198話 アルマ2
翌日。
アルマは完全に回復した。
全機能が回復した。
手足も元通り。
肌も10代のようだ。
何よりも輝くような美しさと、見るタイミングによって外見が異なって見えるというワケのわからなさが復活した。
ただし問題もある。
全裸のままなのだ。
着る物は魔法で作った物では無かったらしい。
攻撃を受けたときにボロボロになってしまい、代わりの服は無い。
それで困っているのは私一人だけだったが。
仕方ないので私の着替えをアルマに着せた。
全快したアルマをラミア達が訝しげに見ている。
アイシャは虹色に輝く瞳で見ている。
ということは魔眼で鑑定しているのだろう。
何かおかしいのかな?
治癒をミスったのかな?
そのわりにはアルマは元気いっぱいで、完治しているように見えるが。
アルマはアイシャ、アレクサンドラ、アンナマリアに順番に挨拶をし、助けて貰った御礼を述べた。
だが途中でアイシャが遮った。
「貴方を助けたのはこちらよ」
アルマは私をじっと見つめ、微笑んで手を伸ばしてきた。
ところが私の膝の上にちょこんと座っているエマを見て、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて固まってしまった。
心なしか・・・ いや明らかに青ざめている。
それどころか震えている。
「アルマ様?」
「・・・」
「アルマ様? 痛いところ、ありますか?」
「・・・」
ぶんぶんと無言で首を振るアルマ。
息が荒い。
アルマの視線はエマに固定されている。
美しい顔が歪んでいる。
アルマから激しい恐怖の感情が伝わってくる。
エマを見るのは苦痛だが、でも目を離すことが出来ないといった感じ。
「エマ、自己紹介なさい」
「エマと申します。父はビトー、母はソフィーです。よろしくお願いします」
エマの声を聞いて「ビクッ」と盛大に体を震わせるアルマ。
「わ・・私はアルマと申します。 どうか・・・ どうかお目こぼしを・・・」
理由はわからないが、あきらかにアルマはエマに怯えている。
「アルマ様。エマはアルマ様をお救いするために持てる力を全て使いました」
「本当に?」
「本当です。エマは丸一日アルマ様を治癒し続けたのです。どうしてアルマ様に意趣など持ちましょう」
「えっ!? わたくし、聖女様に癒して頂いたのですか?」
聖女? エマが聖女?
エマと顔を見合わせる。
ごく自然にお互いを鑑定する。
エマ・・・ 確かに称号が付いている。
【聖女】
生涯の大半を聖なる事績に捧げた女性を指す。
聖なる事績とは何か?
簡単に説明すると弱者救済。
無私の救済。
壮麗な神殿を建立して神を称える事は聖なる事績にカウントされる?
されない。関係ない。
むしろマイナスの可能性が出てくる。
他人の献金に頼って建立するとそれまでの功績や功徳は無に帰す。
自分の資産で建立するなら不問に付す。
弱者救済をもう少し詳しく教えて欲しい。
怪我人や病人や貧困者が弱者に分類される。
かような者達に癒やしを与えると聖なる事績となる。
しかし生涯の大半を聖なる事績に捧げるって・・・ エマはまだ5歳だぞ。
なになに・・・ 物心付いてからずっと水と治癒の実地訓練をしてきたことがカウントされている、と・・・
ちょっと待て。
エマがヒールを憶えたのは先日だぞ。
キュアやディスペルに至っては昨日。
・・・ヒールの前段階まで頑張っていた?
そういえばエマはマグダレーナ様の秘蔵っ子のような扱いで、領民からずいぶん慕われていたような気がする。
ハーフォードの領地経営の観点から、医者がいないこの世界でエマの訓練名義でタダみたいな金額で怪我人や病人を診察し、傷を洗浄し、癒やしていたと聞いた。
癒やすとは言ってもヒールでは無く、単純に生体エネルギーを分け与えるだけ。
それだけでも患者の体力が持ち直し、痛みに耐える体力を回復し、痛みが和らぐ。
一部からハーフォードの聖女とか呼ばれていた。
そして遂にヒール、キュア、ディスペルを使いこなすまでになった。
だから人生の大半を弱者救済に費やしてきた、と言えなくもない。
それで? 聖女だと何が出来るの?
治癒の効果が飛躍的にアップ。
なるほど。
エマのディスペルが異様に効くと思ったら、途中から称号持ちになったお陰か。
他には?
退魔術。
魔を消滅させることが出来る。
アルマを見る。
「アルマ様の天敵?」
アルマがコクコク頷いている。
他には?
受け手の条件が整えば、聖女の光魔法を受けた者は種族進化することがある。
とある。
アルマを見る。
「私は夢魔としてこの世界に生を受け、長い時間を生きてきました。夢魔としての研鑽を積みました。一段上のステージへ昇る準備が整っていたのです」
「夢魔から種族進化をしたと言うことですか?」
「その通りです」
「それでアルマ様は何になられたのでしょう?」
「魔女です」
えっと・・・ アルマを鑑定する。
確かに魔女になっている。
だからラミア達が変な顔をしていたのか。
「理解致しました。ですが私とエマはアルマ様を癒しました。アルマ様を害することなどありません」
「ありがとう存じます。わかっております。わかっておるのですが・・・ ただ、ただ、エマ様が怖いのです。これは私の不徳の致すところでございます」
平伏するアルマの背中を優しくさすり、落ち着かせた。
「それでアスタロッテをどうにかしなければならないのですね?」
「はい」
「またどこかに雲隠れしましたか・・・」
「いいえ。アスタロッテの居場所はわかっております」
「潜伏場所が?」
「いいえ。アスタロッテはもうじき私の前に現れますわ」
「アスタロッテが自分からくるのですか?」
「そうです」
「どうしてですか?」
「エマ様の光魔法のお陰で私は夢魔から魔女に進化しました」
そう言うとアルマはにっこりと微笑んだ。
アルマが魔女に進化したことでこの世界に魔女が2人になった。
魔女は一世代に一人。
二人は要らない。
魔女は本能的に自分以外の魔女を殺さねばならぬ、という強烈な衝動が襲ってくるらしい。そして自分以外の魔女がどこにいるか、存在を強烈に感じるらしい。
「ということでアスタロッテは必ず私を殺しに来ます。私もアスタロッテの居場所がわかります」
「・・・」
「アスタロッテは今、全速力でここに向かっています。場所を移しましょう。私を救って下さったラミアの皆様に迷惑は掛けられませぬ。アスタロッテを迎え撃つのはカネルの森の外に致しましょう」