181話 2年生の再開
王立高等学院の授業が再開されたが、その総コマ数は例年の半分以下だった。
閉校していた期間が長すぎたのだ。
閉校していた期間は時間が余ってしまい、以前からお誘いを受けていたモニカ(富豪平民・穀物商)とラクエル(富豪平民・服飾雑貨商)の実家に顔を出すことにした。
モニカの実家。
お父上に尋常に挨拶をする。
モニカの実家は王都でも有数の穀物商で、例年ハーフォード公爵領から大量に買い付けて他領に卸しているというお得意様だった。
そのご縁で各地の貴族に貴族貸しをしているという。
貴族貸しとはこちらの世界の用語で、貴族に高利で金を貸すこと。
ええ~~~。
ウチの公爵はお金を借りているのだろうか?
「ハーフォード公爵にはお貸ししておりません。健全な領地経営とはあのお方のことを指す言葉でございます」
そうですか。
貴族貸しは真・荒神祭以降、一気に不良債権化しそうだが・・・
貴族貸しの将来展望を訊いてみたが、なかなか断れないらしい。
それどころか荒神祭で傾いた侯爵家や伯爵家にも貸しており、例年にない追加の融資までしているという。
「そろそろ関係を断つ時ではありませんか?」
というと、番頭が強硬に反対しはじめた。
今まで貸し付けた莫大な金が返ってこなくなるという。
思わず
「あれっ! 返ってくると思っているの?」
と素で聞いてしまった。
番頭は顔色を変えて、
「絶対に返ってきます。侯爵様がお約束なさったのです!」
という。
どうもこの番頭が良くわからない。
普通、反対するのが番頭で、躊躇いながらも貸し続けるのが主人だろう?
「貴族貸しの話、最初は誰が持ってきたの?」
と訊くと番頭だという。
「ふ~ん。そう・・・ まあ、私が口出しする話じゃないですね。良きようにお計らいになればよろしいかと」
モニカの父上は考え込んでいた。
モニカを呼んで密談。
「これ、どう見てもアベル・コレット案件だよね。今にありったけの金目の物を盗んでとんずらすると思うよ」
「・・・ええ。ですがあの番頭は先代から仕えておりまして・・・」
「それで? 理由になっていないと思うけど・・・ いや、差し出口だった。別に私はいいんだ。本当に好きにしていいんだよ。腹くくって滅ぶのもいいんじゃないかな」
「・・・」
「ああ、モニカ一人で夜番などしない方がいいと思うよ。殺されるからね」
「・・・」
今日は実家に泊まるというモニカを残して寮に帰った。
翌朝、寮にモニカが飛び込んできた。
「あの番頭がいないのです。お店のお金が全部無くなっていました!」
「そうですか」
私は思いっきり冷たい顔をしていたのだろう。
「え・・・」
「そうですか」
「あの・・・」
「で、モニカはどうされるお積もりですか?」
「え・・・」
「実家は学院の学費を用立てられるのかな? 余裕はあるのかな?」
「・・・」
モニカの父親は埋蔵金を持っていなかった。
番頭に言われるがまま、埋蔵金も貴族貸ししていたらしい。
モニカの父親はお上に訴え出たが、番頭の行方は知れず、金も返ってこない。
元手と信用を一挙に失った。
そして数日後、郊外で番頭の死体が見つかった。
当然そうなるよね。
捜査は打ち切られた。
このあたりは近代国家と異なるところだ。
モニカは退学していった。
寮を引き払うとき、私と顔を合わせないようにしていた。
非情ではあるがハーフォード公爵に連絡した。
事情を全て記し、モニカの実家と取引するときは売掛はするなと書き送った。
◇ ◇ ◇ ◇
ラクエルの実家は王都でも有数の高級服飾雑貨店で、婦人服、婦人用下着、アクセサリーを扱う、マーラー商会のライバル店だった。
だが最近はマーラー商会の事業が多角化したので、マーラー商会から見るとライバルという認識は薄れている。
ラクエルの実家も貴族貸しをしていた。
ただし、王都在住の貴族が相手で1件1件は少額である。
荒神祭で敵対確定した伯爵家、子爵家にも貸しており、そこから追加の貴族貸しの話が来た時点で “お断り” をして損切りしたという。
“お断り” とは借金の申し入れを断ることだが、貴族は断られるとそれまで借りていた金を返さなくなる。
商人は王に訴えるしか解決方法がないが、解決したためしはない。
但し、王に訴えればその貴族の素行は公になるため、金を貸す商人はいなくなる。
日常の取り引きも売掛には応じなくなる。
日常の取り引き価格も、その貴族向けだけ跳ね上がる。
「手前どもも長年お貴族様の台所事情を拝見してきましたが、どうもお返し頂けそうにありませんので」
ラクエルのお父上はそう言った。
なるほど。
見ている商人は見ているもんだ。
マーラー商会は王都にも支店がある。
だが、ラクエルの実家はマーラー商会の王都支店をライバル視していないという。
マーラー商会本社とマーラー商会ハーフォード支社を注視しているそうだ。
是非一度お店の方にもお越し下さいというので行ってみた。
うむ。
やはり長年王都で上流階級相手の商売をしてきただけあって、店の作りがシックで商品の見せ方が上手だ。
これはマーラー商会も見習うべきだろう。
ただしマキに言わせると商品はマーラー商会の方が物が良いという。
「実際に身に着けるとわかるのよ」
買ったことがあるらしい。
「是非スティールズ男爵に助言を頂きたく」
どうやらマーラー商会の売り上げ増に私が一枚噛んでいることを掴んでいるらしい。
ラクエルが「お願いします」と言って手を離さないので、マキと相談した。
「若い娘向けの婦人下着、お手頃価格のシリーズを作られてはどうでしょう?」
『入口戦略』という概念は言わなかった。
お父上は考え込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
アンナに子供が生まれた、と連絡が来た。
授業も暇なので急いでハーフォードへ戻った。
女の子。
名前はガブリエラ。
やはり光と闇の属性を持つ。
いかん。
アンナにばかり子供を産ませて・・・
いか~ん。
ソフィーは身ごもらなかったのか?
そうか。
いや、決して愛情が足りないわけじゃないぞ。
違うぞ。
愛しているとも。
おう。 誰よりもだ。
え? アンナより?
そういうことを言うんじゃない。
エマが聞いているじゃないか。
アンナに会いに行く。
まずはしっかりと抱きしめ、愛を確かめてから、体を隅々まで鑑定。
流石に体はお疲れである。
放置するとガタが来る。
骨密度も怪しいレベルに落ちている。
そこでご飯を食べさせて隅々までヒール、キュア、ヒール。
気持ちよいだろう?
眠ってしまいなさい。
眠れ~ 眠れ~。
眠っている間に乳房にピンッと張りを持たせ、ウエストをキュッとさせ、お尻をキュッと上げ、目尻をキュッとさせ、髪に腰を与え、たるみ・くすみ・しわを追放っと。
アンナが目を覚ましてから、王都のライバル店の話をした。
マーラー商会ハーフォード支社でも検討してくれ。
私の経験上、若い娘をターゲットにするのは入口戦略なんだ。
一度ウチの商品に馴染んだ客は、年齢が進んでもずっとウチの商品を使い続けるものなんだ。
アンナは『入口戦略』と言う言葉自体は知らなかったが、私の言うことだからと無条件で信じて商品開発してくれた。
その結果、マーラー商会ハーフォード支社の顧客は盤石になった。
それよりもアンナは支社のメンバーに「支社長は子供をお産みになる度に若返りますのね」と羨望のまなざしで言われるのが快感なのだそうだ。
でも流石に今回は仕込まぬよう気を付けた。
アンナの『入口戦略』のお陰で、全国各地から未成年の若い娘がハーフォードを物見がてら訪れるようになった。そして旅の記念としてお土産として買っていった。
ラクエルの実家はハーフォードの成功の噂を聞いてから着手したので、やはり後塵を拝することになった。
◇ ◇ ◇ ◇
学院の体制が落ち着いたのは学期が半分以上過ぎてからだった。
学院上層部は一掃された。
実は体育教師シルビア・フォージャーもいなくなったのだが、誰もが学院上層部と一緒に一掃されたものと認識していた。
あえて訂正する必要もあるまい。
それ以外の教授陣の顔ぶれは変わりなく、授業が再開された。
武闘派貴族の子弟は完全に沈黙した。
お嬢様と一緒に国語、歴史、地理の授業を受け、これでいいのかな? と首をひねりつつ、短期間で修了した。
体育がちょっと困った。
私達乙女隊を受け持っていたシルビア先生はいなくなった。
乙女隊は女性が主体なので、シャキシャキの下町小町先生が担当して下さることになった。
小町先生はアンジェリカと言った。
アンジェリカ先生は「私が教えることなんてあるのかしら?」というので、平民のラクエルを鍛えてもらう事にした。
乙女隊の5名はアンジェリカ先生に断って、体育の授業は郊外へ出て、バイン川の堤防の上を全力で走り、走りながら魔法を撃つ訓練に費やした。
合い言葉は「目指せD級!」。
乙女隊だけでダンジョンに潜れるだけの力を付けよう、ということになった。