173話 寮再開と表敬訪問
王都ジルゴンへ出発する前日。
私とソフィーが密かに公爵夫妻に呼ばれた。
「ところでビトー。王立高等学院の教師が行方不明だったな」
「はい」
「その後どうなったかな」
「冒険者ギルド・ダンジョン出張所では出ダンジョン記録が付いておりません。依然としてダンジョン内で行方不明のままです」
「そうか・・・ ではこれを知っておいて欲しい。知った上で特にそちに何かをせよとは言わぬ」
「はい」
「王立高等学院体育教師シルビア・フォージャーという者はいない」
「・・・と申しますと?」
「偽名だ」
「・・・」
「本名は『イメルダ・ザ・グリード』という。いや、これも偽名かも知れぬ」
「あまり良い噂ではないのですね?」
「そうだ。イメルダはB級冒険者だったのだが金に汚い冒険者でな。よく闇ギルドの依頼を受けていたと言われる」
「闇ギルドと申しますと・・・」
「暗殺や窃盗の仲介をする非合法組織だ」
「・・・」
「ダンジョンに一緒に潜り、身を隠そうとしたということは、どこかでお前たちの命を狙う機会を探っていたのだ」
「・・・」
「あの者に命を狙われて生を全うした者はいないという。学内は危ない。退学も視野に入れている」
「・・・」
ソフィーと顔を見合わせた。
ソフィーが微かに頷いた。
「閣下と御方様に極秘の報告がございます」
「なにか」
「イルアンダンジョン3層ボス部屋、通称『ブルーディアーの間』で、シルビア・フォージャーことイメルダ・ザ・グリードを討ち取ったことをご報告申し上げます」
「な・・・」
「もちろんこれは言葉のみの報告でございます。証拠はございません。全てダンジョンに呑ませました。炎帝、ウォーカーは知っております。お嬢様、カトリーヌ、アナスターシアには共有しておりません」
公爵とマグダレーナ様はしばらく声が出なかった。
しばらくしてマグダレーナ様から問いかけがあった。
「なぜわかったのですの?」
「ソフィー・・・」
説明をソフィーに代わって貰った。
「先の荒神祭に不自然な点がございました」
「どこがですの?」
「なぜ荒神祭の運営側に彼の者がいなかったのか? 他の体育教師はいたにもかかわらずです。これはウォルフガングが気付きました」
「・・・」
「貴族が多く集まる場でしたので、おそらく正体を見破られることを恐れたのが理由の一つ」
「・・・」
「もう一つがベルトゥーリから闇クエストを受けるために不在だったのです」
「・・・」
「その闇クエストが今回乙女隊に同行した理由です」
「・・・」
「全て炎帝と大角が調べ上げてくれました」
「ベルトゥーリ卿から闇クエストを受けていたというのは?」
「荒神祭の最中、お嬢様の活躍によって乙女隊の勝利が決定的になったその最中に、ベルトゥーリと彼の者が闘技場の裏に一緒にいたという目撃情報がありました。目撃者は会話の内容まではわかりませんでした。
しかしダンジョン内で彼の者にカマを掛けたところ白状致しました。お嬢様をはじめハーフォード公爵寮の者達を暗殺する依頼を受けておりました」
「・・・」
「・・・」
しばらく沈黙が続いた後、マグダレーナ様から下問があった。
「この度の企ては未然に防ぎました。雇われた者も行方不明になりました。彼らはこれで諦めると思いますか?」
「それは無いと存じます」
「なぜですの?」
「先の荒神祭のオークキングです」
「続けて」
「荒神祭のために魔物を生け捕りにする。
ゴブリンを生け捕りにするのとオークキングを生け捕りにするのでは、その難易度は天と地ほど違います。オークキングを生け捕りにするには綿密に計画を立て、中堅領地の騎士団が総出で掛からないと成功致しません。それでも犠牲が出るでしょう。
つまりそれだけ膨大な金と人と物が動いたのです。
それが無となり、次善の策として暗殺者を雇ったのです。
ところがその暗殺者も音信不通。
彼の者は報酬の3/4を前払いで取ります。やはり巨額の金が無に帰したのです。
このまま引っ込むとは思えませぬ」
「次は何があると考えられますか?」
「炎帝と大角に依頼して探らせております。
今判明していることを申しますと、ベルトゥーリ騎士団がピントゥー二伯爵領へ移動し、ピントゥー二騎士団と共にオーガが潜む地域に派遣されております。
既に相当の犠牲を出しております。
恐らくバイン山脈に潜むオーガを生け捕りにするために悪戦していると思われます。
ここから先は推測になりますが、オーガを生け捕りにしましたらベルトゥーリは新年度が始まったらすぐ、強引に2年生に荒神祭を実施させようとするはずです。そこでオーガが出てくるでしょう」
「なぜすぐですの?」
「オーガを生け捕りにしても、長期間拘束を続けることが出来ないためです。周囲に気付かれます」
「絶対に荒神祭を受けてはいけないのですね」
「それが可能でしょうか?」
「・・・」
「既に彼らは膨大な犠牲を払っています。上級貴族としてのメンツも矜持もかなぐり捨ててくるでしょう。断れば武闘派と全面戦争に突入されるでしょう。そのお覚悟をお持ちでしょうか」
「・・・」
「御方様。既に乙女隊はイルアンダンジョンでオーガ3体と交戦し、確実に勝利を収めるまでに仕上げております」
「もうオーガと交戦しているですって!?」
「相手はオーガですので油断は禁物ですが、乙女隊はオーガ戦を想定した訓練を積んで参りました。また、最高のレザーアーマーを装備致しました。打てる手は打っております。なにとぞお見守りをお願いしたく。 それから閣下」
「うむ」
「2年生の始業式でベルトゥーリが絡んできたときの対応を準備頂きたく。出来ますれば密かに王に通じておいて頂きたく存じます」
「受けて良いのだな?」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
公爵夫妻と打ち合わせをしていた頃。
マーラー商会の精鋭がハーフォード公爵寮の営業再開準備に取りかかっていた。
まず寮の外見チェック。
玄関を破壊しようとした形跡あり。
窓を破壊しようとした形跡あり。
煙突から侵入しようとした形跡あり。
ベッキーの仕掛けていた罠を確認した。
罠は2種類。
侵入者の邪魔をするもの(侵入者の衣服を引っ掛けたり、装備品を落とさせたりさせるもの)。
侵入者に傷を負わせるもの(命を奪う様なものまである)。
半数以上の罠が起動していた。
侵入者の遺留品(紋章入りの剣)が数本。そして血痕が大量に残っている。
ベッキーの分析では侵入者は素人。5人以上。
指が落ちた者が3人。
手首から先を失った者が1人。
ベッキーが起動していない罠を全て解除して回る。
侵入者によって新たに仕掛けられた罠を探る。
建屋内に罠無し。
庭に落とし穴が3箇所。
罠を起動させた後で埋め戻した。
空気を入れ換え、ハーフォードに向けて寮再開の知らせを送った。
◇ ◇ ◇ ◇
乙女隊とソフィーとクロエとマロン、アル、パロがハーフォード公爵寮に入った。
乙女隊の訓練をソフィーとクロエに任せつつ、私とマキは魔法学と魔道具学の教室を訪問した。
「マキの土魔法の疑問について研究は進みましたか?」
「進んでいる。楽しみにしていてくれ」
「ありがとうございます。ところで魔道具でコピー機って作れますか?」
「なんだ、コピー機って?」
コピーの概念から説明しなければならなかった。
「ふむ。 出来なくは無いな」
「今やっている研究の派生だろう?」
「そうだ」
「できそうですか?」
「ああ」
「今発注するとして製作にどのくらい時間が掛かりますか?」
「なんだ。急ぎか」
「はい」
「1ヶ月見てくれ」
「1週間で・・・」
「何だと!」
「御代は弾みたいとおもいます・・・」
「ではあの魔石が欲しいのだ」
「これですか?」
「!!!!!」
バジリスクの魔石をお渡しすると両教授とも大興奮され、3日でやると言ってくれた。
「もう一つお願いが・・・」
「何だ?」
「魔道具で録音機ってできますか?」
「なんだそりゃ?」
「会話の音を記録する道具です」
「蓄音機か」
「お・・・」
「あるぞ」
「え・・・」
「ほれ、これだ」
「おおおおおお!!」
「ほっほっほ」