171話 ジョイント(その4)
5層を進んでいる。
5層から炎帝が前に出た。
ようやく歯ごたえのある魔物が出てきた。
やっと俺たちの見せ場だ。
滾るぜ。
そんな声が聞こえてきそうだった。
ウォーカーも炎帝も道は熟知しているので、オーガウィッチをパスして直接オーガキングと勝負する事もできたが、炎帝がオーガウィッチと対戦したがった。
【シールドオブオーガ】が欲しいらしい。
その気持ちはわかるので付き合うことにした。
シールドオブオーガ。
軽くて強度が高くて使いやすいのだけど、自動修復機能が付いていないのでいずれ壊れる。予備が欲しいのだ。
炎帝のオーガウィッチ戦はなかなか非道なものだった。
まず遠距離から魔法を撃ち合うところから始まった。
オーガの魔法使いがオーガウィッチ一人なので、最初から炎帝が撃ち勝っていた。
やがてオーガウィッチは土壁を出して火魔法を防いだ。
オーガ達は土壁の陰に隠れている。
炎帝の魔法使い陣はどんどん火球を曲射して、土壁の向こう側に火球の集中豪雨を降らせた。
オーガウィッチとオーガどもは反撃すること無く焼け死んだ。
乙女隊のメンバーは呆然と見ていた。
炎帝のあまりの攻撃力に言葉も無かった。
オーガキング戦はもっと簡単だった。
オーガキングは魔法を使えないので炎帝のようなパーティには一方的にやられてしまう。
火魔法の強さについて認識を新たにした。
そして初歩の魔法【火球】についても認識を新たにした。
真に強い火魔法使いは火球を自在に使いこなす。
攻撃にも防御にも使う。
◇ ◇ ◇ ◇
5層から6層へ降りる階段の所にいる。
ここを占領しているのはレッドサーペント。
炎帝は・・・
ジョアンとウォルフガングとソフィーが相談している。
「実はあまり得意では無いんです」
「そうだろうな」
「炎帝だけなら力尽くでやるのですが、時間が掛かる上あいつは大暴れするでしょう。誰かを守りながらでは危険です」
「うむ。ここはソフィーに頼むか」
「ウォルフ。ビトーにさせてみたいのだが良いか?」
「ビトーにできるのか?」
「あの蛇はまだこちらに気付いていないので出来ると思う」
私が呼ばれた。
「やってみろ」
「わかりました」
私はレッドサーペントに気付かれないようにそっと下を覗く。
いるいる。
もし乙女隊だけで潜っているなら絶対に手を出さない相手。
ウォーカーで潜っているからやってみる。
十分に遠くからジワジワとデ・ヒールを掛けていく。
相手に魔法攻撃を受けていることを悟られてはならない。
ゆっくりゆっくり。
攻撃を受けている側が
「今日は調子が悪いな~」
くらいで。
どのくらい時間が経っただろう?
鑑定すると十分にHPを奪ったようだ。
ゆでガエルの出来上がりだ。
ウォルフガングかソフィーに頼めば首を落としてくれるだろう。
だが、私がやるとなるともう一押し。
完全にゆで上がるまで。
煮上がった。
レッドサーペントは体をべったりと床に付け、私が階段を降りていっても鎌首をもたげる事もできなくなっていた。
ソフィーに降りてきて貰い、首を落として貰った。
私の剣と膂力では相手が無抵抗でも時間が掛かるから。
全員が降りてくる。
オルタンスお嬢様が訊いてくる。
「これ、本当にビトーが倒したの?」
「う~ん。 首を落としたのはソフィーです」
「でも無抵抗だったじゃない」
「ゆでガエルなんです」
「ゆでガエル?」
「ゆっくり攻撃すると、攻撃されていることに気付かないんです」
「意味がわからない」
私は前世を思い出していた。
古くて小さな小さな工場で働いていた。
小さいと侮るなかれ。
親方も兄さんも姐さんも常に外にアンテナを張って、時代の変革、技術の革新、流行の変遷の波をチェックしていた。
『創業何年』とか『ウチはこれ一筋』なんて全くこだわりが無かった。
どんどん新しい技術を取り入れて、新商品にチャレンジしていた。
昔ながらのやり方に拘っていた工場は徐々に消えていった。
つまりそういう工場は「ゆでガエル」だった。
環境の変化に気付かず、手を打たず、いつの間にか茹で上がって死を迎えた。
TVに創業何百年の小さな老舗が出てくると、親方はよく悪態をついていた。
「焦点が違うだろ。こんなケチな店が何故続いたのか。技術革新が隠れているだろ。人情じゃねぇだろ。下らねえ美談にすんな。ボケ」
まさか貴族のお嬢様に「カエルを水からゆでるとですね」と説明しても眉をしかめられると思うので、これ以上は説明しない。
え~っと、炎帝の皆様。
キモイ物を見る目は止めて頂きたいな、と。
6層の入口を邪魔している奴がいなくなりましたので先に行きましょう。
イルアンダンジョン第6層。
バジリスク、レッドサーペントが出てくる階層。
1体1体の魔物が強すぎて、魔物の数自体は少ない。
ボスはクリムゾンリザード。
炎帝の斥候:ヴェロニカを先頭に階層を進む。
だがヴェロニカだけでは不安なので、マロンにヴェロニカの横に付いて貰う。
炎帝のメンバーの緊張感がひしひしと伝わる。
まるでそこだけ瘴気が漂っているようだ。
隊列は、炎帝、乙女隊、ウォーカーの順で進む。
いくらも行かないうちにマロンがヴェロニカのレザーアーマーの裾を噛んで引き止めた。それ以上進ませない。
ヴェロニカはマロンが人語を解する事を知っている。
「マロン? 何かいるの?」
「・・・」
マロンは黙って鼻先を天井に向ける。
ヴェロニカはじっと天井を見ている。
炎帝のリーダー・ジョアンが前に出て小声でヴェロニカに訊く。
「どうした?」
「まって・・・」
やがて、
「いた」
「何がいた?」
「バジリスク。1匹」
炎帝のメンバー全員にヴェロニカの横まで来て貰い、バジリスクを認識して貰う。
次に乙女隊のメンバー全員にヴェロニカの横まで来て貰い、バジリスクを認識して貰う。
ジークフリードとクロエにも認識して貰う。
全員に認識して貰ったら炎帝にバトンを渡す。
バジリスク。
8本足のトカゲ。
石化の呪い。
炎帝がどうするのか見ていたところ、予想通りジョアン、サンチェス、ヴェロニカが火球を操り、天井にへばりつくバジリスクを焼き始めた。
バジリスクの周囲を火球で固め、下からも火球で炙る。
ほどなく焼き上がった。
床に落ちたバジリスクの黒焼きを前に炎帝の皆さんと相談。
「これ、素材が台無しだな」
「バジリスクが何かの素材になるとは聞いたことがありません」
「これ要るか?」
「欲しいです」
「ん? そうか? では進呈しよう」
「ありがとうございます」
ダガーを抜いて黒焼きを解体。
中から魔石を取りだした。
大きくて透明な無属性の魔石。
「でかいんだな」
「ええ」
ヴェロニカに見せながら、
「でも属性はないんです」
「そうねえ。ちょっと利用法を思いつかないわねえ」
ということで頂けることになった。
ミゲル先生へのお土産になった。
それから乙女隊も前に出て、ヴェロニカ、マロンと一緒に魔物探知に磨きを掛けた。
みんな頑張っていたが、ヴェロニカとアナスターシアがもう一つだった。
やはり火魔法使いは探知が苦手らしい。
でもウォルフガングが一言。
「慣れだ」
この人、どれだけ研鑽を積んだのだろう。
そして今、6層の階層ボス部屋の前にいる。
私が注意事項を述べる。
「ここにいるのはクリムゾンリザードです。脅威度B。全身に毒があります」
「唾液や涙にも毒を持ちます。もちろん血は猛毒です」
「引っ掛かれたり噛まれたりしたらやばい事はおわかりでしょうが、奴の体表のぬめりにも気を付けて下さいね」
「戦いの最中に何かがベトッと付いたらすぐに後退して下さい」
「炎帝の皆様。戦いのプランは?」
「おう。立っているぜ」
「乙女隊の皆様は待機」
「はいっ!!」
「ウォーカーは毒を受けたメンバーを後方へ運ぶ役」
「ビトー。お前は解毒・回復に専念」
「はい。では開けますよ」
私がぐっと扉を押し開け、炎帝が雪崩れ込んでいく。
「前衛は炎壁展開!!」
「後衛は火球攻撃!!」
ジョアンの命令が飛び、炎の壁が展開された。
そのままクリムゾンリザードが焼き上がるのを待つ体勢になった。
と思ったら前衛のシルバが苦悶の表情を浮かべて後退した。
「どうしたっ!?」
「・・・」
激痛で言葉も出ないらしい。
顔に二箇所、点々と焼け焦げたような痕がある。
だがシルバが苦しんでいるのは左腕だった。
粘液がべっとりと付いている。
煙が出ている!
強烈な酸のようだ。
すぐにソフィーが水で腕を洗い始め、私が 「しっかりと目を閉じて」 と声を掛けてから顔に流水を掛けた。
酸を洗い流すと筋肉が見えている。
筋肉が白く変色している。
うわっ 痛そうだ・・・
乙女隊(マキ除く)から悲鳴があがった。
すぐ「キュア」と「ヒール」を掛け始める。
シルバが抜けた穴にはウォルフガングが入り、炎の壁を支えている。
やがてクリムゾンリザードが焼き上がった。
だが炎帝はクリムゾンリザードそっちのけでシルバに群がっている。
「シルバッ!」
「シルバッ! おいっ!」
「シルバッ! ん・・・?」
「ああ・・・ 俺は大丈夫だ」
炎帝の皆さんはシルバの体を隅々まで調べていたが、やがて一斉にこちらを向いた。
「ビトー!!」
「おまえっ!」
「おまえっ!」
「ビトーさんっ!!」
炎帝の皆さんにもみくちゃにされた。
ヴェロニカがクリムゾンリザードの黒焼きから魔石を取りだした。
淡いピンクで透明で、大きくてきれいな魔石。
「ちょっと待って」
ヴェロニカのショートソードと魔石を床に置いて貰って、丁寧に毒を洗い流してから渡した。
ヴェロニカは私とジョアンの顔を見比べている。
「これ・・・ 受け取れないよ・・・」
泣きそうな声でヴェロニカが言うので、
「いや、これは受け取ってください。これを炎帝が取って初めてクエスト完了だよ」
ジョアンがウォルフガングに問いかけている。
「本当にいいのか? これはあんたとソフィーとビトーがいなかったら取れなかった。それどころか全滅の可能性すらあった」
ウォルフガングが苦笑しながら言った。
「ビトーがいいと言っているのだからいいのさ」
「そうか・・・ ありがとう・・・」
==<ブルーディアー部屋におけるシルビア先生とソフィーの会話>====
時は少し遡る。
シルビア先生を地上まで送っていく途中。
3層ボス・ブルーディアーが出る部屋まで来ていた。
「先生。この辺で良いですか?」
「何が?」
「そろそろ先生に全部喋って貰いたくてね」
「何の話?」
「ベルトゥーリに雇われている話」
「・・・」
「いつから?」
「・・・」
「荒神祭の最中?」
「・・・なんだ、知っているのか」
「いくら?」
「何が?」
「ベルトゥーリに積まれたお金。金に目が眩んだんでしょ?」
「・・・」
「あんたは金で動く冒険者として有名だったからね」
「・・・」
「ターゲットは誰? 全員?」
「・・・」
「違うの?」
「・・・」
「あんたの “武勇伝” はいっぱいあるからねぇ。長生きなのも良し悪しね」
「・・・どうする気だ」
「こうしようと思うんだよ」
次の瞬間、シルビアは10本以上の氷槍に貫かれていた。
体から突き出た氷槍に支えられて、倒れることも出来ずにいた。
「な ぜ・・・」
シルビアは肺を貫かれ、まともに喋ることすら出来なくなっていたが、ソフィーには彼女が言いたいことはわかった。
質問に答えたのはクロエだった。
「私よ~」
「・・・お まえ」
「私も風使いなのよ~ あんたの魔法は全部邪魔したわよ~」
「・・・」
「わかる~? 今も邪魔してるのよ~」
「・・・」
クロエはしばらくシルビアを見ていたが、やがて軽く指を振った。
シルビアの首が落ちた。
ソフィーもクロエも炎帝のメンバーも黙ってシルビアの首を見ていた。
やがてシルビアの首や体や血痕や武器がダンジョンに呑み込まれ始めたのを確認し、クロエが独り言を漏らした。
「こんなクズが教師だなんて王立ガッコウもたいしたことないわね」
吐き捨てるような口調はいつものクロエらしくなかった。
ソフィーは炎帝に向き直り、礼を言った。
「こんなことに付き合わせてしまって申し訳ない。奴を逃がさないように牽制してくれてありがとう」
「ソフィー。俺たちだってビトーには大恩がある。これからだって絶対にビトーの世話になる。ビトーとその仲間を亡き者にしようなんて奴はゆるさねぇ」
「おう。これからも炎帝はビトーとウォーカーの力になるぜ」
「「「 おう!! 」」」
ソフィーはもう一度礼を言った。