162話 祭りの後
競技場の混乱と興奮はピークを過ぎ、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
ハーフォード公爵夫妻の方を見ると、夫妻とライムストーン公爵が談笑されていて、そこだけ別世界のように穏やかな空気が流れている。
ウォルフガング、ジークフリード、クロエ、バーナード騎士団長を四方に配し、不測の事態に対する備えは万全だ。
ライムストーン公爵がこちらに気づき、大きく手を振っておられる。
私とマキが軽く手を振って応える。
オルタンスお嬢様も手を振り返してしている。
我々は競技場の中に留まったままお嬢様を囲み、陣形を崩さない。
緊張が緩むこの瞬間が危ないのだ。
控え室からソフィーが出て来て我々と合流した。
私の位置をソフィーに代わってもらい、オークの死体に歩み寄った。
闘技場には凄惨なオークの死体が7体転がっている。
つい癖で魔石を取るために死体を1箇所に集めた。
「ねえ、なにやってるの?」
お嬢様が訝しげに聞いてきた。
「魔石を取ろうかと・・・」
「魔石?」
「売れますので」
「まあ」
そこに王都騎士団が降りてきて横柄に声を掛けてきた。
「その魔物から離れろ」
「オークからですか?」
「・・・その魔物から離れろ」
「このオークキングですね?」
「・・・」
「証拠隠滅ですか?」
「貴様ッ! 逆らう気かっ! 『 騒ぐな 』 」
私に向かって凄む王都騎士団員の後ろに、いつの間にか王宮騎士団員がいた。
闘技場に続々と王宮騎士団が入ってきている。
あっという間に王宮騎士団が場を仕切りはじめた。
「ここは我々が・・・」
「控えろ」
なんとか主導権を渡すまいとする王都騎士団を、王宮騎士団がうるさそうに、面倒臭そうに、しかし有無を言わさず排除した。
王宮騎士団の隊長らしき方がオルタンスお嬢様の前で直立し、敬礼した。
「お怪我は御座いませんか?」
「お心遣いありがとう存じます。皆様のお陰で快適ですわ」
「この度の不祥事、誠に申し訳ありませぬ」
「あら、隊長様の落ち度ではございませんわ」
「お嬢様の御厚情を賜り、かたじけなく存じます」
堅苦しいやりとりをしている内に、王宮騎士団が手際よくオークキング、ハイオーク、オークの魔石を取り出し、鑑定水晶を使った鑑定をして行く。
我々の前でどんどん情報を共有していく。
「オークキング1、ハイオーク2、オーク4 確認!」
「いずれもバイン山山麓のオーク集落の出身と判明」
「オーク集落で確保された時期を調べろ」
「承知。鑑識に回せ」
へえ~。
どこで採れたオークかまでわかるんだ。
オークの持っていた剣。
紋章がすり潰されており、どこの誰が使っていた剣かわからないようになっていたが、これも王宮騎士団の目利きが某騎士団の訓練用の剣であることを突き止めた。
訓練用の剣なので本来は全く刃がない、または刃引きされているはずのものが、研がれている。
某騎士団は小貴族の騎士団なので、わざわざバイン山脈まで出向いてオークキングを生け捕りにする実力は無い。
一応尋問はするが、足がつくとわかっている自領の剣を与えるとは思えない。
バイン山脈の近隣に領地を持つ貴族は?
ピントゥー二伯爵? ほう。
「へぇ~、あのピントゥー二・・・」
思わず声に出てしまった。
思わずだよ?
わざと聞かせるように、じゃないよ?
早速隊長が確認に来た。
「あの、とはなにか?」
「ああ・・・ オークの集団が闘技場に入ってきたときの事です。殆どの方は競技を止めようとされました」
「当然だな」
「お一方、競技を開始せよ、と騒いだ方がいらっしゃいまして・・・」
「それがピントゥー二だな」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
いつの間にか王都騎士団は姿を消していた。
王宮騎士団の隊長が、かなり張り詰めた面持ちでソフィーに相対した。
「役目によって検める。そのほう名を名乗れ」
「ソフィー・スティールズと申します」
「冒険者か?」
「こちらにおわすビトー・スティールズ男爵の妻でございます」
「・・・」
隊長さん一瞬目を細めて黙り込んだ。
やがて、
「冒険者ではないのか?」
と、信じられないご様子だったので、私から、
「ソフィーは私の妻です」
と保証した。
「了解した。役目とはいえぶしつけな質問、大変失礼した。 この通りだ」
深々と頭を下げた。
ソフィーも心得ており、
「全てお役目と心得ております。今後ともどうぞ主人をよしなにお願い申し上げます」
隊長とソフィーのやりとりがクライマックスだったらしく、王宮騎士団は続々と引き揚げていった。
◇ ◇ ◇ ◇
我々は解放され、ハーフォード公爵寮に戻った。
途中、大勢の生徒から大歓声と祝福と賞賛の言葉を頂いた。
それは100%オルタンスお嬢様に向けられていたんだけど。
いやはや。
晴れがましすぎてどこかに隠れたい。
マリアン以下使用人一同、さらにモニカとラクエルが加わって、祝勝会の準備を始めていた。
パーティメンバーは装備を脱いで汗や汚れを落とし、もう一度装備を装着し、祝勝会場(食堂)へ向かった。
祝勝会では装備を着用した方が良いらしい。
ソフィーも(戦いには参加していないが)冒険者装備のままだった。
飲み物を先に頂きながら、戦談義に花が咲いた。
オルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシアは魔物との実戦自体が初めてだったので、異様な緊張から解放されてハイになっていた。
3人ではしゃいでいる。
トラウマになるような経験をしなくて何よりだった。
私みたいになると、ちょっとね。
だいぶ経ってから、やっと公爵夫妻と護衛4人組が帰寮された。
王といろいろ話をされていたらしい。
全員揃ったので改めて乾杯した。
「お父様の言われたお話、ドンピシャリでした」
「であろう?」
「お母様のお話は予言かと思いました」
「まさか本当になるとはねぇ」
オルタンスお嬢様の上機嫌な声と、公爵の上機嫌な声と、マグダレーナ様の少し戸惑った声が聞こえる。
話題は今日の戦いになった。
「オルタンス。あの魔法は何だ」
「あら。水球ですわ」
「威力がおかしい。マグダレーナを遥かに凌駕しておる。王宮騎士団でもあれほどの水魔法を使える者は数えるほどしかおらぬだろう」
「ふふん」
上機嫌なオルタンスお嬢様。
でも種明かしをされた。
「これよ」
そう言ってお嬢様はフトコロから『ダガーオブウンディーネ』を取り出した。
お嬢様から渡された小刀を訝しげに見る公爵。
マグダレーナ様も一緒に見る。
なかなか解答にたどり着かない二人。
だがマグダレーナ様がほんの少し魔力を流して、小刀の正体に気付かれた。
「オルタンス。これはどこで・・・」
「スティールズ男爵にお借りしました」
「えっ!」
「何があるかわからないから、懐刀として持っておきなさいって」
「・・・」
「・・・」
別のテーブルではカトリーヌとアナスターシアにウォーカーのメンバーも加わって、王宮騎士団隊長とソフィーの会話で盛り上がっていた。
「隊長様、すいぶんソフィーさんを怪しいって思っていましたね」
「ソフィーさんがオークを持ち込んだって睨んだのかしら?」
「ソフィーさんってビトーさんの奥様なのですか?」
「そうよ。ちなみにマキもそうですからね」
「ええーーーっ!! ショックです・・・」
何でショックなんだよ。
「でしょー? ソフィーさんほどの女がビトー君の妻でいいの? ってねー」
「あはははは そういうマキさんも奥様なのですか?」
「そうなのよー びっくりよねー」
「あはははは 自分で言っちゃいますか-」
なんかいわれの無い言葉の暴力を浴びているような気がするのですが。
別のテーブルではバーナード騎士団長とウォルフガングが話をしている。
「今回の件はピントゥー二伯爵が黒幕と考えて間違いなかろう」
「だがベルトゥーリ公爵の影もあってな」
「ピントゥー二伯爵については大々的に調査が行われるようだ」
「まあ、証拠はきれいに処分しているだろうが・・・」
「王都騎士団はどうしたのだ?」
「今回の会場警備はベルトゥーリ出身者で固められていたらしい」
「同一領地出身者で固めることなんてするのか?」
「普通はしない」
「ではどうして」
「まだ調査中だが、どうやら個別に休日の調整をしていて、気付いたらベルトゥーリ出身で固められていたようだ」
「こすいことを・・・」
「ピントゥー二家の寄親はベルトゥーリ家という話だ。これ以上の調査は難しかろうな・・・」
宴も峠を越えた頃。
公爵に気になっていることを聞いてみた。
「あのとき誰も私達を助けようとしませんでした」
「いや、大いに騒いで競技を止めようとされた方は幾人もおられました」
「ですが王都騎士団は動きませんでした」
「もちろん公爵閣下、御方様を始め、ハーフォード関係者はあの程度なら問題無いと見切っておられたので、私達に任せてくださって有り難いのですが」
「私達が弱ければオークに蹂躙されていたでしょう」
「もし私達の手に負えない魔物に遭遇し、そして誰も助けに入れなかったら。そして私達が死んだ時はどうなりましょう?」
「今回のような調査は行われるのでしょうか?」
公爵が重々しく答えた。
「いや。形のみの捜査で終わる」
「どのような調査結果が出たとしても、貴族同士の争いに負けただけと判断される」
「貴族同士の争いは、基本的に他者はノータッチだ。自分の身を守れない貴族は生き残れないのだ」
「今回は我らが勝者だ。だから相手に対し厳しく取り調べが行われるのだ」
◇ ◇ ◇ ◇
マリアンがそっと部屋に入ってきて、公爵にメモを渡した。
公爵はマグダレーナ様を伴ってすぐに席を立たれた。
しばらくして公爵とマグダレーナ様は4人の客人を伴って食堂に戻られた。
「「 お父様! お母様! 」」
カトリーヌとアナスターシアが同時に声を上げ、駆け寄っていった。
オリオル辺境伯ご夫妻、バラチエ子爵ご夫妻だった。
両ご夫妻とも玄関ホールで公爵とマグダレーナ様への挨拶を済ませていたと見えて、すぐに娘との再会の喜びを噛みしめておられた。
まあ普通に考えれば愛娘の死を覚悟するような状況だったからね。
オリオル辺境伯ご夫妻、バラチエ子爵ご夫妻ともに娘との再会を喜ぶと、すぐにオルタンスお嬢様の前に跪き、娘の命の恩人に深い感謝を述べておられた。
しばし歓談され、オリオル辺境伯ご夫妻、バラチエ子爵ご夫妻をお見送りするとき。
「凄いものでございますね。これを狩られたので御座いましょう?」
両ご夫妻がビックリしていたのはオーガキングの全身鎧。
これを狩る家だったら娘を預けても安心だよね。
本当に穏健派なのか疑問だけど。
翌日。
再度オリオル辺境伯ご夫妻、バラチエ子爵ご夫妻が寮に見えて、ハーフォード公爵夫妻と丸一日打ち合わせをされていた。
何があったのだろう?
◇ ◇ ◇ ◇
荒神祭の沙汰が出たのは1ヶ月後だった。
王宮正門前掲示板、学院正門前掲示板、市内4箇所の掲示板に貼り出された。
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オークを捕獲し、闘技場に運び込んだ者 不明
闘技場の檻の中でオークを隠し飼っていた者 死罪
檻の中のオークを闘技場へ放った者 死罪
荒神祭の警備任務に就いていた王都騎士団員 懲戒解雇
王都騎士団長 減給1年
王都騎士団副長 減給1年
王都騎士団員(当日の勤務を交代した者) けん責
ピントゥー二伯爵 厳重注意
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荒神祭の2ヶ月後。
王都在住の小貴族コレット家が爵位停止したことが公示され、債権者に対する説明会の日程が記載されていた。
誰の話題にも上がらなかった。
ただハーフォード公爵寮の者たちが感慨深く公示文を読んだ。
==<ウォルフガングとソフィーの会話 ハーフォードにて>====
「ビトーの奴から連絡は?」
「ありません」
「学校の祭りで一悶着あったろう?」
「ええ」
「忘れているのか?」
「単に抜けているんじゃないですか?」
「うむ・・・ ギルドに行くぞ」
「はい」