195話 目玉商品
アンナマリアの報告を吟味したアレクサンドラは新たな森へ移住を認めた。
岩の森、古森から志願者を募り、移住者の編成に取りかかった。
移住先には完全な自治が認められ、族長も新たに誕生する。
族長はアンナマリアに決まった。
幹部はアンナマリアと行動を共にしたクリスタニア、コンスタンス、ジャネットが内定。
前回の調査でアンナマリアが樹皮に独特の香気を持つ樹木を持ち帰った。
調査の結果毒性は見られなかったが、正体の見当が付かなかったため、古森のアイシャの元へ送った。
アイシャは首をかしげ、ヒックスのユミを呼び出した。
「ちょっと見てほしいものがあるの」
「はい」
「採取してからかなり時間が経っているので萎れているのだけど・・・」
「あ・・・」
「何かわかった?」
「この香りはシナモンですね・・・」
「シナモン?」
「ええ。こっちの世界にもシナモンがあるとは思いませんでした」
「何に使うの?」
「お酒の香り付け、お茶の香り付け、お菓子の香り付け、パンの香り付けです」
「お菓子?」
「ラミアの皆様はあまりお好きではありませんね」
「ああ、あの味のよくわからない奴ね。人間は好きなの?」
「はい。好むと思います」
「じゃあ、これを売ってきて」
「あの・・・ アイシャ様・・・」
ユミは頑張った。
アイシャに睨まれながら、この状態ではもはや商品価値がないこと、売れないこと、伐採してすぐに樹皮を剥がして乾燥させれば価値が出ることを伝えた。
「ふ~ん。でも私達には必要無いものよ」
「はい。ラミアの皆様が使うのでは無くて、人間に売る物です」
「ふ~ん」
「前の世界では広く売られていた商品でした。この世界で初めて見ましたのでまだ存在が知られていないのでしょう。栽培場所・製法は秘密にしておくべきものと考えます」
「なるほどね」
アイシャはすぐにアレクサンドラへ使いを出した。
移住者の中に植物の専門家が加えられた。
◇ ◇ ◇ ◇
シナモンの情報はアレクサンドラ経由でアンナマリアへ伝わった。
アンナマリアは森の開拓と並行してシナモンの栽培に着手。
とはいえ開拓当初はアンナマリアも手間を掛けられず、保険のために若木を数本岩の森へ送り、2箇所で栽培を試みることなった。
商品化の試みも行った。
ユミの言う「伐採してすぐに樹皮を剥がして乾燥させる」というところで試行錯誤を繰り返し、何とか売れそうな物を作る目処が付いた。
岩の森にユミが呼ばれた。
アレクサンドラからシナモンを見せられた。
見せられた物は真っ茶色に変色した10cm程の棒。
「何故か乾燥するとこんなふうに丸まってしまうのじゃ」
「アレクサンドラさま。これが正しいシナモンスティックです」
「これで良いのか」
「はい」
「不思議な香りじゃの」
「素晴らしい香りです」
「そうか。人間はこれが好きなのか」
「はい」
「売れそうか?」
「はい。ライムストーン公爵領に売り込んでみます」
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスに戻ったユミはマーラーを掴まえた。
マーラーは・・・ 変な表情をしながらマキに付き合った。
「なんだ? この香りは?」
「そのことについてです。確か会頭はミューロンと岩の森のラミア族との交易のことで悩んでおられましたね?」
「うむ。そうなのだ。なかなかヒックスのヒカリオルキスに相当するような目玉商品がなくてな・・・」
「ひょっとすると見つけられたかも知れません」
「なに。岩の森の特産品を、か?」
「はい。これを見て下さい」
「マキ・・・ これは何だ?」
マキから渡されたシナモンスティックを手に取るマーラー。
いかがわしい物を見る目付きだが、なぜかスティックを掴んで離さない。
「会頭。手をお離し下さい」
渋々スティックをマキに戻すマーラー。
「会頭。手の匂いを嗅いで下さい」
「!! これはなんだ!」
「このスティックの香りです」
「先ほどから漂っているこの香り・・・ この木の棒の臭いか」
「はい。シナモンと申します」
「これはどうやって使うのだ?」
「お茶の香り付け、お菓子の香り付け、パンの香り付け・・・」
「食材なのか?」
「そうです」
「この香りの菓子・・・ すぐにライムストーン公爵に面会だ!」
マーラーはすぐに真価に気づき、ライムストーン公爵へ面会を申し込んだ。
ライムストーン公爵はすぐに会ってくれた。
長ったらしい挨拶に時間を割く、あるいは商人相手に袖の下を要求する貴族もいるが、ライムストーン公爵は激務でお時間が勿体ない。
ということで論より証拠。
マーラーが主旨を説明している間にマキがライムストーン公爵家の調理場でデモンストレーションを行った。
シナモンを細かく砕いて粉状にする段階で、独特の香気が辺りに漂い始める。
ライムストーン公爵がマーラーを見る。
マーラーは黙って頷いた。
クッキー生地に練り込む。
パウンドケーキ生地に練り込む。
そして焼き上げる。
辺り一面に香気が漂う。
馥郁たる香りが調理場の外まで漂い、公爵家の家の者が廊下から大勢覗いている。
ガン見している。
公爵家に相応しい豪華な皿にクッキーとケーキを盛り付ける。
お茶(紅茶)にも香り付けをし、ミルクをたっぷり入れる。
用意が出来たのでオーウェンのもとへ運ぼうとすると、廊下が人で溢れている。
「オーウェン様へお出しする物です。通して下さいませ」
渋々道を空ける家の者達。
オーウェンとマーラーのアフタヌーンティー。
高貴な香りに包まれた世界初のアフタヌーンティー。
ユミは給仕係として二人の横に侍る。
優雅なお茶の時間を楽しみながら、今後の計画を話す二人。
ラミアからの買い取り価格。慎重に決めなければならぬ。
次に穏健派貴族の間に内密に広める。
良い感触を得たら王家に献上。
販売価格はいかほどに。
打ち合わせ中のオーウェンとマーラーのもとにライムストーン公爵家の者が御用聞きに来る。
ひっきりなしに来る。
苦笑いを浮かべたオーウェンがユミに頼んだ。
「ユミ殿。残ったシナモンで我が家の全員に行き渡るようなものを作ってくれまいか」
歓声があがる。
ユミは大量にパンを作った。
シナモンおよびシナモンを使った商品ははライムストーン公爵お墨付きの超高級贈答品に認定された。
すぐに王都で引っ張りだこになった。
◇ ◇ ◇ ◇
後日、新たなラミアの里の名前が決まった。
『カネルの森』