168話 ジョイント
(バラチエ子爵家令嬢 アナスターシア・バラチエの視点で書かれています)
ウォルフガング様の訓練で、私も無詠唱で火魔法を出せるようになりました。
猛練習を積んだのかと問われるとそうではありません。
コツが必要でした。
それさえ掴めれば、そして頭の中で明確な火のイメージが出来ていれば出来るのです。
そして無詠唱で魔法を出せることがダンジョンで戦力になる基準なのです。
私達はダンジョン2層の通称「挟み撃ちエリア」で鍛えられました。
何が鍛えられたかって?
色々なところが鍛えられました。
まず魔物の殺気に当てられても怯えなくなりました。
冷静に敵戦力を見極められるようになりました。
害意を持った魔物と対峙し、何の躊躇いもなく魔法攻撃を叩き付ける事ができるようになりました。
そして魔法の発現が早くなりました。
私は後衛の火魔法使いですが、魔物に肉薄されそうなときでも落ち着いて対処できる様になりました。
肉薄されそうなときは火球を漂わせて距離を取り、肉薄されてしまったときは敵の眼前に火球を出し続けるようになりました。
◇ ◇ ◇ ◇
今日もダンジョンに入ります。
ダンジョンに入る前は必ず冒険者ギルドに立ち寄って情報収集をしますが、今日はずいぶんギルド内が賑やかでした。
なんと! ブリサニア王国きってのエースパーティ【炎帝】がイルアンを訪問していたのです!
炎帝と言えばリッチを倒した伝説のパーティです。
彼らは全員が火魔法を得意とします。
私のあこがれのパーティなのです。
リーダーのジョアンさんがウォルフガング様を見つけると、駆け寄ってきて固い握手をしています。
ビックリです。
少し前の私なら「ウォルフガングって誰? ただの体のデカい人?」って思っていました。
でも実際に言葉を交わして師事すると、脳筋の前衛の剣士かと思いきや、魔法に関する造詣の非常に深い、頭脳明晰の凄い人だとわかります。
火魔法についてありとあらゆる知識を持っており、試したことの無い修行は無いと言うほどの研鑽を積まれています。
そして私に無詠唱で火魔法を扱うコツを教えてくれました。
それどころか絶対に押さえておかねばならない火魔法の体系を教えてくれました。
その日のうちに私の火魔法は長足の進歩を遂げたのです。
その日から私はウォルフガング様と呼ぶようになりました。
炎帝のジョアンさんがウォルフガング様と再会を喜んでいます。
ひょっとすると炎帝もウォルフガング様が手掛けたのでしょうか?
そうこうしているうちにギルド長がやってきて、私達と炎帝がギルドの会議室に通されました。
何が起きるのでしょう。
わくわくしていたら、なんと炎帝からジョイントの申し出がありました。
炎帝はイルアンダンジョンの6層の攻略をしたいそうです。
でも6層はかなり精緻な魔物探知を要求されるため、今の炎帝だともう一つ不安があるそうです。
そこでウォーカーとジョイントを組んで欲しいというのです。
話を聞いて呆然としています。
カトリーヌも話について行けてないようです。
まずは最初の質問です。
リッチが出てくるのは4層ですよね?
6層ってなんですか?
それに炎帝ほどのパーティが魔物探知に不安がある階層って・・・
一体どんな魔物なのですか?
それに「だからウォーカーに一緒に潜って欲しい」って・・・
ウォーカーってそんなに魔物探知に長けたパーティなのですか?
途中の話が頭に入ってこなかったのですが、ふと我に返るとウォルフガング様がジョアンさんに聞いています。
「この者達を連れていって良いか?」
「ウォルフさんが連れて行けると踏んだならOKです」
「そうか。では頼む」
あの・・・
私達も一緒に潜るのですか?
6層ですか?
私達、まだ2層も踏破していないのですが・・・
私に死ねと?
・・・
そうですか。
あの・・・
念のため遺書をしたためてきた方がよろしいでしょうか?
それには及ばない?
そうですか・・・
お互いに簡単に自己紹介しました。
【炎帝】。
やっぱりすごい。
全員が火魔法使いでB級とC級冒険者で構成されているエリート集団です。
私は何の役にも立たないでしょうが、イルアンダンジョンの6層攻略のお供を致します。
◇ ◇ ◇ ◇
(初層・2層)
初層・2層は炎帝の前衛の魔法剣士(3人)が魔法を使わずに剣だけで魔物を片付けて行きます。
魔法剣士が魔法を使わずに・・・
剣士としての腕もピカイチなのですね。
これなら強いわけです。
2層は慢性的にスケルトンの挟み撃ちに遭いますので、ウォーカーのスティールズ男爵、マキ様、ルーシーさんが後方を固めながら進みます。
聞けばルーシーさんも斥候とのこと。
斥候3人組で後方のガードをしているという、良くわからないパーティです。
(3層)
シルビア先生、カトリーヌ、私は初めて足を踏み入れます。
トレント、ストライプドディアーという、極めて擬態の上手な魔物がいます。
ここで驚くべき事を知りました。
シルビア先生は剣士。カトリーヌと私は魔術師です。
私達も魔物の擬態を見破らなければならないというのです。
「斥候の仕事ではないのですか?」
そう聞いたのですが、斥候が前方の索敵をするなら、後方の索敵は魔術師や後方の剣士が行うとのこと。
確かに挟み撃ちエリアではそうしなければなりません・・・
シルビア先生は索敵が大変にお上手でした。
カトリーヌと私はひいひい言いながら索敵の練習をしました。
カトリーヌは索敵の素養があったらしく順調に上達しましたが、私は・・・
炎帝の斥候のヴェロニカさんに慰められました。
一般に火魔法使いは索敵が下手らしいです。
ヴェロニカさんも相当苦労なさったと言われました。
しばらく私はヴェロニカさんにペアになって貰い、細かなコツやトレントの癖を教えて頂きました。
ヴェロニカさんはスティールズ男爵に懇切丁寧に教えられたと言っておりました。
スティールズ男爵。
ソフィー様とマキ様の旦那様ということしか頭に入らないのですが、優れた斥候でもあるようです。
3層には安全地帯があります。
トレントの探知、ストライプドディアーの探知は神経をすり減らしますので、安全地帯で一休みできると本当に助かります。
私とカトリーヌは守られているので余裕があるはずなのですが、もうクタクタになっています。
安全地帯で大勢の仲間と一緒に食事をし、交替で仮眠を取ると、疲れはかなり取れるものです。
私とカトリーヌとシルビア先生は交替の警備を免除されましたので、一晩ぐっすり眠りました。お陰で疲れは取れました。
こんな場所で大勢の殿方と一緒に寝泊まりしているなんて知ったら、お母様は悲鳴を上げることでしょう。
ちょっと悪いことをしている気分で思わず頬が緩みます。
不思議なもので、安全地帯で一晩過ごすだけで(ダンジョン内はお日様が見えないので、本当に一晩過ごしたのかどうかわかりませんが)凄い冒険をしている気分です。
この日以降、カトリーヌがいっぱしの冒険者のようなことを言うようになったので笑ってしまいました。
でもその気持ちは良くわかります。
安全地帯で英気を養って3層のボス戦に臨みます。
ブルーディアー。
大きい!!
私もかなり目が肥えてきたらしく、魔物をよく見るとなんとなくその脅威度がわかるようになってきました。
ブルーディアー。
膨大なHPと特殊能力:魔法無効。
魔法使いにとって悪夢のような魔物です。
カトリーヌと私とオルタンスお嬢様は無用の長物です。
これまでだってどれほどお役に立っていたのか疑問ですが、ブルーディアー戦は完璧なお荷物でした。
そのブルーディアーを有無を言わさず削り切ってしまう炎帝の魔法剣士達。
炎帝はかなり魔法使いに振ったメンバー構成だと思います。
ブルーディアーは苦手な魔物のはずです。
でも確実に削っていくのです。
魔法剣士と言いながら、凄い剣の技量です。
ウォルフガング様、ソフィー様、ジークフリード、クロエがいつでも介入できるようにスタンバイしていましたが、出番はありませんでした。
(4層)
4層は、4層に降りる前からゴースト戦をしなければなりません。
ゴーストは幽霊らしく、大変に探知しにくい魔物です。
ですがトレント、ストライプドディアーで訓練を積んだ成果でしょうか。
ある程度探知できるようになっていました。
そして何と言ってもゴースト戦は火魔法使いの独壇場なのです。
3層から4層に続く回廊で一戦。
4層へ降りる広間で一戦。
私は追尾性の火球でゴーストを倒しまくりました。
さきほどまで “いらない子” だった私が、今は安定して魔物を狩っているのです。
炎帝の皆様も対ゴースト戦を私に一任して下さいました。
これ程高レベル冒険者が集まったジョイントで頼られると言うことが、私に自信を付けてくれました。
そして4層の通路で出てくるゴーストは全て私が倒して行きました。
ゴーストを倒せば倒すほど魔物探知も上達しました。
個人的にかなりレベルが上がったと思います。
徐々にゴーストに接敵する回数が減り、代わりに遠くから足音が聞こえ始めました。
ゴーストには足がありませんのでゴーストではありません。
マミー戦。
私の火球と火球を遠隔操作する能力は、マミー戦でも通用しました。
マミーが出て来たときは1体貰い、私とシルビア先生とスティールズ男爵とマキ様で倒します。
私の火球と火球を遠隔操作する能力でマミーに火球をまとわりつかせ、包帯を燃やし続けます。
十分に弱らせたらシルビア先生とスティールズ男爵とマキ様でHPを削ります。
マミーは毒の唾を吐くので前衛は大変ですが、なんとか無傷で倒します。
スティールズ男爵とマキ様で、小声でボソボソ話しています。
きっとフォーメーションの確認をされているのでしょう。