182話 2年生の修了とマキさんの経済学講座
乙女隊とラクエルは国語、歴史、地理、体育を修了した。
(魔法学、魔道具学、魔物学は修了対象では無く、常に研究を続ける物だといわれた)
真・荒神祭もクリアし、非常に充実した2年生だった。
半分は休校だったが。
真・荒神祭以降、武闘派貴族の子弟がごっそりと退学していった。
終業式には公爵ご夫妻が参列された。
護衛としてウォルフガング、ソフィー、そして何故かエマが付いてきた。
エマはマグダレーナ様が抱いていたので、皆さん公爵家のご令嬢かと思って遠回しに色々と聞かれていたのだが、私とソフィーの子だとわかると大混乱が起きた。
私とソフィーが結婚しているなんて誰も信じていなかった?
なんでだよ・・・
でも何でエマを連れてきたのだろう?
エマはかなり利発なので小さいうちから世界を広げた方が良い?
しかしエマは5歳だよな。早すぎないか?
なになに?
日頃から公爵家に出入りしているし、マーラー商会にも出入りしているし、アイシャ様やアレクサンドラ様にも面識があるし、パトリシアの英才教育を受けて才能開花中?
早くも武者修行?
ほう。
◇ ◇ ◇ ◇
終業式が終わった後。
オリオル辺境伯ご夫妻とバラチエ子爵ご夫妻がハーフォード公爵寮を訪れた。
ハーフォード公爵夫妻とお話をされている。
この席に乙女隊も呼ばれている。
オルタンスお嬢様とカトリーヌとアナスターシアは嬉しそう。
私とマキはなんとなく居心地が悪い。
3夫妻が打ち合わせをされているのを隣で聞く。
「今、武闘派は最大派閥の長が失脚したため、混乱しております」
「ウチの娘に対する風当たりは弱まりましたな」
「今はそれどころでは無いため一時的に弱まっているのです。これから武闘派の再編が始まります。その時は再び圧が強まりましょう。特にお嬢様は手練れの火魔法使い。どの派閥も引き入れようとして狙われましょうぞ」
「そんな・・・」
「私も同意見です。ウチの娘もまだまだですが、それでも武闘派貴族の子弟と比べれば遥かに仕上がっております。それもこれもハーフォード公爵のお陰でございます」
「なんの。ウチの娘(オルタンスお嬢様)の至らぬ所を補佐して頂いて感謝に堪えませぬぞ」
このあたりの会話なら付いていける。
危機感に多少の差はあれども、大体同じ方向を見ている。
3人娘の実力差は家柄の差だけだろう。
そう認識されている。
「ベルトゥーリ公爵亡き後、ベルトゥーリ派はどうなりましょう?」
「ベルトゥーリ家だけで10以上の商人が出入りしていたようです」
「それは・・・ 分裂に向かいましょうな」
突然商人の話になったので耳をそばだてた。
ベルトゥーリ家が無くなると・・・ そういうことか。
マーラー商会は大丈夫だろうか?
まさか貸していないよな?
あとで聞いておこう。
と思っていたら、バラチエ子爵から乙女隊に対する勉強会になった。
みんなわかっていない顔をしていたからだろう。
「アナスターシア。ベルトゥーリ公爵亡き後、ベルトゥーリ派はどうなると思う?」
「分裂に向かいますわ」
「カトリーヌ殿はどうです?」
「正直申し上げますと、辺境に生きておりますと中央の貴族の動きに疎くて」
「オルタンスお嬢様はいかがです?」
「分裂するのかしら? でも分裂してしまったら纏まりにくくなるでしょうし・・・」
「何故分裂に向かうと思います?」
3人とも漠然と蟻塚のようなものをイメージしていたらしい。
支配者がいなくなると配下の蟻たちは統制を失い、バラバラになっていく・・・
「マキ殿はいかがですか?」
「金の切れ目が縁の切れ目・・・だと思います」
「ほう、それは格言ですか? 少し説明して頂けますかな」
「ええと、ベルトゥーリ家だけで10以上の商人が出入りしていたと言われました。これは全て貴族貸しを指すものと理解致します。つまりベルトゥーリは商人から金を集め、寄親として派閥内の弱小貴族の面倒を見ていたのでしょう。
ベルトゥーリ家が消滅したので弱小貴族にお金が流れなくなりました。彼らにとっては死活問題です。もし派閥に残ろう、存続させようと思うなら、盟主不在でも学院に残って派閥を維持しなければなりません。しかし真・荒神祭が終わってから退学者が大勢出ました。これはベルトゥーリ派を再興しようという者がいない証と理解致します」
「もし自分が派閥の長になろうとするならば、学院に在籍した方が有利ですからな」
「それだけの経済的余裕がないのでしょう。ベルトゥーリあっての貴族貸しだったのでしょうから。ベルトゥーリを寄親としていた中小貴族達には商人達は見向きもしないのでしょう」
「これは手厳しい」
「マキ。良くわかりませんわ。なぜ商人はベルトゥーリ公爵にはお金を貸して、他の貴族には貸さないのでしょう?」
オルタンスお嬢様の突っ込みに、マキは困った顔でハーフォード公爵ご夫妻とオリオル辺境伯ご夫妻を見た。
マグダレーナ様が優しく言われた。
「良いのですよ。あなたが思った通りのことを話しなさい」
オリオル辺境伯夫人も優しく頷かれた。
「ええと。まず貴族貸しと言いますが、お金を返す貴族はいません」
「ちょっと待って下さい。借りた物は返すのではありませんか?」
「返しません」
「マキ?」
「お嬢様。常識で考えて下さい。
毎年100の収益を上げ、100使い切っている貴族がいます。
あるとき500のお金が必要になった。
だから商人から400を借りる。
でも翌年だって100しか収益は上げられない。
どこにお金を返す余地があるのですか?」
「でもモニカは高利で貸していると言っていましたわ」
「一度だって返ってきたことは無いはずです。利子すら入れていないでしょう。彼らは端から返す気など無いのですから利子が何割でも気にしないのです。だいたい返してもらえていればモニカの実家は倒産しなかったでしょう?」
「あれは番頭が持ち逃げを・・・」
「あの番頭は貴族とグルでしたから。例年にない追加の融資をしたと言っていましたでしょう? あれは今年の穀物の買い付けに必要な資金だったのです。「返す、返す」と騙して最後の資金まで巻き上げたのです」
「・・・」
「モニカの話は横に置きましょう。あの店は色々と問題がありましたので参考になりません。 とにかく。まともな商人なら貴族貸しでお金が戻ってくるとは、かりそめにも思っていません。
では戻ってこないと知りながら、何故お金を貸すのか?」
「・・・」
「穀物商ギルドの王都本部の会長にベルトゥーリの名があります」
「ほう・・・」
「さすが・・・」
ハーフォード公爵とオリオル辺境伯の感嘆が漏れた。
「ベルトゥーリの声掛けで、王都及び王都周辺の穀物商が結託して毎年穀物の価格交渉をするのです。その仲介をするのが穀物商ギルド王都本部なのです。
そして我々生産者は結託することを許されておりません。
毎年々々『王国に対する忠誠』とか『今年は難民が流入し、彼らは高い穀物は買えぬ』とか適当なことを抜かして安く買い叩こうとする。そして往々にして奴らに都合の良い裁きが下るのです」
「まったく・・・」
「見ていたのか・・・?」
ここでアナスターシアが疑問の声を上げた。
「でもここ数年、王都の穀物の値段は上がっていますわ。安くなったことなんてありません」
「そうです。地方で安く買い叩いて、王都で高く売る。その差額こそが商人への返金なのです」
「ウチはベルトゥーリと商人の食い物にされていたと言うことですか!!!」
突然カトリーヌに火が付いた。
どうどう。
しばらくしてアナスターシアが疑問を呈した。
「からくりはわかりました。でもベルトゥーリ公爵だけで良いのではありませんか? 他の有象無象の貴族など不要では? なぜ派閥など必要なのでしょう?」
「自分の地位を奪われないように周囲を固める。多数の密偵を抱える事ができる。密偵を国内各地に放って豊作の情報をいち早く入手する。豊作の領地からは更に買い叩く。一方では『これだけの貴族の総意です』と王宮に圧力を掛け、王都における価格をつり上げる。商人に対する無言の脅しになる」
「マキ・・・ そなたは一体・・・」
「実はベルトゥーリ公爵の懐刀だった、と言う落ちではないのか?」
「ここまできてようやくオルタンスお嬢様の質問の回答になるのです。なぜ商人はベルトゥーリには金を貸し、他の貴族には金を貸さないのか。
理由は、ベルトゥーリは確実に商人にお金を返せるからですわ。一方他の貴族はそんな政治力も経済の知識も無い。そんな無能にお金を貸しても返ってきませんわ」
マキ。
一生懸命経営の勉強をしていたんだね。
なんか嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちで胸がいっぱいになってしまった。
さて。
ということで王都の小貴族達は上からお金が降ってこず、商人には相手にされず、子弟を学校へ通わせることすら出来なくなったのだった。
なんだか江戸時代の貧乏御家人のような様相を呈している。
棄損令とかテンポーの改革とかが必要なのかな?
◇ ◇ ◇ ◇
将来の展望の話は続いていた。
「彼の派閥は分裂致すでしょう」
「地方にも影響があるかと」
「地方では争いが先鋭化する気配があります」
「それはどのような?」
「地方ではベルトゥーリ派の崩壊は既に終わっていると見てよろしいでしょう。我がオリオル領周辺では既に花が飛び交っておりましてな」
「それは物騒な」
「北方の辺境はただでさえ地力が弱く、人の数少なく、魔物の数が多いのです。人に先んじねばなかなかお家の隆盛は難しゅうございます。噂の段階で軽々しく動く。田舎者の悪い癖です」
「それでいかほどに?」
「武闘派、穏健派関係なく、合従連衡の噂が飛び交っております。人材の引き抜きも盛んでウチのカトリーヌさえ狙われておるくらいです」
「それは厄介な」
「ダボハゼみたいに食いついてくるのでしょう? 逆手に取ることはできませんか」
「と申しますと?」
「北方ではオリオル伯が最も大きい。オリオル伯を旗印にして武闘派でもなく、穏健派でもない、北方派を作られては」
「先立つものが無いと難しゅうございます。いつも武闘派は資金を提供して仲間に引き入れておりましたから」
「それに既に花を撃ち合っているとなると、同じ手は効果が薄いかと」
「花の出所が気になります」
妙案はすぐに出なかったが、オリオル伯から別の申し出があった。
「今、3家の繋がりは非常に強固なものになりました。これもハーフォード公爵のお陰でございます。この流れをさらに盤石なものにするには何が出来るか考えました。そこで此度の長期休暇は、乙女隊は我が領に滞在されてはいかがでしょう?」
「・・・面白い提案かも知れませんね。と言うのもハーフォード公爵に預かって頂いた3ヶ月でアナスターシアは信じられぬほど強くなりました」
「ふむ。ビトー、お主はどう思う?」
「3家の繋がりを強固な物にするべく順番に各家に長期滞在する。これは優れたやり方でございます。実際に各地の環境を見て、現地の人と交流した経験があれば、なにか問題が発生して3家で相談するときも、すぐに相手の事情が手に取るようにわかるようになる。勘違いや、わからなくて迷う、ということが無くなります」
これはコロナ下で改めてわかったことだった。
コロナ前は顔を突き合わせて打ち合わせをしていた。
それが出来なくなった。
だが音声と映像を共有してオンラインで会議は出来る。
それで十分だ。
これからはオンラインの時代だ。
東京に住む必要も無い。
家賃の安い、空気のうまい田舎に住む。
そう言って私の周囲でも何人かは郊外に引っ越していった。
だが、果たしてそうだろうか?
親密な関係とまでは言わないものの、実際に顔を突き合わせた経験があり、お互いの事をそれなりに知っている者同士ならオンライン会議でもなんとか事足りた。
だが、初めてお目にかかる客相手に、オンラインで商品の説明、納品数の交渉、金額交渉、納期の交渉、そして契約締結は困難だった。
客はウチのことを、ウチは客のことをそこまで信用できなかった。
結局どこかで顔を突き合わせ、この客は信用に足りるか? を見極めなければ契約できなかった。
そして実際に顔を突き合わせ、相手の工場や店を訪問して現場を見ておけば、もし客の急な仕様変更の依頼などがあっても、その妥当性、緊急性を理解できるものだ。
客もウチの工場を見ていれば、その仕様変更は無理だな、と言うことが自ずとわかる。
その上でのオンライン会議なら話はスムーズだ。
くだらぬマウンティングや馴れ合いでは無く、顔を突き合わせることに意味があるのだ。
「ほほう。そういうものか。 オリオル伯。ではお願いできますかな」
「私からもお願い致します」
「お任せ下さい」
それからオリオル伯は3ヶ月の休暇中に何をするか説明された。
これは事前に準備をしてきたな。
オリオル伯領は王国の(というかノースランビア大陸の東大陸の)北辺に位置し、土地が寒冷で農作物が育ちにくく、魔物が強い。
従って婦女子であっても強さを求められる。
今、武闘派最大派閥の消滅に際し国内各地が揺らいでいるが、先ほども言った通り北方も例外ではない。
だが、貴族が権力争いにうつつを抜かしている間に魔物の跋扈が始まっている。
これを抑え込まねばならない。
今、北方では中程度の脅威度の魔物を相手に実戦経験を積める環境になっている。
乙女隊を派遣して頂ければ魔物の間引きと乙女隊の強化で一石二鳥である。
夏の間は北方の涼しい避暑地で優雅なバカンスで決まり!
乙女隊がキャピキャピしながら決めていた。
身内に不幸があり、その対応でしばらく休暇を頂きます。
休載期間は1~2ヶ月と見ております。
楽しみにされていた読者の皆様には申し訳ありません。
身内に不幸があって初めて気付くことがいっぱいあります。
今、日本ではどんどん人が死んでいること。
(犯罪じゃないですよ。寿命・病死の話です)
そのため火葬場が激混みのこと。
これは地域にもよるのでしょうか。
日本の諸制度が複雑怪奇なこと。
何でこんなに手続きが多く、しかもそれぞれが別々のフォーマットになっているのか。
監督官庁や自治体でバラバラなのか。
せっかくマイナンバーを導入したのですから、申請一発で全てOKにして欲しいです。
以上、一庶民の愚痴でした。