161話 荒神祭
荒神祭の前夜。
公爵夫妻主催の激励会が行われた。
その席で昔の荒神祭の話を聞くことが出来た。
荒神祭は1年生がゴブリン、オーク、ホーンラビットといった脅威度E~Fの魔物と戦って倒し、学業はもちろんのこと、身体も鍛えられていることを父兄に示し、安心して頂くための一大イベントだった。
ん?
だった?
「昔、6人組のパーティがオーク1匹に蹴散らされたことがある。王都騎士団が介入して救われたのだが・・・」
「ハイオークだったのですか?」
「いや、普通のオークだ。普通のオークにやられたのだ」
ハイオークは通常のオークよりも一回り大きく、膂力も強い。
脅威度も一段上になる。
種族的には同一種らしい。
「ここまではおかしな話ではない。よくあるとは言わぬが。
問題なのはこのパーティが武闘派の上級貴族の子弟で構成されていたことなのだ。
武闘派上級貴族に恥をかかせてはならないということで、魔物はゴブリン一択になったのだ」
「その年から『荒神祭』の名を返上しても良かったのではありませんか?」
そう公爵に言ったら苦笑いされた。
しかしマグダレーナ様から示唆に富んだ話を聞かされた。
「私の時はハイオークが出ましたわよ」
「え?」
「私の指揮したパーティはハイオークを倒しましたの」
「間違えて紛れ込んだのでしょうか?」
「そう説明を受けましたけど、誰も信じていませんわ」
「ゴブリンやオークはどうやって準備するのですか?」
「王都騎士団から各領地へ生け捕りの要請がでる」
「生け捕るときにゴブリンとハイオークを間違えるはずはありませんねぇ」
「そもそもゴブリンを捕獲しろという命令が出ているのに、『間違えてハイオークを捕獲してしまいました』という馬鹿もおるまい。捕獲隊が全滅しかねん」
「あはははは」
「つまり、そういうことだ。明日は何かがあると思っておきなさい」
オルタンスお嬢様が抗議の声を上げた。
「お父様、お母様、それで良いのですか?」
「オルタンス。そのためにビトーとマキを付けたのだ」
「・・・」
お嬢様はじっとこっちを見ている。
カトリーヌとアナスターシアもこっちを見ている。
「どうぞご安心を。ハーフォード公爵寮の力、見せつけてやりましょう」
◇ ◇ ◇ ◇
荒神祭が始まった。
生徒達の席は既にぎっしり埋まっている。
貴賓席に中小貴族が着き始める。
平民の父兄は来ない。
中小貴族の着席が終わると上級貴族が着席を始める。
ライムストーン公爵とハーフォード公爵が隣同士に座って話をしている。
最後に王族が席に着く。
王族の周囲には王宮騎士団が配置につく。
貴賓席周辺は王都騎士団が並ぶ。
王宮騎士団と王都騎士団。
名称は似ているが、こうして一緒に見ると全然違うことがわかる。
もう一目でわかる。
王都騎士団は、頑張れば私やマキが入れそうな感じ。
王宮騎士団はウォルフガングとソフィー以外は要りません、というイメージ。
この日は顔なじみの王立高等学院・警備隊だけで無く、王宮騎士団、王都騎士団から団員が派遣されているので物々しい雰囲気を醸し出している。
ウォルフガングとジークフリードとクロエとバーナード騎士団長は公爵夫妻の周囲に陣取っている。
王族、上級貴族が紹介される。
本日、子弟・子女が荒神祭に出場する貴族が紹介される。
来賓代表として王の御言葉を頂戴し、荒神祭が始まる。
ちなみに演武の順番を決めるときは少々醜い争いがあった。
早く貴賓席に己の武を見せたいのだろう。
武闘派の連中がゴリ押しして若い順番は全て武闘派で占められた。
王立高等学院の教授陣が本日はアナウンサーに転職し、司会進行をする。
出場するパーティが闘技場に現れると、アナウンサーが選手一人一人の名前、出身領地を紹介する。
その都度拍手と歓声が上がる。
紹介が終わるとパーティは戦闘陣形を取り、得物を構える。
そしてリーダーが合図をすると、ゴブリンが捕らえられている牢の扉が開き、ゴブリンが1匹闘技場に現れる。ゴブリンは棍棒を1本持つ。
実際の戦闘だが、気分の良いものではなかった。
あるパーティは6人掛かりで1匹のゴブリンを取り囲んで滅多矢鱈に切り刻んだ。
別のパーティは火魔法を撃って撃って撃ちまくり、既に動かなくなったゴブリンに更に火魔法を叩き付けていた。
生徒達はいずれも目が据わり、奇声を上げながら剣を振り、金切り声で呪文を詠唱し、貴賓席に向かって猛アピールをしていた。
冒険者目線では、あれでアピールになっているのか不安になる。
貴族達はどう思っているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
我々ハーフォード公爵寮チームの者達が控え室に入った。
なぜかソフィーも一緒にいる。
「罠の臭いがするのだ。ギリギリまで一緒にいるように御方様から命じられている」
オルタンスお嬢様とカトリーヌとアナスターシアが大喜び。
みんなソフィーの並外れた強さを感じ取っており、ソフィーが大好きらしい。
ハーフォード公爵寮チームの番が来た。
ウチのパーティは前衛にマキと私。
後衛にオルタンスお嬢様、カトリーヌ、アナスターシア。
最初からフォーメーションを組んだ状態で闘技場に入る。
ソフィーから、
「手に余りそうな魔物が出たら私が介入する。安心して行ってこい」
そう声を掛けられて闘技場に入場した。
メンバーを一人一人紹介される。
オルタンスお嬢様のところで歓声が上がる。
穏健派の期待の星なのだろう。
紹介が終わるか終わらないうちに魔物を閉じ込めている檻の扉が勝手に開いた。
お嬢様は合図をしていない。
「来るよ」
そう声を掛けて魔物に注意を向けさせた。
魔物が闘技場に入ってきた。
場内が静まりかえった。
ええと。
機械が壊れたのかな?
闘技場にオークが7匹入ってきた。
見たことのないオークがいるので鑑定する。
一番デカいのがオークキング(脅威度C)。
その両脇にいるのがハイオーク(脅威度D)2匹。
ハイオークの両脇にいるのが通常のオーク(脅威度E)4匹。
しかもコイツらは棍棒では無く、剣をもっている。
キングはご丁寧に盾まで持っている。
面白いじゃないか。
チラッとソフィーを見ると、ソフィーはニヤリと笑い、身振りで「やれっ!」。
了解。
ハーフォード公爵寮の武力、とくと御覧あれ。
◇ ◇ ◇ ◇
オークの団体様は予定にない演出だったらしく、司会進行の教授陣が慌てて進行を止めようとしていた。
誰かが叫んでいるが、聞き取れない。
客席が騒ぎ始めた。
王都騎士団に詰め寄っている者がいる。
荒神祭を中止させようとしている者がいる。
王が王宮騎士団員と何かを話している。
一方では客席で煽る奴がいる。
「司会、何やっている。さっさと始めんかっ!!」
アイツの顔を覚えておく。
オルタンスお嬢様?
「ピントゥー二伯爵・・・」
了解。憶えました。
ところで、王都騎士団は介入する気は無いらしい。
会場が混乱している内にオーク達が我々に向かって動き始めた。
ではまいりましょう。
「カトリーヌ、アナスターシアはお嬢様のガード」
「「 はいっ!! 」」
既にカトリーヌとアナスターシアがお嬢様の両脇に付いて杖を構えている。
「私とマキはお嬢様の盾」
「はいっ!」
既にお嬢様の前に立っている。
オークとのパーティ戦が始まった。
戦いはダンジョンと同じだった。
オークキングは我々パーティ内の一番弱い者を見抜き、ハイオークをけしかける。
ハイオークは部下のオークをけしかける。
オークキングはカトリーヌとアナスターシアに攻撃を集中させようとしていた。
お嬢様にプレッシャーが掛からない。
これは非常に好都合だ。
ハイオークの指揮の下、オーク4匹が二手に分かれ、カトリーヌとアナスターシアに向かって走り出した。
いきなりお嬢様が省略した詠唱で、直径1mもある巨大水球を出し、オークキングに叩き付けた!!
鈍い音がして水が飛び散った。
ただの水の塊と侮るなかれ。約1トンの水なのだ。
腹に響く音と共に、オークキングは壁際まで吹っ飛ばされた。
お嬢様の放った魔法は、本日見てきた誰の魔法よりも遥かに巨大で、早くて、そして凶暴だった。
それもそのはず。
今日はお嬢様に『ダガーオブウンディーネ』を装備して頂いている。
それにしてもお嬢様の水魔法は凄い。
きっとマグダレーナ様の血を濃く受け継いでおられるのだろう。
お嬢様の魔法のあまりの威力に観客席から悲鳴や叫び声が上がっている。
オーク御一行様はというと、キングとの通信が切れたハイオークが動きを止めた。
ハイオークが動きを止めるとオークも止まった。
全員がひっくり返っているオークキングを見ている。
チャンス到来。
私はダークレザーと隠密の小盾に魔力を通し、マキはブラインダーに魔力を通し、背景に溶け込みながらオークに襲いかかった。
マキのブラインダーは周囲に溶け込む能力が大変に優秀で、マキはオークにもハイオークにも気付かれずに接近し、一刀でオークの頸動脈を切った。
立て続けに2匹のオークを倒してしまった。
D級冒険者の面目躍如だ。
あとはハイオークと1対1。
土魔法装備の能力(石弾、石盾)をフルに使い、目潰しも使いながら一度もハイオークに主導権を渡さず、削り切った。
私の方はというと、あと一歩のところでハイオークに気付かれた。
オークも我に返った。
すかさずハイオークの両目にデ・ヒールを掛けて視力を奪い、動きを封じた。
実は少し前からソフィーから言われていた。
お前は補助攻撃手段として『目潰し』が欲しいな、と。
目潰しは一部の土魔法使いの得意技だが、マネできないか、と。
私は走りながらデ・ヒールを掛けられる。
非常にアバウトな掛けっぱなしになるのだが。
それを精緻に掛けられるよう訓練した。
指先で狙いをつけたり、剣先で狙いをつけたりする。
眼球から生体エネルギーを奪い、一時的に著しく視力を奪う。
オーク2匹とはショートソードの二刀流で渡り合い、デ・ヒールを掛けながら弱らせ、首を落とした。
オークと対峙している内にハイオークの視力が回復してきたが、本調子になる前に脇差の背でハイオークの剣を叩き落とし、ショートソードアクセルで顔面を串刺しにした。
ちょっと残酷だったかな?
いや、観客席から歓声が上がった。
オークキングが起き上がってきたので、すかさずお嬢様が水球を叩き付けた。
今度はオークキングも盾を構えて受け止めようとした。
だが、なんと言っても1トンの衝撃である。
巨大質量の前にオークキングは再度壁まで吹っ飛ばされた。
朦朧としているオークキングの前に私とマキが立った。
オークキングはうつろな目で我々を見上げた。
私とマキは一言、
「「 死ね 」」
同時に剣を振り下ろした。
観客席から大歓声が上がった。
周囲を見渡すと、生徒の皆さんは躍り上がって喜んでいる。
絶叫している。
「凄いぞー お前たちー」
「我が校の誇りだー」
なんかこう手放しで褒められるのは慣れない。
どこかに逃げたくなる。
だがオルタンスお嬢様は声援に対し、優雅に手を振っておられる。
更に歓声が大きくなる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
地鳴りのような歓声だ。
これも演出と思われたのかな?