164話 実力テスト
ハーフォードに戻ると真っ先にエマとカールを抱きしめる。
エマは立派なお姉さんになったな。
カールの面倒もよく見て偉いぞ。
胸を張ってドヤ顔のエマをもう一度抱きしめる。
パトリシア(ベビーシッター)にも感謝。
彼女にはエマに加えてカールの面倒も見て貰っている。
感謝の気持ちを込めて金一封を贈呈。
おいしい物を食べてくれと言ったら、装備品に消えるそうだ。
必要な装備があったら言ってくれ。
ハーフォード公爵夫妻とオルタンスお嬢様とマキとソフィーと私で打ち合わせ。
穏健派貴族の結束を固める計画を聞く。
計画の一環として、まずはカトリーヌ、アナスターシアをイルアンダンジョンで鍛えつつ、しっかりと取り込んでしまえと言われる。
貴族の令嬢にダンジョン?
そんな乱暴許されるの?
「良い。これはオリオル辺境伯とバラチエ子爵の希望でもある」
「さようでございますか」
「荒神祭であれだけの活躍をして表彰までされたのだ。2年目は間違いなく武闘派のターゲットになる。学院在籍中の危険度は間違いなく高まる。
オルタンスも含め、共にダンジョンで腕を磨き、不測の事態に耐えうる実力をつけなければならない」
「はっ」
「ところでビトー。オルタンスに持たせているダガーについてだが・・・」
「少なくともお嬢様が卒業されるまでは持たせてください。お嬢様は要人ですので不測の事態に遭遇しても、護衛とはぐれても自らを守れる力をお持ち頂きたいのです」
「そちの心遣い嬉しく思う。ところでそのダガーなのだがな・・・ 当方で買い取らせて欲しいのだ」
「よろしゅうございます」
「宝珠の件といい、そちに与える対価を見いだせずにいる。ひとまず給金アップで凌がせてくれ。よろしいか?」
「もちろんでございます」
◇ ◇ ◇ ◇
公爵の前をお暇して、アンナの元へ行く。
アンナ。
子供が生まれていた。
王立高等学院通学中に手紙でしらせてきたのだが、荒神祭の最中だったので帰領するわけに行かなかった。
手紙にも「・・・けして貴族としてのお勤めを疎かにすることなきよう・・・」と書いてよこしたから、私が何をしそうなのか読んでいたのだろう。
男の子。
名前はマヌエル。
やはり光と闇の属性を持つ。
もう少ししたらパトリシアの元で大切に育てる予定だ。
社長室でアンナをしっかりと抱きしめる。
ありがとう。
本当にありがとう。
重ねてありがとう。
も一つありがとう。
妻の一大事に一緒にいてやれぬのは旦那失格だ。
感謝の気持ちを込めて、全身隅々までヒールを掛け、キュアを掛けた。
アンナは姿見に映る自分の姿を見て、
「旦那様はもう一人ご希望ですか?」
いや、そういう訳では無いのだが。
妻にはいつも美しくいて欲しいじゃないか。
・・・うん。
・・・そう。
結局子作りに励むことになった。
◇ ◇ ◇ ◇
かつてのウォーカーの拠点、イルアンの元代官の館に全員集合した。
シルビア先生とカトリーヌとアナスターシアに、冒険者パーティ・ウォーカーを紹介した。
(ウォーカー)
ウォルフガング(火)B級
ソフィー(水)B級
ジークフリード(土)B級
クロエ(風)B級
ルーシー(水)D級
マロン D級
ビトー(火水)D級
マキ(土、水)D級
ウォーカーには学院の皆さんを紹介。
シルビア先生(風)B級
オルタンスお嬢様(水)
カトリーヌ(水)
アナスターシア(火)
ルーシーに最新のイルアンダンジョンの状況を聞く。
炎帝がいるときは5層まで手入れをしてもらっている。
炎帝はウォーカーが来るまで6層のチャレンジを待っている。
わかった。
◇ ◇ ◇ ◇
オルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシアの実力をウォルフガングとソフィーに見て貰った。
まずは魔法から。
オルタンスお嬢様は水属性なのでソフィーに見て貰った。
「ウォーターボール」
短く詠唱すると巨大な水球を出した。
オークキングを倒したときの水球だ。
「発現の速さがいいね。魔力量も十分にある。これだけ大きいと『水壁』の代わりにも使える。ところでオルタンスお嬢様は氷系の魔法は使われますか?」
「いいえ。私は氷系は全く使えません」
お嬢様の水魔法の発現イメージは冷却系ではないのだな。
次にお嬢様の短剣の技術を見た。
体育の授業で見ているのでわかるが、お嬢様の技術は受けに特化している。
貴族のお嬢様が自分から剣を掲げて敵陣に突っ込むという選択肢はないらしい。
ソフィーもお嬢様の構えを見ただけでわかったようで、ソフィーから慎重に撃ち込んでいる。
お嬢様は小盾と短剣でソフィーの打ち込みを受け、逸らしている。
少しずつソフィーが力を込め、速度を上げていく。
やがて
「ソフィーさん。ここまでです」
お嬢様がギブアップした。
見ると珍しくお嬢様の息が上がっている。
「貴族のご令嬢でここまで受けられるなら十分でしょう。先生のご指導の賜物ですね」
ソフィーがお嬢様とシルビア先生を褒めると、シルビア先生が立ち上がった。
「次は私と立ち会って頂けませんか?」
シルビア先生とソフィーが見つめあっている。
お互いを鑑定しているらしい。
「あなたがスティールズ男爵を鍛えたのですね?」
その一言でソフィーは立ち会う気になったらしい。
「剣だけでですか?」
「いいえ。魔法もお願いします」
◇ ◇ ◇ ◇
その場にいる全員が固唾を呑んで見守る。
両者とも長剣を抜いている。
どちらかから何を言うまでも無く、立ち会いが始まった。
お互い達人らしく、阿吽で呼吸を合わせられるようだ。
しばらくは動きが無かった。
ソフィーがいきなり宙に氷の板を出した。
氷壁では無い。
大盾と同じくらいの大きさの氷の板。
氷板を出すと「ガンッ ガンッ」と2度音がした。
何だ?
氷板が傷付き、削られていく。
ソフィーが2枚、3枚と氷板を出す。
やっと気付いた。
シルビア先生の無詠唱のウィンドカッターを防いでいるのだ。
ウィンドカッター。
クロエも使うが目に見えないので非常に厄介な攻撃だ。
だがソフィーには見えているらしい。
安定して受けている。
シルビア先生は氷板の隙を狙っている。
時々剣先がピクッと動くが、実剣を撃ち込む程の隙は見いだせていない。
シルビア先生はウィンドカッターを連打したり、曲射したりするが、ソフィーには見えているようで、必要な位置に必要なだけの氷板を配置する。
そして・・・
いつの間にかシルビア先生の後方上空に氷槍が浮いていた。
氷槍の数が増えていって・・・
シルビア先生は剣を鞘に収めた。
「ここまでのようですね。参りました」
◇ ◇ ◇ ◇
カトリーヌ、アナスターシアは魔法のみ鑑定して貰った。
二人とも魔法の発現は安定している。
そこはソフィーから褒められた。
だがいつもの一言が付いた。
「無詠唱で魔法を出せるまで訓練しなさい」
カトリーヌ、アナスターシアともに目を見開いていた。
そんなことを言われたことが無いらしい。
それどころか、一言一句間違えずに詠唱することを推奨されていたらしい。
所変われば常識も変わる、ですね。
納得できなかったらしく、聞いてきた。
「どうして無詠唱なのですか?」
「戦闘時は走りながら魔法を撃つ事があります。詠唱するのは大変でしょう」
「そんなことがあるのですか」
「それにオーガと対決するときは、詠唱は駄目です」
「なぜですか?」
「オーガは人の言葉を理解するのです。詠唱を聴くとすぐに対処してくる。無言でいきなり攻撃するのがセオリーです」
二人とも納得できないようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
最後。
体力。
全員ハーフォード川の堤防の上に移動。
ソフィーは全く期待していなかったらしく、最初はほんのちょっとだけ走らせた。
だがオルタンスお嬢様が走れることに驚いていた。
シルビア先生の訓練の賜物です。
カトリーヌとアナスターシアは全然駄目だった。
では・・・
お嬢様は軽鎧に短剣、小盾といった斥候の格好をして頂く。
カトリーヌとアナスターシアは魔術師の格好をして貰う。
一緒に走るのは私とマキとシルビア先生。
ソフィー流冒険者養成講座。
さあ行ってみよう。
ほぼ全力疾走を10分。
シルビア先生は軽々と走っている。
お嬢様は死にそうな顔で何とか走っている。
ソフィーが驚いている。
カトリーヌとアナスターシアは1分でくたばりかける。
後ろから「ほらほら、走った走った」と声を掛ける私。
10分後にはカトリーヌとアナスターシアは口からエクトプラズムが出ていた。
お嬢様は四つん這いになって吐き気を堪えている。
カトリーヌとアナスターシアは吐いた後、ころがっている。
声も出せず、寝返りすら打てないようだ。
さすがシルビア先生は両足で立っているが、肩で息をしている。
私とマキは呼吸を整えながら、「いつもの訓練だよな。つぎは全力ダッシュだよな」とぼそぼそと話している。
「これほどの訓練を課されていたなら、スティールズ男爵とマキ様の異常な体力も納得します」
そうシルビア先生が言うと、ソフィーはちょっと言いづらそうに
「いつもですと次にダッシュが来ます。ご一緒しますか?」
シルビア先生、もごもごと口ごもる。
わかる。
凄く良くわかる。
でもマキと私はやる。
ソフィーの「ダーッシュッ!」の掛け声とともに、ハーフォード川の堤防の上をすっ飛んでいった。
そしてすっ飛んで帰ってきた。
800mダッシュ10本。
シルビア先生は、1本目は走った。
そこでリタイヤされた。
「お前達の後ろにグールがいるぞ」
そう焚きつけられて「うおおぉぉぉぉ」「きゃああぁぁぁぁ」とドップラー効果を残して突っ走るマキと私。
10本走り終えるころには、見ている方が気持ち悪くなってきたと言われた。
あきれかえって見ているメンバーの前で、素振り/匍匐前進/スクワット・腹筋・腕立て・体幹トレ・逆立ちを3セットやってのけた。
お嬢様が無表情になっている。
カトリーヌとアナスターシアは絶望の表情を浮かべている。
シルビア先生が、この場をどう納めれば良いかわからなくなって困っている。
「貴女方は貴族令嬢ですのでここまでする必要はありません。ですがオルタンスお嬢様がクリアされた10分走までは頑張って下さい。そして可能であれば800mダッシュを1本だけ頑張って下さい」
ソフィーが言うとカトリーヌとアナスターシアの表情に精気が戻ってきた。