201話 アイシャの話
ラミアの押す舟でミューロン川を渡っているとき。
エマが黙り込んだ。
舟に酔ったのかな?
「あと少しだから頑張れ」
「うん・・・」
古森の船着き場に着いた。
ぐったりしているエマを抱いて舟を下りるとアリアドネ(古森の渡河隊長)がオロオロとエマを気遣ってくれる。
「聖女様がご気分を害されてしまいました。どうかお許しを」
「隊長様の御手腕はいつも以上でございました。今日はエマに疲労が溜まっていたのでございます。どうぞお気になさらずに」
普通の船酔いの場合、陸に上がると急にシャキッとするものだが、エマは引き続きぐったりしている。
熱がある。
「仕方ないわよ。まだ5歳でこんなに大活躍したのですから」
アイシャにそう言われた。
確かにそうだった。
私はソフィーに鍛えられているからあれだけの移動に耐えられるが、この世界に召喚された直後だったらダウンしていたと思う。
いったん古森に留まってエマを休ませようと思った。
しかし古森で用意できる食事はストロング過ぎて(ホーンドラビットの姿焼きとかレッドニュートの黒焼きとかボアの後足一本焼きとか)とてもじゃないが今のエマに食べさせられるようなものじゃない。
そこで急遽ヒックスまで戻ることにした。
アイシャからは
「エマの体調が戻ったらもう一度古森に顔を出しなさい」
と言われた。
エマを抱っこしてゆっくり歩いて行った。
ヒックスでレイの世話になった。
レイは高校に入る前に1年間病気の母を看病した経験があり、病人食は作り慣れていたのだった。
「こんな幼子が5日で大陸を縦断するとかラミアと交流するなんて無理よ。あなたがしっかりなさい」
怒られた。
レイの手厚い看護を受け、3日目にはエマは全快した。
その翌日にはその辺を走り回っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
私とエマが来ていると言うことで、ユミが顔を出してくれた。
エマを寝かしつけてから、レイ、ユミ、私の3人で四方山話に花を咲かせた。
岩の森とカネルの森の特産品の交易は極めて順調で、早くもライムストーン公爵領の収益の柱に育ちつつある。
輸出の引き合いも数多ある。
意外なことに、マキの婚約破棄の顛末と、私との馴れ初めを聞かれた。
「えっ? あいつ話してないの?」
「そんな時間無かったわよ」
「いつも走り回ってたもの」
そこで当たり障り無く聞こえるように説明した。
貴族との婚約がまとまっていたのだが、両家顔合わせの時に相手の態度が変わった。
事前に摺り合わせた条件に無いことを言い始めた。
オーウェンと諮り、マキから結婚を断った。
恥をかかされたのだから好きにさせろとオーウェンと談判し、好き勝手に生きられそうな私に嫁いだ。
「マキらしいわね」
「貴族に嫁いでも好き勝手やりそうだものね」
「ソフィーさんとはうまくやっているの?」
それから彼女らの私生活について聞いてしまったのが間違いだった。
私も疲れていたのだろう。
「あら。エマちゃんの看病の御礼に私をビトー君の女にしてもいいのよ」
「ええと。恩と御礼の関係性が壊れているような気がします」
「あら。私もビトー君の女にしてくれたっていいのよ」
「ユミさんまで・・・ 誰か良い人はいないのですか?」
それからこの世界でどの辺にイイ男が転がっているか検討会が始まった。
「貴族はどうなの?」
「武闘派は平均して駄目ですね」
「どこが駄目なの?」
「ええとですね。マキさんの言葉を借りるならですね・・・
思い通りにならないとすぐに『決闘だっ!』と大騒ぎをするのよ。
そのくせこっちが決闘の準備をしてくるとオドオドし始めるの。
そして実際に立ち会って差し上げるともう大変。
怪我しない程度にあしらってやると泣き出すのよ。ウンザリするわ。
そしてメソメソ泣いている本人そっちのけで、周りの者が『女だてらに』とか
『教育がなっていない』とか罵り出すの。
本人じゃ無くて周りが言い出すの。
起承転結も論理も何も無いの。
あの連中は全員脳がトコロテンで出来ていると思うの。
だそうです」
「・・・」
「・・・実際どの程度なの? ・・・その、武力の方だけど」
「ゴブリン1匹退治できないそうです」
「・・・魔法は?」
「マキさんの言葉を借りるならですね、
アイツら杖を構えて長々と詠唱を始めるのよ。
もちろん詠唱を始める前に魔力集中の “間” もあるのよ。
下手すると10秒くらいやってるのよ。
それから馬鹿みたいに詠唱を始めるから近付いてひっぱたいてやるの。
その時の奴らの顔ったらないわ。
そしてね『何でボクが呪文を詠唱するのを待てないんだ!』って抗議するのよ。
思わず笑っちゃったら本人は泣き出すし、取り巻きが抗議するし、カオスよ。
もうね、おととい来いってやつよ。
だそうです」
「・・・」
「本当に武闘派なの?」
「領地の騎士団が立派なのだと思います」
「穏健派はどうなの?」
「さすがに穏健派で馬鹿な振る舞いをする貴族は見たことがありません。ですが稀に武闘派のスパイが紛れ込んでいますので注意は必要です」
「そんなことがあるんだ」
「ええ。一度ウチの学生寮に潜り込まれたことがありまして、ウチの精鋭が追い出したことがあります」
「そうなんだ」
「平民は貴族の本妻にはなれません。妾にもなれません。なれるのは愛人ですね。お二方とも目立ちますので愛人には無理がありそうですね」
「妾と愛人ってどう違うのよ」
「妾は本妻公認の女です。ですので本妻に対し礼を尽くします。子供が生まれたら血統のバックアップ要員または政略結婚要員です。
一方愛人は本妻非公認です。隠れて生きなければなりません」
「なによそれ」
「お金持ちはどうなの?」
「商人のことだよね。 ユミ。マーラーさんは?」
「本妻の他に妾が3人もいるのよ。ちょっとおこぼれは回ってこないかな」
「マーラーさんの息子狙いでどう? 息子はいないの?」
「いるわよ。5歳」
「エマと同い年か。ちょっと無理があるな」
「他にいないの? 番頭とか?」
「いけすかない奴よ。私のことをライバルと思っていて敵意剥き出しよ」
「・・・」
「冒険者ギルドに見込みがありげなのはいないの?」
「マトモなのは全員女。男は100%冒険者あがりで、言っちゃ悪いけどクソみたいな奴らよ」
「なにそれ?」
「お母さんの子宮の中に金銭感覚と貞操観念と法令遵守精神を置いてきているわね」
「なんだか海賊か山賊か馬賊のような・・・」
「そんなもんよ」
「ライムストーン公爵のお役人はどう?」
「う~ん 交流が無いなぁ」
「だからね。割と本気でビトー君の妾に立候補してるのよ。30までに良い相手が現れなかったら貰ってよね」
◇ ◇ ◇ ◇
古森へ顔を出した。
アイシャはしばらくエマを鑑定していたが、ほっとため息をついた。
「大丈夫。悪い影響は受けていない。立派な聖女になったわ。このまま真っ直ぐ育てなさい」
「まずい可能性があったのですか?」
「良しにつけ、悪しきにつけ、エマはアルマの影響を受けます。ですがエマは悪い影響は流していますね。大変に素性が良い娘です」
それからライムストーン公爵に対し、アスタロッテの顛末と、領内に新たなラミアの里が生まれたことを共有しても良いか確認した。
「お前から知らせてもらえれば助かるわ」
それからアイシャは学院に戻ってから気を付けるべき情報を教えてくれた。
アイシャが教えてくれたのは学院内の人間関係では無くて魔物のことだった。
「タイレルのコカトリスには気を付けなさい」
「タイレルってダンジョンですよね? 学院に通っているのにダンジョンって関係ありますか?」
アイシャはニッコリ笑って答えてくれなかった。
それ以上は自分で調べろ、ということらしい。
「すみません。これだけは教えて下さい。コカトリスはラミア族の眷属ではありませんね?」
「違うわよ。あれはキメラよ」
なるほど。




