラミアの依頼で女を蘇生させたこと。
女は夢魔族でアルマという者だったこと・・・
「ちょっとまって。夢魔族って魔族?」
「そんなの女を回復させたの!?」
「ええ」
「何やってるのよ!」
「まあまあ、待って。先を聞きましょう」
「何言ってるのよ! マキ、あなた何を言っているのかわかってるの!?」
「わかっているわ。ラミアってね、凄く頭が良くて未来を見通す力を持ってる。ラミアは夢魔族と特に仲が良い訳じゃ無い。きっと理由があるの。それを聞かせて」
「う~ 取り敢えず聞きましょう」
水で口を湿らせて先を続けた。
「アルマ様を蘇生させると、アルマ様は進化して夢魔族から魔女になったのです」
「ほらっ! もうっ! 絶望的じゃないの!」
「アルマ様が魔女になると、もう一人の魔女がアルマ様を急襲しました」
「誰よ、もう一人の魔女って?」
「アスタロッテ。 女神アスピレンナです」
「え・・・」
「・・・」
「それで? どうなったの?」
「見事、アルマ様は女神アスピレンナを討ち取りました」
「・・・」
「討ち取れるの? 女神って?」
「まあ、本物の神ではありませんから。女神というのも自称ですし」
「・・・」
「魔女というのは『一時代に一人』という鉄の掟があるらしくて、新たな魔女が生まれると殺さずには居られなくなるそうです」
「・・・」
「そして返り討ちに遭ったのです。それはミリトス教会の最後の大物が死んだと言うことです。そしてそのお膳立てをラミア達がしたのです」
「・・・」
「いかがですか? 決して悪い話じゃないでしょう?」
「・・・ええ。そうね」
「この話は真っ先にライムストーン公爵、そしてハーフォード公爵に報告致しました」
「ええ」
「ライムストーン公爵は大層お慶びになり、早速ラミアの里を表敬訪問されました」
「父上・・・」
「イーサン殿。お父上はズラリと居並ぶラミア達の前で堂々たる挨拶をされ、感謝の辞を述べられました。大変な胆力をお持ちのお方。貴族の鑑のようなお方です」
「・・・」
「カトリーヌは気絶したのにね」
「ちょっと! アナスターシア! それは言わない約束でしょ!」
「いいじゃない。ここなら」
「もうっ!!」
「カトリーヌ」
「はいっ!」
「ハーフォード公爵からお父上に報告の共有はされますが、カトリーヌからも報告をお願い致します」
「わかりました」
カトリーヌが報告書を書くので会合はお開きになった。
イーサンはかなり複雑な顔をしていた。
マキと二人きりになってアスタロッテのことを共有した。
「アルマ様が新たに魔女になったけど、アルマ様は異世界召喚の能力は持っていないって言ってた」
「ふ~ん」
「魔女の力では無くてアスタロッテ個人の力だろうって」
「そうなんだ」
「それからね。魔女は死ぬときに元の種族の姿に戻って死ぬんだ」
「元の種族に? ということは元は別の種族だったの?」
「そう。アルマ様も夢魔から魔女になったし」
「そうね・・・」
「それでね。女神アスピレンナことアスタロッテは、元は人間だった」
「そうなんだ」
「それでね、どうも日本人に見えたんだ」
「・・・」
「ひょっとするとアスタロッテは元勇者だったのかもしれない」
「・・・」
「いつかマキも魔女になるかもね」
「ふ~ん。あのね、ビトー君。これだけは言っておくね。私は元の世界のことは全く興味を失ったから。今ここでビトー君と生きていくこと。ビトー君の子供をしっかりと育てることだけを考えているから」
「・・・」
「聞いてる?」
「マキさんそれは・・・」
「宿ったと思う」
マキを抱きしめたまましばらく動けなくなった。
いつまでも涙が止まらなくて困った。




