189話 東へ
次の目的地。
サンフォレスト。
今いるノースフォレストから見ると真東にある大都市。
ただしノースフォレストもサンフォレストも森林の中にある。
森の中を突っ切って行く道は無く、ノースフォレストからいったん北上して南ノ村へ戻り、そこから東へ向かう街道を進む。
街道は森の縁に沿って東西に通じている。
途中小さな村をいくつか通過したが必ず立ち寄り、カトリーヌは顔を見せていく。
どの村でも大歓迎された。
「領地の隅々まで(良い意味で)これほど顔を覚えられているということは、オリオル伯の統治は大したものですね」
そうソフィーが言うとオルタンスお嬢様は大きく頷いていた。
東西の街道と南北の街道が交わる交差点に差し掛かった。
ここを右折し、南下して森の中に入っていくとサンフォレストがある。
左折して北上するとメイプルレインの街に出る。
このあたりを縄張りにしていたレッドベアは騎士団に退治されたので、今、魔物のバランスが流動的になっている。
ソフィーが言うにはこういうときは危ない。
普段大人しい魔物が縄張りを広げようと攻撃的になる。
そう言われると、これから行こうとしているサンフォレストの方向、つまり南に拡がる森が恐ろしげに見える。
みんな躊躇して森を見ていると、背後から馬車の音が聞こえだした。
しばらく待っていると南下してきたオリオル騎士団と邂逅した。
オリオル騎士団は隊商を護衛していた。
カトリーヌの顔を見るとすぐに騎士団隊長が下馬し、カトリーヌの前に跪いた。
カトリーヌが訊ねると、隊長がキビキビと答えてくれた。
「穀物と野菜をサンフォレストに運び込んでおります」
カトリーヌは理解したようだが、他のメンバーがよくわからなかったので、カトリーヌが教えてくれた。
「サンフォレストも以前は自給自足していたのよ。でも近年不作が続いているの。
だから外から運び込む必要あるのよ。でも最近草食の魔物にバレたようで、襲われる率が上がっているの。サンフォレストの守備隊では護衛しきれなくなって騎士団が出ているわ」
騎士団は今からサンフォレストへ向かうという。
これはご一緒させてもらうに限る。
森に近付くにつれてヤバい雰囲気が漂ってくる。
エマ?
私のダークレザーの裾をしっかりと握り、前方の木々の間を見据えて固まっている。
一言。
「来る」
エマと私の感覚を共有する。
これはボアか?
初めて見るが、レッドボアの小型版といったところ。
脅威度D。魔法無し。
数は? 数は・・・かなり多いな。
飽和攻撃か。
ざっと8頭でワンチームを構成し、それが5チームいる。
その場で怒鳴って全員に危険を共有する。
「正面。ボア接近! 数ざっと40!」
「なにっ!」
大型のイノシシが後から後から森から出てきた。
騎士団は素早く隊商の前面に展開した。
だが騎士団を見たボアが散った。
ボアはチームごとに広く薄く展開し始めた。
これは優れたリーダーに率いられているとみた。
厄介な魔物だ。
ボアは騎士団には目もくれず、騎士団員の作る壁の隙間に突進してきた。
騎士団は剣と盾と攻撃魔法で確実に先頭の1~2頭を倒す。
だが3頭目以降が防衛ラインを突破してくる。
乙女隊が第二の防衛ラインを作り、突破してきたボアに備えた。
オルタンスお嬢様はボアの進路に巨大水球を浮かべた。
防衛ラインを最初に突破したボアが頭から水球に突っ込んだ。すぐに突破できると思ったのだろう。
だが水球に突っ込んだボアは水球の中から出てこられなくなった。
次のボアは警戒して水球を避けようとした。
水球を避けたボアはソフィーが氷槍で足止めしていった。
アナスターシアはボアの進路に火球を浮かべた。
流石のボアも火は苦手と見え、火球を避けて突っ込んでこようとした。
しかしアナスターシアは常に火球をボアの正面に移動させ、躱せないようにする。
ボアが渋滞し始めた。
火傷を負いながら火球を躱したボアはソフィーが氷槍で足止めしていった。
カトリーヌは氷壁を浮かべた。
氷壁を避けて突破しようとするボアの眼前に氷壁を追加で出していく。
ボアが渋滞し始めた。
氷壁をすり抜けてくるボアは、やはりソフィーが氷槍で足止めしていった。
私とマキは馬を下りていた。
私とマキは組んで、私がボアの目や前足にデ・ヒールを掛けていく。
まともに動けなくなったボアに対し、マキが短剣の2刀流で攻撃を入れていく。
マキの短刀攻撃では止めを刺すに至らないが、ボアをより具合の悪い状態に落とし込んでいく。
エマは私にしがみ付きながらデ・ヒールの感覚に目を見張っていた。
「デ・ヒール。憶えたかな?」
「うん。憶えた」
騎士団はボアを次々に倒していく。
残り3頭まで減らされたとき、ボアは逃げていった。
ボアの死骸を集める。
皮、肉、牙、魔石・・・ 全て良い値で売れる。
全員で勝利の鬨の声を上げようとしていたとき。
エマが気付いた。
「来る・・・ 赤いおっきいの」
私も感じた。
レッドボアだ。一匹じゃない。
すぐに大声で周囲に知らせる。
「レッドボアが来ます。2頭」
途端に騎士団に緊張が走る。
隊長が一声を放つと、隊員はボアの死骸を放り出し、隊長の下に集まった。
「来ます」
私の声と同時に森の端から赤褐色の巨大な体躯が2体踊り出た。
第一印象。
デカイ!!
メルヴィル村で見た奴より一回り大きい。
一頭が騎士団に突っ込んだ。
騎士団は大男のタンク役がずらりと並び、盾を構えて衝撃に備えた。
他のメンバーがその背後で攻撃魔法を撃つ体勢に入った。
もう一頭が乙女隊目がけて突っ込んできた。
メルヴィル村でわかっている。私にはコイツを止める手段がない。
ソフィーに頼むしかない。
「ソフィー!!」
「ふんっ」
メルヴィル村のとき同様に、レッドボアの眼前に氷槍をずらりと並べた巨大な氷剣山が現れた。
その氷剣山に向かってレッドボアが突っ込んできた。
レッドボアの習性として、自分の進路の邪魔をする者は力で蹴散らしたいのだ。
だが相手が悪い。
氷槍が目を貫いたらしい。
「ブギーーーー!!!」
悲鳴を上げて痙攣するレッドボア。
だがコイツはなかなか死なない。
すかさずソフィーが長剣をレッドボアの首に振り下ろした。
首こそ落ちなかったが、脊柱までキッチリと断たれたレッドボアは、ソフィーの足許に崩れ落ちた。
騎士団の戦いを見る余裕がなかった。
前衛が2人跳ね飛ばされていたが、その間に他の団員が攻撃を集中させたようだ。
既にレッドボアは横倒しになっており、騎士団員が群がって剣でガツガツと削っていた。
ボアおよびレッドボアは貴重なタンパク源である。
味も良い。
ということで、商隊の荷物として運んでもらう事にした。
「急ぎましょう。しばらくは強い魔物は出てこないはずです」
今がチャンス。
サンフォレストに急行した。