163話 長期休暇
(オリオル辺境伯令嬢 カトリーヌ・オリオルの視点で書かれています)
荒神祭が無事(?)終わりました。
我がハーフォード公爵寮チームは特別表彰されました。
荒神祭とはそれぞれのチームがそれぞれのやり方で、ゴブリンをたった1匹倒せば良いものです。
速さを競ったり順位を付けたりするものではありません。
しかし、新しい戦法に取り組んだチーム、今後の戦術研究に寄与したチームが現れたとき、特別に表彰され、王宮騎士団長から御言葉を頂き、金一封を下賜される制度があります。
この制度の対象となるチームは10年間出ていなかったそうです。
それが穏健派貴族のチームから選ばれたのです!
それもそのはずです。
どの段階から “手違い” が起きていたのか非常に興味深いのですが、なにしろ我がパーティの前に現れた魔物は
オークキング×1
ハイオーク×2
オーク×4
・・・
我がパーティより数が多いのです。
オークキングは脅威度Cなのですよ?
オークの群れ全体で脅威度Bになります。
誰かが確実に我がパーティを亡き者にしに来ていることは明白です。
正直に申します。
私は死を覚悟しました。
恐怖のあまり視界がぼやけていたことを告白致します。
一縷の望みはソフィーさんが介入して私達を救い出してくれることでしたが、それも望み薄でした。
魔物は7匹もいるのです。
囲まれて終わりです。
しかし、私とアナスターシアが命を掛けてでもお守りしなければならぬオルタンスお嬢様は落ち着いておられました。
オルタンスお嬢様の盾として前衛の位置にいたスティールズ男爵とその奥様・マキ様は、もっと落ち着いておられるように見えました。
スティールズ男爵がチラッとオルタンスお嬢様に視線を走らせ、ニコッと微笑まれました。
それが合図だったのでしょう。
オルタンスお嬢様が凄く省略された詠唱で見たことも聞いたことも無いような巨大水球を出現させ、オークキングに叩き付けたのです!
私は今でもありありと脳裏に思い浮かべることが出来ます。
なんて素晴らしい瞬間だったでしょう!!
このお方を旗印に抱くチームに所属しているとはなんて誇らしいことでしょう!!
オークキングが戦線離脱している間にスティールズ男爵とマキ様がハイオークとオークを全滅させました。
特に魔法を使ったように見えず、短剣だけで倒してしまいました。
短剣だけでハイオークとオークを倒せるなんて、この二人もただ者ではありません。
あとはオークキングに止めを刺すだけでした。
あんなに恐ろしかったオークキングが改めて見るとそうでもない、ということが大変に新鮮でした。
表彰式では王宮騎士団長がオルタンスお嬢様の水魔法を激賞されておりました。
とかく火魔法に片寄りがちな風潮の中、初級魔法と思われがちな水球を効果的に使った新たな戦法を高く評価する、と言われておりました。
そのチームに私が所属しているなんて、なんて晴れがましいのでしょう!
お父様もお母様も喜んでくださいました。
荒神祭がきっかけになったのでしょう。
武闘派貴族の粗暴な振る舞いは影を潜め、1年生は無事に修了致しました。
終業式の日。
再びお父様とお母様が見えて、改めて1年生の修了を喜び合いました。
そしてその場でビックリするようなことを言われたのです。
「おまえはこのままハーフォード公爵領へ行き、オルタンスお嬢様と一緒に研鑽を積みなさい。ハーフォード公爵にはもうお願いしてある」
なんと私を武者修行に出すと言うのです。
しかも行き先はハーフォード公爵領。
行きましょう。
ハーフォード公爵領と強固な同盟関係を築いて参ります。
◇ ◇ ◇ ◇
今日はハーフォード公爵寮を店仕舞いする日です。
1年生が終わり、2年生が始まるまでの3ヶ月間閉鎖します。
私達を陰で支え続けてくれたマリアンとベッキーが寮を総点検し、戸締まりし、何か仕掛けをして鍵を閉めました。
さあ。
ハーフォードへ行きましょう。
何だかおかしいです。
人数が多いのです。
アナスターシア?
あなたの実家は王都でしょう?
なんで一緒に来るのですか?
えっ?
ハーフォードで武者修行?
そう?
そうですか。
よろしくお願いします。
先生?
どうされました?
これはハーフォードへ向かう隊列ですよ?
・・・
先生も?
シルビア先生もハーフォードへ行くそうです。
喜んでいいのですよね?
◇ ◇ ◇ ◇
途中、イルアンという街を通りました。
今ブリサニア王国でもっともホットな街です。
イルアンはダンジョン都市なのです。
このダンジョンは出てくる魔物があまりに強すぎて、当初は冒険者が大勢死んだそうです。
ですが【炎帝】という冒険者パーティが彗星のように現れて、状況は一変しました。
なんと【炎帝】はリッチを打ち破ったのです!
リッチと言えば脅威度Bの大魔道士の魔物。
100年前に一度国内に現れた記録があります。
その時は王都騎士団が総出で討伐にあたり、10名の犠牲の上に討ち取ったそうです。
そのリッチを1冒険者パーティが討ち取ったのです。
一時期国内はその話題で持ちきりでした。
そんなことを思い出しながら街を通過します。
え?
冒険者ギルドに立ち寄る?
まさかダンジョンに挑戦するのですか?
ちがう?
やれやれ。
一瞬逃げる準備をしましたが、逃げずに済みそうです。
スティールズ男爵がフロントの女性の方と話をされています。
美人です。
ずいぶん親しげです。
奥方はマキ様とソフィー様と聞きましたが・・・ 浮気でしょうか?
奥から偉そうな女性が二人出て来ました。
二人とも美人です。
ずいぶん親しげです。
浮気でしょうか?
スティールズ男爵だけ美人二人に連れられて奥の部屋に入っていきます。
浮気確定です。
スティールズ男爵はすぐに戻ってこられました。
お二人をお相手に睦事をされるにしては随分早いですね。
あまり早いと軽蔑されますよ。
イルアン冒険者ギルド。
やけに女性比率の高い職場でした。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォード公爵領の領都ハーフォードに着きました。
公爵ご夫妻にお目通り致します。
「お招き頂き感謝に堪えません」
「せっかくの長期休暇中に申し訳ない。よく来てくれた。
そなた達とオルタンスにイルアンダンジョンで腕を磨いて貰おうと思う。
これはオリオル卿とバラチエ卿と私の希望なのだ。
寝食を共にし、一緒に困難に立ち向かい、絆を深めてほしい。
さすればオリオル家とバラチエ家とハミルトン家の絆はより強固な物になるであろう」
やはり穏健派の結束を固めるためのお父様の計画だったようです。
イルアンダンジョン。
中層階で早くもリッチが出現した兇悪ダンジョン。
リッチはもう討伐されたのですよね?
えっ!?
何度でも出るのですか?
そうですか。
では私は違うところで修行しましょう。
みなさん、さようなら。
アナスターシア、何をするのです。
手を離しなさい。
これ、そんな無体な・・・
「私も挑んでよろしいのですか?」
シルビア先生が公爵に脳筋なことを聞いています。
「もちろんです。納得の行かれるまで何度でも挑みなさい」
公爵が双六かチェスみたいなことをおっしゃいます。
おかしいです。
ハーフォード公爵領、絶対おかしいです。
脳筋の武闘派貴族でもそんなことは言いません。
ハーフォード公爵。実は意表を突いて武闘派のラスボスだったりしますか?
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードの街を歩いていると王都における一コマを思い出しました。
王都で超人気の女子力爆上げランジェリー上下セット。
ガーターベルトとストッキングを合わせると4点セット。
初めて王都のマーラー商会でお見かけしたときは目眩がしました。
こんなに扇情的な下着は初めて見ました。
お値段を見てもう一度目眩がしました。
ですが上級貴族の奥方や大金持ちの平民のマダムが群がっているのです。
蜂蜜にたかるハエかアリのようにギッシリと。
彼女らの会話を聞くとも無く聞いてしまいます。
「新作ね。素晴らしいお色だわ」
「ジラルディ伯爵の奥様は肌が抜けるように白いのですから、きっとお似合いですわ」
「まあ、テリエ子爵の奥様は素敵なオリーブ色のお肌をお持ちですもの。こちらの淡いお色のペアを着用なさった暁には、全ての殿方は奥様のいいなりですわ」
「まあ、奥様こそ・・・」
「殿方の視線が胸元に釘付けですの。 おほほほほ・・・」
そして目の玉の飛び出るようなお値段の “新作” が飛ぶように売れていました。
私の実家のある北の辺境オリオルにも噂は流れてきていましたので、知識としては知っておりました。
一瞬で殿方を悩殺する下着がある、と。
ハーフォードでも売っていました。
お値段は・・・
高い・・・
王都のお店よりは少しリーズナブルですけど、それでも高いです。
なんとか私のお小遣いで買い求めることができますが、買ってしまったら明日からご飯抜きです。
つらいです。
後ろ髪を引かれる思いでイルアンへ移動しました。
公爵からイルアンの街における拠点を拝領し、全員で寝食を共にしながらダンジョンで腕を磨く事になりました。
イルアン。
ハーフォードに来るときにも通過しましたが、凄く大きな町です。
ハーフォード公爵領で2番目に大きいそうです。
そして活気があります。
どうしても私の実家のある街と比べてしまいます。
つらいです。
どうすれば私の故郷もこのように活気づくのでしょうか。
私達の生活拠点に到着しました。
立派な屋敷です。
私の実家より立派です。
門を潜るとマリアン達が出迎えてくれました。
引き続き私達のお世話をして下さるそうです。
ありがとうございます。
でも、ふと疑問に思うことがあります。
マリアン達って本当はどんな方?
==<ウォルフガングとソフィーの会話>====
マリアン達がハーフォード公爵寮を店仕舞いしていた頃。
ウォルフガングとソフィーが公爵邸の一室で密談中。
「この情報の信憑性は?」
「【大角】と【炎帝】のダブルチェックですから間違いないかと」
「ソフィーは知っているか?」
「はい」
「儂は知らぬ。荒神祭にもいなかっただろう?」
「『イメルダ・ザ・グリード』の名を聞いたことありませんか?」
「なんだとっ!」
「・・・」
「まさか・・・」
「・・・」
「とうの昔に白寿を済ませたという婆だぜ・・・」
「種族が違いますから」
「それでハーフォードに来る理由は?」
「『ザ・グリード』の名の通りだったら半端な仕事は請け負いません。過去の事例から見て間違いなくオルタンスお嬢様は事故に遭遇するでしょう」
「・・・」
「オルタンスお嬢様だけではないかもしれません」
「B級だったな」
「ええ」
「どうする気だ」
「ダンジョンまで付いてくるなら・・・」
「わかった」