016話 冒険準備
柔術と剣戟の訓練が続いていた。
師匠は私が地面を転がりながら逃げることに興味を持ち、色々と試してくれた。
師匠も実際に転がってみて、転がった状態から一挙動作で立ち上がったり、横になった状態から剣戟を加えてきたり、色々工夫されていた。
一挙動作で立ち上がるのは手品を見ているみたいで格好良いし、ちょっとした奇襲にもなる。何度もマネをしようとしたができなかった。どこに力を入れるのだろう。
転がった状態から剣戟、つまり剣で相手の足を払うのはマネて見た。
なかなかエゲツなくて良い感じ。
師匠によると、剣、鎧、盾で固めた剣士は目線が下に向かず、下方向からの攻撃をあまり考慮していないらしい。剣士に対しては転がる戦法はアリとのこと。
「ただし、槍使いがいたら駄目だ」
「どうしてですか?」
「槍使いは下方向に対応しやすいんだ。リーチも長いしな。薙刀も下に強いぞ」
そう言いながら転がる師匠を見ていると、転がる方向によって動きが違う。
なんだろうと見ていたら、
「こっち側はひざが悪いんだよ!」
師匠の膝を鑑定すると、右膝は半月板損傷。左膝は右を庇うために軟骨がすり減っているように見えた。
その日から、訓練の終わりに師匠の両ひざにキュアとヒールを掛けた。
膝以外も、腰、足首、肩・・・ 体全体にキュアとヒールを掛けた。
全身に残る傷跡をこっそり消した。
手は入念にキュアとヒールを掛けた。
分厚いタコを消し、関節を細くし、爪を綺麗にし、女性らしい手に戻していった。
気持ちよさそうだった。
師匠に両腕だけで匍匐前進する練習を課せられた。
「これ、何の訓練ですか?」
「ダンジョンだ」
「・・・」
「文句あるのか?」
「もう少し詳しく」
「黙って従え」
「従いますからちょっと教えて」
殴られた。
鉄拳を見舞われながら何とか聞き出すと、ダンジョンにもよるが、ダンジョン内の探索の際、上下方向の移動が頻繁に発生する場合がある。
階段があれば良いが、猿梯子しかない場合があるとのこと。
猿梯子は上体の力を必要とする。上体を鍛えておかないと、イザと言うとき剣を振る余力が残っていないことになる。
「今すぐでは無いが、レベルアップしてダンジョンに挑戦するときの準備だ」
なるほど。
「では天井からロープを吊して、腕だけで上り下りするのも良さそうですね」
「・・・」
やって見せた。
師匠が面白がってロープを独占してしまった。
せっかく治した手のひらが・・・
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者として活動を始めるための道具をそろえる。
武器、防具に関しては既に揃えたが、道具類は自分で揃えてみろと言われたので一人で道具屋にきている。
購入するのはポーション・魔石・呪文書・護符・カンテラ・マジックアイテムなど。
おカネは闇治癒でたっぷり稼いだつもりだったが、値段を見ると贅沢は出来ない。
とりあえず
・下級ポーション×1
・火属性の魔石×1
・カンテラ×1
・干し肉×1kg
を購入。
正直、下級ポーションは必要ないが、カモフラージュのために購入した。
一つ良い物があったので購入した。
マロンの首輪。
金属製のスパイクが付いていて、魔物に噛まれても牙を通さず、逆に返り討ちにする悪辣なやつ。
冒険の準備が整ったので、改めて自分の鑑定をしてみる。
名前:ビトー・スティールズ(美藤鋼生)
年齢:22歳
職業:冒険者G級(斥候)
HP :60
MP :60
STR:45
INT:70
AGI:40
LUK:中
短剣術 レベル1
魔法(光)レベル5
魔法(闇)レベル2
魔法(水)レベル1
(装備品)
武器:ショートソード×2、ダガー、鉄甲1対、鎖
防具:レザーアーマー、スモールシールド、籠手、脛当
防寒:帽子、ローブ
備品:背負い袋、下級ポーション、火属性の魔石、カンテラ、干し肉
スモールシールドは左前腕に装着。
鉄甲は手で握り込む。
ショートソードは両手に1本ずつ持つ。
ダガーは右足首に装着。
改めて自分を鑑定するとSTRとAGIが低く、HPが高い。
これは走るトレーニングと寝技のトレーニングに振り過ぎたかな。
剣戟のトレーニングを増やさないといけない。
闇魔法は覚えたが、実戦で使ったことが無いのでレベルが低い。
徐々に使ってレベルを上げようと思う。
ショートソードの切れ味を見る。
刺身包丁とは言わないが、文化包丁程度の切れ味を期待していたが、全然違った。
刃こぼれを恐れて甘くしているのだろうが、これでは鈍器に毛が生えたようなものだ。
あまり切れ味が良すぎると刃こぼれが心配だが、そこは寝刃合わせで按配をつけるべきだと思う。
とにかく私は『パーティ:ひとりぼっち』なので、ここぞという時の切れ味が生死を分けるはずだ。
元の世界では自分で包丁、ナイフ、そして釣り針を研いでいた。
師匠に巨大な砥石(粗・細)を借りて、ショートソード2本とダガーを研ぐ。
粗砥で刃を出し、細砥で肌理を整え、研ぎ戻しをする。
うん。良い感じ。
後ろで見ていた師匠に「これも研いでおけ」と師匠の巨大な幅広の両刃剣(二振り)を渡されたときは泣いた。
◇ ◇ ◇ ◇
自分の装備は妥当なのだろうか?
一度他の冒険者と比べて見ようと思ったのが間違いだった。
買ったばかりのピカピカの装備で身を固めて初心者感満載だったのだろう。
冒険者ギルドのロビーへ出て行くと早速絡まれた。
絡んできたのは他の町から流れてきたと思われる冒険者4人組。
大男の剣士をリーダーとする御一行様。
No2と思われる、これまた大男の剣士が絡んできた。
「ようにいちゃん。いい装備じゃねえか」
「ありがとうございます」
「まだ新品だなあ。俺たちが使ってハクを付けてやるよ」
絡んできた剣士のパーティメンバーは、薄ら笑いをしながら見ている。
メッサーの町の冒険者たちは、フロントに立つ師匠の合図で静観。
「ありがとうございます。ではあなたのロングソードと交換致しましょう」
「ああ? 何言ってやがる」
「私のショートソードとあなたのロングソードを交換致しましょう。これをご所望なのですよね?」
「おまえシロートか」
「はい素人です」
「C級冒険者の俺様が、お前のヤワな装備を使って進ぜようと言ってるんだ!」
「はい。ですから代わりにあなたの使い込んだロングソードを使わせてください、と言ってるんです。 え~と、なにか変ですか?」
ここら辺から “無詠唱” で魔法を発動し始めた。
まさか冒険者ギルドのフロントで闇魔法の実戦をやるとは思いも寄らなかったし、初戦の相手が人間とは想定外だった。
でも魔物の体より人間の体の方が良く知っているからな~。
むしろ良かったかな?
「貴様! てめえの装備を全部置いて消え失せろ!」
「おやおや。冒険者ギルドのフロントで強盗ですか。困りましたね」
少し大きな声でフロントにいる大半の者に聞こえるように言うと、恐喝者のパーティメンバーが、薄ら笑いをしながらゆっくりと立ち上がる。
だが既に君達にも魔法を掛けている。
「まあまあ、にいちゃん。ここは穏便に装備を置いて行けや」
「・・・ああ、おはようございます。ご機嫌ですねぇ」
「・・・おまえ名前は」
「本日はお日柄も良く」
「ふざけてんのか、ああ?」
「でも少し湿度が高いですね」
「おいっ! 表へ出ろ」
「明日はカラリと晴れそうですね」
「貴様・・・」
ここで『キュッ!』と魔法の効きを強くした。
「・・・」
「おや、どうされました?」
「・・・」
「おなかでも痛いのですか?」
「貴様・・・」
「変なモノ拾い食いしちゃだめですよ」
「・・・」
「下痢ですか? 顔色がゴブリンみたいになってますよ~」
「・・・」
パーティ4名全員の顔色が緑色になり、脂汗をかき始めた。
みんな内股になっている。
「おやおや、本当に下痢ですか。困りましたねぇ、こんなところで。頼むから漏らさないでくださいよ。ウ○コって掃除しても臭いが消えないんですよ~」
「貴様・・・」
必死に便意を我慢して掴み掛かろうとしたリーダーの剣士の前で、床を「ドンッ!」と踏み鳴らした。
その刺激だけで少し決壊したらしく、リーダーは妙な声を出しながら、尻を押さえて変な走り方でトイレにダッシュしていった。
他のメンバーも我に返ったようにトイレにダッシュしていった。
「トイレまで頑張って下さいね~。それからもういい年なんですから、漏らさないでくださいよっ。 人間として、ねっ!」
4人の後ろ姿に声を掛け、手を振って見送ると、見守っていてくれたメッサーの冒険者達が大爆笑し始めた。
師匠がフロントから出てきて、私の頭をガシガシと撫でてくれた。
「装備はシロート感丸出しだが対応は満点だ。このまま訓練に行ってこい。あいつらは私が締める」
師匠がギロリと目を剥いて言うと、冒険者達から拍手と歓声が上がった。
「ソフィー、俺も残るぜ。ビトーに絡む奴は許さん」
「俺もだ」
「俺も付き合わせてもらうぜ。ソフィー」
師匠と冒険者の皆さんに敬礼して外に飛び出した。
ごめんね。
闇討ち(デ・ヒール)は得意です。
◇ ◇ ◇ ◇
師匠に課された訓練(凸凹の草原をほぼ全力疾走で10分/800mダッシュ10本/素振り/師匠の剣戟を受ける・躱す/匍匐前進/ロープ登り/スクワット・腹筋・腕立て・体幹トレ・逆立ちを3セット)にようやく慣れてきた頃。
突然真夜中に師匠に叩き起こされた。
扉を開け、寝ぼけ眼で「急患ですか・・・?」と聞くと頬を張られた。
「装備を持ってついてこい」
そう言われ、付いていくと、夜の草原に連れ出された。
「いつものをやれ」
走り始めた。
だが脳が眠っていて、走ってはいるが全力では走っていない。
「こっちへこい」
師匠の元へ走って戻ると、いきなり張り倒された。
「なぜ全力で走らん? 貴様死ぬぞ」
理解した。
これは軍隊の調練と同じだ。
新兵から娑婆っ気を抜くためのやつだ。
冒険者はいつ何時魔物の襲撃を受けるかも知れない。
魔物とて馬鹿じゃ無い。
襲撃してくるのはこっちが油断している時だ。
そして新人冒険者の死亡率は高い。
師匠は実戦デビューが近い私の身を案じて、夜中だろうが休憩中だろうが、イザというとき、即座に100%の力を発揮できるように鍛え直しているのだ。
師匠に敬礼し、今度は全力で走った。
「うおっ!」
走っているときに何かを踏んだ。
とっさに地面を転がり、剣を抜いて構えた。
「どうしたっ!」
師匠も剣を抜いて走ってくる。
剣先でそおっと草むらをかき分けると、月明かりでゴブリンの死体が見えた。
「ここだったか・・・」
師匠のつぶやきで全て理解した。
師匠は夜間訓練を行うに当たり、あらかじめ訓練場となる草原の “地ならし” をしたのだ。私の安全のために。
そのとき死体が1体どこに行ったのかわからなくなったのだろう。
胸が熱くなった。
いつも以上に訓練に力が入った。
突然の夜間訓練は、散発的にしばらく続いた。