199話 魔女の戦い
カネルの森の北側。
森の縁は木々が丁寧に伐採されており、その北側にすぐ荒地が広がる。
荒野はコナハラまで続いている。
カネルの森には大勢のラミアが潜んでいる。
その数ざっと80人。
森の中に陣地を構築済みである。
全員武器を携行し、ラミアにしては珍しく飛び道具まで準備して変事に備えている。
私とエマとアルマはラミア達に守られて陣地の中にいる。
私とエマはアイシャの言いつけでタリスマンとアミュレットを身に着けている。
魔物から感知されにくくなるらしい。
森から十分な距離を置いて一人の女が立っている。
こっちを凝視している。
「あの女は?」
「アスタロッテです」
私はまじまじと女を見た。
この世界に召喚されたとき、アノールの王宮で見ているはずだが記憶に残っていない。
踏み絵用の肖像画に似ているかと問われると似ていると思う。
だが違う。
女はこちらに対し殺意を剥き出しにしている。
「出てこいっ! 死に損ないっ! ラミア達に匿われるなど魔女の風上にも置けぬ」
アルマはアイシャ、アレクサンドラ、アンナマリアに順番に挨拶した後、エマの前に跪いて戦勝を誓った。
「行って参ります。必ずや聖女様のご期待にお応え致します」
そう言って森の外へ出て行った。
アルマが森から出ていくとアスタロッテが下がった。
どうしたのかな? と思って見ていると、どうやらアルマを森から引き離したいらしい。森の近くで戦闘になると、アルマはラミア達の支援を受けるのではないかと疑っているようだ。
森から50mほど離れたところで両者が止まった。
そのまま動かなくなった。
「アルマをよく見ておけ」
そうアイシャがいう。
よく見るとアスタロッテははっきり見えているのだが、アルマは輪郭がぼやけている。
よく見ようとすればするほどよく見えない、という矛盾する状況だった。
何度も瞬きを繰り返し、鑑定も駆使する。
索敵も駆使する。
でもよく見えない。
さらによく見ようとする。
う~ん・・・
突然私の脳裏に鮮明な画像が映った。
エマだった。
エマが自分が見ている画像を私に共有してくれたのだ。
「ああ・・・」
さっきまでの映像とエマから送られてくる映像を見比べてわかった。
アルマはそんなことができるのか。
そしてエマはそのすべてを見通せるのか。
不意にアスタロッテがアルマに向かって右腕を突き出した。
腕を伸ばしても届くような距離ではない。
だが腕を突き出すにつれて指先から何かが出ていく。
指の先に透明なものが形成され、全然届かないはずのアルマに向かって透明な槍が突き進んでいった。
アルマは透明な槍を躱そうと動き始めた。
しかし透明な槍は柔軟に曲がり、アルマを追尾し、貫いた。
・・・
不意にアスタロッテの右腕が落ちた!
地面に転がるアスタロッテの腕から透明なものは消えていた。
そして透明な槍に貫かれたアルマは消え、別のアルマがアスタロッテの横にいた。
いつの間にかアルマの右手に剣が握られていた。
「貴様っ! 魔族が剣に頼って恥ずかしいと思わんのかっ!」
アスタロッテはサッと飛び退き、アルマに向き直った。
吠えるアスタロッテ。
私は魔族なら腕の一本程度ならすぐに生えてくるものと思っていた。
だがアスタロッテの右腕は生えてこない。
よく見ると切り口から出血していない。
切り口が凍っている様に見える。
「おのれ・・・ そんなものを使うなど・・・ 外道めっ!」
アスタロッテの右腕の切り口から白いものが広がっていく。
どうやら霜らしい。
アスタロッテが身動きをしようとすると「ビシッ ビシッ」と音がする。
体の凍結部分が広がっていくようだ。
「おのれ・・・ こんな・・・ こんなことで・・・」
アスタロッテの頭部が霜に包まれた。
アスタロッテは何も言わなくなった。
アスタロッテは走って逃げようとした。
が、つま先まで凍り付き、倒れた。
全身が凍るまで随分時間が掛かったように思ったが、実際はほんの十秒ほどだったらしい。
それからしばらくの間アルマは倒れたアスタロッテを見ていたが、やがてアスタロッテの本体と右腕を1箇所に集め、私達の方へ戻ってきてエマの前に跪いた。
「聖女様。彼の者に『聖女の癒やし』を授けて下さいませ」
エマは私を見上げ、うなずいた。
何をすれば良いかわかっているらしい。
エマを抱えてアスタロッテの元へ赴いた。
ラミア達も全員ついてきた。
アルマは最後尾にいた。
「アルマ様はそこで良いのですか?」
「私にとって聖女様の癒やしは強過ぎますので・・・」
アルマは最後尾で良いそうだ。
アスタロッテだった白い人型の前でエマを下ろす。
エマはちょこんと正座して、指で独特の印を結び、まるで祝詞の様な呪文を唱えた。
「ズワッ」と私の魔力がエマに吸い取られた。
そしてアスタロッテが光を纏った様に見えた。
徐々に光が薄れていくと、そこにはアスタロッテとは似ても似つかぬ女が横たわっていた。
どこかで見たことがあるような女だった。
皆が見ている前で女の輪郭が崩れていき、やがてチリとなって荒野に散っていった。
これで新旧の魔女が交替したのか。
そう思うと感慨深いものがあった。
しばらく荒野を眺めていた。
「アイシャ様のお陰ですっかり終わりました。ありがとうございました。これをお返し致します」
アルマは持っていた長刀と短刀をアイシャに渡した。
アイシャは二振りの刀を受け取りながら、
「ビトーに感謝なさい」
そう言った。
なんのこと?
アルマも不思議に思ったらしく、疑問符をいくつも浮かべていた。
「この【Naga】と【Rainstorm】はビトーから私に献上された物よ」
◇ ◇ ◇ ◇
カネルの森の族長の家に集まっている。
集っているのはアイシャ、アレクサンドラ、アンナマリア、アルマ、私、エマ。
私とエマ以外の4人は『ハーフォードの月』で一杯やっている。
酒が固い口をほぐしてくれる。
今回の件でわからなかった事をいろいろと話してもらえた。
アスタロッテの魔法。
【穿孔衝撃】
自分の体のどこからでも魔力で作った触手を伸ばし、敵の体内に突き刺し、内部で爆裂させる。
そこに自然治癒を阻害する術式を付与するのがアスタロッテ独自の魔法。
これにやられるとバフォメットでさえ自然治癒が困難になる。
アルマの魔法。
【分身】
白日夢の上級魔法。
自分のいた場所に幻影を残し、本人は別の位置へ移動可能な魔法。
アルマの輪郭がぼやけて見えたのは、アルマの幻影を見ていたからだった。
目の良い者、または鑑定の能力がある者が見るとぼやけて見える。
普通の人が見ると本物と見分けが付かない。
そして本体は見えない。
幻影を複数出すこともできる。
エマは聖女の称号を得てからは本体と幻影の両方が見える。
魔女について。
魔女は魔族の1つだが決まった実体は無い。
魔女が子孫を残しても魔女は生まれない。
魔女は人間や夢魔(だけでは無いらしいが)から進化するもの。
魔女が死ぬ時は元の種族に戻って死ぬ。
アスタロッテは、元は人間だったのだろう。
魔剣【Naga】。
蛇神の加護が付いた長剣。
霧、寒気、水、氷を自在に操る。
イルアンダンジョンで発見し、私からアイシャに献上した魔剣だが、扱う者によってその性能は変わる。
アルマのような魔力溢れる熟達の者が手に取ると、一撃で相手の体を凍り付かせることができる。
魔剣【Rainstorm】。
霧を発生させる、冷気を呼ぶ、水を出す、氷の針を飛ばす、といった水魔法使いに特化した短剣。
振れば切っ先から水をほとばしらせる様が驟雨のごときと言われ、別名【村雨】。
イルアンダンジョンで発見し、私からアイシャに献上した魔剣だが、扱う者によってその性能は変わる。
魔剣【Naga】と合わせると雌雄一対の剣となり、お互いの性能を高め合う。
魔女の回復能力について。
私の想像通り、普通は腕を落とされたくらいならすぐに回復する。
魔剣【Naga】の力で切り口を凍結して回復を阻害したため、アスタロッテは回復できなかった。
バフォメットへの報告は?
行わない。
私は種族進化したので従来の主従関係は無くなった。
バフォメットはもはや安心して接触できる相手ではなくなった。
ちなみにアスタロッテが消滅し、魔女が交替したことは既にバフォメットは感じている。
アルマにだったら知っているかな? と思って聞いてみた。
「アルマ様は異世界召喚について何かご存じですか?」
「存じ上げません」
「アスタロッテは創造神の力を借りて異世界から召喚を行ったらしいのです」
「それは魔女の力ではありません。アスタロッテ固有の力ではありませんか?」
わからないらしい。
「アスタロッテは死んだら別人に変わった様に見えました」
「『魔女』になる前の人間だった時の姿に戻ったのでしょう」
「形が崩れる前にチラッと見ましたが、どうも私が元いた世界の人間のようにみえたのです」
アルマもそれ以上は答えられなかった。