178話 真・荒神祭
2025/4/20 誤字修正
2年生による荒神祭が始まった。
王も御観覧されている。
古の荒神祭を復活させた。
昨年の荒神祭は本物ではない。
この大会こそ真の荒神祭である。
ベルトゥーリ公爵自らそう高らかに宣伝した。
出血が始まっているのかな?
明らかに体調が悪そうだ。
結局荒神祭にエントリーしたのは武闘派貴族から1チーム、穏健派貴族から1チーム(乙女隊)だけだった。
どれほど武闘派貴族を煽ったところで、ハイオークとオークが相手ではかなり前から準備を始めないと無理だ。
確実に死ぬとわかっているゲームに我が子を出すわけには行かないのだろう。
それだけに、武闘派貴族からエントリーしたチームは相当ハードに鍛えたのだろうと予想できた。
先に闘技場に入ったのは武闘派貴族チームだった。
我々乙女隊は控え室から闘技場を見ている。
武闘派貴族チームが闘技場に出てくると、武闘派貴族の婦女子から黄色い歓声が飛ぶ。
コジモ・ベルトゥーリ 魔術師 (ベルトゥーリ公爵家 三男)
ジョバンニ・ピントゥー二 魔法剣士 (ピントゥー二伯爵家 次男)
レオン・ジラルディ 魔法剣士 (ジラルディ伯爵家 長男)
ロメロ・ル・テリエ 魔法剣士 (ル・テリエ子爵家 三男)
コジモが周囲に向かって優雅にお辞儀をすると、歓声が大きくなる。
メンバー一人一人が紹介され、更に歓声が大きくなる。
やがて隊列を組み(魔法剣士3人が前衛、魔術師が後衛)、コジモが合図をした。
檻がせり上がり、扉が開いた。
出て来たのは棍棒を持ったオーク3匹だった。
昨日見たハイオークはいない。
ただのオークにすり替えられていた。
いろいろ小細工をするなぁ。
檻から出て来たオーク3匹はびっこを引いているように見えた。
鑑定すると3匹とも足を怪我している。
いろいろ小細工をするなぁ。
オークというのは敵を見ると我先に走り出し、いち早く敵に一撃加えようとする。
そういう習性である。
だがこのオーク達は走り出さない。
外見は怪我などないように見えるが、実はかなり重い傷を負っている。
足の骨を折られているようだ。
オーク3匹と武闘派貴族チームがにらみ合いになる。
本日一番の大歓声が上がる。
魔法剣士の前衛はまだ剣を抜かず、観客に余裕を見せている。
ということはオークが走れないことを知っている。
全員の注意が闘技場に注がれているこの瞬間に、私は内心オークに応援を送りつつ、オーク3匹にヒールを掛けた。
距離が離れているのでどれだけ効いたのかわからない。
だが両者が動かないことを幸いに、1匹につき2回ずつヒールを掛けた。
オークがモジモジし始めた。
どうやらヒールが効いているらしい。
オークの目付きが変わった。
ダンジョンで見かけるオークのそれになった。
両者まだ動かない。
切っ掛けを作ってやろう。
武闘派貴族の前衛の一人、ジョバンニ・ピントゥー二の膝にデ・ヒールを掛けた。
一瞬ジョバンニがふらついた様に見えた。
場内から悲鳴が上がった。
オーガ集めで心労が祟ったのだよね~(棒)。
騎士団も全滅に近かったらしいし~(棒)。
オークはともかく、オーガを生け捕りって凄いよね~(棒)。
武闘派の名に恥じないよね~(棒)。
「ジョバンニ!!」
武闘派貴族チームの気が乱れた。
その瞬間、オーク3匹が襲いかかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ちょっと残念だったのはオークの行動に規律が無かったこと。
これは全オークに共通して言えることなのだが、あの連中は思い思いのターゲットに狙いを定め、バラバラに敵に当たる習性がある。
ハイオークに率いられていると規律ある行動が見られるのだが・・・
3匹のオークはバラバラに、ジョバンニ・ピントゥー二、レオン・ジラルディ、そして何故か後衛のコジモ・ベルトゥーリに襲いかかった。
前衛のロメロ・ル・テリエは無視された。
武闘派貴族チーム。
この休暇の間によく鍛えられたのだと思う。
コジモ・ベルトゥーリは簡略化された詠唱で火球を出した。これは詠唱しているにしては早い。
ジョバンニ・ピントゥー二は呪文を唱えず、剣を抜きかけた。
レオン・ジラルディは呪文を唱えず、剣を抜いて振りかぶった。これも早い。
ロメロ・ル・テリエは、自分にオークが襲いかかってこなかったので傍観者になった。
最初の犠牲者はジョバンニ・ピントゥー二だった。
オークの棍棒の攻撃を躱すことが出来ず、そのまま頭で受けた。
オークの棍棒は折れて飛んだ。
棍棒にも細工をしていたらしい。
いろいろ小細工をするなぁ。
ジョバンニ・ピントゥー二。
剣士のくせにカッコ付けて兜を被らないもんだからマトモに頭で受けた。
棍棒は折れたが、それでも酷いことになった。
一撃で頭蓋骨が陥没し、衝撃で目○が飛び出した。
棍棒に小細工されていたことに気付いたのだろう。
オークは憎しみを込めてジョバンニに馬乗りになり、棍棒の柄で殴り始めた。
血が飛び散った。
毛○の付いた骨○が飛び散った。
白昼堂々リアルスプラッタを見せつけられた観客席から悲鳴が沸き起こった。
卒倒された貴婦人が幾人もおられたが縁者だったのかな?
コジモ・ベルトゥーリはオークに接近される前に火球をぶつけるつもりだったのだろう。
だが彼が計算していたよりもオークの体のキレが良いらしく、オークは顔面に大火傷を負いながらも火球を突破し、コジモに棍棒を振り下ろした。
コジモは肩で棍棒を受けた。
棍棒は折れて飛んでいったが、コジモの肩の骨の折れる音がした。
オークとまともに戦えたのはレオン・ジラルディだった。
剣でオークの棍棒と打ち合っている。
かなり良い剣を使っていると見えて、折れたり刃こぼれしたりはしていない。
その内にオークの棍棒が折れた。
戦いはレオンの有利に進むかと思われた。
均衡を崩したのはロメロ・ル・テリエだった。
ロメロがコジモの盾であろうとすれば、戦いは挽回できたかも知れない。
だが彼はジョバンニが殺された姿を見て “逃げた”。
入ってきた扉を開け、あっという間に闘技場から姿を消した。
ジョバンニを殺したオークがコジモに迫った。
コジモは逃げようとした。
だが倒れているジョバンニに足を取られ、倒れた。
オーク2匹が棍棒の柄を振り下ろし始めた。
拉致監禁され、怪我をさせられ、棍棒に細工をされたオークの恨みは凄まじく、大勢の貴族の見守る中、コジモは血や肉○を飛び散らせながら撲殺されていった。
レオン・ジラルディは逃げた。
グズグズしていたら1対3で戦わねばならなくなる。
逃げるしか無かった。
ロメロが通った扉を開けて逃げた。
競技場にはオーク3匹と2つの死体が残された。
◇ ◇ ◇ ◇
会場は大混乱に陥った。
阿鼻叫喚とはこの様な状況を指すのだろう。
誰もが『古の荒神祭の再現』は中止されると思った。
だが一人だけ違った。
激高するベルトゥーリ公爵。
「荒神祭を続けろ!!!」
何故か続けられる荒神祭。
我々乙女隊の控え室の扉が開け放たれた。
みなさん。
扉を開けた奴の顔、憶えておいてね。
流石にオルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシア、マキの顔色は無かったが、私が気合いを入れた。
「残念ながら本日の演し物は台本にない悲惨な状況に陥ってしまいました。
ですが貴賓の方が大勢お見えです。最後は乙女隊がきっちり締めますよ。
よろしいですね」
「では気合いを入れましょう。 『エイ、エイ、オゥ』 もう一回!」
「「「「 エイ! エイ! オゥ!! 」」」」
「 皆の者、行くぞっ!!! 」
「「「「 オーーーーーーッ!!! 」」」」
隊列を組んだまま闘技場に入る乙女隊。
オーク3匹が殺到する。
悲鳴が上がる会場。
「本調子でない後衛の手間は取らせない。 マキ。行くぞっ!!」
「はいっ!」
殺到するオーク共にマキが目潰しを掛ける。
そしてそのままマキが1匹、私が2匹、あっさりと喉を掻き切った。
悲鳴が上がる場内。
もはや混乱の極致で歓声を上げるべきか悲鳴を上げるべきか、わからなくなっているらしい。
だがオルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシアは逆に「何で悲鳴を上げているのでしょう?」と冷静になったらしい。
オルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシアは隊列を毛一筋も崩さず、後ろから声を掛けてきた。
「申し訳ありませぬ。浮き足立っておりました」
「もう大丈夫です」
「オーガ共。どんと来いです」
武闘派貴族チームと乙女隊。
両者の間の歴然たる力の差が露わになる。
そして脳の血管が切れそうになっているベルトゥーリ公爵。
「次だ!!!」
ベルトゥーリ公爵の絶叫を受け、幕が掛かった檻がせり上がってきて扉が開いた。
出て来たのは見慣れた緑色の大鬼。
オーガ2体。
2体か。
事前に打ち合わせしてある。
オーガが3体出たらお嬢様が水球で1体足止めし、その間に前衛後衛のペアで1体ずつ倒す計画だった。
2体だったら素直に前衛後衛のペアで1体ずつ倒す。
お嬢様は予備戦力。
もし4体以上出たら隙を見て撤退。
今回は2体だったのでお嬢様の役目は予備戦力。
オーガが防衛ラインを突破しそうになったら、または誰かが危なくなったら水球を当てて強制的に距離をとる。
それまでは私(前衛)とアナスターシア(後衛)のペア、マキ(前衛)とカトリーヌ(後衛)のペアで討伐する。
さて。実際のオーガ戦。
眼前のオーガに対して、私もマキも目潰しを掛ける。
オーガは引っ掛かる。
なぜ簡単に引っ掛かるのか?
それは私とマキが口撃をしているからだ。
「必殺! ファイヤースピアー!!」
「こっちもよ! ウィンドカッター!!」
大声で怒鳴る。
オーガは目を見開いて魔法を見極めようとするが、実際にやっているのは目へのデ・ヒールと砂の目潰し。
エグい作戦だ。
オーガの視力が失われると、すかさずアナスターシアが火球で、カトリーヌが氷槍で攻撃する。
無詠唱で早い回転でどんどん攻撃する。
彼女らの魔法では一撃でオーガを倒すには力不足だが、そこは前衛の我ら夫婦のガードがある。
安心して2発、3発と魔法を撃ち続けられる。
オーガは勘で攻撃を仕掛けてくるが、前衛の我々がガードし、ちょいちょいと短刀で傷をつける。
その間もアナスターシアとカトリーヌがどしどし魔法攻撃を入れる。
やがてオーガの反撃が鈍くなり、倒れて死んだ。
オーガは賢いので死んだふりもありうる。
一応鑑定。
確かに死んでいる。
全身黒焦げの焼死体。
体中傷だらけの失血死体。
オーガの飼育環境は劣悪だったらしく、かなり痩せていた。
「イルアンで戦ったときより弱いわね」
「痩せてるみたい」
「やっぱりダンジョンの魔物は強いのね」
乙女隊はオーガの死体を突っつきながらオーガ戦の感想を述べた。
静まりかえっていた闘技場がざわめき始めた。
やがてぽつぽつと拍手が聞こえ始めた。
やがて歓声で包まれた。
ただ、昨年のような爆発的な歓声では無く、なんとなく一歩引いているような、後ろめたさを感じているような歓声だった。




