204話 3年生が始まる前に
ハーフォードへ戻った。
ソフィーはエマを抱きしめたが思ったほど感激していない。
何だと思ったら、ある程度の距離ならお互いを感じる事ができるらしい。
エマが熱を出して寝込んでいたことも感じていたという。
後で私がソフィーに脳天をグリグリされた。
ハゲるからやめて。
まずウォーカーで情報共有しようと思ったが、先に公爵へ報告した方が良いということで、ソフィー、ウォルフガング、エマと一緒に公爵とマグダレーナ様に面会した。
公爵とマグダレーナ様は一応のアウトラインはオリオル辺境伯から連絡を受けていたというが、私とエマがラミアに同行して以降のことは知らない。
時系列に沿って私の口から報告した。
オリオル辺境伯領、サンフォレストの街で活動中にラミアが現れたこと。
ラミアは古森を拠点とするラミアの里の精鋭3名だったこと。
私とエマの同行を所望されたこと。
カトリーヌの英断で、オリオル辺境伯の了承を待たずに私とエマをラミアに託したこと。
ラミアの背に乗ってオリオル辺境伯領から古森へ、つまり大陸の北辺から南辺へ一気に移動したこと。
その後、ミューロン川を渡り、岩の森のラミアの里を通り、カネルの森のラミアの里へ到達したこと。
カネルの森には瀕死の女がラミアに守られていたこと。
ラミアの依頼で女を蘇生させたこと。
女は魔族の一種、夢魔族でアルマという者だったこと。
アルマを蘇生させる過程でエマに称号が付き、『聖女』になったこと。
聖女になったエマがアルマを癒やすと、アルマは夢魔から魔女に進化したこと。
魔女となったアルマをアスタロッテ(=魔女=女神アスピレンナ)が襲撃したこと。
アルマがアスタロッテを討ち取ったこと。
この世界からアスタロッテ(女神アスピレンナ)が消滅したこと。
しばらく誰も言葉を発しなかった。
やがてマグダレーナ様が質問を発した。
「ラミア達は魔族を匿っていたのですか?」
「ご指摘の通りです」
「なぜでしょう?」
「ラミアは自分達のことについて多くを語りませぬ。推測するしかありませぬ。
考えられますのは、ラミア達にとってアスタロッテ(アスピレンナ)は許しがたい存在であったということです」
「女神アスピレンナに仇なすために魔族のアルマを助けたのですか?」
「はい」
「理由はわかりますか?」
「聖女の称号を持ったエマがアルマ様を癒やすことで、アルマ様は夢魔から魔女へ進化致します」
「ええ」
「これは魔族の掟らしゅうございますが、魔女は一時代に一人しか認めないそうです」
「誰が認めないのですか?」
「魔女自身がです」
「・・・」
「魔女は自分以外の魔女が存在することを嫌でも感じてしまい、強烈な殺意に駆られるそうです。とにかくもう一人の魔女を殺すまでは居ても立ってもいられなくなるそうです」
「ラミア達は女神アスピレンナに意趣をお持ちだった。何故でしょう?」
「ラミア達の本心は推測するしかありませぬ。ラミア達がこれほどまでに意匠を凝らした理由は一つや二つではありますまい。そのうちのたった一つだけ、私が推測できる物があります。
アスピレンナはミリトス教会を牛耳っていたときに、レッドサーペント、ブラックサーペントを暗殺の道具として使っておりました。ですが本来レッドサーペント、ブラックサーペントはラミアの眷属です。眷属を無断で汚れ仕事に使われたラミアの怒りを感じたことがあります」
「そうなのですね」
「ビトーよ。ちょっと待って欲しい」
公爵が口を挟まれた。
「これからはサーペントが人に害をなす時もラミア達にお伺いを立てなければならないのか? 勝手に討伐は出来ないのか?」
「いいえ。サーペントが例えば騎士団に、例えば冒険者に討伐されることは自然の摂理だと申しておりました。アスピレンナは自分の手を汚さず、私利私欲のためにサーペントを使役したことが許せなかったものと理解致します」
「そうか・・・」
再びマグダレーナ様が質問を続けた。
「それでアルマ様が新たな魔女になられたのですね?」
「はい」
「我がハーフォード公爵領で祝い事を準備しなくても良いのですか?」
「人間界に於ける魔女の評判はあまり芳しい物ではございませんので、お立場を考えますと何もされない方がよろしいかと」
「何もしなくて良いのですか?」
「はい。簡単な準備は私の方でして置きます。アルマ様が来訪されるときは、こっそりとエマに会いに来ると思われますので、そのときに目立たぬようお持てなしができるように準備しておきます」
「エマ一人に対応させるわけにはいきません」
「必ず私かソフィーが一緒にいるように致します」
「・・・」
「私とソフィーはアルマ様に面識がございますので先方も嫌がりますまい」
「・・・」
「私とソフィーの不在時は、今まで通りエマをマグダレーナ様の庇護下において下さるようお願い致します。もちろんアルマ様にはお断りをして頂きたく」
公爵はミリトス教会の方が気になるようだ。
「女神アスピレンナは消滅した。これは朗報だ。ミリトス教会の根本が消滅したのだからな。 ところでアルマ様はミリトス教会に執着しないのか?」
「致さないと理解しております。あの教会は元々アスピレンナが私利私欲のために立ち上げた組織でございまして、アルマ様にとっては関心の外にあると見ました」
「そうか、そうか。 ところでライムストーン公爵には共有されたのか?」
「はい。ライムストーン公爵領で起きた事件でございましたので、真っ先に事情を聴取されました」
「そうか」
魔女の交替と関係無いと思われるが、アイシャ様から「タイレルのコカトリスに気を付けよ」との伝言を貰ったことを共有した。
流石に疲れた・・・
聞いている公爵夫妻の方がもっと疲れただろう。
だが女神アスピレンナが消滅したことは格別な朗報だった、と喜んでくれた。
オリオル辺境伯への報告をどうしようか相談したところ、公爵からして下さることになった。
私も王都に戻ったらカトリーヌを通じて報告が入るようにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇
すでに新学年(3年生)が始まってしまっているが、遅れたついでに子供達と戯れることにした。
パトリシア(ベビーシッター)の元にエマを戻しがてら、ソフィーと一緒に託児所を訪問。
カール、マヌエル、ガブリエラ(アンナとの息子・娘達)と戯れる。
パパだぞー
お母さんを困らせていないなー
よしよし良い子だぞー
え? おとうは次いつ帰ってくるの?
おとーちゃんはこれから出稼ぎに行ってくるぞー
みんな良い子にしているんだぞー
みんな治癒魔法の訓練に励むんだぞー
でも無理しちゃいけないぞー
エマはすごくがんばったんだぞー
いいねー
一日戯れた。
◇ ◇ ◇ ◇
マーラー商会ハーフォード支社へ立ち寄り。
支社・・・ こんなに大きなお店だったかな?
入口をくぐるとすぐにサビーネが近寄ってくる。
「ようこそおいで下さいました。旦那様」
私は帽子を取って丁寧にお辞儀をする。
サビーネはハーフォード本店の店長だ。えらいのだ。
「予約無く訪問して申し訳ありません。社長は御在席ですか?」
「はい。ただいま」
すぐに社長室に案内される。
サビーネはすぐに退室する。
そんなに気を使うことはないぞ。
しばしアンナと愛情を確かめ合う。
アンナに若さを注入。
そしてここ最近に起きたことの情報交換。
女神アスピレンナが消滅した。
新たなラミアの里『カネルの森』が成立した。
岩の森、カネルの森の新たな特産品としてシナモンが出た。
国内では、ひょっとすると北方から見慣れぬ魔物の便りがあるかも知れない。北方へ向かう隊商の護衛はレベルアップした方が良いかも。
アンナから情報共有。
うら若き女性客を取り込み、そのまま固定客にしてしまう入口戦略は順調。
北方の見慣れぬ魔物についてマーラー商会王都支店から情報が上がっている。
(マーラー商会王都支店は王都と国内北部をカバーする拠点店舗)
商会の隊商の護衛で雇っている冒険者が、タイレル近郊で見慣れぬサーペント系の魔物を目撃したという報告があがった。
目撃回数は2回。確報。
襲われた報告は上がっていない。
◇ ◇ ◇ ◇
王都へ出発する前。
アイシャ様の伝言についてウォーカーで議論。
マーラー商会の情報も共有。
「もし野山でコカトリスが繁殖していたらもっと目撃例が多いはずだ。だからタイレル・ダンジョンから溢れ出た魔物で間違いないと思う。わからんのは何故冒険者ギルドで把握していない?」
「タイレルの冒険者ギルドを見てみましたが開店休業状態でした。おそらくダンジョン前出張所に人を置いていないでしょう」
「タイレルのダンジョンを知っている奴はいるか?」
「私は知ってるわよ。タイレルはダンジョンの歴史はあるんだけど不人気で、冒険者は3層までしか到達していないわよ。
1層はキラーアント、レッドアイ。
ほとんどの冒険者はここで諦めちゃうの。
2層はキラービー。
1層を突破してもここでポーションを使い切っちゃうのよ。
3層はビッグトード(蛙)、レッドニュート(赤イモリ)、ブラックサーペント。
ここでやっと虫系の集団で押し寄せる毒から解放されるけど、ここまでこれる
冒険者は滅多にいないわ。
それに帰りのことを考えたら探索する気分になんてなれないわ。
こんなところね」
「情報ではコカトリスは出てこないのか」
「そう。だから変なのよ」
「だがアイシャ様はタイレルのコカトリスに気を付けろと言ったのだろう? アイシャ様情報だからな。絶対何かあるぞ」
「ビトー、3年生の授業でタイレル・ダンジョンの実地教育でもあるのか?」
「いいえ。ありません」
「ではスタンピードに備えろということか?」
「いずれにせよコカトリスを知らねばならんな。ビトー、お前はコカトリスを知っているか?」
「蛇の魔物でしたっけ?」
「半分ちがう」
「半分?」
「上半身はニワトリでクチバシとトサカを持つ。下半身は蛇だ。火を吐くと言われる。。火を吐かない個体は毒を持つと言われる。非常に珍しい魔物だ。儂はまだ見たことがない」
「私の短剣では討伐は無理ですね」
「そうだな。大剣を使えるなら一撃で首を落とすことは可能だろうが、お前のようにコツコツと削るタイプは奴の炎か毒でやられるな」
「私はどうするのが良いですか?」
「一番は遠隔で首を落とす(レーザー攻撃)のが良いだろう。それが出来ないときは賢者装備で火魔法を打ち合うのが良かろう」
「奴が複数いたらどうします?」
「迷わず逃げろ」
「足は速いんですか?」
「ディアー系、ラビット系程ではない。蛇の足だ」
「・・・」
「何だ?」
「ラミアは快足でした」
「ラミアと比較するな。あれは別格中の別格だ」
ウォーカーはコカトリスの情報を集め、イザと言うときは駆け付けられるように準備すると言ってくれた。
アルマ様の来訪に備えてもてなしの準備を頼んだ。
ハーフォードの銘酒を用意しておくと言ってくれた。
私はパロと一緒に王都ジルゴンへ移動した。




