183話 準備と移動
オリオルへ行くメンバーにソフィーが加わった。
ウォルフガングの助言を受けてのことだった。
「彼の地は飛び抜けて強い魔物はいないが平均的に魔物のレベルが高い。同じ魔物でもオリオルの魔物は別物と言われる。ベテランが一人いた方が良い」
「ウォルフガングでは?」
「女性の多いパーティだ。女の方が良いだろう。それにあの土地で最も力を発揮するのは水系の魔法だ。寒冷地では水以外の魔法はちょっとコツが必要なんだ」
「私は・・・」
「お前(の魔法)は関係ない。それからな・・・」
「え~~~~~~!!!」
◇ ◇ ◇ ◇
乙女隊もソフィーも馬に乗れる。
領地に戻られるオリオル辺境伯ご夫妻を護衛されるオリオル騎士団に紛れ込み、王都を出立した。
上空からはアルが監視。
ここまでは良い。
何故私の前にエマがちょこんと乗っているのだろう?
出発前に訊いた。
「エマもオリオルに連れていくのですか?」
「武者修行だ」
「いくらなんでも早すぎませんか?」
「早過ぎることはないな」(ウォルフガング)
「丁度良い頃合いだぞ」(ソフィー)
「学院より安全でよ?」(マグダレーナ様)
「パパのお役に立ちたいの」(エマ)
ええと。
連れていくの一択で。
王都ジルゴンからオリオルに至る街道は、バイン山地の端をなぞりながらタイレルの街を通過する。
私は全く土地勘が無いのだが、1点、バイン山地の端を通るということはピントゥー二伯爵領があった土地を通過するということは知っている。
真・荒神祭の失態で領地を召し上げられ、今は天領になっている。
伯爵ゆかりの者が我々のことを「憎し」と襲ってくることはありうる。
散々いじめられたオークやオーガが襲ってくることも考えられる。
ということで右手にバイン山地を見ながら慎重に進む。
ちょっとした木立、丈の高い藪が見えれば斥候を放ち、安全を確認しながら進む。
エマは私の前に乗りながらじっと前を見つめている。
こうしてエマと一緒にいると光魔法・闇魔法使い同士、エマが何をしているのかわかるようになった。
エマは漠然と前方を見ている。
これは特定の何かを見ているのではなく、広範囲を鑑定している。
つまり索敵だ。
私は逆に範囲を絞って対象を明確に見据えて鑑定するのだが、エマはレーダーのように広く薄く、面で魔力を感知できるらしい。かなり優秀だ。
エマの武者修行としては最適な旅かもしれない。
そのエマが小声で言う。
「あの木立に何かいる」
「ん・・・」
エマの感じたことが私に流れ込んでくる。
教えられたところを見ると、確かに何かの気配がある。
私が鑑定するとハイオーク1、オーク5と出た。
私は点で見る分、より詳細に鑑定できる。
私の感じたことはエマに流れ込んでいく。
エマがビクッとした。
「よく見つけたね。ハイオークが1、オークが5だね。お手柄だぞ」
「うん!」
オリオル騎士団に連絡。
オリオル騎士団は素早く部署し、オークを包囲して討伐した。
手慣れている。
動きによどみが無く、無駄な魔法も撃たない。
オリオル騎士団、練習量は豊富らしい。
バイン山地の端を抜ける間は、魔物討伐はオリオル騎士団に任せきりで済んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
バイン山地を抜けて更に北上する。
ブリサニア王国北部の主要都市タイレルに着く。
タイレルはダンジョン都市である。
立ち位置としては『南のイルアン、北のタイレル』なのだが街の規模は全然違う。
住民数はイルアンの半分以下。
経済規模はイルアンの1/3。
言葉は悪いが街自体が暗く、住民・冒険者共にうらぶれている。
その理由の一つがタイレルのダンジョンは『虫系ダンジョン・蛇系ダンジョン』ということが挙げられると思う。
低層階で出てくるのがキラーアント、キラービー、レッドアイ。
中層階で出てくるのがブラックサーペント。
毒持ちが多いので、腰を据えて攻略するなら解毒ポーションが必須だ。
解毒ポーションは高い。
だからタイレルは冒険者に人気がない。
冒険者が集まらなければ街に活気が生まれない。
タイレルで1日休憩する。
ソフィー、マキ、エマ、私の4人は冒険者ギルドに立ち寄る。
殆ど職業病である。
ダンジョン都市の冒険者ギルドのことが気になるのだ。
ギルド内に入ったら馴染みの冒険者のフリをして、待ち合わせの相手を捜すフリをしながら冒険者の群れの中に潜り込む。
そして椅子にどっかりと座って周囲を見るともなく見る。
普通はこれで注意をそらせる。
ただ、今回はエマを連れているのでどうなのかなぁ。
そう思っていたらギルドの中はガランとしていた。
カウンターにはベテラン受付嬢が1人いるだけ。我々のことを見るともなく見ている。
掲示板をチェック。
放置されているクエストは・・・ 無い。
なんとも言えぬ気分でギルドを後にした。
普通のギルドには受け手の現れないクエストが1件や2件はある。
発注主もギルドもすぐに受注されるとは思っていない高難度クエストだ。
それはギルドに対する期待や夢の表れだ。
それすら無いということは、タイレルのダンジョンから人々の関心が薄れてしまったということだ。
かといってダンジョンは適度に手入れをしないと危険だ。
ギルドを預かる側から見ると非常に悩ましい状況だと思う。
一冒険者の立場としてはあまり関わりたくない。
キラーアント、キラービー、レッドアイのスタンピードなんて知りたくない。
武器屋にも立ち寄る。
これといった掘り出し物は無かった。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸北辺のオリオルに近付くにつれて風景が見慣れぬ物に変わっていく。
森は深く、緑が濃い。
草原は夏真っ盛り。一面花畑が拡がって華やかだ。
オリオル領に入る。
この地についていろいろと聞く。
夏は涼しく過ごしやすいが、その分冬の寒さは厳しい。
降雪量は平均するとさほどでもないが、シーズンに幾度かドカ雪が降る。
永久凍土になっていない。
農地はあるが冬の間は休眠。
麦は主産業の一つだが最近は収量が減っている。原因がわからず苦慮している。
ハーフォード公爵領と強固な同盟関係を結びたい理由の一つとなっている。
オリオル領のもう一つの主要産業が鉱業。
森林地帯(針葉樹)の中に鉄鉱山がある。
鉱山と行っても佐渡や石見のように山の下を掘り進めるのでは無く、露天掘り。
森の中に赤茶色の巨大蟻地獄がポツリポツリとある感じ。
異様な光景だ。
そんな風景の中を進み、オリオル辺境伯の居城へ入った。
オリオル城は城内が広い。
城内に広大な畑が拡がる。
城壁の長さがとんでもない。
こういう城は初めて見た。
乙女隊は辺境伯の客人として歓待を受けた。
何となくソフィーもエマも乙女隊の一員になっている。女性だからいいか。
その夜、辺境伯夫妻主催の歓迎会に招待された。
食事は美味だった。
素材が良いと思う。
そして久しぶりに魚を食べた。
私はこっちの世界に飛ばされて何年経ったのだろう?
その間、魚を食べる機会は無かった。
ヒックスは海辺の街だったし漁業も盛んだったが、何故か食卓に供されなかった。
庶民の食べ物という認識らしい。
あの当時は私も庶民だったが・・・
ある料理をガン見してしまった。
どこからどう見ても “アジの開き” にしか見えない。
二枚おろし。
内臓と鰓を抜いただけの背骨・尾頭付き。
漬け汁に浸して干したと見えて、特徴のあるテカリが旨そうだ。
それを炙っている。
何とも言えぬ芳ばしい香りが漂って、元いた世界を思い出していた。
親方が魚好きだったので魚がメインの居酒屋へよく行った。
職場の仲間は刺身が好きなのだが私は火を通した物が好きで、私だけアジの開きやサバの味噌煮やサンマの塩焼きを注文していた。
じ~んと懐かしさに浸っていたら、カトリーヌを除いた乙女隊の皆はアジの開きをどう攻めたら良いかわからずに困っている。
臭いにも困惑しているようだ。
ソフィーですらそうだった。
あれ?
マキも?
「マキはアジの開きは苦手?」
「知ってるけど食べたことない。どうやって食べるの?」
乙女隊が困惑しているのをみて辺境伯が苦笑いをされながら言葉を掛けられた。
「皆様はマカレルに馴染みがありませんか?」
マカレルと言うらしい。
乙女隊の皆はどう答えれば失礼にあたらないかわからないようだったので、まずは経験者が手本を見せることにした。
そういう私もナイフとフォークでアジの開きと対決するのは初めてなのだが。
まず背骨の付いた半身を攻める。
フォークの背で背骨を軽く押して、身と背骨を分離し易くする。
次に身をフォークで押さえつつ、ナイフで首ちょんぱする。
頭はそのまま丸ごと頂く。
バリバリと骨を噛み砕く小気味良い音がする。
乙女隊は私の手元と口元を食い入るように見ている。
次に身と背骨の間にナイフを滑らせ、背骨を分離する。
尾ひれが付いたままの背骨が外れる。
これで背骨無しの半身が2枚できる。
うん。
旨そうだ。
一口で食べるには半身が大きかったので、ナイフで4分割して口に入れる。
ここで注意。
この半身には肋骨が残っている。
私は骨ごと食べる。
というか、骨を抜きたくない派なのだ。
骨を抜こうとすると干物を分解する羽目になる。
それだけで味が落ちる気がするし、皿の上が汚らしくなって惨めな気持ちになる。
やはり骨ごとパリパリ食べる方がおいしい。
乙女隊は私がアジの開きを食べている様を食い入るように見ている。
ソフィーですら凝視している。
マキが、
「旦那様は魚を食べるのが上手ね」
「うん・・・」
「残ってるの背骨だけじゃない。頭も食べちゃったんだ」
「うん。欠食児童だったのでお腹が空くんです」
「・・・」
カトリーヌは心底驚いたようだった。
「これほど綺麗に食べてしまわれる方は初めて見ました」
「少し残した方がよろしかったでしょうか・・・?」
「いいえ、むしろ嬉しゅうございますわ。このお料理は長い冬の間の保存食であるとともに、オリオルのソウルフードなのです。でもこの地方でしかこの様な食べ方はしないとも言われております。
風味も独特でやや生臭さもおありでしょう? 他領の方で苦手な方は多いのです。それをこれほど綺麗に食べて頂いて感激致しております」
それから乙女隊もマカレルと睨めっこした。
おいしそうに食べたのはソフィーだった。
「ダンジョン内で予定が大幅に狂い、いつ作った物かもわからない非常食を囓った経験がある者にとっては又とない御馳走です」
そう言った。
褒めてるよな?
エマは私とソフィーが旨そうに食べるのを見て喜んで食べていた。
ただし骨は私が取り除いてやったが。
逞しく育って欲しいものだ。
やっと1話投稿することができました。
まだ全然片付いていません。
ポツリポツリ投稿致します。