179話 真・祭りの後
死者は実家に引き取られた。
ベルトゥーリ公爵は王宮騎士団の制止を振り切って領地へ帰った。
一時王宮騎士団とベルトゥーリ騎士団が睨み合った。
オーガを持ち込んだ者の捜査が行われたが、例によってこの真・荒神祭を仕切っていたのはベルトゥーリ公爵だという所から捜査は先には進まなかった。
取り敢えず現場スタッフとその上司が処刑された。
闘技場の地下からオーガを飼っていた痕跡とオーガの死体が1体出てきた。
上手く飼育できず、死んだようだ。
大量の人骨も出て来た。
骨に残った歯形からオーガに喰わせていたのだろうと予想された。
私とマキも取り調べを受けた。
真・荒神祭の前日に闘技場を訪れていたため、容疑者リストに名が載ったのだった。
王都騎士団・王立高等学院警備隊のキャメロン副隊長、タイラー直長と行った前日の闘技場地下の査察内容を事細かに話した。
「なるほど。後日キャメロン副隊長、タイラー直長、ベルトゥーリ公爵からも事情聴取する。その時に証言を付き合わせよう」
「もし証言が異なる時は・・・と申しますか、必ず嘘を吐く輩がいると思うのです。その時はご連絡ください。何らかの証拠を探し出して参ります」
あの時の会話は魔道具に録音してある。
ハーフォード公爵寮の金庫の中に隠している。
やがて王立高等学院の学長、副学長、理事長、人事担当理事が逮捕された。
買収されて真・荒神祭を行った疑いだそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
王都騎士団・王立高等学院警備隊キャメロン副隊長がウチの寮を訪問してくれた。
早速寮の会議室にお通ししたが、入口で例の物に目が釘付けになった。
「公爵・・・ これは・・・」
「ああ。オーガキングの甲冑一式です」
「作らせたのですか?」
「まさか。こんな巨大な物を着用する人間はいませんよ。無用の長物です。これはイルアンダンジョンで出た物です」
「まさかお嬢様が・・・」
「はっはっは。まさか。見たことはあるそうですが、とても力が及ばぬと申しておりました」
「でもオーガキングを見たのですね・・・」
会議室にお通しし、公爵夫妻と乙女隊が加わって話を聞く。
公爵の合図で無音空間を出した。
話は真・荒神祭前日の闘技場視察の事だった。
「実はあの後エイブ隊長に報告したのですがどうも反応がおかしかったのです。明らかに迷惑、余計なことをしやがって、という目で見られました」
「エイブ隊長は私の報告を握りつぶしたらしいです。少なくともその上(学内の上司では無く、王都騎士団本部の上司)には何も報告されていません」
「そこでビトー殿の忠告を思い出したのです。ビトー殿の忠告は恐ろしいほど当たりました」
「おや。ビトーは何か申しましたかな?」
「越権行為をするな、と。どうもこの件はきな臭い、と」
「ほう・・・ ビトーがそんなことを」
面白そうな目で私を見ている。
困る。
「その後王宮騎士団から尋問を受け、私の知っていること、私の行った行為を全て話したところ、ビトー殿の証言と全て合致すると言われましてかなり心証をよくしました」
「ええと・・・ 私がキャメロン様に申し上げたことは王宮騎士団には・・・」
「言いました。他にビトー殿は何か言っていなかったか、としつこく問われましてな。ついこんなことが・・・と言ってしまいました」
困った。
あとからまた王宮騎士団の取り調べを受けるのだろうか。
気付いたらキャメロンが話を続けていた。
熱弁をふるっていた。
「今、王宮騎士団はどこまでベルトゥーリ公爵の買収が行われていたのかを調べている最中です」
「ところで話は変わるのですが、この寮の戦闘力はどうなっているのでしょう?」
「王都騎士団でも、オーク、オーガと、異なる種類の魔物が連続して出て来たときは、あれほど整然と戦えるかと問われると自信が無いと言わざるを得ません」
「だいたい2年生がオーガを倒すなんて考えられない」
「会場の拍手は聞きましたか? あれは喜んでいたのでは無く、どちらかというと戸惑っていたのです。2年生であの武力。武闘派どころではない、と」
「卒業時には、きっと王宮騎士団か王宮から声が掛かると思われます。まさにマグダレーナ様の再来です」
公爵とマグダレーナ様が顔を見合わせていた。
これは想定外だったらしい。
実力以上に評価されてしまっている。
公爵の了解を得て、ここに至るまでの経緯を話すことにした。
キャメロンから外に伝わることを見越して。
「昨年の荒神祭のオークキング、ハイオーク、オークの件です」
「うむ。あれは見事でありましたな。思えば1年生であれだけの力を有していたのですから2年生になれば当然のこと」
「いえ・・・ 第三者が褒め称えてくださるのは嬉しいのです。ですが当事者になると素直に喜べませんでした」
「なぜでしょう?」
「誰かがあれを準備したのです」
「そうですな」
「キャメロン様があれを準備されようと思われたら、どれだけの出費があると思いますか?」
「む・・・」
「討伐するのであれば腕利きを集められればそれほど難しくはありません。ですが生け捕りとなるとどうでしょう? しかもオークキングをです」
「むう・・・」
「それだけのお金が動き、時間を掛けて準備したのです。しかも失敗したのです。失敗させたのは私達です」
「・・・」
「掛けたお金は丸損。メンツ丸つぶれ。武闘派がそれで黙っている訳がありません」
「むう・・・」
「きっと何かを仕掛けてくるはず。そしてオーク以上の何かを用意してくるだろうと見ておりました」
「う~む」
「大きすぎず、小さすぎず、檻に隠せるサイズの魔物。魔法を使わぬ魔物。そう考えますとオーガの可能性がある・・・」
「なるほど!」
「ここまでは予想です。実際はどうでしょう? 昨年オークを用意したピントゥー二領の情報を収集しますと、面白いことがわかりました」
「何があったのです?」
「ピントゥー二騎士団は事実上壊滅したようです。ベルトゥーリからピントゥー二へ応援の騎士団が派遣されていた模様ですが、ベルトゥーリ騎士団はこちらも100名弱の犠牲を出したようです」
「・・・何故それがわかるのです?」
「半端ではない数の遺体。それも騎士団員の遺体が連日ピントゥー二伯爵邸に運び込まれていたのですから市民の噂にならない訳がないのです。それを隠そうとするものですから余計に市民は知りたがります。誰かが数えたんですね。もう市民の間では秘密でも何でも無かったです」
「・・・」
「これだけの犠牲を出して生け捕りにするのは、やはりオーガでしょう。ピントゥー二伯爵領近くのバイン山地にはオーガの生息地もあります」
「それでビトー殿はあの時オーガと確信したのですか」
「はい」
「いや、わかった。大した物です」
それからレオン・ジラルディとロメロ・ル・テリエの話題になった。
乙女隊が食いついてきた。
「彼の者達ですが、実家も巻き込んで武闘派の中で大問題になっているようです」
「当然でございますわ。武闘派とは逃げ足の速さを競う物ではございませんでしょう?」
「まさにお嬢様の言われたこと通りのことが問題視されております」
「キャメロン様から御覧になって、腕前の方はいかがでしたの?」
「それがよくわからないのです。ロメロの方は一合もせずに逃げましたので全くわかりませぬ。レオンはそれなりに撃ち合っていたようですので、まるっきり駄目というわけでもありますまい。ジョバンニは駄目でしたね」
ジョバンニには気の毒なことをしたか。(棒)
「ビトーはどう見ましたの?」
「訓練は十分にされていたと思います。その証拠にオークが出て来ても慌てている感じがしませんでした。ただ、余裕を持ちすぎなのがいけなかったのではないでしょうか」
「なあに、それ」
「オークが出てくるとわかっていたのに、なぜ剣を抜いていないのでしょう? 特にジョバンニは剣を抜く前にやられています。相手を舐めすぎていたと思います」
「う~ん。それはあるなぁ」
◇ ◇ ◇ ◇
私はミゲル教授に作って頂いた魔道具のコピー機を使い、真・荒神祭の顛末を微に入り細を穿って記述し、大量にコピーして各所にばら撒いた。
今度は学院内だけで無く、王都の要所(商業ギルド、冒険者ギルド、農産物取扱所、武器屋、宿屋、酒場、食堂、娼館)にばら撒いた。
国内の街道沿いにある宿泊設備(貴族向けから庶民向けまで)にも置いて貰った。
王宮騎士団からベルトゥーリ公爵へ出頭要請が何度も出されたが、体調不良を理由に一度も出頭しなかった。
1ヶ月後。
王宮騎士団が逮捕に踏み切るかどうかの決断を下そうとしていたところ、ベルトゥーリ公爵の訃報が入った。
死因:病死。
王宮騎士団が確認しに向かった。
帰ってきた騎士団員は上司にのみ報告し、周囲に何も語らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
沙汰が下った。
王立高等学院の学長、副学長、理事長、人事担当理事
罪名:収賄
刑罰:収監
王都騎士団・王立高等学院警備隊長
罪名:収賄
刑罰:収監
闘技場の下働き多数
罪名:収賄
刑罰:死刑
ベルトゥーリ公爵
罪名:贈賄
刑罰:死刑(容疑者死亡)
ピントゥー二伯爵
罪名:収賄
刑罰:収監
ベルトゥーリ公爵領は取り潰し。
ピントゥー二伯爵領は爵位と領地を剥奪され、家は領地なし男爵位に落とされた。
今回の沙汰。
罰が重すぎると武闘派貴族から抗議の声が上がった。
そこで全貴族が王都へ集められ、そこで全ての経緯を詳らかにされた。
武闘派貴族は今回の騒動は貴族間の揉め事である、と主張した。
王宮サイドからは以下の判断が示された。
1.貴族間の揉め事であると主張するならそれでも良い。
だがそれならば王立高等学院、王都騎士団の買収はどういうことか。
王に対し意趣を持っているとみなす
2.オーガという脅威度の高い魔物を密かに王都に持ち込んだ罪
それを隠すためにベルトゥーリ騎士団を王立高等学院へ潜入させた罪
3.しかし当のベルトゥーリはオーガはおろか、オークすら制御できぬ
4.制御できない魔物を王都に放ち、何をする気だったのか
を列挙された。
王宮の指摘に対し、オーガを王都に持ち込んだのはベルトゥーリ公爵ではない、と反論があったが一顧だにされなかった。
「要するにだ。やるなら上手くやれ、それが上級貴族だろう。出来ないなら黙れ、失敗したら責任を取れ、ということだ」
「オーガを持ち込むならオーガを完璧にコントロールしてみせよ。それが出来たらなら貴族間の揉め事と認めてやる。できもしないくせに王都にオーガを解き放って何をする気だった? それはもはや上級貴族の振る舞いではない。無差別テロと見なす。そう王宮騎士団長が面罵されてな」
とはハーフォード公爵の弁。
ピントゥー二の取り潰しもありえたが、従犯であること、ハーフォード公爵寮チームの働きで惨禍を未然に防がれたので、罪を一等軽くした、と言われたらしい。
なんだそりゃ?
ちなみに。
もしレオン・ジラルディとロメロ・ル・テリエが家督を継ぐなら、領地・爵位ともに剥奪する。という内々のお達しも出たそうだ。
ほとぼりが冷めた頃。
オリオル辺境伯ご夫妻とバラチエ子爵家ご夫妻がハーフォード公爵寮に来訪され、我が娘の成長に涙を流されていた。
・・・と思う。
我が娘を襲った災厄に恐怖して涙を流されたのではない。
・・・と思う。
ソフィーとクロエはハーフォードに戻る公爵夫妻と一緒に戻っていった。