170話 ジョイント(その3)
(バラチエ子爵家令嬢 アナスターシア・バラチエの視点で書かれています)
4層から5層に繋がる通路の手前にいます。
ここでウォルフガング様から確認がありました。
「炎帝はもうオーガは対処できるな?」
「はい。できます」
「では我々か。 ソフィー。ビトーとマキを鍛え直したと聞いたが、オーガ戦はどうなのだ?」
「オーガキング、オーガウィッチで無ければ大丈夫でしょう」
「そうか。シルビア先生。シルビア先生はオーガ戦の経験はお持ちですか?」
「ええ。一度対戦したことがございます。こちらの作戦を見抜いてくる、非常にやりづらい魔物ですが・・・」
「ここから先はオーガ戦になります。先生は前衛の指導はいかがですか?」
「・・・さすがに指導はできません」
「わかりました」
ウォルフガング様を中心に、オーガ戦の作戦を語り始めました。
まず驚いたのはオーガ戦の目的でした。
オーガ戦の目的は、私、カトリーヌ、オルタンスお嬢様、スティールズ男爵、マキ様にオーガ戦の経験を積ませ、確実にオーガを倒せるようになるまでスキルを上げて次の荒神祭に備えること。
だそうです。
次の荒神祭に備えること?
?
私もカトリーヌもお嬢様もシルビア先生も混乱しています。
何ですそれ?
ウォルフガング様はその理由を懇切丁寧に教えてくれました。
まだ記憶も新しい1年生の時の荒神祭。
あの騒ぎは私達穏健派貴族の子弟・子女を亡き者にする為の演出だったというのです。
「そんな訳あるわけないじゃないですか」
シルビア先生が否定されました。
ですがウォルフガング様が続けます。
「私は貴賓席におりましたが、あの会場でオルタンスお嬢様が率いるパーティがオークキングを倒すと思っていたのはハーフォード公爵ご夫妻だけでした。
一方武闘派貴族の席を見ておりましたが、予定調和と捉えていました」
「予定調和・・・?」
「ええ。武闘派貴族の全員が、とは申しませんが、主立った貴族はあの場にオークキングが出てくる事を知っており、その結果穏健派貴族の子弟・子女が死ぬであろう事を当然のこととして受け止めていた、ということです」
「・・・」
「オークキングを生け捕りにするにはオーク集落を潰す必要があります。その上で殺さずに生け捕る。どれほどの金と時間を要したのか想像できます。あれだけの準備をしたのに失敗、と。
武闘派貴族はメンツを潰されたのです。
次は確実に仕留めに来ます。
ということで、次に用意するのはオーガでしょう」
「・・・」
「穏健派貴族の子弟・子女の命を狙った者は、2年生にも荒神祭をさせようと画策しています。そのために用意されるのがオーガなのです」
「オーガなんてありえません。そんな危険な荒神祭が行われる訳がありません。そもそも2年生に荒神祭なんてありえません!」
「もちろん “オーク” と偽って用意されるでしょう。前回はゴブリンと偽ってオークキングを用意したように、ね」
「・・・」
「オーガは単体で脅威度Cの魔物です」
「・・・」
「本当はオーガ達をまとめるオーガキングやオーガウィッチも欲しいところでしょうが、地方貴族の騎士団では討伐するのがやっと。生け捕りにしようとしたら全滅しかねません。
ですからオーガキングやオーガウィッチはいない。オーガのみ」
「・・・」
「オーガは人語を解します。オーガが3体集まれば脅威度Bと言われます」
「・・・」
「と言う訳で次に出てくるのはオーガ3体です。そこで生徒達にオーガ戦の経験を積ませるのです」
「・・・」
途中からシルビア先生は黙ってしまわれました。
シルビア先生の雰囲気が妙でした。
無表情になってウォルフガング様の説明を聞いています。
相槌を打ったり頷いたりしているわけでもありません。
どうしたのでしょう?
それからハーフォード公爵寮チームのオーガ戦検討会が始まりました。
オーガは人の言葉がわかるので、戦闘の最中に口頭で指示を出したり、呪文を詠唱したりするのは御法度だそうです。
作戦は全て戦闘開始前に決めておかねばねりません。
早速わいわいがやがやと相談が始まりました。
フォーメーションは前回通りでいいよね?
前衛はビトー様(※)とマキ様。
後衛はお嬢様中心で私とカトリーヌが両脇を固める、でいいよね?
※ スティールズ男爵では堅苦しいのでビトーと呼んでくれと言われましたので
ビトー様と呼ぶことにしました。
「魔法はどうする?」 と相談し始めたところでシルビア先生が 「重要な用事があるので学院へ戻る」 と言い始めました。
一人でさっさと帰ろうとされたので、ウォルフガング様が言われました。
「ここはダンジョンです。いくら先生が手練れでも、お一人で帰すわけには参りません。お供をお付けします」
言われてみればその通り。
ですがシルビア先生は一人で帰ろうとされます。
「先生、これは絶対です。もしダンジョン内で先生をお一人にしたら、儂は全ての冒険者から縁を切られます」
ウォルフガング様はそう言うと、シルビア先生に炎帝の皆様とソフィー様とクロエさんを付けました。
戻る組が4層から去りました。
◇ ◇ ◇ ◇
オーガ戦の戦術確認中です。
手信号で、
右旋回。
左旋回。
隊列を崩さず後退。
各自退避。
魔法は全員無詠唱でいけるね?
全員頷く。
ビトー様は水。
マキ様は土。
お嬢様は水。
カトリーヌが水。
私が火。
「私の水魔法には攻撃力はないよ」
とはビトー様の談。
ビトー様は斥候としての能力だけでオーガ戦の前衛に立つのでしょうか?
そう訊ねると
「工夫するよ・・・」
何だか頼りないお返事。
大丈夫でしょうか?
不安になってきました。
ビトー様は私の火魔法の指導はお上手でしたのに、ご自身の魔法はあまりお上手ではないようです。
では攻撃の軸は何になりますか?
「やっぱりアナちゃんの火魔法じゃない?」
「ねぇ、火球は2個出せるの?」
「無理です! ソフィー様が異常なのです!」
「お嬢様の水球は?」
「2個は無理」
「カトリーヌの氷槍!」
「1本です」
「ソフィー様が師匠なのに・・・」
「無理です! あの方は特別です!」
「マキ様?」
「私は出せて石弾程度だね~ 数はそれなりに出せるけど威力はね~」
ガールズトークに花が咲いています。
ずいぶん物騒なガールズトークですが。
ウォルフガング様がビトー様に目配せして、二人で離れてひそひそ内緒話をしています。
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、いくよ」
ビトー様がそう声を掛け、私達「ハーフォード公爵寮乙女隊」(通称:乙女隊)がゆっくりとダンジョンを進みます。
名前が必要だというカトリーヌの声を受けて付けられました。
ビトー様も乙女になって頂きました。
乙女隊の両脇にはウォルフガング様、ジークフリード、ルーシー、マロンが付きます。
万一の時は介入して下さいます。
「いるよ」
そうビトー様が仰って、皆を止めました。
通路の先にオーガがいるそうです。
ここでオーガ探知の訓練です。
「そこにいる」とわかってから改めて見ると、いることがわかります。
オーガ3体。
このようにして斥候の訓練をするそうです。
ここから先は声は厳禁。
手信号で情報伝達です。
隊列。よし。
抜刀。よし。
では行きましょう。
ビトー様の手信号がありました。
「敵がこちらに気付いた」
一気に緊張が高まります。
再びビトー様の手信号。
「来る」
急にダンジョン内が明るくなりました。
私が火球を出したのです。
そのまま真ん中のオーガに向かって火球を放ちました。
オーガは盾をかざし、火球を受けようとしました。
ここからが特訓の成果を見せるときです。
私は【リッチの杖】で火球を操作してオーガの盾をスルリと躱し、背後のオーガに火球を当てました。
そこで火球を叩き付けるのでは無く、オーガの顔面に火球を押し当て、その場で燃え続けるようにしました。
オーガは転げ回って火から逃れようとしています。
オーガの咆哮はダンジョン全体を震わせるかと思いました。
残りの2匹のオーガはぎょっとした様でしたが、次の火球が来ないとわかると私達に突進してきました。
ビトー様とマキ様が1対1でオーガを受け止めました。
オーガは棍棒を振り回します。
ビトー様とマキ様は決して棍棒をまともに受けず、躱したり逸らしたりしながら上手にあしらっています。
そのうちにオーガの様子が変わりました。
「グワッ!!」
「ガッ!」
何かの攻撃を受けているかのごとく声を上げ、目をこすっています。
そしてその隙を見逃すビトー様とマキ様ではありません。
オーガは削られていき、最後は首に短剣を受け、バッタリと倒れました。
私の火で炙られたオーガはまだ生きていました。
「私達にもテストさせて」
そうお嬢様が言われたので私は横にどきました。
お嬢様とカトリーヌが杖を構えています。
お嬢様は例の巨大な水球を出すと、オーガに叩き付けました。
オーガは火が消えると思ったのでしょう。
そのまま水球を全身で浴びました。
水が流れ去った後にはカトリーヌの氷槍で串差しにされたオーガの死体が転がっていました。
「ど・・ どうしたの?」
「ふふん。 お嬢様の水球の中に仕込んでおいたの」
「あ・・・悪辣!」
「なによっ!」
ビトー様の格言「勝ったときこそ反省会」。
ということで今の戦闘を検証し、更なる工夫を話し合いました。
ウォルフガング様とビトー様の話している声が聞こえてきます。
「ビトー。あれはどの距離から使える?」
「オーガを感知した距離くらいです。さすがに遠いと効果は弱いです」
「そうか。その距離を伸ばすのが戦力アップの近道だな」
「ええ」
「逆はどうだ?」
「逆も同じくらいの距離ですね」
「そうか。まあ、頑張れ」
「はい」
こっちではジークフリードとマキ様の話している声が聞こえました。
「ジークは複数の塊を操れるの?」
「ああ。4つはいけるな」
「コツを教えて」
「コツっていわれてもなあ。あれってもっと細かいもんの集まりだろ」
「うん」
「だったら既に複数のもんを操っているわけだ」
「うん」
「その細かいもんを意識するんだ」
「・・・」
「最初から飛ばそうとするんじゃねぇ。最初はテーブルの上で2つに分けてみるんだ。スイスイと分けられる様になったら浮かしてみるんだ」
「わかった。やってみる」
◇ ◇ ◇ ◇
炎帝の皆さんとソフィー様とクロエさんが戻ってくるまで、オーガの出る回廊を行ったり来たりしました。
オーガと3回遭遇し、3回とも勝利を収めました。
でも一度惨事が起きたのです。
オーガが3体ではなく、5体も出たのです。
即座にウォルフガング様とジークフリードとマロンが介入してくれたのですが、間に合わず。
1体はお嬢様の水球で足止めをしたのですが、私は動揺して火球の操作が雑になり、中途半端。オーガにすり抜けられました。
カトリーヌの氷槍は刺さりましたが致命傷とはならず、前衛を突破されてしまいました。
前衛の二人は1対1でオーガと対峙しながら突破されまいと無理に身を挺したので、怪我を負ってしまいました。
オーガはお嬢様に襲い掛かりましたが、私が身を挺し、リッチの杖を折られながらお嬢様をお守りしました。
結局ビトー様、マキ様、私が怪我を負いました。
マロンがビトー様にぴったりと寄り添って怪我を気遣っています。
でも、なぜかお嬢様はビトー様に掴み掛かります。
「ビトー! 命令ですっ!! アナスターシアを治しなさいっ!」
「いで いで いで・・・」
お嬢様に揺さぶられて痛がっていたビトー様は、床に倒れている私の前に来ると、そっと私の体に手を這わせました。
エッチ。
「肋骨4本・・・ 脊髄はだいじょうぶ・・・ 打撲が酷い」
ビトー様に触れられているところがじわっと暖かくなりました。
私はビトー様に何をされたのでしょう?
何と言いますか体がはしゃいでいる感じがします。
エッチです。
このまま私はビトー様のものになってしまうのでしょうか?
あれっ?
痛みが消えました。
何でしょう?
「もう大丈夫ですよ」
ビトー様はそう言うと私の背中をポンと叩きました。
もそもそと立ち上がりましたが全然痛みがありません。
何かだまされているようです。
でもお嬢様が私に抱きついて涙ぐみながら「よかった・・・」と言っていますので大丈夫なのでしょう。
え~と。
私は何をされたのでしょう?
お嫁に行けない体にされたことは確かのようです。
ビトー様とマキ様が一緒に何かをしています。
何でしょう?
二人は夫婦ですので何をしてもおかしくはないのですが・・・
やがて二人は立ち上がり、体をひねったりさすったりしていましたが、怪我は問題無いようです。
なんの脈絡も無くビトー様が背負い袋から杖を出し、私に渡してくれました・・・
なにが起きたのか、しばらくわかりませんでした。
理解した途端、叫び声を上げていました。
「リッチの杖!!!」
ビトー様って一体何本リッチの杖をもっているの?
◇ ◇ ◇ ◇
シルビア先生を送りに行ったソフィー様達が戻ってきました。
どうやら先生はソフィー様達を置いて一人で行ってしまったらしいです。
「先生が行方不明になってしまった」
「場所はどこですか?」
「3層のボス部屋だ」
「どうしたんですか?」
「どうも先生は私たちを捲きたかったらしくてな。ダンジョンに呑み込まれるように姿を消してしまった」
「そうですか。それでは仕方ないですね」
「う~む。もう少し探してみるか?」
「こんな話をしている間に地上に出てしまっているでしょう」
「そうだな」
「仕方ないです」
「仕方ないな」