196話 前兆
カネルの森が成立して2年。
シナモン(カネル)の栽培は軌道に乗り、岩の森とカネルの森の収入の柱に育った。
ライムストーン公爵領としても旧神聖ミリトス王国側で初めて出来た収益の柱。
ライムストーン公爵領からブリサニア王国各地、そして各国への輸出が好調だ。
誰もがめでたし、めでたし、と思っていた。
カネルの森に侵入する魔物が出始めた。
元々森に棲んでいた魔物ではない。
外からの侵入者。
ラミアの縄張りに敵対的侵入するなど自殺行為だが、そして実際にアンナマリア達は皆殺しにしているが、なぜそのような魔物が出てきたのか解せなかった。
侵入してくる魔物はゴブリンとオーク。
ラミア達が周辺を捜索しても集落は見当たらなかった。
奴らが来る道を辿ったところ、コナハラまでたどりついた。
コナハラのダンジョンから溢れだしている魔物と結論付けられた。
ということはスタンピードなのか?
コナハラのダンジョンは徐々に縮小に向かっていく寿命を迎えたダンジョンだ。
スタンピードは考え難い。
それとも死にかけのダンジョンの断末魔のもがきなのか?
アイシャに情報共有し、意見を求めたが、アイシャですらわからなかった。
コナハラを調べると、ダンジョンが衰退してるのは変わりない。
ダンジョンの衰退に比例するように冒険者も去っている。
まだ冒険者ギルドは営業しているが近い将来に閉鎖すると予想された。
しかしダンジョンの最後のあがきだと仮定すると放置するのは危険だ。
手入れをした方が良い。
ではラミア達がコナハラダンジョンの魔物の間引きをするのか?
答えはNO。
その理由は、神聖ミリトス王国が滅んでから人間の数が減り、ダンジョンの魔物の間引きが疎かになっているとは言え、わずかながらも管理する人間がいる。
そこへラミア達がしゃしゃり出るのは意に沿わぬ。
もう一つの理由はラミアの魔物に対する考え方。
もしゴブリンやオークが集落を作っており、そこから組織的に攻撃してくるなら叩き潰す。容赦しない。
だがダンジョンのスタンピードならやむを得ない。
奴らも気の毒だ。
だから手に負えなくなるまではダンジョンをどうこうするつもりはない。
さらもう一つの理由がダンジョンに対するラミアの漠然とした不安。
ラミアは高い知性と社会性を持つが、魔物としての本能(野生)も強く持つ。
ダンジョンに長期間潜っていると精神がダンジョンに取り込まれ、知性と社会性を失うという言い伝えがある。
というわけで積極的に関わる気は無いが、監視は欠かさない。
イザと言うときはビトーを呼び出せば良い。
そんな考えのもと、アイシャの手の者とカネルの森の者がコナハラの監視を継続していた。
妙なことに気付いた。
確かに魔物はコナハラのダンジョンからから来る。
魔物は昼夜関係なく、ダンジョンの入口からぽつりぽつりと溢れ出てくる。
ただ単に湧き出ている。
湧き出た奴らが野を彷徨った挙げ句、カネルの森までたどり着いたようだ。
ダンジョンの入口には冒険者ギルドの出張所がある。
冒険者が出入りしている。
湧き出た魔物は冒険者ギルドを襲わない。
冒険者を襲わない。
冒険者もダンジョンに潜るくせに、入口近辺を彷徨っているゴブリンやオークを退治しない。
お互いが見えていないようだ。
こんな状況は初めて見る。
アイシャに急報した。
急報を受けたアイシャが対処法を指示してきた。
カネルの森の中で最も若いラミアを選び、コナハラのダンジョンに潜らせて見よ。
ダンジョンの入口を潜ったらすぐに引き返せ。
その際、周囲の反応を見ろ。
早速やってみた。
遠目から監視している者には摩訶不思議な光景が見られた。
ダンジョンに若いラミアが近付いていく。
ダンジョンの入口周辺には潜る順番を待つ冒険者達がたむろしている。
冒険者は誰一人ラミアが紛れ込んでいることに気付かない。
そしてダンジョン内からオークが3匹出て来た。
だれもオークに注意を払わない。
オークも冒険者を見ていないようだ。
戻ってきた若いラミアに訊いた。
「どうだった?」
「冒険者はほとんどいませんでした。一人か二人でしょうか。誰にも見咎められませんでした」
「・・・オークは見たか?」
「いえ。オークなんていませんでした」
「・・・」
どうやらダンジョンの入口に強力な認識阻害の術式が施されているらしい。
アイシャに急報した。
◇ ◇ ◇ ◇
アイシャがコナハラダンジョンの入口を見ている。
アイシャの目が虹色に輝いている。
魔眼を使って見ている。
やがて供の者に声を掛けた。
「お前たちはここで待て」
そう言うとアイシャは一人でコナハラダンジョンに近付いた。
それなりにいる冒険者の間を掻き分けながら進むが、誰にも見咎められない。
そしてダンジョンの中に入っていった。
すぐに出て来た。
アイシャは一人の女を抱えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ダンジョンの中から助け出された女はカネルの森に運び込まれた。
女は瀕死の状態。
普通であれは自然の摂理に任せて放置するのだが、今回は別。
アイシャによるとこの女がカネルの森に魔物が現れるようになった原因だという。
女は魔法攻撃によって瀕死の重傷を負わされている。
いつ死んでもおかしくないほどの怪我だが息がある。
何があったのか事情聴取するためにカネルの森へ連れ帰った。
「さて。この者が誰かわかるものはいるか?」
アイシャの質問に皆が首を振る。
「アンナマリア。そなたはわからぬか?」
「アイシャ様の前で当てずっぽうをいうわけにはまいりませぬ」
「そなたは一度見ているはずだ」
え・・・ という感じでアンナマリアがまじまじと女を見る。
そっと魔力で触れてみる。
ラミアは魔力操作が苦手だが、直に接触すれば多少は感じることが出来る。
「これは・・・ アルマ殿?」
「そうだ」
夢魔族のアルマはラミア達とは比較的良好な関係を保っている。
今後も貴重な情報源として活躍して欲しい。
と言う訳でアルマを保護することにした。
アルマは瀕死。
今まで生きていたのが不思議なくらい。
アイシャの見立てでは、アルマの傷は魔族同士の抗争によって負った傷。
事情聴取が必要と判断した。
アイシャは事もなげに言った。
「ビトーを呼べ」
それからすぐに付け足した。
「エマも呼ぼう」