193話 序章
時はビトーが王立高等学院へ初めて通学した頃(約2年前)に遡る。
突然アイシャは気付いた。
古森のラミアの人口が増えはじめた。
原因はビトーである。
元々ラミアは出生率が低く増えにくい。
それは自然の摂理として当然のことだ。
ラミアは各個体が長寿かつ強靱なため、ひとたびこの世に生を受けるとなかなか死なない。
ラミアが多産だと世界はラミア一色に染まってしまう。
だからラミアの出生率は低い水準で保たれていた。
それは良い。
定期的にビトーが古森を訪問してラミア達を癒す様になってから、徐々にラミアが増え始めた。
ビトーの治癒魔法が出生率を高めたのでは無い。
年寄りが死ななくなったのだ。
今までなら毎年数人から十人死んでいたのだが、死ななくなったどころか壮年のように若返り、第一線で重労働に従事している。
ラミアの寿命は(事故や病で早世する例外はあるが)約400年といわれる。
老いるのは遅いが、老いないわけでは無い。
これはまでは新生児とほぼ同数の年寄りが天寿を全うしていた。
しかしビトーが来てから年寄りが天寿を全うしなくなった。
いや、天寿を全うしなくなったのでは無い。
寿命が延びたのだ。
ビトーが古森を訪れてくれる間はラミアの寿命は延びるだろう。
そしてラミアは増えるだろう。
アイシャは考えた。
ビトーは人間で短命だ。
ビトーがラミア達を癒やしてくれるのは長く見積もって約50年。
その間はラミアが徐々に増え、ビトーが死んだあとは徐々に元の数に戻る。
その程度なら自然界のバランスは崩れないだろう。
そう結論を出したアイシャは、当面の人口増加対策を考え始めた。
まず食料に関しては今のところ質・量ともに十分にある。
ヒックスとの交易で食料輸入が安定している。
今まで食べる習慣の無かった穀物・根菜・果物・乳製品を食べるようになり、マキのお陰で料理のレパートリーも増えた。特定の食料に片寄っていない。
次に古森が手狭になってきた。
既に古森は全域がラミアの支配下にあり、古森内に居住区を広げる余地は無い。
ビトーの世話になる間は人口は微増するので、新たな居住地が必要になる。
アイシャは岩の森に使いを出した。
◇ ◇ ◇ ◇
アレクサンドラは困っていた。
困っている理由はアイシャと同じだが出生率は古森よりも高く、人口増加の速度が早かった。
これは岩の森の方が年齢構成が若く、出産適齢期のラミアが多いためである。
ライムストーン公爵領の成立と共に岩の森も人間と交易を始め、食料を入手するルートが増えたため食料危機とは無縁だが、居住区の問題は古森よりも深刻だった。
早急に手を打つ必要を感じていたアレクサンドラは、メッサーのスタンピード騒ぎ以降、魔物の監視をする傍ら、各方面を調べさせていた。
ミューロン川をさかのぼると、中流域から上流域に様相を変えるところ、かなり標高が高いところに手付かずの原生林が広がっていることがわかった。
ここで言う “手付かず” とは、ラミアが足を踏み入れていない、人間が足を踏み入れていない、と言う意味で、もともと森に住んでいる生き物はいる。
ラミアが進出しても問題無いか、特に人間との関わりについて下調べが行われた。
その結果、検討を進めて問題なしとの結論を得た。
本格的に調査を開始しようとしていた矢先、古森から使いがきた。
◇ ◇ ◇ ◇
古森の使節団が岩の森を訪れた。
双方の人口問題解決のため、新たにラミアの里を作る決定がなされた。
新たな里の候補地は、先にアレクサンドラが調べさせていたミューロン川上流域に存在する原生林。
岩の森から人数を出し、新たなラミアの里の候補地の本格調査を進めることになった。
調査要員は移住希望者の中から選ぶ。
調査はアレクサンドラが監督する。
一方、旧神聖ミリトス王国内に新たなラミアの里を作ることについて。
もしライムストーン公爵の領地経営計画に障りがあるようなら調整する。
こちらの監視はアイシャが行うことになった。