192話 アラートの正体
皆に合図をして往来の邪魔にならない場所へ乙女隊を集めた。
頭を突き合わせてもらい、ゾーンオブサイレンスを出した。
「エマ、憶えたね?」
エマは嬉しそうに頷いた。
カトリーヌに向かって説明した。
「来客があります」
「アラートのことを言っていますか?」
「はい。南の森に3名、対応の難しい客がいます」
「アラートの主ですね」
「そうです」
「ビトー様はご存じなのですか?」
「存じ上げております」
「ではお招きしましょう」
「そうはいきませぬ」
「どうしてですの?」
「客の種族はラミアです」
「・・・」
「恐怖の象徴でありましょう?」
「・・・」
「城内にお招きしてしまっては・・・ 気絶する者が出るのは序の口で、気が狂ったり、下手をすると抜刀して斬りかかったりする者が出かねません」
「・・・」
「もし抜刀してしまったら敵対確定です。地上からオリオル領が消失します」
「・・・ではどうすれば良いのですか?」
「まず私一人で応対します。会談場所は城外です。御用の向きを聞いて対処致します」
「ちょっとおまちください! ビトー様お一人で対処させるなんてありえません。私も・・・」
「今ここに来ているラミアと私は面識があります。十中八九、私に用事があってきたのでしょう。カトリーヌお嬢様はラミアの知己はいませんでしょう?」
「ラミアと面識って・・・ ビトー様はいったい・・・」
ソフィーが助け船を出した。
「カトリーヌ。ここはビトーを信じてやって頂けませんか。これでもビトーはラミアの中で名を持っているのです」
「名を持つって・・・ そうですか・・・ ソフィー様がそうおっしゃるなら・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
サンフォレストの街は四方を城壁で囲まれており、城門があるのは北側のみ。
カトリーヌの命で北門を開け、私だけ門の外に出た。
私は反時計回りで街の南側へ行く。
城壁の上から私を監視しながら乙女隊がついてくる。
こうして歩いてみるとでっかい街だね。
街の南側へ出るまでにそれなりの時間が掛かった。
城壁の上にいる守備隊から私に悲鳴のような声が掛かる。
「危ない! 北門へ回れ!」
「早く!」
「馬鹿! 死にたいのか!」
それをカトリーヌが一人一人諫めていく。
「大丈夫。ちゃんと考えています。落ち着いて見ていなさい」
城壁の上の群衆に軽く手を振って、南の森に向き直る。
森の中を索敵。
ラミアの皆さんは動いていない。
そしてとっくに私が外に出たことに気付いている。
もう一度城壁の上に手を振り、森の中に入っていった。
私の姿が城壁から見えなくなったタイミングを見計らい、ラミア達が一斉に私に向かって進んできた。
先頭にいるのはエリスだった。
その他の2人も治癒でお世話をした者達だった。
順番にしっかりと彼女らと抱き合った。
何故ここにいるのかを聞いた。
「急遽ビトー様においで願いたいことが出来ました」
「治癒ですか?」
「そうです」
「まさかアイシャ様・・・」
「いいえ。違います」
「では?」
「ここで名前をいうことは憚られます」
「わかりました」
「よろしいのですか?」
「はい。病や怪我の前では誰もが平等です」
ラミア達は私の前に跪いて感謝の意を示した。
そしてとんでもないことを言った。
「つきましてはもう一つお願いがあるのです」
「なんでしょう?」
「エマ様も一緒においで願いたいのです」
え~~っと。
エマはまだ子供だけど?
それにどうしてここにいると知っているの?
相変わらずアイシャの情報網は凄いらしい。
王立高等学院における出来事もほぼ知っているらしい。
エマがここにいることももちろん知っていた。
だがエマが必要とはどういうことだろう?
それとなく聞いたが、
「私は話す権限を与えられておりません」
「流石に私の一存では許可が出せませぬ。ソフィーにも諮りたく」
「是非お願い致します」
ソフィーがここにいることも知っていた。
北門へ走って戻り、乙女隊に集まって貰い、事情を説明した。
急を要する怪我人の治癒でラミア達が私とエマを必要としている。
そのためにはるばる古森からここまで使者を使わした。
私だけでは足りないらしい。
だがエマが必要な理由を話すことは許されていないという。
ソフィーが確認してきた。
「誰が来たのだ?」
「エリスです」
ソフィーも考え込んだ。
「ビトー様はお父様の客人です。連れ去ることを認めることはできません!!」
「カトリーヌ! ラミアが、それもラミア族のNo.2が頭を下げているのですから刺激してはいけません! 街が消えるだけでは済みません!」
カトリーヌはソフィーの語気の鋭さに息を呑んだ。
ソフィーは私に「エリス殿に余計なことを聞かないように」と念押しした上でエマの同行を認めてくれた。
すぐにソフィーとエマを連れて城外へ出た。
ところがカトリーヌが無理矢理ついてきた。
お役目上、ラミア達と言葉を交わさねばならぬと言う。
「わかりました。ですが先方の要望を鷹揚にお認めになり、むしろ彼女らを激励して差し上げてください」
「わかりましたわ」
「ラミアと直接話をしたことのある貴族なんて、私の知る限りライムストーン公爵以外おりません。カトリーヌお嬢様が二人目です。これは勲章です」
「そうなのですか・・・」
「それと気をしっかりと張っていて下さいね」
「どうしてですの?」
「既にカトリーヌお嬢様はかなりの手練れです。ラミアと対峙しましたらどれほどの脅威なのか嫌というほどわかりましょう。気を抜いていますと気絶します」
「そんな・・・」
「カトリーヌ。この世には絶対に逆らってはならぬものがいるということだ」
「ソフィー様」
「ラミア達は信用できる。これは本当だ。私だって夫と娘を預けるのだ」
「ソフィー様・・・」
「この機会にラミアに恩を売っておくことはオリオル領にとって益となる」
「・・・」
南側の城壁と森の間。
城壁から見える場所にカトリーヌ、ソフィー、私、エマが並んだ。
森から3名のラミアが滑り出た。
背後の城壁からどよめきが上がった。
「私は古森ランナバウト隊隊長エリスと申します。どうぞお見知りおきを」
優雅な所作でエリスから名乗った。
「私はオリオル辺境伯フェルディナンドが娘、カトリーヌと申します。どうぞお見知りおきを・・・」
カトリーヌは最近力をつけてきているので相手の実力を感じることが出来る。
そしてラミア達から漂ってくるのは途方もない力。
力、力、力の権化。
圧倒されて言葉尻がすぼまってしまうのは致し方ない。
だが続けてカトリーヌが気力を振り絞って口上を述べた。
「この度は父上の客人ビトー・スティールズ男爵とエマ嬢をラミアの里へお招きされたいとのこと。本来であれば父上の許可を頂かねばなりませぬ。ですが事は急を要するとのこと。
私、カトリーヌ・オリオルの名において許可致します」
ここまで言い切ったカトリーヌは気絶寸前に見えた。
ラミア達は一斉に跪いた。
「カトリーヌ様の御厚情に深く感謝致します」
カトリーヌは気絶し掛かっていたが、私とソフィーが支えた。
もはやカトリーヌは言葉が出ず、見方によっては鷹揚に頷いたように見えた。
「ソフィー様、お二人をお預かりします。ご心配なきよう」
「よろしく頼みます」
上空を飛ぶアルにはハーフォードへ戻るように伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇
後日、オリオル辺境伯のもとに差出人不明の小包が送られてきた。
中から一振りの短剣と短い手紙が添えられていた。
短剣は銘入りの剣だった。
魔剣【Ymir】
水系、氷系魔法の効果を飛躍的に増大させる。
特に氷系魔法の強化が大きい。
誰でも扱えるが水属性の者が使うとフルに力を引き出せる。
剣自体の能力も最上級の短剣と同等。
手紙には
「オリオル辺境伯の寛大なる御心に感謝を込めて」
とだけあった。
「17章 オリオル辺境伯領編」はこれで終わります