165話 イルアンダンジョン初層
(バラチエ子爵家令嬢 アナスターシア・バラチエの視点で書かれています)
基礎トレーニングばかりでは飽きてしまうでしょう?
ダンジョンにも入りましょう。
冒険ですよ、冒険。
わくわくしますね~。
いかがわしい勧誘みたいなことをスティールズ男爵が言います。
怪しさ満点です。
ということでイルアン冒険者ギルドに行き、オルタンスお嬢様、カトリーヌ、私の冒険者証を発行して貰いました。
みんなE級です。
「私ってこんなに低いのですか?」
オルタンスお嬢様がウォルフガングに聞いています。
ウォルフガングは2m超の偉丈夫で、B級冒険者だそうです。
私達をE級と判定したのがウォルフガングだそうです。
「E級はダンジョンに挑戦して良いランキングです。丁度良いと思いますよ」
「そうなのですか? ビトーはどう思います?」
オルタンスお嬢様はスティールズ男爵のことを気安くお呼びになります。
そのスティールズ男爵は言いました。
「ウォルフガングにしては甘めの評価だと思います。ダンジョンに入れなければならないので、ゲタを履かせているのだと思います」
よくわからない言い方をされたのですが、おまけしてくれたということはわかります。
でもそう言われると私も反発したくなります。
ダンジョンでは目に物を見せて差し上げましょう。
◇ ◇ ◇ ◇
今日、生まれて初めてダンジョンに挑みます。
勢い込んでやってきたのですが、まずはダンジョン横の冒険者ギルド出張所に立ち寄り、ダンジョンに入る記録を付けます。
これによってダンジョンから戻らない、行方不明者を知るのだそうです。
入ダンジョン記録を付けるといよいよダンジョンに挑戦です。
ダンジョンの入口が立派なので見とれてしまいました。
灰色の巨石を組み合わせた頑丈一式の門構えに、これまた頑丈そうな鉄門扉が付いています。
王都ジルゴンの城門よりも頑丈かも知れません。
これを潜るときはドキドキします。
フォーメーションは決まっています。
(前衛)スティールズ男爵、シルビア先生、マキ様。
(後衛)カトリーヌ、オルタンスお嬢様、私。
シルビア先生は剣士です。
スティールズ男爵とマキ様は斥候とのことですが、荒神祭で披露した通り、前衛としての力をお持ちです。
後衛の私達は魔法で前衛のサポートです。
遠隔攻撃。
撃ちまくりますよ。
私達のすぐ後ろに強力なメンバー(ウォルフガング、ソフィー様、ジークフリード、クロエ、ルーシー、マロン)が揃っています。
安心して前面の敵と戦いなさい、と言ってくれました。
◇ ◇ ◇ ◇
ダンジョンの中を進みます。
ダンジョンとは不思議なところで、灯りが無いのですが内部の様子が見えます。
薄暮の世界です。
雰囲気が独特で、ちょっと他に似たような場所はありません。
その薄暮の世界を歩いて行くと、遠くから「ガシャン、ガシャン」という音が聞こえてきました。
スティールズ男爵が小声で指示を出します。
「スケルトンです。迎え撃ちます」
皆が無言で指示に従います。
シルビア先生を中心に据え、スティールズ男爵とマキ様が両脇につきます。
そろそろスケルトンが見えてくるかなといったところで、私はビックリしました。
スティールズ男爵とマキ様が消えたように感じたのです。
まじまじと見るとそこにいることがわかるのですが・・・
現れたのはスケルトン4体です。
そのうち1体は体が大きく、鎧を着て、長剣を装着していました。
体の大きいスケルトンが剣で私を指し、軋むような声をあげて配下のスケルトンを私にけしかけました。
するとスケルトンは前衛を迂回するように私に向かってきました。
なんなの?
いじめなの?
王立高等学院でもいじめられ、ダンジョンでもいじめられるの?
泣きたい気持ちになったのですが、前衛の3人がそれを許しませんでした。
私に殺到しようとするスケルトン3体をガッチリと抑え込み、ガリガリ削って葬ってしまいました。
このときちょっとおかしなことがありました。
大きなスケルトンが私に向かってこようとしたのですが、急に目が見えなくなったみたいに目標を見失ってウロウロしはじめたのです。
お陰で前衛の3人は確実にスケルトンを倒すことが出来ました。
「アナスターシア。スケルトンナイトに火球を撃って下さい」
スティールズ男爵に促され、私は詠唱を始めました。
「聖なる炎よ、サラマンデルの眷属よ、我が敵を撃つ弾となれ・・・【ファイヤーボール】」
スティールズ男爵に習ったイメージで呪文を詠唱すると、私の構えた杖の先に火の玉が現れます。そしてその火の玉を大きくし、スケルトンナイトに向かって放ちました。
目が見えないかのごとくウロウロしていたスケルトンナイトに火球が当たり、一瞬でスケルトンナイトは燃え上がり、「ガシャン」と崩れ落ちました。
誇らしい気分になれませんでした。
それどころか・・・
◇ ◇ ◇ ◇
次のエリアはゴブリンエリアでした。
先ほど私がスケルトンナイトを倒したときと同様に前衛の三人が1匹だけ残し、カトリーヌが呪文を唱え、氷槍で倒しました。
次の戦闘もそうでした。
前衛の三人がゴブリンを1匹だけ残し、そのゴブリンも私達後衛に向かってこられないように弱らせてありました。
私が呪文を唱え、火球で倒しました。
そうしないと呪文を詠唱する時間がとれないのです。
その次の戦闘もそうでした。
さらにその次の戦闘もそうでした。
・・・
・・・
誰も何も言いません。
誰も私を責めません。
でも・・
でも・・・
カトリーヌを見たら泣いていました。
私の頬も濡れていました。
私もカトリーヌもお膳立てをされて、機動力を奪われた魔物に魔法を当てるだけ。
魔物は、たとえそれが最低ランクのゴブリンでさえ、私が長々と呪文を詠唱しているのを待ってくれません。
詠唱しているうちに私は殺されてしまいます。
イヤというほどわかります。
私はこのパーティで全然お役に立てていません。
私ではオルタンスお嬢様を守れません。
実家では私は期待の星といわれて育てられました。
満を持して王立高等学院へ入学しました。
荒神祭では特別表彰もされました。
でも私の魔法は実戦では使い物になりません。
情けなくて涙が止まりません。
通路の突き当たりに扉付きの部屋がありました。
これって初層のボス部屋でしょうか?
ボス部屋に入ります。
私は涙を拭い、ボス部屋に突入しました。
いました。
ゴブリンがいっぱいいました。
魔法使いのようなゴブリン。
大きいゴブリン。きっとホブゴブリンというのでしょう。
そしてゴブリンがいっぱい。
こんなにいっぱい!?
絶対に前衛で捌ききれないじゃないですか!
また涙が溢れてきます。
自分がまともな魔法使いだったら・・・
ソフィーさんに言われたこと。
「無詠唱で出せるようにしなさい」
これが出来ていたら敵がどんなにたくさんいても、ファイヤーボールを連続して撃てるのに・・・
我が身に代えてでもオルタンスお嬢様は守る。
我が身を犠牲にしてでもオルタンスお嬢様が逃げる時間を稼ぐ。
それだけを思い、杖を構えました。
ゴブリン達が変なのです。
こちらに向かってきません。
魔法使いっぽいゴブリンは倒れています。
大きなゴブリンは目を押さえてわめいています。
目が見えないようです。
普通のゴブリンは・・・ 10匹もいましたが、スティールズ男爵、シルビア先生、マキ様が次々に倒していきます。
3対10でしたが、あっという間にゴブリンを倒しきりました。
あとは・・・
私とカトリーヌが呪文を詠唱し、ホブゴブリンを倒しました。
私とカトリーヌの落ち込みが酷いので、いったん地上に戻ることになりました。
==<ウォルフガングとソフィーの会話>====
「結局ダンジョンの中まで付いてきたな」
「自分の力を見せることを最低限に抑えていました。魔法も出し惜しみしています」
「間違いないな」
「はい」